10話◇ノーダウト
ご飯に出された本当に少量の鮭。それを見た時に私は思った。小さすぎる、と。
そして何も知らずに一気に頬張り違和感を感じた。「辛っ!」と無理やり飲み込んで水で押し流した。
「ぼたっこは一気に食べるもんじゃないはず……。」
美味しくない鮭だった。その後、無垢な米粒を口に入れていく。どうしてか美味しく感じた。ただの白色のご飯に箸が進む。ふりかけや何かを乗っけている訳でもない。本当に何の味っけもないはずの白米だ。
この一件で気付いたことがある。塩は適量なら美味しい。けど、過剰な塩分は健康を害するどころか、塩辛くなり美味しさが激減することが分かった。つまり、塩もやりすぎは毒になるということだ。
私達は朝食を食べ終わった。
そして、バアルの家にお邪魔した。
「ゲームでもしません?」と出されたテレビゲーム。カートゲームだった。
それは車を運転して与えられたサーキットを誰よりも早く三周すれば良いというもの。途中にはアイテムボックスと言うものがあり、それを取るとアイテムを手に入れられる。アイテムには後ろに置く触れると滑るバナナ、一位の人に強制的に爆弾を当てる羽と棘がついた青い亀の甲羅、一度だけ大きくジャンプできる羽などがある。それを活用しながら一位を目指すゲームみたいだ。
私達はそのゲームの操作方法を確認した。
その間、バアルは一時的に抜けた。そして、ラメルに声をかけた。
「昨日、無理ですと言ったベルフェゴールの操者を教えて欲しい件なのですが、昨日そのベルフェゴールについて調べたら、ラメルさんには知る権利がありました。……ということで、見ますか?」
「そんなの見るに決まってるよね!」
「じゃあ、こちらへ。」
彼に連れられて別室へと進んでいった。
そして、数分後にバアルが戻ってきた。
「じゃあ、俺らはこの間にゲームでも楽しみましょうか。」
操作方法は確認し終えた。
次はキャラクターセレクトだ。キャラクターはプレイヤーが作ったキャラが沢山置かれてある。「ほとんど俺の自作」と鼻を高くしているが、ちょっぴりダサイのが殆どだった。特に、キャラクター名が終わっている。
ふと、これだ! というキャラを見つけた。ショートボブの女の子で白い羽がついている。『ライラ』というキャラだった。「それ、俺が作ったキャラじゃない」と彼は何故か落胆していた。
アロは『カシェル』という同じように白い羽の生えた緑色の髪の女の子を選んだ。またもや「それも俺のキャラじゃない」と落胆していた。
彼自身が選んだキャラは怪しさ満点のキャラクター。名前は『黒幕・髭男ディズ0』という反応に困るものだった。「いや、なんか反応して!」と言われても突っ込めず、あははと笑うしかない。
いざレースが始まった。最初はバアルが一強だったが、繰り返す内に何とか運が良い時は張り合えるレベルまで追いついた。アロは劇的に下手だった。
「なかなかやりますね……。まさかここまで上手になるとは、成長速度が半端ないのよ。」
「昔は結構ゲームとかしてたので。一年ぶりのゲームでようやく腕を取り戻しただけかも。」
ここでハンドルを右にしてドリフトを決めターボを行う。一気に駆け抜けて彼を出し抜く。後ろから爆弾のアイテムがやってきた。何とかその攻撃に気付いて、爆風を避ける。一気にバアルが追いかけてきた。残りは後わずか。最後のアイテム。私はバナナを手に入れた。あまり使えないアイテムだと思いきや、コーナーの箇所でバアルが真後ろに着いてきた。そこでバナナを置いたら、そのバナナの罠に引っかかってカートをスピンさせていた。そうして、私は一位のゴールテープを潜った。
「……一年ぶり?」
「お父さんもお母さんも亡くなったから。なんで亡くなったかは未だに分からないけど。なんか『バア?』何とかに殺されたみたい。私もさっぱり分からないけど……。」
「へぇ。なんか心当たりありますわー。」
「家も半壊する程だったみたい。一体、何が起きたのか私も知……ん? えっ?」
思わず視線を彼へと向けた。だらけきった表情をしていた彼が「あっ」とおどけた顔に変わった。すぐに「あー」とか「えーっと」とかそんな他愛ない言葉で繋いでくる。
「ちなみにバアルではないよ……。そこは安心して。それで、それは……その……あっ、あれだ。『バァスト』っていう自然災害だ。突然、何も無い所が爆破する災害だよ。」
「俺はそんな災害、旅をしてきた中で一度足りとも聞いたことないけどな……。」
「マニアックな災害なんだよ。」
彼は何故だか少しばかしあたふたしているような気がした。
そこにラメルがやって来た。
「あちきも参加させてよ!」
そこに四人目のプレイヤーが参戦。キャラクターを選ぶ場面へと戻る。彼が「俺のキャラクターを使うといいですよ」と爽やかに目を瞑っていた。
「仕方ない。あなたが作ったっぽいキャラにしてあげる」と、選んだのは『サンダルT』というこれまた白い羽のついた眼鏡をつけた優しそうな男性キャラだった。「それ俺のじゃなぁい!」と落胆されていた。
「キャラ名のTなんて厨二病っぽく、わざわざ入れたんだと思ってた……。」
「その"T"はティーチャーのTらしいよ。つまり、サンダル先生……。」
「サンダル先生……、サンダルさん、うーん、まぁ、ちょっとダサイかも?」
「これとかどうよ。??(ビャンビャン麺のビャン×2)?(ビャンビャン麺のびゃん)君とか。」
「ダサイ!」
その返答に時間はいらなかった。
私達はレース対決を何度も行い。その結果、一位はバアル、二位は私、三位はラメル、圧倒的ドベはアロというものになった。
その時間は何よりも楽しい時間だった。
◆
私達はバアルを囲むように座った。ピーちゃんを人間に戻せるかも知れない方法を聞くためだ。
「あのイカれたゲームに対して何とかできるのは伝説の三人と呼ばれる『三杖士』の力ぐらいです。フィリップからここまでやって来た君達なら分かると思いますが、フィリップからは普通出られなかったはず……なのに君達は街の外へと出られたのは言わずもがな魔法の力のお陰なんです。……多分。」
「魔法の……力?」
「あれ? 気付いていませんか? コハ氏がつけているそのティアラの魔法のお陰で出られたはずです。」
それを聞いて「僕の不思議な力じゃなかったんだ……」と下から聞こえた。
しかし、いざ言われてみれば、今までの不思議な力などにも多少は説明がつくため、納得はしやすかった。
「そのティアラは『三杖士』の魔女ルバリ氏のものなんです。……きっと。」
「ルバリさんが『三杖士』!?」と私は驚いた。
ルバリとは、おばあちゃんの古くからの仲間である。その縁からか幼い頃から私もその人のことを知っている。箒に一緒に乗って空を駆け抜けたこともある。
魔法を使えて、さらに歳を取らない。言われてみれば普通の人間じゃない。まさか伝説の一人とか世界で手に数えられるぐらいの実力者とか、そんな次元の人物だとは知らなかった。
「コハっち、もしかしてあの方のこと知らなかった訳? てっきり知ってるものかと思ってた……。」ちょっと呆れられてる。
逆に「ラメルちゃんは知ってたの?」と返す。
「知ってるも何も、ラメルが魔法少女なのは、あの方から力を貰ったからなんだけど……。」
点と点が繋がった。彼女の力はルバリによるもので、私達が奇跡で起こした力もルバリによるものの可能性が高い。
「確証は無いけど、ルバリ氏ならピー氏を人間に戻せるかも知れませんね。」
さらに横から「あの人なら……できると思う」とも付け加えられた。さらに追随して「けどね。一つ覚えておいて」と加えられた。
彼女に耳を傾ける。
「もしれーちんを元に戻すでも何でも魔法を使うのなら、それに見合うかそれ以上の犠牲が必要なの。"大切なもの"を引き換えに失う覚悟が必要なの……。」
とても冷たいトーン。それはどこか哀すら感じさせる。
さらに追い討ちをするように「覚悟……ある?」と加えられた。私はそれに返答できず無言で返した。
唾を飲み込んだ。
その後は静かな時間が流れていた。猫の声だけがそこに響いていた。
◆
大きめの車が目の前に現れた。これならあの荒野も走り抜けられそうだ。私達はフィリップの街付近まで車で送られることになったのだ。
「ねぇ、アッ君はこれから何をするのー? 長年描いていた復讐は終わったんでしょー。」
「俺は……何がしたいんだろうな。街に戻った所で何かしたい訳でもない。戻れなくなるってリスクがある。けど、コハを最後まで送り届けたいしな。俺はそれから考えるよ。逆に、街から出なきゃならない理由もなくなったしな。」
「実はさぁあ、あちきも無くなっちゃったんだよねぇ、復讐が。それで聞いてみたけど、お互いもぬけの殻みたいね。」
「ラメルも一緒に来るか?」
爽やかな笑みと優しくそっと出される手がラメルに向けられる。その様子を見ていると、ちょっとばかしずるいじゃないけど似たような感情が胸の奥で沸き立ってきた。
「似た者同士、一緒に――。なんて言いたいけどぉ、あちきはやらなきゃならない事ができたんだよねぇ。だから、ここでお別れだ。」
グーの手を前に差し出された。私達も同じく手を差し出して三人とついでにピーちゃんでグーの手を合わせた。
「楽しかったよ。ありがと」と言って、彼女は新たな旅路へと向かっていった。お互いに手を振りながらも、その距離は確実に離れていき、いつしかその姿も見えなくなっていった。
車の後部座席へと乗り込む私達。運転席にバアルが乗る。その姿はどこか心配ものだ。ノラさえも心配でか弱い鳴き声を上げている。
アロやピーちゃんと話しながら時間を過ごすのだろうと思っていた。荒々しい運転で絶え間なく体が跳ねていく。話せるとかそうレベルではなくて常に前の椅子とか何かに掴まっていなければいけないという必死な時間となった。
ガコンガコン。舗装されていない地面は平らではないためとってもデコボコな大地となっている。
進むに連れて景色は赤茶色から緑に、そして川の青、再び赤茶色というように移り変っていく。それと共に旅の思い出が後ろから前の順で思い出されていく。メリカとラメルが戦ったフィルム。メリカが離脱したフィルム。ラメルと出会ったフィルム。アデイルに連れ去られたフィルム。アロが怪我をしながらも必死に戦うフィルム。メリカとのあまり楽しくなかった時間のフィルム。私達が街を出た時、ミカンが来ないことで少し悲しい気持ちになった記憶のフィルム。今ではどれも大切なフィルムになっている。そのため、私はそのフィルムを脳の片隅にしっかりとしまった。
ようやく車が止まった。そこで昼ご飯を頂くという。バアルが私達を外に連れ出した。
私は車酔いしていた。この自然の風が生き返る。
そんな時、遠くから何か音が聞こえ始めた。彼曰く「これは前兆だ。コハ氏よ、アレを見ろ」とのことで、私はその指さされた方向を見て「えーっ」と叫んだ。
突然、山で爆破が起きる。その爆破が起きた場所だけ一部分が削り取られるようになくなっていた。
「あれが……バァストだ。」
あれが私の家族を殺した自然災害。しかし、それを恨むことはできなかった。恨んだ所で何にもならないからだ。
私達は昼ご飯を頂いた後、再び車に乗り込んだ。
「凄かっただろ。バァスト」とバアルは後ろを振り返って言う。
「アンタは馬鹿か。前を見ろ、前!」とアロが叫ぶ。
車は急停止のために強くブレーキが踏まれる。そして、助手席の所に大木がめり込んだ。
奇しくも私達は無事だった。
車から出ると、大木にぶつかったのだと一目瞭然。よそ見運転は止めましょう、その一言が頭を過ぎった。
「ここからなら、夜になるかならないかぐらいには辿り着けるだろう。」
私達はここから歩くことになった。バアルはベルフェゴールに抱き抱えられて戻ることになったらしい。
私達が帰路の一歩を踏み出した頃に彼が口を開く。
「宿で話したことを覚えていますか?」
私には何のことだかさっぱり分からなかった。
「ああ、もちろんだ」とアロが返したため、女子棟に行くために別れた私は関係ないことだと気付いた。
「俺はコハ氏が間違いの道に進み、誰にも止められなくなるのではないかと危惧しているんです。」
思わず「どうして?」と口を開いた。
「説教臭く聞こえるかも知れないけど聞いて欲しい。生きていれば必ず反対意見や厳しい言葉を言われるかも知れない。それを聞くのはとても辛いことかも知れない。けど、時には受け入れないといけないんです。受け入れたくない事だろうと、どれだけ辛かろうと、拒み続ければ、自分は悪くないとか自分が絶対に正しいとかを思い初め、自分自身の世間での間違いに気付けなくなりますから。そうなれば、もう手遅れです。排外的になり、誰も止められない化け物の完成です。」
それはどこか面白い感じのバアルではなくて、大人としてしっかりとした感じのバアルだった。
「今言った話は至る所で見ますよ。正義感に振り回される者、地位や経験を得た者、被害経験に人生を囚われ他責する者や被害者側で利益を得ている者、数々の化け物を挙げればキリがない。そして、数奇な運命を辿る君がそうなれば、圧倒的な影響力を与える化け物を超えた存在――つまり、手に負えない巨悪になる可能性があるんです。」
その言葉が空を切る。
難しい話で話に追いつこうとするだけだ手一杯だ。
「俺が言いたいのは、手遅れになる前に、反対意見でも厳しい意見でも拒まずに飲み込める人になって欲しいんです。大変なことですけど、そうしなければ誤ちに気付けなくなり、何もかも取り返しがつかなくなりますから。」
とても難しい話で今の私が理解するには時間がかかり過ぎる。どれだけ咀嚼してもまだすんなりと飲み込める段階にならない。本当に話が難しい。
「まあ今は理解できなくても仕方ありませんが、これだけは忘れずに覚えておいて下さい。『自分が人の道を間違えてそうだと思ったのなら、変われる内に変わる。』『アロの言葉をしっかり聞く。』以上。」
先程までの言葉がパッと消えた。そして、新たなその言葉が代わりに入ってきた。私はしっかりとその言葉を胸の中にしまい込んだ。
「そして前にも言ったけど、アロ氏には、もしコハ氏が道を外れそうになっていたら、厳しい事でも言って欲しい。きっとコハ氏を救えるのは君しかいないと……そう思うんです。」
「まあ、なんだ。まるで呪いだな。」
「やっぱり、駄目ですか?」
「いいや。なんかの縁だ。しっかりとその言葉、胸に刻んでおくよ。」
「『三杖士』の弟子で、奇しくもコハ氏と面識のある君にしか頼めない事ですからね。後は頼みましたよ。」
彼が見送る中、私とアロ、ピーちゃん、藍猫のノラでフィリップの街へと向かった。
◆
たった数日前にも同じように歩いていたのに、どうしてだが懐かしい感覚に陥る。しかし、今では"私の"旅の仲間は"アロとピー"ちゃんしかいない。ふと猫の鳴き声がした。もちろんノラのことも忘れてないからね、と心の中で言い訳した。
バァストが起きた山の横袖を進む。爆破したであろう箇所を気をつけて通り過ぎた。そこはちょっとだけ温泉の匂いがしたような気がした。
山をゆっくりと下る。
後は平坦な道を進むだけだ。私はちょっとばかし遅れていた。
その時、山崩れの轟音が鳴り響く。
「コハ、危ない!」
上を見ると大木が大きく見えていく。つまり、近づいてきている。私の元へと落下してきている。
アロが剣を投げ、崖に突き刺さる。剣が大木の軌道を変えたことで、私は潰されずに済んだ。
「走るぞ!」と私は近寄ったアロに手を握られて無理やり先へと走っていく。少しするとさっきまで私がいた所に土砂が流れ込んできた。
私達は土砂崩れから免れることができた。
「あの爆破の影響で地盤が緩んだんだろうな。まったくだ。」
ため息が吐かれていた。よく見ると彼の足から血が出ていた。見るだけで心がぎゅっと痛む。体が凄み震える。頭が恐ろしいと思わせる。怪我をしてない私も痛いと強く思ってしまう。きっとそれが私の性格なのだ。
「応急処置しなきゃ!」
「これぐらい平気さ。それに俺は痛みには慣れてるからな。」
「慣れちゃ駄目。」
アロを座らせ、サバイバル用品の救急セットから消毒液を取り出して膝下にかける。そして、布で抑え、テーピングで固定した。
「今日は安静だね。」
「いつもアロが旅の支度を頑張ってくれたんだ。後は僕達に任せてよ!」
テントの用意をした。一人で開閉できるテントなので、私一人でもできるかなと思っていたけど、それなりの重労働だった。特に、地面に釘を刺すのは一苦労だ。
「大丈夫! 僕に任せなよ!」
電子レンジの角で釘を打ち込んでいく姿を見た。あっという間にテントが風で飛ばされないように固定することができた。
「コハ、ピー。ありがとな」と優しい笑顔が私の心を洗い流してくれた。
アロがどこかへと歩き出した。
「ちょっと、安静でしょ? 夜ご飯の支度は私達がやるから」と声をかける。
「あー。俺、剣の供養がしたくてさ。」
「剣の供養?」
「さっき剣を投げ入れて剣を無くしただろ。師匠から貰った大切な剣だから、最後ぐらい供養していきたいんだ。」
穏やかな声で話すが、そのきっかけを作ったのはもたもたして行くのに出遅れ、土砂崩れに巻き込まれかけた私のせいだ。申し訳なさが心を支配していく。
「ごめん。私のせいで。すぐに見つけ出すから。」
「いいんだ。俺はもう剣を必要とする理由がなくなったから。崖を貫ける程のありえない程頑丈な剣を、ずっと復讐のために振るってきたからさ。持っていた所で、何のために剣を持つのか分からないしな。」
ティアラの緑色の宝石が突然光り出す。その光が彼のどこか寂しいというような表情を鮮明に移し出していた。
呼びの非常食と取ってきたバナナというフルーツを頂く。旅の終わり補正もあってそこまで美味しくはないはずなのに、ちょっと美味しいとすら思えてくる。
夕日が落ちかけていき、アロとピーちゃんがテントの中に入った。私もテントへと入る。もうメリカもラメルもいないから、一人で悠々自適に使えるテントだ。だけど、虚しさすら感じる。
虚しさが私に自問自答の時間を与えた。
私のせいでアロは大切な剣を失ったし、怪我もした。その私は応急処置をしただけで、何にもできてないのではないか。
私は受け身な人間だ。どうしてもやらなきゃいけない時まで動けない人間だ。
本当にそれでいいんだろうか。
その時、ノラが私の膝に座ってきた。「このままでいいのかな?」と聞くと、膝から降りて隅っこへと行ってしまった。
バアルの『道を間違えてそうだと思ったのなら、変われる内に変わる』という言葉が脳裏で反芻した。
体が動き出す。考えよりも先に動いている。私はとても危険な土砂地帯を登った。何故だろう、何故か埋もれて見えないはずの剣の位置が分かる。
暗くなっていく中で、黒い光が光っていく。その漆黒の光が私の道標になっていく。
ひたすら土を堀った。土は汚くて冷たくて爪にも入って嫌悪感を感じさせる。それでも私はひたすら地面を掘った。
そこにノラがステンレスの皿を加えてやってきた。
私はそれを受け取って、スコップの要領で掬って土を掘っていった。
夏だけど、夜の風はどこかひんやりしている。
ただ今は何にも考えず、ひたすらに土を掘っていく。掘って掘って掘っていく。泥臭くて力仕事。今までの私ならやらないこと。それでも私は必死に行う。
もう周りは真っ暗で何にも見えないような時間帯。黒いクリスタルが私を照らしてくれた。
眠くはない。頭の中ではひたすらにアロの姿を想像していた。
私は――変わるんだ。
◆
小鳥が囀る。
周りは気付けば明るくなっていた。
私はふかふかだけど汚すぎて最悪のベッドの上で眠っていた。
「……コハ?」
アロがやって来た。怪我の痛みは無いのだろうか、普通に歩いてある。
「アロ君は怪我治ったの?」
「俺のことはいい。アンタ、まさか――。」
私は思わず「へへ」と笑って剣を差し出した。夜中ずっと掘り進めてようやく抜けた剣だ。泥まみれの剣だけど、その剣には確かに彼の意志が眠っている。
「アロ君の大事な剣でしょ。諦めるなんてもったいないよ。」
彼は「ありがとう」と感謝を言うが、申し訳なさそうに「だけど、復讐者じゃなくなった俺にはもう剣を持つ理由が分からないんだ」と悩みを含んだ空虚な言葉を放った。
「じゃあさ、これからは復讐のための剣じゃなくてさ、私を護る剣にしてよ。」
多分、私は泥だらけで汚らしい姿だと思う。それでも、それに差し引きで負けないぐらいの自慢の笑顔を浮かべた。
今までは自身がなくて自慢の笑顔だなんて思うことなかったのに、この妙な自身はどこから来るのだろうか。けど、私は悪い気がしなかった。
何故だか今はとても気分がいい気がしてきた。ただ、この言葉は純粋にアロの意義を作りたいという思いをノリで言ってるために、後で後悔するかも知れない。ただ今は頭が透き通っていて、後悔すら考える余念が無い。
「分かった。約束するよ――。この剣はこれから君を守る剣だ。」
彼は万遍の笑みを浮かべていた。朝焼けの光と重なってとても耽美に瞳に映る。
「見直したよ。普通の人はできないと諦め、時に言い訳し、時に他責する。けど、君は違った。君はとても――」
視界が歪む。声が段々と遠くなっていく。ゆっくりと思考がフェードアウトしていった。
――――――
――――――
風のような音が聞こえる。
目を開けるとあまりにも眩しすぎて、再び目を閉じた。光に慣らしていく。
「コハさんが目を覚ましたよ!」
そんな声が聞こえる。
私の元へと近寄るピーちゃんとアロ、そしてノラ。周囲はちょっとした岩場に囲まれた丘で、すぐ目下には街が見える。静寂に包まれた人気がないのに人の気配を漂わせている不思議な不思議な街だ。その名はフィリップ。私の家がある街だ。
「着いたよ。フィリップへ――。」
そうか。私は徹夜で土を掘っていたために、体の限界を迎えて睡眠をしたみたいだ。それも夢すら見ないほどに疲労感が溜まっていたみたいだ。
わざわざ寝ているだけの私を運んでくれるなんて……と反省しかけると「気にするな」と返ってきた。
「アンタが俺の怪我を治したように、俺が倒れたアンタを連れてきた。ただそれだけのことだろ。心配することも反省することも何もない。そんな気にすんなよ。」
こんな内気で一人反省会をしがちな私に釘を刺された。それがどこか嬉しかった。
「ここから先は普通じゃ外には出られず、さらに最悪のゲームが行われている街だ。今度は出られないかも知れない。引き返すなら今のうちだぞ。」
そんな脅し文句が放たれる。
それでも「大丈夫。私には帰る家があるから」と迷わず言い返した。逆に「アロ君の方こそ大丈夫なの?」と心配した。彼にはこの街に帰る家などはない。
「何を言ってるんだ? 俺にはバアルからの呪いの言伝がある。それに、アンタと一緒に行かなきゃ、俺はアンタを護れないだろ?」
彼はあの街に向かって泥塗れの剣を掲げていた。その時に見せる表情は穏やかな笑みだった。
「じゃあ、行こうか――。」
私達はすかさず「うん」と返事。
私達コハとアロとピー、そしてノラは五体満足にフィリップの街へと歩んだ。やるべき事はある。魔女ルバリの元へと行く。その前に体を洗って綺麗にしなきゃ。数えれば数える程やりたいことは増えていく。
ただ、今は――一言。
「ただいま――。」




