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チョコレート

作者: 近野梨華

 今日は2月13日。日本中の野郎共が明日のバレンタインを心待ちにする日。義理チョコでもいいから欲しいとクラスの女子に頭を下げて回る奴もいることだろう。

 そんな日に俺は家で一人チョコを作っていた。

『ってちょっと待てぇい! おかしいだろ! 何で男がチョコ作ってんだよ! ホモなのか、そうなのか!?』

 黙れ俺の中の悪魔。正直俺が一番聞きたいんだ。

 どうして昨日あんな約束をしてしまったんだ――


   ***


「お兄ちゃん「いやだ」お願いがってまだ私なにも言ってないよ!」

 昨夜、愛しの妹がテレビを見る俺の元にやってきた。3つ年下の妹は今16歳で、基本的に自室に閉じこもっている年頃だ。兄など敬遠されがちなのにわざわざ(﹅﹅﹅﹅)やってきたというのは、余程の用事があるからなのだろう。

 が、

「話しぐらい聞いてよ~」

「いやだ」

 俺は妹の方を見ることなく即答する。じたばたしているのが見なくても分かる。

「ねえお願い」

 語尾にハートが付いていることを考えると、きっと両手の指を絡めてあごの下でくねくねさせていることだろう。

「どんなに可愛く言ったって聞かないものは聞かないからな」

 テレビを邪魔されてイラついてる感をよそおっていると、さっきのハートとは打って変わってドシーンと怪獣が歩くような音が家に響き、

「お兄ちゃんのばか――――!」

「うううぅぅぅうう!!」 *訳『俺の首をしめるなあああ!』



「ごほごほ……で、何の用だよ……げほ」

 首を思いっきり絞められさらにその状態で頭をぶんぶん振り回された俺は、まだ痛む頭を押さえながら妹の方を向いた。

「お兄ちゃんもやっと人の言う事聞く気になった?」

 俺が座って妹が立っているせいか、とてつもなく上から目線な台詞を吐く妹を苦々しく見つめながら話しを促した。

「……分かったから早く言えよ……ごほ」

 テレビが良いところだから、後にしてくれないか。思わず飛び出そうになった言葉を飲み込み、俺は妹の返事を促した。

 さっさと(妹の)用事を済ませてしまいたかったからだ。

「あの……さ、その……」

 と、肝心の妹の切れが急激に悪くなる。

「げほげほ……あの、早く言ってくれると嬉しいんだけど?」

 先ほどの首への攻撃のダメージが残っているのか咳が収まらない。咳を止める方に神経を注いでいると、妹が何を思ったのか自分の顔を俺の目の前まで近づけ、

「お兄ちゃん」

と言ってくる。

 おいおい。俺の目の前に見えそうで見えない胸が……

「何だ?」

 俺の中の全部の理性を使って煩悩を追い払う。

 ポーカーフェイス、ポーカーフェイス――

 が、それも妹の次の一言で粉々に砕かれてしまった。

「チョコレート作って!」

「は?」

 意味の分からないことを言ってきたからだ。

「ちょっと待て、お兄ちゃんにはお前が何を言ってるのかさっぱり分かんないんだけど?」

 だからか、一人称が『お兄ちゃん』などと、おかしなことになった。

「だから、私のために(﹅﹅﹅﹅﹅)チョコを作ってほしいの!」

 と、良いのか悪いのか俺には妹が嘘をついているのが分かってしまった。

「……本当はだれのために作るんだ?」

「え?」

「自分のためにじゃないだろ。それに、明後日はバレンタインだ」

「うっ」

 そう、妹はバレンタインに誰かにチョコを渡したいのだ。自分で作ればいいのに、とは思うが、悲しいかな料理の才能は俺が全部貰ってしまったらしく、料理については俺は上手いが妹は壊滅的だ。

 まあ、そんなところも可愛くていいのだが。

「お前もその年にしてやっと好きな奴が出来たか~」

 ニヤニヤしながら妹を見ると、うつむいてはいるが耳まで真っ赤なのがよく分かる。どうやら図星のようだ。

 なんで俺の妹はこんなに可愛いんだ……

「で、どんなの作ってほしいんだ?」

「作ってくれるの!?」

 妹は俺の言葉に飛びつくように顔を上げた。

「えっと、じゃあ――トリュフ作ってくれる?」

「いいぞ」

「やった――!」

 両手を上げて喜んでいる妹を見ているとこっちも嬉しくなってくるな。

 本当に可愛い妹だ。


   ***


「なにが『本当に可愛い妹だ』だぁぁぁあああ!」

 誰もいない家で一人叫ぶ。

「だから妹からの頼み事は嫌いなんだ……」

 確実に引き受けてしまうから。

 きっと、どんなに大変な頼み事でも引き受けてしまうだろう。

 だって俺は、


 ――俺は妹のことを心から愛しているんだ。


 これは、正真正銘マジな話し。

 ちょっと、そこで引かないでほしいなあ。悲しくなってくるじゃん。

 俺がこの気持ちにきちんと気づいたのは高校一年生の時。気づいたって言うより気づかされたの方が正しいかもしれないが。

 自分で言うのも何だが見た目はそこそこ良いし、勉強も運動も平均的にこなせる。だから中学のときからある程度モテたし、何人かの女子とも付き合ってきた。

 でもなぜだか本気で付き合いたい、と思う人とは出会えなかったんだ。だからだとは思うが、3か月以上付き合った人はいなかった。相手にも俺の気持ちが分かってしまうんだろう。

 高校生になり一か月ほどたったある日、クラスの女子に告白された。来る者拒まずがポリシーだった俺はその告白を了承し、付き合うことになった。この女子は俺の人生初、半年以上続いた彼女だった。

 それだけ付き合っていたら今まで女子に何も感じなかった俺も何かを動かされたのか、いつのまにか彼女が普通に『好き』になっていた。

 半年以上も付き合っていると何回か家に呼んだこともあるわけで、その度に彼女が苦しそうな表情を見せるのに俺は気づかなかった。

 そんなある日、彼女が俺に切り出した。私たち別れた方がいいかも、と。

 もちろん俺はびっくりした。友人からもお似合いのカップルだと言われていたし、なにより今までとは違い、俺が彼女のことを好きだったからだ。

 すると彼女は、

『うん分かってる。あなたが私を好きでいてくれていることは分かってる。でもね、私はあなたの妹にはなれないの』

 と言った。

 その時、俺は全てを悟った。

 どうして女子に興味を持てなかったのか。

 どうして彼女とは長く一緒にいられたのか。

 どうして彼女の事を『好き』だと感じたのか。

 彼女は妹に似ていた。見た目とかではなく、性格や雰囲気……とにかく似ていたのだ。それを俺の家に来るたびに疑惑から確信に変えたのだろう。

 そして、俺に切り出した。

 きっと彼女も悩んだのだろう。

 でも、俺の前で涙は見せなかった。

 この気持ちがいけないことだって事は俺が一番分かってるし気持ちを妹に伝えることは一生ないだろう。

 でも、俺のことを想っていてくれた彼女のためにも大事にしたい気持ちなのだ。

「そろそろ仕上げをするか」

 そう呟いて妹から頼まれているトリュフの仕上げにかかる。

 人にチョコ作りを押し付けた妹は今日、友達の家に遊びに行ってていない。

 一人もくもくと作業をしていると、家の鍵が開いた音がした。おそらく妹だろう。時計を見るともうすぐ6時半だ。

「ただいまー」

 玄関から高い声が響いてくる。それと同時にトリュフも完成した。

「おかえり」

 キッチンまで駆けてきた妹に声をかけ、出来上がったものを手渡す。

「ラッピングくらい自分でしろよ」

「分かってるよ~。ちゃんと買ってきたから大丈夫」

 妹は持ってたスーパーのビニールを掲げる。

「こんな時間までラッピング選んでたのか?」

 俺は呆れながら聞くと、

「半分合ってるけどちょっと違うかな」

 とまた意味不明なことを言ってきた。意味が分からず首をかしげると、

「へへー」

 とても嬉しそうな顔で俺にラッピングがほどこされた小さな箱をくれた。

「これは?」

「開けてみて」

 恐る恐る箱を開けてみると、そこには小さなトリュフが一つだけ入っていた。

「友達の家で作ってたの。一つだけ成功したからお兄ちゃんにあげようと思って」

 チョコレート。

 いいだろう、(未来の)義弟よ。妹が人生で一番最初に作ったチョコレートは兄の俺がいただくぜ。

「食べてみて」

 目を輝かせて俺を見る妹の目の前でチョコを食べる。

「どう?」

「すごく美味い」

 美味しいと聞いて喜ぶ妹が愛おしいと感じる。

 食べたチョコは思った以上に甘かった。

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[一言]  最初は妹の行動が……でしたが、ある意味照れ隠しだったんですね。 仲の良い兄妹は良いですけど、恋につながる好きはダメだと理解はできていても……う~ん、ジレンマ。 最後に妹もお兄ちゃんが好…
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