6話◇ヒミツ
「メリカさんのことだよね……。」
『分かる? まあ、分かるよね。本当は幼なじみだし、大切な友達だと思ってるけど、本心で受け付けない。ワシはどうしたいか分からなくなってしもうた……。』
「そうなんだ……。辛いよね。」
『ううん。やっぱり何も問題ない。何でもない。』
その日の夜の会話は打ち切りとなった。
不穏な夜空。
カレンダーを見る。今月に迫った冒険。楽しみ成分しかなかったそこに、ドロッとしたエキスが入ってきた。喩えるなら甘い液体に、苦いソースが混ざったみたいだ。
◆
卓上カレンダーにはもうバツが沢山描かれてある。赤丸で囲まれた日にちが目立っている。バツが一つ描かれれば丸に辿り着く。
長期休暇まで残り僅かな学校。休みの課題も明確になっていく。今のうちから手をつけていく。後回しにすると二度とやろうという気持ちが浮かなくて、結局休みが終わってしまうような気がしたからだ。
最後に残していた音楽のテスト。リコーダーの穴に手を添えて離して、そして息を吹き込んでいく。とっても早いテンポの曲。超スーパーカリフラワースティックバー食べてエクスペクトパトローナスみたいなとっても早い曲だ。意識を途切れさせると失敗してしまう。集中して淡々と吹き込んでいく。あっという間にテストは終わった。このテストは上手く行ったと思った。これが夏休み前の最後の授業だった。
職員室に寄って成績表を貰う。五段階中、三ばっかりの評価。特段可もなく不可もなく。私自身は相当頑張っているつもりだ。それなのに上には上がいて、私では太刀打ちできない。結局これが私の実力なのだ。仕方ない。私はその結果を受け止めた。二学期の成績に、今日行ったテストの結果が反映される。上手く行った手応えがあるし、二学期には期待しようと握り拳を作った。
その後、私は一人で下校。ミカンとはメリカの計らいのせいで一緒に登校できていない。相変わらず私は恨まれているみたいだ。存在が気に食わないのだろう。それなのにアロに色恋を抜かせて旅に付いてくるみたい。とても嫌いだ。
旅の身支度は終わった。一学期の学校も終わった。もう旅に行くだけだ。クヨクヨ悩んでいる時間なんてなかった。
チャイムだ。ドアを開けた。そこにいたのはミカンだった。家がお隣さんだからこそ帰宅したのが分かったのだろう。
「いらっしゃい。」
「馬鹿」と言って軽い拳骨を食らった。
「え、何すんの」と軽く笑った。
「不用意に開けちゃ駄目だよ。鬼だったらどうすんの?」
彼女はお邪魔しますと中へと入っていった。居間へと案内する。
「旅の件だよね……。」
「最後にコハと話して行くかどうかしっかり判断しようと思ってな」と言うのと加えて「ある事が気になってな。どうしてもいてもたってもいられなくて」と呟いていた。
彼女の長髪がなびく。それと同時に甘い匂いが静かな居間に広がる。バニラの甘い香りだ。頼れる先輩の本当なる姿が見え隠れするような、そんな優しく消える匂いだった。
「そういや、おばあちゃんは?」
「買い物に出掛けてるよ。」
そんな他愛ない話から会話は始まった。
「テストの点数低くない?」
「ごめん。逆に、高すぎない? 私、平均……だよ。」
学校の話に突入。本題を話すことはなく、一時間が経っていた。
鍵が開けられる音。ドアが開く。おばあちゃんが帰ってきた。「じゃ、あたしはこれで帰る」とミカンがそれに呼応して立ち上がった。
居間の扉の前。廊下へと出る前に一言「ホントは旅に行くかどうかはもう決まってたんよ」と言って廊下へと消えていった。
そして、数分後ぐらい経った後に、扉が開いた音がした。ガチャンと扉がしまった。
今度はおばあちゃんが居間へと来た。一度キッチンに行ったのだろう。大きな荷物は見えない。代わりに、手にパフェを持っていた。
「コハちゃんに美味しいものを買ってきたのよぉ」と言った。その言葉を聞いて、実物を見て、胸が踊る、沸き踊る。
机の上に置かれたパフェ。
今にも溶けそうなソフトクリームにはいちごのソースがかかっている。そして、そこにくっつくように置かれたいちご。それと突き刺されたスナックのお菓子。ジュルリ。涎が垂れてきそうだ。
「溶けきる前に、さあ、お食べ。」
長いスプーンでバニラのソフトクリームを一口すくう。口の中に入れる。甘い味が口の中に広がっていく。
今度はいちごとバニラソフト。甘い味と甘酸っぱい味が最高のコンビネーションを生んでいる。三口目はいちごのソースがかかっている表面を大きく削って口に入れた。さらに甘酸っぱさに磨きがかかっている。
ふと見ると白いソースも見える。それも一緒にすくって食べる。練乳だ。今度は甘さが口内を満たしてくれる。
バニラのソフトクリームの下にはストロベリーのアイスクリームだ。滑らかなアイスと固めなアイスのコンビネーションが快感な感覚を与えてくる。
今度はそこにブルーベリーを加えてみる。味変のお陰で、続いて食べたいちごとアイスの味に飽きを感じなかった。そこに練乳も加えてパクッとした。
スナック菓子に着手する。ちょっとだけ口がパサパサする感覚。そこに加わるソフトクリームがとても美味。相性完璧だ。口が渇きやすい美味しいものと、口を潤してくれる美味しいもの。この二つを交互に食べるだけで、一日中食べていれそうだ。
もうソフトクリームが少なくなってしまった。
ストロベリーアイスの下にはスポンジとマシュマロが用意されてある。残していたいちごとスポンジを口にいれる。相性抜群だ。これまた渇きと潤いのツインネーション。
その下にはコンフレークが埋まっている。
さらにその下にはいちごのジュレだ。
残されたアイス、マシュマロ、コンフレーク、ジュレを贅沢にまとめて口にパクッ。美味すぎる。
ジュレとマシュマロ。
ジュレとコンフレーク。
ストロベリーのアイスクリーム。
いつの間にかパフェは底を付いていた。
「ご馳走様でした!」
感謝を込めて手を合わした。
空になったパフェグラスを流し台に持っていく。
キッチンのある部屋と居間の間の見切りの場所で少し転びかけた。そして、横に置いてある棚にグラスをぶつけてしまった。
――欠けてしまった。
そこにおばあちゃんがやったきて、その器を見た。「捨てるしかないねぇ」とのこと。
今から何をするのだろうか。何故かおばあちゃんは少し大きめな袋を二枚重ねて用意して、その中に使われなくなったまな板を置いた。
次の瞬間、どぅわー! とまな板に叩きつけた。パフェグラスが割れる。さらに、もう一度思いっきり叩きつけられた。グラスは粉々に破れた。もう跡形もない。
まな板だけ取り出された。
「これで場所を取らない」らしい。
破れたガラスを捨てる時、わざわざそんな方法を取るなんて初めて知った。破れたガラスの袋は不燃ごみの類が入れられるゴミ箱に入れられた。
◆
空は快晴。
風は爽やかに吹いている。
待ち合わせの場所は見えない壁に即した場所。家などは近くになく、舗道されていない岩が目印になっている。その岩は大小様々で、大きい岩なら座って時間を潰せそうだ。
私は待ち合わせ場所には三番のり。一番はピーとのこと。ずっとそこにいたらしく、流石に人間には真似できない。ちなみに二番はアロだった。
メリカが来た。残るはミカンだけだが、連絡は一切きていない。やっぱり来ない選択をしたんだろうか。不安になって連絡してみることにした。
が、その時、スマホを落としてしまった。画面が割れてしまう。
「ほんと、ドジ臭いわね。足引っ張らないでよ。」
スマホ落としただけなのに――。全くだ。
メリカからはこんな言い様だ。スマホを割ってしまったショックと外野の圧で心へのダメージが大きくなっている。本当に嫌になる。気を緩めば泣き出しそうになってくる。
「あたしが代わりに連絡するわよ!」
強めに言い放った彼女はスマホを触った後に、「ミカンは来ないんじゃない?」とさらりと言った。
待てとも来ない。やっぱり、一緒に旅を来るのを拒んだのだろう。
仕方なく私達だけで先に進むことにした。
透明で見えない壁。今その壁に穴が空く。それがピーちゃんの秘めたる力だ。
「凄いな。本当に街の外に出られる。流石だな。」
そんな言葉を聞いて「へへっ」と笑うと、「凄いのは、アンタじゃなくて、このヘンテコじゃん」と釘を刺されてしまった。この女のせいで楽しめる空気も楽しめなくなってしまうことにだけ腹が立つ。
ついに、私達は街の外へと出た。
街から遠ざかっていく。壁の穴は閉じていった。
「久しぶりの街の外ね。」
私にとってはまだ数ヶ月の出来事だけど、みんなにとっては何年も出れなかった景色。まるで娑婆の景色。
何も無い土を踏みしめて進んだ。
高い場所へと行きたい。脚立の出番だ。梯子を渡って上へと進む。最後に雑誌や新聞などを捨てる時にまとめる方法で結ばれたピーちゃんを引き上げて上に辿り着いた。その間に何度か横の岩にガンガンとぶつけてしまった。ごめんね、ピーちゃん。そして、括られた荷台も引き上げた。これも何度も岩にぶつけたけど、まあ、壊れなければオーケーだ。
高い位置から眺めるフィリップの都市。相変わらず人は出歩かず、機械や機械人間の姿ぐらいしか見えない。そのお陰か、街は澱むことなく綺麗にただし物静かに存在している。もし身近なもので例えるならば、飾られたアートのような街である。実際は物騒な状況に陥っているはずなのに、遠くから見れば見るほど物静かで良い場所と勘違いしそうになる。
ついに旅に出たんだなと実感する。
人の気配のないまっさらな街が美しく輝いている。
「さあ、行くか」の声を聞いて先へと進む。
一面瓦礫の土地。未知を感知。既知の事実として、靴を履いていなければ血だらけになる棘の大地。アロとピーが踏み鳴らし作り出す轍。
この先の方向はあっち? こっち? どっち?
地図で確認する位置。確認する目的地、とそこまでの道。そっちの方向ね、と北の方向へと進む私達。
アロと離れてしまうと聞かされてしまう嫌がらせのような愚痴。嫌がらせとしか思えない言葉を投げ掛けてくる口。放置できずに徐々に不満が溜まっていく胸の内。爆発しないように心の中で耐える措置。
いつしか地面は瓦礫から平面の砂地。歩きやすい盆地。ちょっと先に見えるのは林。違う方角には川のせせらぎ。
「ここら辺で野宿でもしようか。」今からここが基地。
建てられる二つのテント。用意されるサバイバルグッズ。アロが手際よく作り上げていく。一方で残された私達は食の準備のために森に入る。
取り残されたようなひっそりとした場所だ。雑草があちらこちらに生えている。足場は不安定で、高低差が雑草で見えない。木が静かに揺れている。そこに実っていたドリアンを手に入れた。他にもマンゴーも手に入れられた。少し離れればパイナップルも手に入れられた。
動物などは鳥のようなちっぽけなものしかおらず食べ物になりそうなものは見つけられなかった。
傘カゴに沢山のフルーツが入った。後は基地に戻るだけだ。
そこにメリカが近づいてきた。
私は彼女のことが好きじゃない。今までされてきたことを数えれば、当たり前のことだ。
「ここだけの秘密だけど、あたしはさ、アロ君のことが気になってるの。この旅が終わったら、告白するつもり。」
知ってた――。今までの言動を紐解いていけば、必然的に導き出せる。
「実は、あたしはアンタのことが嫌いなの。」
うむ。私もあなたのことがとっても嫌いだ。
「アンタとアロ君との繋がりが気に食わないの。いい? 前も言ったような気がするけど、アロ君と余計に親密になったり、余計なことしたりしたら絶対に許さないから。」
気まずい雰囲気の中で私達は拠点へと戻っていった。
材料が材料のためにまともな料理はできない。簡単に果物を食べやすくカットして皿に盛り付ける。そして、予め持ってきた非常食用フードも盛り付けた。
ちょったばかし異様な盛り付けだけど仕方ない。
いただきます。
口の中に甘みが広がっていく。
ビターな雰囲気の中に現れたこの美味しさが心を満たしていく。噛み締める程にジュワッと果汁が弾け飛ぶ。
非常食はパサパサとしていた。それだけだと喉が乾くが、ジューシーなフルーツを口に加えると喉が潤っていく。乾いてから潤い、潤ってから乾く、乾くその時には食べた感がある炭水化物が体を満たしていく。
ごちそうさまでした。
私達は川に行って皿を洗った。
それなりに時間が過ぎるのは早いもので、もう夜だ。
臨時的に作った仮設トイレ――といっても、四方八方を布のパーテーションで囲って、それっぽい和式便所のようなものを置いたもの――へと入った。
そして、罪悪感も感じつつも、誰もいない荒れた土地だからと残骸を土に埋めた。
「後はテントで寝るだけだ……」と口に出す。
そこで気付いてしまった。テントは二つあり、一つは男子チーム――つまり、アロとピーちゃんのテント。もう一つは我々女子チーム――つまり、私とメリカ、ついでにノラだ。
最悪だ。まさかあのメリカと狭い空間の中で二人同士で寝なければならない。ミカンも来て欲しかったなー、と思いつつも、覚束無い足取りでテントに向かっていった。
「猫もいるなんて聞いてないし。ばっちいから、近寄らせないでよ。ふんっ。」
この空気感が嫌になる。だからと言って抜け出せる訳がない。寝袋の中で彼女に背を向けて寝る。だからと言ってすんなりと寝れない。
無言の時間。話すことはない、というかお互いに話したくもない。ずっとこんな違和の空気で満たされている。
どうしてもいたたまれないので寝袋とテントから出てトイレへと向かった。ノラも付いてくるみたいだ。
夜空が綺麗だ。
雲一つなく澱んでいない空は紫色のようなパレットみたいで、その中で星々を眩く照らしている。美しく流れるせせらぎのような銀河。淡い色とはっきりとした黄色い星のコラボレーション。
少し遠くが黄色く光った。
テントからだ。
急いで駆け寄る。ノラがティアラを加えて寄ってきた。走りながらティアラをつけた。
緊迫した雰囲気が漂っている。ピーちゃんは吹き飛ばされている。メリカはその様子を恐る恐る見ている。そして、アロはベルフェゴールに手を掴まれている。
「おやおや久しぶりです。アデイルなのである。すまないね。本当はこんなことをしたくはないですが、街のために兎や角言っていられませんから。剣士さんには申し訳ないですが、ここで寝ていて貰いましょう。剣士さんと戦闘すれば負けてしまいそうですからな。」
腕が離された。アデイルは両手を合わせた。合わせた手のひらからバリバリと電気の音がする。
「初めて使う技ですので不安はありますが、気絶させるのには文句なしでしょう。」
黄色く光った手のひらを倒れているアロの方に向けていた。
《カミナリボルトイナズマ》
黄色い波動が彼を襲う。砂煙が広がっていく。
アロは靄のようになって、砂煙と共に風に消えていった。




