パニック・ターゲット
続きです、よろしくお願い致します。
「ところで、椎野様達はこの後、どうするんですの?」
――一通り、お互いの事情を話し合った後、アンさんが尋ねて来た。
「実は……謁見までは特に考えてないんですよ」
「そうなんですの……ああ、それで『ボードレース』に参加しようとしてらしたんですか」
アンさんはそう言うと、何度か頷き、カップに口を付け――ふと、何かに気付いた様に口を開く。
「あら? 謁見はレースの前日ですわよね……それでは、やはり謁見までの時間が空いていらっしゃいますわよね?」
俺達は揃って頷く、結局のところ、謁見までの五日間、俺達が暇な事に変わりはないのだ……ホントどうしよう?
「――でしたら、レースの練習もかねて、海上の依頼を受けてみたらいかがですか?」
「海上の依頼……ですか?」
「ええ、オーシはその特異な造りのお蔭なのか、陸地上で魔獣の被害が発生する事はほぼないそうですの……ですがその分、周辺海域で漁師の方や、漁場を襲う魔獣の討伐依頼が多いそうです……」
アンさんの話では、海中もしくは海上の魔獣を討伐するためには、通常の船舶では魔獣の移動速度に付いて行くことが難しく、オーシにおける討伐依頼は、海戦特化のスキル持ちが独占しているらしい。
しかし、最近ヘームストラ王国から『ボード』がもたらされたお蔭で、魔獣討伐に『ボード』を用いる事が可能ではないかと噂されているとか……。
「つまり……俺達に『ボード』を使った戦術などを研究して欲しいとですか?」
「――うっ!」
どうやら、図星だったらしい……。
「――おじさん、どういう事?」
「ん? いや、多分なんだけど……海の魔獣の討伐は、今のところ海戦特化のスキル持ちしか出来ないんだろ? もし、自分のスキル――商品がほぼ市場を独占していたら、悠莉はどうする?」
悠莉は少し悩んだ後――。
「お値段を上げる?」
悠莉の答えに俺は頷く。
「――他にもスキル持ってる奴らが沢山いたら、相場を話し合ったり出来るんだろうけどな……冒険者にとっては、スキルは自分の商売道具だから広めたくないんだろうし、かと言ってギルドも国も変に強制は出来ないんだろうしな」
「――その通りですわ……」
アンさんの反応から察するに、ここ最近ではその手のスキルを持っているのは多分、一人か二人か三人か……片手で足りる感じか?
「そうすると、困るのは非戦闘職の一般市民だ、自分達では対処できない、だけど高い報酬金はそうそう払えない」
「――あっ! だから『ボード』の戦術を考えれば、海戦特化の冒険者でなくても……もしかしたら非戦闘職の方でも対処できて、報酬金が減るかも……と言う事ですか?」
愛里が柏手を打ち、納得顔で何度も頷く。多分、ヘームストラは、『ボード』関連の技術をオーシに売り込むつもりなんだろうな……。
「因みに、アンさん……『ボード』に衛府博士か、寺場博士が絡んでたりします?」
「――っ! うふふ……」
ああ、これ絶対、絡んでる……。元々、『ボード』は俺とタテのフォーメーションだったはずなのに、さっきの説明会では、『ボード』を貸し出ししてますって言ってたからな……。
「まあ、分かりましたよ。断っても、本社経由で何か言われそうだし……」
「すいません、椎野様……」
アンさんに気にしない様に伝えて、俺達は再びギルドに向かう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――翌日。
あの後、ギルドで魔獣討伐の依頼を受けた俺達は、漁場まで船を借りて移動し、海戦の準備を行う。
「――おじちゃん、お靴のひも結んで?」
「あいよ!」
今回受けた依頼の魔獣は、脅威度がそんなに高く無いと言う事なので、羽衣ちゃんも『ボード』の練習の為に連れてきている。
俺は羽衣ちゃんに、ブーツタイプの『ボード』を履かせてやると、続けてパルカにも履かせてやる。
「あんた等、特化スキル持ちじゃねえんだろ? 大丈夫か?」
ここまで連れて来てくれた船頭さんが、主に羽衣ちゃん、パルカ、タテを見て、心配そうに声を掛けてくれる。
「まあ、無理はしないんで!」
「そうか、なら良いが、この辺は突然波が高くなったりすっから、気を付けるんだぞ?」
――そうして、船頭さんに見送られて俺達は船から海面へと下りていく。
「――うわっ!」
「悠莉ちゃん、大丈夫よ? スケートと思えば良いの」
「あ、愛姉、あたしスケートやった事無い!」
悠莉は不安定な海面に立つと言う事に驚き、フラフラして愛里に抱き着いている。愛里はその言葉通り、スケート感覚なのか、上手い事バランスを取っている。
「――で、ハオカは……?」
「ん? 何ぞ、呼ばはりましたか?」
――何か、ハオカは浮いて……いや、海面を蹴ってる?
「あ、これどすか? ちょい、空気を蹴るスキルん応用どすぇ?」
そのスキル自体、知らなかったんだが……まあ、問題無いのか?
さて、後は……。
「も、もも缶! はは離しちゃダメッスよ!」
「にく……立て、にく! もも缶のケーキの為に!」
意外や意外……どうやら、あっちのチームはミッチーが足を引っ張ってくれそうだ。
自然と笑みが零れていたんだろう……俺の視線に気が付いたもも缶が、俺の顔を見て頬を膨らましている。
「……う」
――邪悪な笑みを浮かべる俺の手をパルカが引っ張っていた。
「……あー、ごめんごめん、どうした?」
「……怖い……」
見れば、ブーツを履いたパルカはプルプルと震え、今にも海に転び落ちそうだ。
「ち、父上、僕も……」
「ういもぉ……」
――子供組、全滅か……。
「はい、じゃあ立てない子達はこっちおいで?」
俺はギルドカードで椅子を形作り座らせる。
「――ねえ、これ……よく考えなくてもおじさん有利じゃない?」
「いや、タテと組まないとスピード出ないし……」
その後、小一時間ほど練習を行い、いよいよ討伐を開始する。
「……キュイ……」
「ふぃー!」
「父上ぇ! 見てますかぁ?」
――うん、子供の成長って早いよね……特に遊び関連。
「うぉっ! 危ないッス……」
ミッチーもまだフラフラだが、歩くことは出来ているみたいだ。
「うんうん……」
「ねえ、絶対おじさん有利だよね?」
ギルドカードを椅子状に組み並べたまま移動する俺を指差しながら、悠莉が吠える。
「はっはっは、何をおっしゃる」
「――でも、椎野さん……一緒に乗せて貰ってる私が言うのもなんですけど、これだとアンさんのお願い――汎用的な海の魔獣対策にはちょっと……」
「――はっはっは……はっ!」
そう言えば、そうだった……。
「ぷぷっ! おじさんの間抜け――っと『三等星』!」
――項垂れる俺を指差し、走行に慣れた悠莉が目の前に飛び出して来た細長い魚型の魔獣を殴りつける。
「……キィ……」
俺の隣では、パルカが何か呟いている。それと同時に、悠莉、もも缶、タテ、ハオカ、羽衣ちゃんと言った若い面々が耳を塞いでいる。
「……ん……」
パルカが俺の左手を引っ張って海面を指差すので、そこに『塗り壁』を置いてみる。
――ゴインッ!
すると、海面に魔獣が飛び出して『塗り壁』に激突し、自滅してしまった。
「旦那さん、どないやらこん辺りの魔獣は音に反応しはるみたいどすね?」
「そうみたいだな、しかも高音なら尚良いって感じか?」
――って事は、三、四人で組んで海面をパシャパシャさせる係と、出て来た魔獣を狩る係で分かれる戦術とかで良いのか? さっきから、突発的に襲い掛かってくる奴はいるけど……。
「……キィ……」
何て事を考えていると、またパルカが左手を引っ張って海面を差す。
――ゴインッ!
「――入れ食いだな……」
どうやら、パルカの発する音ならかなりの確率でおびき出せそうだな……後で聞いてみるか。
「う? おじちゃん、おじちゃん!」
「ん? どうしたの?」
突然、タテに守られながら練習していた羽衣ちゃんが、何かに気付いた様で俺の右手を引っ張る。
「あそこ、だれかいるよ?」
「ん……ホント、うい、よくきづいた」
もも缶が羽衣ちゃんを褒め称え、頭を撫でている。俺は、皆に警戒する様に注意してその人影を見る。
「――何だ? 寝そべってる?」
遠くに見える人影は、そのシルエットから考えるとどう見てものんびり寝そべっている様に見える……。
「どうしますか? あたくしとピト姉様で見てきましょうか?」
「どうだろう……手でも振ってみるか?」
「遠いし、多分、見え無いッスよ?」
「良いんじゃない、振ってみようよ!」
言うが早いか、いきなり悠莉が手を大きく振り「おーい」と大声を出し始めた。
「悠莉ちゃん……もう少し考えましょう?」
呆れ顔の愛里が仕方ないと言った感じで、悠莉の後に続く。
「ん、向こう、気付い……た……」
――人影が立ち上がる様な姿をもも缶が目を細めながら見ていたのだが、突然、その顔が真剣な物に変わった。
「どうした? もも――」
次の瞬間、海面が大きく揺れる。
「どぁ!」
「きゃっ」
俺以外の、海面に立っていた皆が、バランスを崩し海に転び落ちる。直ぐにギルドカードで掬い上げ様としたが、時既に遅く、海面は大きく窪み、渦を描いていた……。
「やば――皆!」
渦に飲み込まれる皆を見て、頭が真っ白になり衝動的に海に飛び込んでしまった。
「――っ! 椎野さん!」
そんな俺に続く様に、愛里が飛び込んでくるのが見える……。
――渦に巻き込まれながら「失敗したなぁ」などと考えている内に、俺の意識は段々と薄れていった……。




