13話◇よあけのうた
最近、よく飲むお気に入りの飲み物がある。注がれる黒い液体――珈琲である。
私は苦いのが苦手だ。子どもっぽいと言われるかも知れないけど、苦手なものは苦手である。
では、何故飲むのか。それは珈琲から苦味を取ることができるからである。
真っ黒に染まる液体が光を反射して私の顔を水面に映す。そこに牛乳を注いでいく。真っ白の液体が黒の液体と混ざりゆく。液体は中和されてキャラメル色に変わっていった。美しい色合いだ。
とっても甘い味わい。私は珈琲に牛乳を入れてカフェラテにして飲むのが好きになった。一口注ぐと甘みが口の中に広がる。昔、カフェラテを進めてくれた仲間がいる。今頃何してるのかな、なんて思いながら外を眺めた。
今、とってもどうでもいい悩みを考えている。珈琲を飲みながら、どうして珈琲に牛乳を入れるとカフェラテと言う名前になるのだろうか。そんな疑問だ。牛乳――つまり、ミルクは珈琲でなければ、しっかりと主張してくる。例えば、イチゴと合わせるといちごミルク。名前で分かるようにイチゴとミルクである。抹茶と合わせれば抹茶ミルク。ココアと合わせればミルクココア。このようにミルクの存在感はなくならない。しかし、珈琲は違う。カフェラテだ。コーヒーミルクではない。
どうしてなのか。飲みながら考えていく内に、珈琲が牛乳に打ち勝つからではないかと考えた。つまり、珈琲が強すぎて牛乳は珈琲に取り込まれるからなのではないか、という結論に至った。
珈琲を飲み干した。
適当にスマホを触って、適当に情報の検索をした。カフェラテの意味がコーヒー・ミルクという説明文やコーヒー牛乳と書かれた文字が見えた瞬間、私はそっとスマホを机に置いた。
カフェラテを飲み干した所で日課の散歩に出かける。春風が心地よい。元々人の目を気にしてしまい、人混みがとっても嫌いな私だけど、この街は人が出歩かないために、私にとってはとっても心地が良い。
静かな公園へとやって来た。
そこのベンチに座って持ってきた本を開く。
今では散歩に加えて、行った先で本を読むのが日課となっていた。
桜が舞い散る季節。
桜散る。桜散る。ヒラヒラ舞う文字が綺麗。
ふと桜が本の中に入った。まるで動画のハイプ機能のように、桜がここのシーンが見る価値あるよと伝えてくれるみたいだ。ゆっくりとページを閉じると桜の花びらが栞になったように感じる。まあ、念の為に元々持ってきたクリップ型の栞で挟んではいるが。
今日の読む範囲はここでおしまい。私はベンチから立ち上がった。
優しい風が吹く。桜の花びらが舞い散っていく。
月日が経つのは早いものであっという間に一年は過ぎていて、気付けばもう卒業だ。
今まで通り勉強をするのは変わらない。それどころか中学生最後の年ということで勉強はかなり頑張った。ただ、それだけに留まらず魔法少女としての修行も同じぐらい努力した。ほぼ毎日がたった二つの努力で終わっていく日々。
終わりを告げた中学。
私の人生の土台となり、確かになる人格。
企画されたリモート卒業式は忘がたい甘酸っぱい味覚。せっかくの時間なので精一杯楽しむ性格。それでも言動は控えめだと自覚。
私は高校へと昇格、決まる。ぼんやりとした輪郭、浮かぶ。これから始まる新生活。
過ぎ去る時間は戻らない。私はもう中学生には戻れない。
地面に落ちた花びらは華々しいピンクの道を作り出していた。その道が再び桜の花びらに戻ることはない。私はそのピンクの花道を踏みしめながら進む。
だけど、桜は来年まで待てば見ることができる。何度でも美しい花は咲いていく。
春――。出会いと別れの季節。
つまり、出会いがあれば別れがある。けれども、例え別れが来たって、葬式――死じゃなければ、またいつか出会える可能性はある。生きてさえいればいつかまた出会えるかも知れない。もしかしたら明日パッと鉢合わせるかも知れないしすれ違うかも知れない。それがたった数パーセントの可能性だとしても、そう思えるだけで私は悲しみはしない。
懐かしい影を思い出す。
私にはやることがある。魔法少女として早く奇跡を起こす使命があるんだ。またいつか会えるって思えるから、私は何にも怖くないし、何にだって挫けないでいられる。
またいつか会えるよね。うん、きっと会えるよ。そんな自問自答をして、優しく笑った。
ピンクを運ぶ春風が吹いた。爽やかな風だ。
◆
高校一年生――始まりの春。
◆
この街では全てがフルリモートで過ごせる。つまり、基本的には家から出なくても一生を終えられる。逆に、外に出る方が鬼に捕獲されてしまうリスクがあるため、家から出たくても出ない人も多くいるだろう。
高校もリモートで全てが終わる通信制の学校だった。テキストはネットで購入。郵便配達の機械が運んでくれる。
授業は半分が課題制で、基本的には課題を与えられて、それを調べて解いて提出する。その提出したものが評価基準になる。もう半分はリモート授業で、画面越しに授業を聞いたり質問したり、グループワーク時には話し合ったりする。
部活動などは存在しない。
やるべき事を淡々とこなせば余暇はたんまりと存在する。
私はこの余暇の時間を修行に充てた。
本来なら暇で暇でたまらなくなる時間でも、今の私にとってはありがたい時間だった。
人形を立たせる。以前はたったそれだけでも一苦労だった。今は違う――。
体の中のエネルギーを一つに収束させる。目には見えないまとまったオーラで人形と繋がる。そしてそのオーラを人形の全身に広げる。これで立たせることも手足を動かせることもできる。これができるまでに何度血が出て気絶しかけたか、気が狂いそうになったか。今ではとっても遅いながらも物も掴める。ゆっっくりとしゃがんで、木の棒を掴んだ。
当たり前のように脳で考えていた細かい一つ一つの動作。ずっとその動作を頭の中で考えていた。だけど、今手足の動作を考えていなかったような気がした。……多分、無意識で動かしているのだ。
集中して動作を考えることで、頭に相当な重圧をかけていた。勿論、疲労感も半端ない。例えるなら寒い時や我慢する時、全身に力を入れるイメージだ。それをずっと維持していれば体が疲れてしまう。私はそのようなことを脳で行っていたのだ。
今は違う。わざわざ考えることにリソースを割かなくてもよくなったのだ。
途端に人形は自由に動かせるようになる。一つ一つ足を動かして、手を動かしてのように動かしていたのが、頭の中でその動作をイメージするだけで人形は勝手に動いてくれる。
「あっ、崩れた。」
油断していたら、崩れてしまった。
けれども、何か大事なコツを掴んだ気がした。私は確実な成長しているし、魔法少女としての力も強くなっていっている感じもする。
人外を人間に戻すのは雲を突き抜ける程に高くそびえる摩天楼の屋上として、そこまで階段を上っていくイメージとするのならば、私はまだ二階の辺りだ。まだまだ先は長い。
「そろそろ休憩にしようか。」
アロが缶を持ってきた。私達はいつものベンチへと向かった。ベンチから眺めるいつもの景色。口に含むカフェラテ。甘い感覚が口の中に広がる。
「この後も頑張ろう!」
私は自分自身で喝を入れた。
「頑張って!」
アロの声ではない。もちろん、私の声でもない。そして、この周りに人はいない。
人がいないのに誰かの声がする。
振り向くと動き出す丸太の椅子がいた。何の変哲もない丸太の椅子だ。
まさか椅子が動いて喋るなんて……「びっくりしたね」と私、「ああ、少し驚いたよ」とアロが言う。普通の人なら大袈裟に驚くだろう。
「ええっ、軽っ。驚かないの?」と逆に椅子の方がびっくりしていた。
私達は前例を知っている。だから、まあそういうこともあるんだなレベルでしか受け取れない。逆に、椅子からしたらそんなこと知らないから驚きを隠せないだろうと思う。というか実際に椅子自身驚いている。
「二人目だ。アンタみたいなのは。」
頭の中にピーちゃんの姿が浮かぶ。人間になる前の姿の残像と目の前にいる椅子が重なって見えた。
「どうしてだろうね?」
「俺の推測なんだが、魔法少女としての力が付いてきた影響力によるものかも知れないな。まぁ、適当で悪いな。」
詳しいことは分からない。だけど、確かなのは丸太椅子が勝手に言動しているということだ。
ひとまずアロの推測通り、私の修行の成果であると思い込もう。目に見える成果は私にとって最高のモチベーションになった。
「ねぇ、名前はなんて言うの?」
「名前が思い出せないんだ……。」
やはり、人外になった弊害なのだろう。仕方ないので、私達が名前をつけることにした。
「なんかいいのあるかな?」「これはどうだ?」なんて言い合いながら丸太椅子の名前を決めた。
「もし私達が結婚して子どもができたら、こういう風に名前をつけるのかな……?」
「流石に軽すぎやしないか? つけるならもっと時間をかけてじっくりと考えるだろ……。」
そんな戯言を浮かべながら、残っていたカフェラテを飲み干した。
◆
高校一年生――夏。
◆
逆刃刀を持った人形とアロが対峙する。逆刃刀とは鋭い刃がなく、切り込めない不殺の剣である。つまり、普通の剣と比べれば圧倒的に安全である。ただし、鉄のために怪我の可能性は否めず、下手に扱うことは許されない。
山の中を駆け巡りながら、隙を見て近づいては剣と剣がぶつかり合う。
剣が横に振られる。それをアロが体を仰け反って避ける。
「この一撃はよくない。肘が逆に曲がっているぞ。」
人間は肘を閉じる側にしか動かせない。が、人形は肘を反対側の開く側に動かして肩にくっつけることができる。もはや人間だったら離れ業だ。ただ、これは人間のように動かす修行でもあるのでこの肘の間違った動作はもちろん不正解である。
カン、カンと鉄がぶつかり合う。
ベテランの剣士はこれぐらいではやられない。
木へと跳んで、木を蹴って空中アクロバットを決めたアロは地面に着くや否やすぐに剣を振る。
ウエストをぐるんと百八十度回転させて真後ろを向く。剣を合わせて攻撃を防いだ。
「流石に有り得ないだろ。」
防ぐことに意識しすぎて、有り得ない挙動をさせてしまった。すぐにそこから離れて元の状態に戻した。
集中――。
基本的に人形は私の思考通りに動いていく。思えば動くが基本の形だ。ただし、細かい部分は私が念力を強く意識しなければならない。特に、手先の動きは難しい。
そこに動く動作を加えると難易度はさらに高まる。移動する事に加えて剣で攻撃すること、この二つを同時に行わせなければならない。これがどれほど難しいことか。
今日は調子が良い。それでも肘が反対方向へ折れたり、体が捻れたりする。
余談だが、体調が悪い時は人形がバグのような挙動不審な動きをし始める。それはそれは心配になる程に。何度もそれを繰り返していたら、アロ曰く体調不良かどうかのサインとして見ていると言われたこともある。
剣が空を切る。
逆に、アロの剣は人形に直撃する。
大きく吹き飛ばされる。剣だけは離さないようにしっかりと握っていた。
地面に打ち付けられた。寝そべった状態の人形の上にアロが来て、剣を向けて「チェックメイトだ」と宣言する。
私の――負けだ。
木の影で隠れていた私がそこから身を乗り出した。
「最後、剣を離さないように意識していたと思う。」
「うん。頑張ってみたの!」
「だが、そのせいで受け身を取れていなかった。受け身を取る方が先決だ。剣は後で拾えばいい。奪われても、他に戦う方法を考えればいい。」
やっぱりアロは歴戦の戦士である。戦いのエキスパートであり、色々な戦闘知識を教えてくれる。
普通の人間のように振る舞って戦うことで、人形のコントロールの出来が非常に良くなってきている。もし摩天楼に例えるなら、以前はゆっくりと階段を上っていたが、今では二段飛ばしで階段を上っている感覚だ。
一方で、この修行はアロのためにもなっている。そもそもこの修行方法はアロの提案だ。
剣士としての質を維持及び高めるために私の操る人形と打ち合っていく。
つまるところ、お互いにとってメリットのある修行だった。
「相変わらず修行を続けているみたいね。」
山中に来た魔女のルバリ。静かに大木にもたれかかっていた。
「魔法少女としての仕事を伝えに来たの」と淡々と伝えられた。
内容を確かめる。
私達は二週間後に、フィリップの街を出て海が有名な街が近くにある山奥へと向かうようだ。そこで人形を使用して、とある建物の中を捜索して指定された物を見つけて欲しいという依頼だった。仕事としてはすぐに終わるらしい。
私は承諾した。というかほぼ強制的な感じがした。ついでにアロも着いてくることになった。
しかし、仕事とはいえ私達だけ外に出るのも気が引ける。ちょっとした「私達が外に出られるのなら、この街の人々も出られるようにできるのでは?」という疑問が浮かんだ。
「それは無理ね。この街を覆う結界のような壁はあたしと同じ『三杖士』レベルだから。できて数人までよ。それに――」
「それに?」
「この街から人がみんないなくなったら、この街で人じゃなくなった人は永遠に孤独に過ごすことになるけど、あなたはそれで納得できるのかしら?」
その言葉を聞いて言葉に詰まった。
この街には人と人ではない何かがいる。人ではない何かも元は人だった。それを見捨てるような真似は私にはできなかった。
「質問の答えはこれで充分かしら?」
「ありがとうございました」と返した。
◆
「行ってきます。」
私は家を出た。そして、道を歩いていく。
「今日はとっても可愛いね。何かあるのー?」
信号機が体を曲げて赤黄青の顔を近づけてきた。流石は信号機のシンちゃん、よくぞ私が渾身のおめかしをしたことに気が付いてくれた。
「コハね、今日、デートなの!」
時間をかけて化粧を頑張った。私にはこうなりたいなーっていうモデル的存在がいる。写真や画像なんて存在しない。そもそも実在するのか分からない。だけど、脳裏に強くこびり付いていて、忘れられない顔がある。その人は夢の中でノラと名乗った私の人生の中で最も綺麗で美しいと思った人である。その人と出会った日から本格的に化粧に拘るようになっていた。私もあの人みたくなりたくて――。
「ねぇねぇ、どこかいくのー?」
近くに赤い三角コーンであるシロアズが近づいてきた。私がソレを見つけた時にたい焼きを食べていて、美味しいと思って食べたその餡が白色の小豆だったことから白色小豆でシロアズといあ名前をつけた。ちなみに実際は白インゲン豆でできた白餡が答えだったらしい。
「ふふっ。海にデートなの。まあ、ほんとは仕事で行くんだけどね。」
今日は街の外で仕事だ。だけど、仕事が終わってからの自由時間でデートする予定になっている。
「今日のお喋りは無しー?」
今度は石のイッシーが話しかけたきた。
「ごめんね」と優しく声をかける。
「はぁ」とため息を放つイッシーに、そこに近寄ったずんだ餅のずんずんもんが「諦めるのも肝心なのだ」とその行動を諌めていた。
「行ってらっしゃい」とラーメンなのかツケメンなのかはたまた中華スープなのか分からないけど、その容器であるエーコーがナルシスト風に声をかけてくれた。私が知ってるレトルトラーメンの商品名がエーコーラーメンだったので、そのように名付けた。
異形の存在達に見送られていく。私は待ち合わせの場所に辿り着いた。
既にアロもルバリも到着していた。
「さあ、行きましょう。」
街を出る。
箒で空を駆け抜けていく。箒の先頭部分に腰掛けて、後部側にはアロが座っていた。ルバリは別の杖で優雅に飛んでいる。
ゆっくりと流れゆく雲が通り過ぎていく。
水色の空を切り、鮮やかに進む。真下には赤茶色の大地が広がる。その景色を見ると中学二年生の頃の旅の記憶が蘇ってくる。
大地を抜けて行くと巨大な海に出た。その上を通り抜けていく。真っ青な世界が広がっている。
豊かな森が広がっては通り過ぎて行く。すぐに海が見えてくる。美しい海が癒される。そして、再び森が見え始めた。
「滑空するわよ。」
私達は森の中へと入っていった。
木々がなびく。自然の匂いがする。それなのに人の音が耐えない。山奥だと言うのに活気のある街だと思った。
私達が向かった先はポツンと在する建物だった。建物の中は立ち入り禁止になっていた。一人の女性が礼儀正しく待っていた。
「ありがとうございます。引き受けて頂きなんと感謝されば良いものか。」
「気にしないで。依頼を引き受けたのは、ついでだから。」
依頼は大雑把には『とある建物の中を捜索して指定された物を見つけて欲しい』というものではあるが、詳細を見ると話が少し変わってきた。
まずとある建物というものは立ち入り禁止区域となった建物の地下である。
「この辺りは山があります。ある日、地下にて火山の膨張が起こり、その際に山の有害毒素がこの建物の地下に充満してしまいました。そこにいた人は皆亡くなり、そこに立ち入ることが出来なくなりました。」
自然災害……。もはや私達の力ではどうにもすることができないレベルの存在。
「本当はこの毒素を消して欲しいと願っても無理なことと諦めました。せめて私の大切なものを取り戻しく思ったのです。それさえ願えば、私はそれだけで幸せなのです。」
もはや太刀打ちできない崇高なるものに立ち向かう思考はない。いくら人間がどう頑張っても変えられる訳がないからだ。だから、せめてものと実現可能そうな希望を見つけて、叶えようと願う。
「お任せ下さい」とルバリは言った。
指定された物とは依頼主の家族の遺品だった。災害に巻き込まれて亡くなった家族への葬いのために欲していたらしい。一応、その遺品の写真とそれがある場所――階層と入り口の特徴を見せて貰った。
「さて、ここからはコハさんにやって貰うわ。人形を操って地下を捜索して貰うわ。」
「分かりました」と意気込んだ。そして、すぐに「どうやって?」と疑問を呈した。
人形を操ることはできる。人形だから毒素は効かない。そこまでは良い。しかし、目に見える範囲以上の地下を進むことができない。目に見える範囲は階段ぐらいしかない。だから、どのようにこなせば良いのか分からないのである。
「もしかして視覚の共有ができていない? あなたの実力ならもう使えていいはずよ。」
「視覚の……共有?」
「……分かったわ。少しだけ指南するわ。少し教えればすぐに身につくはずよ。まずいつものように人形を動かしてくれる?」
彼女の言う通りに人形とオーラで繋がり人形を立たせる。
「目を瞑って少し力を入れるの。オーラを目元に集めるイメージよ。そして、そのまま、人形にそのオーラの塊を移して。」
後ろから目元を隠された。目を瞑り、体の中の氣をイメージする。目元に集めて、それを人形へと移す。
「オーラの塊の中で目を開けるの。」
まるでプールの中で目を開けるような感覚。私の目が人形の目に移ったみたいだ。人形からの視界にはルバリに目隠しされた私も映っていた。うん、やっぱり可愛く着こなせてる、と仕事とは関係ないことを考えてしまっていた。今はそんなことを考えている時じゃない。
気を改めて、仕事を行う。無意識レベルで人形を操る。このように行動しようと思うだけで体が反応して動いてくれる。見えてる世界も人形からの視点というのもあり、人形を操っているはずなのに、まるで人形に乗り移り変ったみたいだ。
ゆっくりと階段を降りて、靄のかかる建物の中を歩いていく。
地下には部屋が並んでいた。
確か、ここなはずと一つの部屋に入る。虚しくも過去に取り残された景色がそこには映っていた。
ふとフィリップの街で人がいなくなった場合を想像した。想像したのは以前、ルバリに魔法で人間全員を避難させた方がいいのではないかと質問したことがあったからだろうか。結論は無理と言われたが、もし可能だったのならば、街に取り残された人間だったもの達は目の前の光景のように、虚しく過去に取り残され、世界で置いてきぼりになるのではないかと思ってしまった。それはやっぱり悲しいな――そう思ってしまった。
私は言われた品を握って、そして一階へと戻った。
仕事は完了した。目の前で泣き崩れて喜ぶ依頼人。それを見て私も嬉しい気持ちになる。
目下にあるのは立ち入り禁止にさせる災害。何年、何十年、気が遠くなる年月をかければようやくこの災害を消し去る技術を発明できるかも知れない。もちろん、喜ばれることだし、褒め讃えられるような行動だ。
だけど、その年月を待つ間にも、苦しむ人々が存在する。災害を消し去ることはその人達に、完成まで苦しみの我慢を強いることになる。もしも完成しなかったら、もはや無駄死ににすら思えてくる。
私なら、災害を消し去るよりも優先的に目の前の苦しむ人達の苦しみをできるだけ取り除いて上げたい。そう思った。
これは目の前に広がっているガス系の災害の話だけではない。フィリップの街も同様である。街の外から出られず、鬼が突然現れては人外に変えようとする。いくら魔法少女とて太刀打ちができない存在。まるで自然災害のように大いなる存在。何年も、何十年も、魔法少女として運命に立ち向かい、努力をすれば全て解決できる力を手に入れられるかも知れないし、できないかも知れない。けれども、力を手にする間には苦しんでいる存在達がいる。それを見捨てることになる。
私はそれは嫌だな、と思った。
私は魔法少女の力で今苦しんでいる存在達を救って上げたい。それは物理的な苦しみだけじゃなくて心理的な苦しみも含めて、だ。それがきっと私として出来ることなんだと思うし、私が選びたい救いの方法。もちろん、最終的な目標は人外を人間に戻すこと。だけど、それは今じゃない。それだけを目指して小さな苦しみを見捨てることは私にはできない。そんな私が今も尚、災害が続く街フィリップでできることは――。
私は現在泣いて喜ぶ依頼主を見た。私は微笑ましい表情を彼女に向けた。
任務を終えて、ほっとしている。
ふとアロが何やら大きな石碑を見つめていた。
「何の石碑?」と口に出してみた。
「ここは伝説のあの佐藤ベテルギウス……の母の縁の土地みたいだな。」
それを聞いて思わず「誰?」と答えてしまった。まあ、石碑に書かれるぐらいだから、その土地にとっては特段有名な人なんだろうと思う。
「俺の故郷を滅ぼした国を……滅ぼした人――その母だな。まあ、佐藤さん本人じゃないから石像まではなさそうだよな。」
何かを成し遂げれば、石像とか石碑で未来へと紡がれる。
私がそういう風になりたいとか刻まれたいとかそういうことは思わない。ただ、ひたすら強く生きているアロを近くで見ていると、彼がそういう風になったら刻まれたらみたいな淡い望みを感じてしまう。ただただ、そうなって報われて欲しいな――って。
◆
箒で山を下り、海辺にやって来た。
煌びやかな砂浜と海が有名なセブという島。細かくてさらりと砂浜がさらりと広がる。エメラルド色に輝く海。穏やかに打ち寄せる波が白色の跡を残しては消える。見ているだけで癒されそうだ。
「ようやく、本来の目的である島に来れたわね。」
その言葉を聞いて驚いた。てっきりもう仕事は終わったものだと。恐る恐る訊ねると、彼女は少し言葉を詰まらせた。
何かジレンマと戦っていたのだろうか。根負けして言葉に出していた。
「あなたをここに連れてくるのが本来の目的だったの。」
思わず「どういうことです?」と首を傾げる。
「ペルバからの頼まれ事なのよ……。」
「おばあちゃんの?」
「最近、修行ばっかりで休んでいないって。街の中にいたら何したって休めそうになさそうって。だからといって、普通に休暇として遊びに行こうと言った所で受け入れてくれなさそうってね。だから、仕事があると言う理由で遊びに連れ出して欲しいって……ね。」
つまるところ、さっきの仕事はただ私を連れ出すための嘘の方便的なこと? けど、そうでもしなきゃ私は来なかったと思う。遊びのために街の人を置いて外に出るなんて……と考えてしまいそうだ。
「まっ、建前だとしても、本当に仕事はこなしたんだし、思いっきり遊んでもバチは当たらないわよ。せいぜい楽しんで来なさい。」
言葉で背中を押された。
彼女はどこかで時間を潰すと言った。
一度この場を去る前に「これ、ペルバから言うなって言われてるから、今のことは忘れてね」と伝えられた。秘密と言われたならおばあちゃんには言わない。私は軽く頷いた。
白浜の上に残された私とアロ。美しい波のさざめきがバックグラウンドミュージックになっている。
まさしくそこは二人だけの時間。
二人でゆっくりと砂浜を歩いていく。砂の音を響かせていく。海風が心地よい。
左手を故意に彼の右手に触れさせた。何もおかしいことはない。なぜなら、私達はカップルなのだから。
指と指を絡ませ、腕を繋いだ。そして、揺り籠のようにゆっくりと動かしながら優しく前へと進んで行った。砂浜には私達の足跡が刻まれていった。
◆
高校一年生――日常。
◆
この街は不思議な不思議な街である。基本的に人は出歩かず一生のほとんどを家の中で過ごす。出るとしてもひっそりとしか行動しない。
人が出歩かない街だけれども、街には活気が少しずつ溢れ出している。機械もよく行動してる。それ以上に人間ではない存在が出歩いているのだ。
他所からみたら驚き桃の木山椒の木。動くはずのない物が動き、そして話す。まるで御伽噺のような世界がこの街には広がっているのだ。
カクレクマノミのニモニモが道路の溝を泳いでいる。私のことに気づいた。私に向かって「こんにちは」と明るく話してくれた。この環境下で何とか生命を保っている死滅回遊魚だ。
かぼちゃのぱ☆ぱ☆ぱ☆パンプキング十七世が楽しそうに通り過ぎる。
太陽の光が建物によって遮断されて、日陰になった公園の端っこへと辿り着いた。
そこに集まってきた異形の存在達。もふもふ五兄弟だ。一番兄の綿のもふもふと、その下の姉のリャマのめふめふが楽しそうに話している。何やら末っ子が相談したいことがあると伝えてくれた。うさぎのむふむふとウール素材の服のみふみふは見つけた。しかし、相談したい彼女の姿が見えない。ふわふわした大きめのぬいぐるみだからいたら一目瞭然のはず。
ようやく相談者がやって来た。
彼女が悩みを打ち明ける。自分のいる友達グループで、みんなで無視にしようとなった。その対象が幼なじみだった。周りが密告密告と言う『百文字と四十字の嫌味な言葉』を聞いて同調するだけで心苦しい。一体自分はどうすればいいのか。そんな相談だった。
私は今にも潰れそうな彼女の心に寄り添った。
私の優しさで包み込む。彼女は笑顔で五兄弟みんなで帰っていった。
人外の悩み相談。私が体験したようなことや本で読んだような悩み、聞けばそうだよねぇってなる悩みが次々と舞い込む。正直、修行も高校の勉強――今はそんなにやることもないけど――もあって忙しい中で行うので大変ではある。それでも私の力で小さな苦しみが取り除けるのなら、私は万々歳だ。
これはきっと外にも出歩け、魔法少女で【姫】で人外への理解もある私にしかできないことだと思っている。
そう、私は世界で唯一無二の『人外カウンセラー』なのである。
普通なら見捨てられてしまう人ではなくなった元人間。その人達のケアは一体誰がするのだろうか。
街全体は人に対してのサービスやサポートは万全なのに、人外へのサービスやサポートは存在しない。なら、私がやるしかない。
私は魔法少女の力で今苦しんでいる存在達を救って上げたい。そう強く思って考えた結果がこの人外カウンセラーだ。
今では私は人外に例外なく慕われている。なくてはならない存在になっている。
私は幸せにも人外に囲まれていた。日が昇り、日陰だった公園の端っこにも日が射し込んでくる。
沢山のみんなに囲まれて幸せな時間だ。太陽の陽のお陰がどこか心がポカポカだ。
◆
ミカンちゃん、ラメルちゃん、ノラ、ピーちゃん。元気にしていますか――。今どこで何をしているのでしょう?
私は魔法少女として人に戻すための修行をアロにも付き合って貰って行っています。それと人外カウンセラーという仕事をやっています。それなりに大変ですが充実した毎日です。
死なない限り、生きてさえいればまたいつか会えるかも知れない。今でも、偶然鉢合わせてしまう夢を見ます。たった数パーセントの確率かもしれませんが、いつしか出会えるんだと信じています。
私は人外のみんなから必要とされている――。
いつか出会えるかも知れない大切な仲間がいる――。
ならば私は戦える。
例え、私が、砕かれて、引き裂かれて、無様に散ろうとも――何も怖くない。
だって、私を必要としてくれる人がいる。だって、あなた達のことを思い出せる。――いつの日も。
私の名前はコハ。
人々から恐怖を取り除く。
希望に満ち溢れた最高の――魔法少女だ。
Fin.
余談ですが、アロはコハにとって欠点が一つもないぐらいの理想的な彼氏になります。この『コハのアロとピー』はこれにて終わりますが、二人の軌跡を、末路を想像してあげてみてください。
ご愛読ありがとうございました。
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