沈黙のリーマン
続きです、よろしくお願いします。
あの後、ひどく疲れた俺達は、ダリーさんに押される様にギルドから外に出ていた。
特に、俺の憔悴っぷりは酷かったらしく、後にダリーさんが語るには「あの時の薬屋さんは、まるで羽衣ちゃんに操作される人形の様でした」との事だ……閑話休題。
俺達は今、騎士団の詰所で事の顛末をブロッドスキーさんに報告しようと、集まっていた。
ブロッドスキーさんは、今日は一度、ジーウの森を見に行っていたらしいが、特に何かが見つかると言う事も無かった様だ。
「君たちの話から、その変異種の魔獣も討伐できればと思っていたのだが……残念ながら、倒された木々と他の魔獣の死骸は見つかったが、それらしき、魔獣は見つけることが出来なかった……」
との事だ、ブロッドスキーさんには悪いが、あのラッコ男はブロッドスキーさんでも勝てる気がしない……こう思うのは、やはり俺に強いトラウマが植えつけられたからだろうか?
続いてギルドでの出来事について、ブロッドスキーさんに話すと、暫く考え込んでいたようだが、とりあえず、当初の予定通りに、今後どうするかについて話し合おうと言う事になった。
「まずは、無事にジョブを獲得出来たと言う事だが、君たちはどうしたい?」
ブロッドスキーさんはそう、俺達に問い掛けてきた。
「すいません、まだジョブを獲得出来たは良いのですが、このジョブで何が出来るのかが正直、分からないです」
「まぁ、おじさんは特にそうよねー♪」
俺がそう答えると、悠莉ちゃんがすかさず、茶化してきた。この娘!
「うん、仲が良いのは、結構なことだ。そうだな、とりあえずは、ジョブの基本的なスキルも習得する必要があるだろうし、数日は騎士団で訓練を行うというのはどうだろう?」
その提案に、俺達は皆、「是非、お願いします」と頷いた。正直な話、まずは自分のスキルを知らなければ、この世界では何も出来ないのでは? と言うのが、俺達地球人の共通見解だった。
――――そんなこんなで。俺達は、そのまま、騎士団の訓練場にいる。
訓練場では、数名の騎士が訓練中の様だった。
「おいっ! この中に、『治癒師』『拳法家』『剣闘士』『魔法使い』のジョブ持ちはいるか!」
ブロッドスキーさんが大きく手を叩きながら、訓練中の騎士達に呼びかけると、二名の騎士が「はい」と手を挙げてこちらに近づいてきた。
「私は、『拳法家』のジョブ持ちです」
「私は、『魔法使い』です」
「よし! お前らに臨時の任務を与える! 昨日から騎士団で客人として預かっている彼らに、それぞれのジョブの基本スキルと、戦闘スタイルなどを教えてやってくれ!」
「「ハッ! 了解であります!」」
二名の騎士はそう言うと、悠莉ちゃんとサッチーをそれぞれ連れて行った。
「さて、生憎『治癒師』と『剣闘士』がいないんだが……」
「それなら、私の『聖騎士』ならば、二つのジョブに共通する所もありますし、心構えなどは指導できるかと思いますよ? スキルは、最悪指導書を買うという選択もありますし」
ブロッドスキーさんが迷っていると、ダリーさんがそう提案してきた。愛里さんとミッチーは、余り良く知らない騎士よりそっちの方が助かるらしく、喜んでダリーさんについて行った。
そして、俺が途方に暮れていると……
「ツチノはどうする? 正直、新規のジョブなんて、誰にも指導できんからな……俺でよければ簡単な戦闘訓練や、心構えなどは指導できるとおもうが?」
「んー、非戦闘職だから、戦闘は出来ないけど護身位は出来た方が良いと思うので……よろしくお願いします」
「うん、その通りだ! ツチノならそう言うと思っていたよ!」
俺がそんな事を言うと、ブロッドスキーさんは、ニカリと笑って賛同してくれた。
俺達は訓練場の隅に移動し、訓練方針を相談していると。
「うい、おじちゃんのスキルみてみたーい!」
羽衣ちゃんがそんな事を言い出したので、結局スキルを使えるようにするところから始めようって事になった。
「では、ツチノ。ギルドで聞いたと思うが、まずはスキルを思い浮かべ、強く意識するのだ! そうすれば、まずはスキルの効果が、続いてスキルを発動するためにはどうすれば良いかが浮かんでくるはずだ! 最初のうちはスキルの発動は、強く意識した後、身体が勝手に動くという感じだろうが、スキルを使い慣れてくれば、自分の意志で使いこなせるようになる! さぁ、まずはやってみろ!」
俺は、強く意識する……ポーカーフェイス、ポーカーフェイス、ポーカーフェイス……ん? 何か来た! 何か、身体が引っ張られる!
「ん! 発動出来たみたいです」
俺がそう言うと、ブロッドスキーさんは羽衣ちゃんと並んで「んん?」と首を傾げていた。
「うん。こちらから見ると、発動しているかどうかが分からんのだが……一体どんな効果のスキルなんだ?」
「えっと、どうやら自分の考えている事や感情が他の人から分かり辛くなるスキルらしいんですが……」
「それはまた……分かり辛いが、本当なら戦闘職にとっては喉から手が出るほど欲しいスキルだな……とりあえず、ちゃんと発動出来ているか、自分でも確認し辛いだろう。さて、どうするか……」
俺達が悩んでいると、横から羽衣ちゃんが、「お耳貸して!」とブロッドスキーさんを呼んでいた。
「……あのね、おじちゃんを……て、……たら良いと思うの!」
「はははっ! それは、面白い! 良し、おじちゃんに任せなさい」
ブロッドスキーさんはそう言うと、ちょっと離れた所で訓練していた悠莉ちゃんと騎士さんを呼び出した。
「少し耳を貸せ!」
そう言うと、ブロッドスキーさんは騎士さんと、こそこそ内緒話を始めた。途中、騎士さんが「えぇ! 良いんですか?」などと不穏なことを言っていたので、聞き耳を立てようとすると、羽衣ちゃんが「ダメー!」と言って、ガードしてくる。
「一体何する気なんだろう……」
「さぁ? おじさん達、何してたの?」
「いやぁ、俺のスキルが発言しているかどうか、確認方法をどうしようかって話していてさ……」
その時、後ろでブロッドスキーさんと内緒話をしていた騎士さんが、地面に向かって拳を打ち下ろした。
地面に当たる直前ギリギリで止められた拳は、そのまま地面との間で突風を引き起こした。
突如巻き起こる突風、その近くに立つ悠莉ちゃん……地面から突然巻き起こった突風に悠莉ちゃんが反応するより早く、彼女の制服のミニスカートがまくれ上がった……その目の前には俺がいる。
俺は心の中で「ご馳走様です!」と叫んでいたが、目の前には、真っ赤になってこちらを睨む悠莉ちゃん……
「み、見た?」
「ん? 何を?」
あっ、俺これ殴られるんじゃね? そう思って人生の終焉を覚悟しつつそんな風にとぼける。
「ほ、本当に? 本当の本当に?」
「いや、だから何を?」
「ううん、み、見てないなら良いよ。別に」
うっそ! 信じたよ、この子! 何て俺が心の中で小躍りしていると、ブロッドスキーさんがこちらにやってきて……
「うむ! どうやら、本当にスキルが発言しているようだな。結構結構!」
爆弾を落としてきた……悠莉ちゃんは、ゆっくりとこちらを見ると、震える声で「どういう事?」と聞いてきた。
「あのね! おじちゃんのぽうかぁふぇいすっていうスキル見たかったから! おじちゃんをビックリさせようと思ったの!」
爆弾が爆発しました……
――――今日、俺は星になります。
気を取り直して、と言うか俺が悠莉ちゃんにしこたま蹴られたり、殴られたりした後、ブロッドスキーさんがニヤニヤしながら「すまなかった」と言ってきた。
「酷いですよ……先に言ってくれたら……」
「まぁ、そう言うな! 少なくともこれで、スキルは無事発動出来ていることが分かった。実際どうなんだ? こちらから見ている分には、物凄い真面目な顔だったんだが?」
「内心は、ご馳走様ですって感じでした」
そう言うと、ブロッドスキーさんは豪快に笑いながら、「何とも羨ましいスキルだ!」と言ってくれた。
「良し! 次のスキルだ! と言っても、加護系のスキルは任意の発動が難しいそうだから、実質確認するのはあと一つだな、新規のジョブは、今後どの様なスキルを習得するかも分からんのだしな!」
そっか、次で最後か……次って……あぁ、あれか……
「次のスキルはどんなスキルなんだ?」
「えっと、『名刺交換』……ですね」
「ふむ、では早速発動してみてくれ!」
「ハイ! 行きます!」
俺はそう言うと、先ほどと同じ様に、スキルを強く、強く意識する……ん? 来た! 身体が引っ張られる!
俺の身体は、何かに動かされる様に、まずブロッドスキーさんと正対し、そのまま背筋を伸ばして直立し、胸ポケットからギルドカードを取り出す……そのまま、ギルドカードをブロッドスキーさんに良く見える様に両手で持ち、上体を心持ち前傾にしながら……
「どうも。薬屋 椎野です。よろしくお願いします」
そう、挨拶しながら、ブロッドスキーさんにギルドカードをすぅっと手渡した。……これ本当にただの名刺交換じゃねぇか!
俺がそう思っていると、変化はそこから現れた。
突然、ブロッドスキーさんが、金縛りにあった様に姿勢を正し、直立すると共に、先ほどの俺同様に前傾姿勢を取り……
「これはどうもご丁寧に。騎士団のジェイソン・ブロッドスキーと申します。以後、よろしくお願い致します」
そう笑顔で挨拶を返してくれた……ブロッドスキーさんは、そのまま、直立の姿勢に戻り、懐に俺のギルドカードを仕舞うと、金縛りが解けたように、一度息を大きく吐いた。
「これは何と言えば良いのだろうか……うーん……」
暫く唸っていたブロッドスキーさんだが、ふと何かを思い出した様に自分の懐をまさぐっていたかと思うと、先ほど俺から受け取っていたギルドカードを差し出してきた。
「うん、面白いスキルだが……正直、使いどころがマナー教育位しか思いつかん……申し訳ない。それと、ギルドカードはむやみに相手に差し出してはいかんぞ、ほれ、今から返すから、大事に仕舞っ、て……?」
ブロッドスキーさんの目は俺の手に釘付けになっていた……何故なら、俺の手の中には、今まさにブロッドスキーさんが俺に返そうとしていたギルドカードが握られていたからだ。
「これは……何とも……」
そのまま、気まずい時間が流れ、暫くするとブロッドスキーさんは、「少し待っていてくれ」と言ってどこかに行ってしまった。
「おじちゃん? スキーのおじちゃん、どこ行ったの?」
「うーん、おじちゃんにも分かんない!」
俺はそう言うと、ギルドカードを弄りながら、羽衣ちゃんをあやしていた。
そう言えば……さっき、『名刺交換』使ったとき、ギルドカードが増えたんだよなぁ……あれ、スキルの効果なのかな?
「うーん、やってみるか。増えろー」
「おじちゃん、何してるの?」
「うん、さっきギルドカードが増えた様に見えたから、もう一回できないかなーって」
「ういもやるー!」
そう言うと羽衣ちゃんは俺と一緒にギルドカードに向かって「増えろー、増えろー」とやり始めた。そうして、五分ほど経つと……
「おじちゃん! いっぱい増えたねー」
「うん……はは……どうしよう、これ……」
目の前には、俺のギルドカードが山ほど積もっていた。羽衣ちゃんは満足そうに、額の汗を手で拭う真似をすると、「ふぃー」と言って、ダリーさんの所に遊びに行ってしまった。
「これは……何をしたんだ?」
俺が目の前のギルドカードの扱いに困っていると、ブロッドスキーさんが戻ってきていた。
どうやら、ブロッドスキーさんは、ギルドでこのカードの真偽などを調べていたらしい。
その調査によると……
まず、ギルドカードは本物で間違いないと言う事。ただし、スキルによる影響なのかどうか分からないが、本来なら人の手で容易く折ったり割ったりできるギルドカードが、非常に硬くなっている事が確認できたそうだ。
それを俺に伝えるとブロッドスキーさんは最後に簡潔に、
「まぁ、要するに保存が効く自己紹介と言った所か……」
と結論付けてくれた。しかし、まさか戻ってみると更に増えているとは思っていなかったらしく。頭を抱えていたがやがてため息を一つ吐くと、「消せる様になれ」と言って、今日の訓練は終わりだと告げた。
その後、四苦八苦した結果、何とか「増やす」「消す」を自在に出来る様になったが、そんな俺の苦労を聞いた皆の視線は何とも言えない微妙なものだった……
沈黙シリーズ……いえ、何でもないです。
※誤字・脱字報告歓迎です。