ハード・ターゲット
初創作、初執筆、初投稿です。
読んでいただければ幸いです。楽しんでいただければ尚、幸いです。
「はぁ、はぁ、んがぁ……」
息が苦しい、心臓が痛い、吐き気がする。それでも、走り続けなきゃ、逃げなきゃあいつに追いつかれてしまう。
「おじさま速く! 追いつかれちゃう!」
分かって、これでも必死なんだよ! デスクワークのアラサーの体力に期待すんじゃねぇよ!
そう叫びそうになるが、グッと堪えて走り続ける。というか、正直もう、喋るのきつい……
現在、俺の手には、スーパーの買い物袋、背中には幼稚園児を負ぶっている。そして、俺の隣には女子大生っぽい女性が、俺達を心配そうに見つめながら走っている。これが、片手にピストルだったら、まだ様になったのかもと馬鹿なことを考えつつ、前へ前へと足を進める。
そんな俺達二人より数メートル前方の男女三人から、声がかかる。
「おっさん達、無駄なこと喋ってんじゃねぇよ!」
「てか、これ何? 何かの撮影か、ドッキリじゃね? もしかしたら、逃げなくてもいいじゃね? なぁ、オッチャン、そだろ?」
「そう思うなら、アンタ止まりなさいよ! その間に、あたし達は逃げるから」
「たし、かに、ドッキ、リ、だっ、たら、良いな」
そしたら、出演料か迷惑料でも貰って、その金で酒でも買えるのになぁ。
そんな、現実逃避をしていると、隣の女子大生が、これまた優しい言葉を掛けてくれる。
「おじさま……辛いなら、無理に喋らなくてもいいんですよ?」
そんなやり取りをしていると、背中の子供が元気に声を上げる。
「おじちゃん! ラッコちゃん来たよ!」
そう、俺達は今、ラッコに追いかけられている! それだけ聞けば、何だか和やかな印象を受けるだろう。それが、世間に広く知られているラッコが同じ生物であればの話だが……
俺達を今追いかけてきているのは……茶色い体毛分厚い胸板、その拳は岩をも砕き(そうな気がする)、その足は千里をかける(かもしれない)。そして、何よりその体長、いや、既に身長と言った方が良いか。その身長が、ちょっとガタイの良い人間と呼べるものなのだ。
そんな化け物が、二本足で立ちながら全力疾走してくる。あぁ、綺麗なランニングフォームだなぁ……
これが本当に何かのドッキリであれば、悔しいが大成功だ! もう十分驚いたし、テレビ的にも笑いが取れるだろう。だから、ドッキリだと言って下さい! お願いします!
そんな俺の心の中を感じ取ってくれたのか、ラッコ男はこちらを見て、その口を三日月の様に歪め、ニヤリと笑った。そして……
「ぶぅるぁぁぁああぁあぁ!」
叫んだ。
あ、意外と渋い声だなぁ……などと思いつつ、俺は、俺達は改めて、追いつかれたら確実に殺されると直感した。
「もうやだ! あたし、もう二度と水族館とかいきたくない」
「誰か! いないのかよ! 誰か助けてくれよぉ……」
「ひ、ひひ、だから、これ、きっとドッキリなんだって! なぁ、見てんだろ? もういいから誰か出て来いよ!」
先頭組の内、女子高生らしき女の子が泣き叫ぶと、それに続くように、先頭組から次々に声が上がる。
既に三十分近く走り続けている。皆もう限界だろう……というか、俺が体力的には一番限界だ。もう、走るの無理!
そんな事を考えていると、急に目の前が明るくなった。恐らく、街道か何かに出たのだろう。目の前には既に木々はなく、人の手で敷き詰められたであろう砂利の道が広がっていた。
皆は、突然の状況の変化に戸惑ってしまったのか、走る足を止めてしまった。……馬鹿野郎ども! 止まんじゃねぇよ!
「何止まってんだ! 死にてぇのか!」
思わず怒鳴ってしまったがこの状況はやばい! 道とは言え、文明の匂いのするものに触れ、皆の緊張が切れかかってる!
「で、でもよぉ。何か道に出たんだし、さっきの化物も追ってこないんじゃねぇの?」
「そうよ! 誰か、人が通りかかるかも……」
「今からだよ! きっとドッキリの人が……」
そんな彼らの言葉を遮り、俺は言う。
「現実逃避したいのは、分かる。正直俺もそうだしな……だけど、あのラッコ男見ただろ? 叫び声を上げた時の、あの口、あんなの、CG使った映画でもなきゃ無理じゃないか? 俺達がこの森に来る前の状況を考えれば、今の状況はドッキリとは考え辛い。そうすると、あのラッコ男が道まで追ってこないなんて保証はない! 今は、逃げるべ……」
「おじちゃん! ラッコちゃん、来たよ!」
「……逃げるべきだったんだよ、ちくしょう……」
俺の背中から声が上がるとほぼ同時。無情にも、ラッコ男が俺達に追いついて来ていた。
立ち止まっていた俺達を見て、俺達が諦めたと判断したのか、ラッコ男は満足そうにニヤリと笑い、再び……
「ぶぅらぁぁああぁあぁ!」
叫んだ。
それまで街道に出たことで希望を見出し、それに縋っていた彼らは、その叫びを聞いた途端、一気に絶望の表情を浮かべ、その場にへたり込んでしまった。
「か、かぁちゃん、たす、けて」
これまで、先頭を走っていた男は、心が折れたのかここにはいない、母を思い……
「ドッキリ……ドッキリなんだよ、これは、ひひ!」
ドッキリ男は、ひたすらに現実逃避を行い……
「あたし達、どうなるの?」
これからの自分たちの行く末を想像したくないのか、誰にとなく、女子高生が問いかけると……
「……基本的には死ぬみたい」
何かを諦めたのか、女子大生が答える。そんな中、ただ一人状況を理解していないのか、俺の背中におぶわれていた子供が、その場に似合わない、明るい声音で口を開く。
「大丈夫だよ! ピンチの時には正義のヒーローが助けてくれるって、お父さんが言ってたもん! うい、知ってるよ!」
余りに場違いな発言に、皆何も言えず、固まってしまった。そんな皆のポカンとした表情を見ていると、諦めが着いた様な、逆に火が着いた様な、不思議な気持ちになってくる。そして……
「くっ! ははっ!」
思わず吹き出してしまった。そして俺は決意する。
自分でも、こんな事を考えるのは全く柄じゃないし、普段ならありえないとも思う。ただ何となくこの子供を見ていると、俺がやらなきゃ、俺が守らなきゃ、と思ってしまった。
ラッコ男は笑みを浮かべたまま、俺達が恐怖するのを愉しむかの様に、ゆっくりとこちらに迫ってくる。
俺は、奴の動きから目を離さず、且つ、刺激をしない様にゆっくりと背中の子供を地面に下ろし、女子大生に子供を差し出し、こう告げる。
「俺が囮になる。上手く出来るかどうかは分からないし、出来てもどれだけ時間を稼げるか分からない……それでも、皆がこの場から逃げるくらいの時間は稼いでみせる。だから……この子を連れて逃げてくれ」
女子大生は静かに、そして驚きに目を見開き、微かに震えながら俺に尋ねた。
「そんな……どうして?」
「……この中じゃ多分、俺が一番歳くってるだろ? 若者に先を託すのは、年長者の特権だよ。と、格好つけたいけど、正直なところ、若い奴らと比べると、どうしても体力無いんだよ。元々デスクワークで運動不足気味だし、足腰ガクガクで、もう走れない。だから、俺にはもうどうあがいても、逃げ切る事はできないんだ」
「でも、それなら、皆で協力すれば、何とかなるかも……」
俺の提案に、皆で打開策を考えようと言う女子大生に対して、俺は頷き話を続ける。
「だから、皆で協力して、その子供を助けてやって欲しい。幸い、ここは街道の様だし、この道を辿っていけば人に会うかもしれない……だから、もし、誰かに会う様な事があれば、事情を説明して、助けを呼んできてくれないかな?」
俺の説得に少し迷い、何かを言おうとしたが、結局女子大生は何も言わず、首を縦に動かした。
すると、今まで黙っていた先頭組三人がそれぞれ、涙を浮かべながら俺に声を掛けてくる。
「おっさん、済まねぇ……」
「あたし……絶対、この子守るから!」
「オッチャン……俺……」
俺は、皆の顔を見渡し頷いた。そして、スーツの内ポケットに入れていた煙草を取り出し火をつける。もしかしたら、これが人生最後の一服なのかと考えながら……ある、くだらない事を考えてしまった。我ながら、馬鹿だなぁと苦笑しつつ、どうせ人生最後なら、と俺は思いついたことをそのまま口に出した。
「さあ、ここは俺に任せて先に行け!」
皆は、何も言わず、俺を背にして走り出した。
そして、俺はラッコ男と対峙する――
本日中に、二話目を上げる予定です。
※予定は未定ですが……