2話◇No.7
鏡の前での睨めっこは終わった。
薄めのカーテン越しから射し込む光と頭上の電球の光が輝かしくライトアップさせていた。しかし、頭上の光は御役御免。スイッチを押して消灯する。
一段ずつ階段を降りていく。
相変わらずの居間を通り抜けて、「出かけてくるね、行ってきます」と声をかけてドアを開く。太陽の光が温かい。
「あら、コハちゃん。」
お宅訪問しに来た一人の女性。若々しい二十代ぐらいの見た目。宇宙っぽい紫色のインナーカラーの髪、それと黒いロープを纏う姿と持っている杖が印象的だ。
その人はおばあちゃんの昔ながらの旧友である。そのご縁で何度か携わる機会もあった。ちなみに御歳八十後半らしい。見た目って分からないね。私も同い年になってもそれぐらい若い容姿でいられたらいいな! なんて思ってみたりもした。
「出かけるの?」
その返答に「はい」と答えると「外は危険だから、これを身につけていきなさい」とマジックのようにパッとティアラを取り出して渡してきた。
銀色と黒色でできたソレには真ん中に黒い宝石、そこから左にそれぞれ等間隔で赤色の宝石、黄色の宝石があり、右側には同じく等間隔で緑色の宝石、白色の宝石が埋め込められていた。宝石はまるで本物のようで、太陽の日差しによってキラキラと光り輝いていた。
小学生以下の私なら絶対に飛び跳ねて喜んでいた。しかし、私は中学生だ。身につけるなんて、とてもじゃないが恥ずかしい。というか痛すぎる。それなら厨二病になった方がマシすら思えてくる。
ガチャリ、と扉が開く。そこからおばあちゃんも出てきた。そして、「外に出かけるなら身につけるべきよ」と、身につけないための言い訳という梯子を外してきた。
これ、つけなきゃいけないの――?
苦肉の策で「危ないと思った時につける……じゃ駄目かな?」と提案して見たら、「それならいいんじゃない」と了承を得た。
傷つける訳にはいかない。鞄の中をもう一度整理して、丁寧に鞄の中へと入れた。
おばあちゃん達が自宅に入る一方で、私はミカンちゃんとピーちゃんが待つ公園へと向かった。
◆
ほんのちょっぴり前にジャンプして着地した時に「お待たせ」と小さく言う。二人は笑顔で迎えいれた。
今日はミカンちゃんがこの街について伝えておきたいことがあるという。私達はミカンについて行く。今日は何だか比較的大胆に道を歩いていくような気がした。
「ピー坊が行きたい所さ……」と話題が振られた。「確かバアルの場所に行きたいんだよね」と再確認をした。
「多分、そこには行けないと思うのよね。」
言葉の尻が吐息混じりになっている。何か後ろめたい事実があるのだろうか。思わず「どうして?」と答える。しかし、返ってきた言葉は「行けば分かるよ」だけだった。
辿り着いたのは街の端。
「この街はね、入ることは出来ても出ることはできないんだ。原理は分からないけど、街を囲むように見えない壁で覆われているからさ。」
実演して見せてくれた。それはまるでパントマイムのような光景。何も無い所に本当に壁があるみたいだ。いや、あるのだろう。そうでなければおかしい動きである。
「バアルの本拠地はこの壁の向こう側にあるんだよね。だからね――」と話している途中に壁があるという目の前へと来て倒れて見た。途中で壁に手が付いて斜め立ちする予定だ。
すってんころりん。
地面に転がってしまった。――普通に痛い。
「嘘だよね。ええっ。嘘っ。」
私の近くに駆け寄って手を差し伸べてくれた。手を借りて立ち上がる。その後、彼女は少し遠くに行って透明な壁の存在を確認して戻ってきた。
「凄いよ。凄い。壁が消えてる! けど、どうして?」
どうして? と理由を聞かれても、私にもさっぱり分からない。そもそも何が起きているのかすら判然としない。
ふと目線が低い方向へと向いているのに気付いた。その視線を辿って見るとピーちゃんがいる。
「普通は物は勝手に動いたり喋ったりしない。けど、ピー坊はイレギュラーな存在。つまり、ピー坊が近くにいれば、この通れない壁も通れるようになるとか?」
それはまるで探偵物の主人公を真似したかのよう。私はしゃがんで「本当なの?」と聞いてみると、「僕も良く分からないけど、そうかも知れないね」と返してくれた。
浮かれてぴょんぴょんと飛び跳ねている姿を見ると、こっちもどこか心が浄化されていくような気がしてくる。
場所を移動して、ベンチのある店前へと移動した。店は閉店しているみたいだった。私達はベンチへと座った。
近くには自動販売機があって、それは使用可能のようだ。販売してる物はほとんど珈琲だ。私は珈琲は苦手だ――苦いから。それでも、飲めるものを見つけたい。見つけた、キャラメルラテだ。私はキャラメルラテを、ミカンは抹茶ラテを購入した。ピーちゃんは「飲み物はいつでも温められるよ」とその場を温めてくれた。
「ピーちゃんを、バアルの本拠地に連れてってあげられるね。」
「そやな。それとメリカも一緒に連れ――。いや、やっぱりワシら二人で連れてってあげたいね。」
思わず話に出てきた名前「メリカ?」に反応する。それを聞いて、最初は上の空を向いて「あー」と気の無い返事をしていたけど、すぐに視線を元に戻していた。
「メリカはね、ワシの幼なじみで、唯一の友達なんよ。中二ぐらいまではとっても仲良くしてた。けど、今は……仲は悪くはなってないけどさ、疎遠っというか、その……心的に離れ離れになってしまったんだよね。」
空にかかる雲を眺めていく。
どうしてか彼女の瞼の裏からほんの少しだけ涙が零れたような気がした。ただ、瞳が潤っているのは確かだった。
「寂しかったんだ。親も友達もみーんな、ほとんど鬼にやられちゃったから。だから、今はとっても幸せ。」
しんみりとする空間。喉に注ぐキャラメルラテ。仄かな甘みが口の中に染み渡る。
道を走る戦車のような二輪がついた中型のロボットが通っていく。「ゴミ収集ロボットやね」とのこと。この街では全リモートのシステムのためにロボットがフル活動しているみたいだ。
私達は一気に中に入っていた液体を飲み干して、急いでそのロボットに追いつき、そのロボットの中にゴミを放り投げた。
家へと戻る帰路。ここからだと大体一キロ。踏みしめるアスファルトの灰黒。意気揚々と大体半分程進んだ頃。
滅多に現れなかったはずの人の気配がする。その気配の行先はまさかのカップル。可愛らしい服は赤色。その彼氏は白色。二人の空気感はまるでピンク色。そういう雰囲気が苦手な私の気持ちはまるで迷子になってふつふつと現れる疲労。
見た目的には同い年ぐらいな気がする候。保護したピーちゃんを見て、その女は「何これ。電子レンジが動いてる。怖っ」と彼氏を連れて端へと遠ざかっていく行動。
「何コイツら、何でこんな変な物、連れて歩き回ってんの? ……って、ミカンじゃん。そんな変なの見捨てときなさいよ。変な物を連れてるなんて、傍からみたら馬鹿馬鹿しくて、恥ずかしすぎるじゃん。」
毛嫌いする態度。すぐに「まあ、いいや」と気持ちを切り替えて「ルーボ君。早く、行こっ」と明るい口調を変えてそのまま過ぎ去る。
本当に何だったのだろう? 私達に残る感情は徒労。胸の内は悪印象の心。まさに一苦労。
ただ単純にピーちゃんのことを、ついでに私達のことをディスってきて、そのまま過ぎ去った。それに対して「強く傷ついたよ」と嘆かれた。しゃがんで硬い四角い体を撫でて「そうだよね。傷ついたよね。大丈夫、私は味方だから。ピーちゃんは大切な存在だよ」と慰めた。「ありがとう。コハちゃんはとっても優しいね。」そのたった一言が私の心を温かくしてくれた。
そう言えば、その嫌味たらしくピーちゃんを皮肉した女の子はどうやらミカンのことを知っていたみたいだ。「どういう関係なの?」と訊ねてみる。
「メリカだよ……。」
ベンチで話している時に聞いたミカンの友達の名前だった。自分の想像していた偶像と全く違った。
「昔はワシら滅茶苦茶仲良かったんだぁ。けどさ、見ての通り彼氏が出来てさ、それからワシの事は目もくれなくなっちまった。悲しいよね、あんなに仲良かったのに、全ての優先順位が取られちゃった。一緒に話す時だって彼氏の話を一方的にしかしてこない。惚気け話ならまだいいけどさ、何回か深夜に起こされたと思いきや、彼氏への悩み話をさ、あ、愚痴とかも散々聞かされたりしてさ。その挙句、メリカはワシの話すら聞く耳を持ってくれないんよ。」
きっと鬱憤が溜まっているのだろう。けれども、それを吐き出す場所がなかった。そんな彼女は何にもない空気に向かってため息を吐いていた。
「本当にコハには感謝しかないよ。友達になってくれてありがとね。」
「それほどでもないよ。私こそ友達ができて嬉しいの。」
流石に手のないピーちゃんとは繋げなかったけど、二人で手を繋ぎながら、残りの帰路を歩いていった。穏やかな風が吹いていた。
◆◆
久しぶりの学校への登校。今日はミカンも一緒に登校している。昇降口に入って右手へと進む。一方、三年生のミカンは左手へと進む。靴と上履きを入れ替える。そして、お互いに手を振って別れ別れになった。
一人で音楽室へと向かう。音楽の授業においてリコーダーや歌の課題がある。家でできる人はリモートで家で行うのだが、近所迷惑等で家でできない場合は時間差登校の原則の下で音楽室を使用できる。正直に家はアパートではなく一軒家のために家でできるのだが、ミカンと一緒に登校したくてわざわざ学校に通うことにしたのが経緯である。
音楽室に入る。囲いが敷かれている。その一角でリコーダーの練習をした。一時間を示すチャイムが鳴り響いた。リコーダーを片付けて音楽室を出ようとする。
その時、誰かに見られたような気がした。
ジロッ――。という感じで見られている気がする。どうしてだろうか、悪寒がする。
ゆっくりとその悪い雰囲気のする方を見た。斜め上の壁。よく見るとそこに一つただの額縁が飾られている。写真が入っている訳ではない。本当に何でそこにあるのか何も中身が存在しない額縁――つまり、ただの額縁が飾られているのだ。
急いで音楽室を出た。そこにはミカンが待っていた。
心臓に悪い……。
「どうしたの? 何か変なのを見たって顔だね。」
「ううん。何かただの額縁に見られていたような気がして。」
「コハ。ワシが面白いことを教えてやろう。」
そう言ってニヤニヤと良くない笑みを浮かべている。「何?」と聞くと「この学校にね、受け継がれている七不思議!」と返された。本当に良くない。
「別に聞かなくてもいいかなぁ」なんて言ってみたけど、そんなのお構いなしに「七不思議の七番目はね、音楽室の怪談なんだ。気になるでしょ?」と私の意見は普通にスルーされた。「気にならないかなぁ」と口笛吹きながら言ってみても「嘘嘘~」と悪い笑みは止まっていない。
「それでは、さあ、語りましょうか七番目。」
ひんやりとした空気が流れ込んできた。
「音楽室に飾られた何にも入ってない額縁はね、元々は音楽室の先生で……、自分を額縁に変えた生徒を憎んでいるんだって。そんな生徒に似ている生徒を見つけるとね、その生徒をね、想像もできない程の不幸を引き寄せる呪いを浴びせるんだってぇ。もしかしたら呪うためにずっと見つめられていたかも知れないよぉ。」
本当に見られて悪寒を感じていた所にその話はとっても心身に悪い。とっても毒だ。
「冗談冗談。まあ、半分本当で半分嘘だから……ね。」
まあ、冗談だろう。そこで気付く「――半分は本当なの?」
「あの額縁は音楽の先生みたい。呪いの話は生徒が勝手に話を膨らませてできたホラ話。って、聞いてる。まあ、ワシも先輩から聞いただけなんだけどね。」
きっとそれ先輩が嘘ついてますよ、なんて言う気力が残っていなかった。
こんな怖い話をされたせいで尿意を感じる。すぐ近くのトイレに駆け寄る。何かトイレの〇〇さんとかトイレの〇〇君みたいなのが出てきそうで嫌になる。怖い話しないで欲しかった。
ひとまずトイレから出た。ちょっと嫌味をぶつけて見た。
「ごめんごめん。想像できない程の不幸は有り得ないから安心しなよ」なんて言われても、何の安心感がない。
そんな時、長めの廊下を挟んだ棟の一つ下の階ぐらいから悲鳴が上がる。先程までの怪談のせいで余計に体が震え出す。
恐る恐る廊下の方へ向かっていく。
向こう側の棟の階段を登ってきた一つの存在。
ある日――。
学校の中――。
熊さんに――。
出会った――。
「何で学校の中に白熊なんているの?」
「ええっ。学校の七不思議って本当だったの?」
階段から上がってきたのはまさかの白熊だった。そんな怪談みたいな話が本当に起こるものなの? そんなの会談の中だけにしてよ! といる訳ない脳内にいる神に八つ当たりした。
「いや、本当に何でいるの?」
こちらの方を向いた。「逃げなきゃ」と足が動く。左手は音楽室――行き止まりだ。数名の混ざり合う動揺や悲鳴が行き場を失っている。右手は家庭科室――空いていないのですぐに行き止まりとなる。真っ直ぐ行くと左手に下りの階段がある。けれども、降りても追われて追いつかれるのではないだろうか。その先にはトイレ――こちらも行き止まりだ。何しても駄目な気がして、本当に息止まりそうだ。
ふとトイレの横に設置された屋上への梯子に気付く。梯子なら登ってこられないはずだ。私達は梯子を登った。白熊が追いかけてきた。ほんの一瞬ですぐそこまで来てしまった。間一髪の所でソレの振りかぶる攻撃が当たらない位置まで登れた。その勢いのまま寂れた屋上に繋がる天井を開いて、屋上へと登った。
初めてくる広大な景色を眺められる場所。そして、誰も来るはずのない場所でもある。ここに来ればひとまず一安心だろう。
フェンスすら存在しない真っさらな場所。この棟の屋上の真ん中に向かって進んだ。そもそもここに人が来ることを想定していない造りである。来るとしても業者の人だけと考えられていると思う。きっとここに私達が来るなんて想定外のはずだ。
いや、先客がいた。どうしてここにいるのか分からない。だけど、確かにそこにノラがいた。口には鍵を咥えている。カランと鍵が落ちた。そのまま私達の方へと向かってくる。思わずしゃがむとそこに飛び移ってきた。私の膝で丸まるノラを優しく撫でた。
地震だ。
何度も地面が揺れている。何かが壊れる音だ。思わず尻もちをついた。
私達が登ってきた場所から白熊が高く飛び上がって屋上へとやってきた。先程の地震は白熊が天井を突き破るために突進やら何やらで天井を攻撃していたことが要因だろう。
終わった――。もう飛び降りる以外に手段はない。しかし、どこで飛び降りようとも落ちたら死ぬ高さだ。
そんな時にノラが咥えてきたスクールバッグ。そう言えば、この中にティアラを一応詰めてきていた。もしもの時はつけるべきとされるティアラ。藁にもすがる思いでそれを付けた。
しかし、何も起こらない。
まさしく「終わった――。」
ジリジリと近づく白熊。もうすぐ目の前にいる。腕を振りかぶっていた。ああ、――死ぬ。
その時、ティアラに埋め込まれた黄色い宝石が光り始めた。
さらに、ミカンの全身も眩く光り始めた。その時に放たれた黄色い波動が白熊を少し遠くへと吹き飛ばす。
まるで魔法を見ているみたいだ。セーラー服の姿が変わっていく。髪も束なっていく。彼女から放たれる黄色が学校の大半を覆う。建物が、地面が、半径いくつかメートルが真っ黄色になった。
まさに黄色の領域である。
ミカンの服は黄色い雰囲気が漂う振袖姿だった。向日葵の髪飾り。とても上品で、とても美しい。けれどもどこか可愛らしさも残る、とっても眼福な見た目姿だった。
「ワシにはよく分からないけど、何かよー分からないけど、突然不思議な力を貰ったみたいね。頭の中でこの能力のトリセツが流れてくる。」
ティアラの黄色い宝石も連動して光出している。
その時、白熊が襲いかかってきた。その白熊の前方にアートチックな壁が現れる。その壁は容易く破壊された。
パッと現れる無数の火縄銃。白熊を狙うように銃口を向けている。そして、弾丸を放つ。銃弾の嵐がソレを襲う。
「この能力は【スウィーティー・トパーズ】――。この領域内なら、自由自在に幾つもの砂糖菓子の武器を作れるみたい。それも歯が砕けちゃうぐらいの、鋼鉄みたいにかったーい砂糖菓子を作れるみたいよ!」
攻撃は止まらない。可愛い柄のえげつない武器。空中に留まる弓矢が白熊を穿つ。
サーベルのようなものが作られた。それを持って流れるように進んでいく。まるでミュージカルを見ているかのような、そんな美麗な動き。流れるように斬り裂く無駄の無い流れる攻撃。観ている私は感動すら覚えた。思わず「綺麗――」と言葉を漏らした。
ゆらりとなびいていく振袖はまるで波のせせらぎのよう。言うなれば黄色い優しい波。まさに最高峰の所作のように見える滑らかな動き。見蕩れない方がおかしい。
圧倒的な実力差で白熊を端まで追い詰めた。
槍のような物が作られた。その槍で貫くそのまま落として終わりだ。
「駄目――。お願い、殺しちゃ駄目!」
屋上に響き渡る一人の声。その声の方向を向くと、そこにはメリカがいた。
その声を聞いたミカンは手を止めた。白熊の左右に二対の柱が現れる。その柱から鎖のような物が飛び出して白熊を拘束した。絡まるチェーンが白熊を一時的に動けなくする。
「メリカ……。」
小さくそんな声が聞こえたような気がした。
そんなに熊が大事なのだろうか。アニメやぬいぐるみで見る熊は可愛らしくて傷つかないでいて欲しいと思う。けど、目の前にいる熊は本物で、可愛らしさなど一切ない。とても凶悪な危険な存在だ。早く殺さなければならない存在だ。
鎖が壊れる音だ。強引に破壊してきた。
やはり、熊は殺さなければならない。
ミカンが動き出そうとした瞬間にメリカが彼女に抱き着いた。きっと友達だから傷つけたくはなくて動けなくなってしまったのだろう。もう倒す人がいない。
このままじゃ私達三人はその白熊に殺される――。
私の足は意識するより前に動いていた。




