1話◇potatoになっていく
不思議な不思議なファンタジーです。
縦読み風で制作しました。読みにくいかも知れませんが、最後までお付き合いして頂けると幸いです。よろしくお願いします。
可もなく不可もない小学生時代だった。友達はいても親友はいない。親は好きだけど、心はどうしてか物足りなく感じている。周りは夢に向かって頑張っているのに、私には実感がない。
人と関わるのが嫌いだ。だって、最初は怖くて、最後には疲れるから。けど、話している時間は嫌いじゃない。
中学生になったけど、変われる実感がしなかった。いつかは多くの人から愛される人になりたいな……なんて思っているけど、やっぱり無理だよね、と諦めている。
先生が慌ただしくやって来た。そして「コハちゃん」と私の名前を大きな声で呼んだ。クラスの視線が私の方に集まる。視線集中は嫌だな。この時間に嫌気がさす。
いつもは走ってはいけません、って叱る癖に廊下を全力疾走する先生。それに釣られていくように私も進む。職員室に入って受話器を持った。そのまま耳にあてた。
『コハちゃんかい。信じられないようだけど、よく聞きなさい』そう話すのは隣人のおじいさんだった。とても焦っているようでどこか噛み噛みの言葉だ。
私はそんな状況を読み込めず「もしもし、コハですけ――」と言いかけたけど、その言葉の上から言葉を被せられて口を噤んだ。『コハちゃんのご両親は……殺された。殺したのはバア――』とだけ話して通話が途切れてしまった。
全く頭の中に入ってこなかった。何を言っているんだろう程度しか思えなかった。まるで夢のようで実感がなかった。
実感が湧いたのは、家があったはずの場所に帰り、家が半壊していた所を目撃した時だった。そこでようやく涙が出てきた。
葬式とお通夜で、涙が止まらない程に悲しみを解き放った。大切な人はもういないんだ、ってことがしみじみと脳内の中で理解されていく。
私は父方のおばあちゃんに身を引き取られた。おばあちゃんは私のことを思って一年間だけ、ここの近くに家を借りて住まうことになった。
私はその一年を今までの学校に通って過ごした。心の傷は治らない。けど、おばあちゃんが優しくしてくれたこと、学校の先生や友達が優しくしてくれたこと、それらによって傷が痛むことは無くなった。
優しさってとっても大事だってことが身に染みた。将来の夢……今まで何も希望を抱けなかったけど、カウンセラーになって同じような傷を負った人を助けるのもいいな、なんてことを思ってみたりした。
◆
中学二年生――春。
◆
「初めまして。今日からフィリップ中学に転校しました、コハです。これからよろしくお願いします。」勇気を持ってお辞儀をした。
誰もいない、いや私と先生しかいない教室。黒板にはでかでかと私の名前が描かれてあった。視線の先にあるのはカメラで、人間はそこにはいなかった。
職員室に入った。席の数に反して、先生の数は疎らにしかいなかった。
「気になりますよね。この街はね、全てがリモートなんです。買い物から学校、仕事まで生活の全てが家から出ないのがデフォルトなんです。どうしても移動しなければならない時は、誰にも合わないように注意してください。先生は、保護者の方に車で送り迎えして貰うのが一番良いと思っています。顔がわれにくいですからね。」
多くの先生もまたリモートで仕事をしているみたいだった。キャリーケースに大量のテキストを詰め込んで、おばあちゃんの迎えを待った。
ここは生活の全てがリモートで行われるらしい街フィリップ。おばあちゃんの家のあるこの街に私は引っ越してきたんだ。おばあちゃんと二人暮らし、一応藍色の猫も家族として暮らしている。
寄り道もしないで帰宅した。誰にも合わなかった。まるで私と同じような味気のない存在みたいな街だと思った。
家に辿り着いた。後は玄関を開いて中に入るだけだ。
「こんにちは」と声をかけてきたのは同い年ぐらいの見た目の女の子だった。
「今日から孫娘があたしの家で暮らすことになったのよ。仲良くしてあげてねぇ。」
「初めまして。コハです。よろしくお願いします。」
「ワシはミカン、仲良くしよう。それでコハは何年生?」
「中二です。」
「ワシは中三。じゃあ、先輩として色々教えるよ。これからよろしくっ。」
「よろしくお願いします。」
毛先が黄色になっているブラウンのストレートロングがさらりと風になびいていた。どこか頼もしく思えた。
◆
学校はリモートで行われる。パソコンを起動して、配信された授業を見たり、与えられた課題を解いたり、時には躓いた問題の説明を濃密に教えてくれる。放課はリモートでクラスメイトと会話する。結局、学校に行くこともなく家の中で完結してしまった。
おばあちゃんは出掛けたみたいだった。ケトルに水を入れて沸かす。トースターにパンを入れてオーブンにかける。多少の時間。前の学校では昼は学校で友達と一緒に弁当を食べる時間が存在していた。しかし、リモートが当然のこの街では、昼は各自で食べなければならない。チャンッとトースターの終わりの合図。カチッとケトルの終わりの合図。パンにバターを塗って皿に乗っける。沸いたお湯をレトルトの粉のある器に注いだ。みるみるうちにコーンスープの出来上がりだ。パンに蜂蜜を塗ってひと齧り。そして、ふた齧り。スープをスプーンで掬って口元に運ぶ。いくつか齧り終えたら、今度はメープルを垂らしてひと齧り。時々、スープを口元に。蜂蜜とメープルを交互に、時々蜂蜜とメープルの混合を味わう。そして、コーンスープで口直し。とても美味しい時間だけど、これが続くと思うと少し思うことはある。ちょっぴり寂しいな、なんてことを思ってしまう。
学校にいる間は必要のない皿洗いを澄まして、午後の授業の準備を行った。今日は月曜なので一時間早く授業が終わる。
授業が終わり午後三時。今日はまともに太陽の光を浴びていない。元々太陽の光は好きなわけではない。けれども、一日たりとも浴びていないとなると、それは流石に浴びた方がいいかなとさえ思えてくる。
先生達からも新たな友達からも外には出歩いてはいけないと念押しされていた。だから、出るのは家の敷地内だけだ。
庭の花を眺める。白とピンクの二色、紫色、赤色のパンジーが植えられている。鮮やかに咲いている花は見ていると癒されてくる。私はおばあちゃんが苦労して植えたのを知っている。あんなに種を植えたのに、結局芽を出したのはほんのひと握りだけだった。そんな生き残りの花も水やりや肥料を忘れたり上げすぎたりしては枯れてしまう。とても朧気で、健気な存在だ。
「ねぇ、コハ……やったっけ?」
隣の家のミカンちゃんだ。反射で、はい、と返事した。
「ちょっと暇? 暇なら、ワシがこの街を案内したろか?」
自慢げのような笑みを浮かべていた。
本当ならお願いするのだろうけど、先生から出歩かない方が良いと言われている。だから、その提案に乗ってはいけないような気がしていた。その旨を伝えると、「安心しな。人と出会わない道、知っとっから」と笑って返された。
一度、家に戻っておばあちゃんに報告した。おばあちゃんはペットのノラを連れて行くなら良いと言ってくれた。私はノラを抱き抱えて外へと出た。ノラは「ニャー」と鳴いて丸まった。
ミカンに連れられて細い道を進む。
角に来ると顔だけチラッと出してキョロキョロと人がいないかを確認してから進んでいく。まるでかくれんぼで隠れながら移動するみたいだ。大きな街だと言うのに人っ子一人もいない。舗道された道が虚しく存在している。
絶対に誰かさんの敷地内だと思う道へと侵入する。整備された草木に囲まれた土の道を進んでいく。
無言で進むのは当然のこと、足音すらできるだけたてないように気をつける。私はもたついてしまうのに、その子は音なくさくさくと進んでいく。まるで忍者みたいだ。
山道へと来た。草木を分けながら坂道を登る。
ある程度進むと屋根の下に椅子のようなものが置かれた場所へと出た。
「到着や。ここがこの街を見下ろせるワシらだけのオリジナルスポット。」
その景色を見て思わず「すごい」と零していた。
コンクリートの道。家が建ち並ぶ。店がポツポツと展開してある。凛々しく建てられた学校や都庁。大きなタワー。「あっ、私の家、見つけた」と思わずはしゃいだ。
それにしても人の気配がない。車が数台走っているが、それも限られている。人間の代わりに何台かのロボットが蠢いているような気がした。人間を見つけたと思ったら、それは人間には不可能な動きをしていた。「それは人型ロボットかな」と教えて貰った。つまり、目に見える景色に人がいない。
しかし、どうして外に出歩いてはいけないのだろうか?
「それは鬼に出会さないためね。」
「鬼……?」
「うん。鬼に出会すと死ぬ……よりももっと最悪な目に合わされるからね。」
鬼……。この街には鬼という存在がいるみたいだ。だから、人が外に出ない。しかし、見下ろしても鬼と思しき存在は見当たらなかった。
ほのぼのとした気圧。ゆらりとなびく木。爽やかな風が吹き通る。
「そろそろ帰ろっか」と言われ、私達は来た道を戻った。
途中で靴紐が解れてしまった。地面の砂に膝がつかないように気をつけながら、その場にしゃがんだ。そして、「先行ってて」と言った。
「他人の家で何をしとるんだ!」
そんな大声がこだまする。思わず飛び跳ねた。
心臓に悪い。大声を出したのはこの家の主だと思われるおじいさんだった。心が萎縮して、すぐに逃げなきゃ、という気持ちになる。思わず来た道とは違う道から、この場を脱出した。
不法侵入したのは私だ。だから、私が悪い。それでも、もう少し言い方というか、怒鳴らなくてもいいのではないかと思う。もちろん、罪悪感もずっしりと心にのしかかっている。
急いで敷地内から出た。
人気のない道路にぽつり。ミカンとはぐれてしまった。早く合流しなければ。それに加えて、鬼がいるかもしれないから気をつけていかねば。
その家を遠ざけるようにしながら、元の道に戻る道を手探りで探しながら進んだ。直感だけが頼りだった。心細いけど、進むしかない。
突然、ノラの毛が逆立ち、コンクリートの角で先が見えない方向に向かって威嚇をし始めた。思わず「どうしたの?」と漏らす。どうしてか予感のせいで悪寒を味わう。
ノラの視線が徐々に私と同じ視線になっていく。そして、私と同じ方向を向いた時、その先に一人の男が現れた。
上背のある目にクマができたやつれた男だった。こちらに気付くと血相を変えて凄んできた。
「人だ。ようやく見つけた。人だ!」
身の毛がよだつ。絶対に近づいてはいけない。心の底から「逃げろ」と警鐘を鳴らしている。
踵を返して思わず走る。
「待てよ、なぁ」と血の色変えて追いかけてきた。
逃げなきゃ。けど、相手は大人の男。すぐに距離は詰められてしまう。
そんな時、ノラが自慢の研ぎ澄ました爪で引っ掻く攻撃をしてくれた。相手は「くそっ、このクソ猫め」と言い散らしては歩みを止めた。
その隙に再び走る。「ありがとう、ノラちゃん」と心の中で叫んだ。
肺が痛い。吐息が苦しい。
探索すらまともにしていない未知なる街。だから、頭の中に地図なんてものは存在しない故に、全てが手探りの道だ。どこに行けば家に辿り着くのか、近くの駆け込み寺的なものはどこかなのか、まったく分からなかった。そのせいでひたすら走ることしかできなかった。適当に左に曲がって、適当に右へと曲がる。まるで迷宮のように道が続いている。
随分、走った気がする。ただ、意識が遠のいていくような感覚で、何も考えられない。
「あいたっ」と口から言葉を零した。
足元に置かれた、捨てられた電子レンジだ。思わず蹴り飛ばしてしまった。その衝動で、私は転げてしまった。
無我夢中で走っていた先程の私。けど、その状態が途切れてしまった今、再び走ることはできない。走るには相応な休憩がいる。死に物狂いで走ったせいか、はあはあ、と吐息だけが溢れてくる。
「ようやく見つけた。逃がさないぜ。」
その男がもう追いついてしまった。そして、私の腕を掴んで高く挙げた。ぎゅぎゅと力強く握られるせいで、手首がとても痛い。
「手間取らせやがって。」
生理的に受け付けないせいか、すぐにでも蕁麻疹が出てきてしまいそうだ。
ポケットからスマホを取って、それをいじり出している。左手に私の腕、右手にはスマホ。そして、目線はスマホの方を向いている。
その隙に逃げられないか、試しに力を入れて引っこ抜こうとするも無駄だった。力で押さえつけられてしまっていた。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
どんなに心の中で叫ぼうともどうにもならない。さっきまで全身全霊で走ったせいで、喉元から言葉が出せないでいる。唯一出せるのは吐息だけだった。
「これで終わりだ。じゃ・が・い・も~。」
謎の言葉を発している時、その男の腹に体当たりをかます電子レンジ。体制は崩れてよろける。それと同時に、私の腕も解放された。
電子レンジが動き出して男を攻撃し始めた。何が起きているのか分からない。私は「逃げなきゃ」という本能だけが働いていた。残り僅かの体力で走り出す。
再び迷宮のような街を走る。左に曲がって、今度はさらに左に曲がった。手探りで進んでいく。
そこそこ走ったような気がする。大分、走ってきたはずだ。灰色のコンクリートを踏みしめていく。春の陽気さのせいで、余計に熱く感じさせる。
痛っ!
その時、コンクリートの砂利に足を取られてしまった。思わず転んでしまう。
起き上がらなきゃ。
そこに追いついた男。どこか怒りすら感じさせる表情。鼓動がバクバクとなっている。
「終わりだ。じゃがいも!」
そんな男は「あれっ?」と漏らしては「何かのミスか。ならもう一度」と独り言を呟いてスマホを何度も指で叩いていた。
目の前に立たれる。それによって、太陽の影に私は隠された。
「これで終わりだ!」
怒鳴るように吐き捨てられた言葉。その言葉が本能を怯えさせる。もう精神的に限界が来ていた。
そんな二人の間に飛び出してきた一人の女の子。――ミカンちゃんだった。私のすぐ傍で守るように覆ってくれた。
「じゃ~・がァ~・い~・もォ~!!」
その瞬間、じゃがいも男は突然苦しみ始めた。その場に倒れてもがいている。
「逃げよう!」
彼女の手に引っ張られてその場から離れていく。その男から段々遠ざかる。
「ああああああ。生活も、計画も、全部がポテトになっていくぅ~!!」
そんな言葉を大声で周りに撒き散らして苦しんでいた。私達はそんな様子を見ることなく、振り返らずに彼女に連れられるがままに進んだ。男の姿はいつしか見えなくなっていた。
◆
先程までの喧騒と打って変わって、緩やかで穏やかな、少し寂れた感じの公園に辿り着いた。そこのベンチに背を持たれる。
まだ恐怖が脳裏を支配している。
「大丈夫。あの鬼は追ってこないから。」
ゆっくりと背中をさすられていく。
少しずつ気持ちも落ち着いてきた。
「どう? 落ち着いた?」
その言葉に感謝の気持ちを込めて「うん」と頷いた。緩やかな風でブランコがほんの少しだけ揺れている。
そこに一匹の猫が走って来た。――ノラだ。
毛並みの揃った体毛。撫でるとさらりと滑りゆく。甘えるように膝で丸まった。その様子に少しずつ癒されていく。
「ねぇ、ミカンちゃん……。」
「どうした?」
「あの男の人が……鬼なの?」
その問に対して首を真っ直ぐ縦に降って「そやな」と返した。そして、ブランコに立ち乗って、膝を屈伸させて前後に動かしていた。
「鬼は五年ぐらい前から。それより前はこの街はもっと平和でもっと賑わっててね。この公園だってちゃんと人がいた。」
見渡せば私達二人しかいない閑古鳥が鳴きそうな状態の公園。活気溢れる雰囲気が想像できない。
振り子のように動くブランコからタイミングよく飛び出して、そして着地していた。その前の小さな柵を軽々と登って飛び越えている。
「どうしてこうなったのかはワシにもさっぱり分からない。ただ、みんな鬼を恐れて外に出歩けなくなって、街は悲しいほどに静かになっちゃったんだよね。」
鳥の鳴き声だけが響いている。
そこに不思議なメロディが加わった。喩え、鳥の囀りをソプラノとするなら、それはまるでテノールのような音。例えば、鳥の囀りをフルートとするならば、それはまるでティンパニのような音。
そこにやってきた一台の存在――電子レンジ。
鬼に追われた時に、私を助けてくれた存在だ。
「ええっ。電子レンジが動いてるっ?」
大袈裟なリアクションを見た。いや、普通の反応だ。電子レンジは独りでに動くはずのないもの。それなのに動いているのだ。本来なら私も同様の反応をするのだろうけど、初見が切羽詰まった状況であったが故に、その感想が出ることはなかった。初見じゃないので同様の反応は起こらなかった。
なので、例えば喋り出すとかしない限り、私は驚きの反応はしない。私は近づいてくるソレにゆっくりと視線を合わせた。
「良かった。無事だったみたいだね。」
電子レンジが話しかけてきた。いや、口はないし、脳内で言葉が反芻してくるような気もする。つまり、テレパシーで話しかけてきているのだろう。
「「しゃ、喋ったぁ!!」」
私達は息を揃えて、大袈裟なリアクションを取っていた。
「実は、僕、喋れるんだよ。」
「そう……だったんだ。」
あまりにも唐突な出来事にさっきまで抱えていた感情は全て吹き飛んだ。真四角の箱型の機械が自分で動いてテレパシーながらも話している。あまりにも滑稽な状況だ。
ピーピーという音が鳴る。温め終えた後に扉を開かず放置していた時に定期的に鳴る音だ。そして、ソレの扉が勝手に開いた。中には一枚の紙が入っている。ミカンはその紙を取り出した。
じっくりとその紙を見つめている。その後、私にも見えるように紙を低く掲げてくれた。その紙には地図のようなものが書かれていた。
無言の末に「これ、バアルの本拠地の行き方が書いてあるね」と発した。紙にもバアルという文字が書かれてあることを発見した。
しかし、何なのかさっぱり分からず首を傾げて「バアル?」と呟いた。
「五年ぐらい前からこの街に現れるようになった機械人間のことね。その本体なのか本人なのかがいるのが、この地図に描いてある本拠地なはず。」
「つまり、えーっと、その……電子レンジはここに行きたいの?」名前が分からず少しだけ言葉につっかえてしまった。
「うん。どうしてなのかは忘れてしまったけど、ここに行きたかったことだけは覚えているんだ。」
「理由は忘れたのね……。」ははは……、と苦笑いを浮かべてしまった。
再び紙を見渡す。それらしい理由を見つけることは出来なかった。
「ねぇ、名前はなんて言うの?」
「実は、名前も忘れてしまったんだ。」
コテッ、ずっこけそうになりかけた。名前を忘れることがあるんかい、とツッコミそうにもなった。
流石に「電子レンジ」は呼びにくい。なので「私達で名前をつけちゃおっか」と提案する。それに対して「いいね」と返された。
少し頭を悩ませる。さっき聞いたピーピーという音が頭の中を埋めつくした。それで咄嗟に「ピーちゃんはどうかな?」と口から出した。それに対しても「いいね」と返された。
「どうかな? ピーちゃん。」
「素敵な名前だよ。とってもセンスいいね。」
その言葉を聞いて、胸の底から滾る感情を感じた。嬉しさが込み上げる。
「これから、よろしく。ピー坊!」
まさかのピー坊呼びに少しだけ微笑んだ。呼ばれたピーちゃんは気にしていないようだ。
「私からも、よろしくね。」
「ああ。二人ともよろしく!」
摩訶不思議な存在と友達になるなんて初めてだった。不思議な不思議な友達は優しく温かいオーラを放っていた。チンッと鳴る。それが温まる想像を促してくれた。
時刻は夕暮れ。夕焼け小焼け。良い子は帰る時間だ。一緒の帰途を進んで、家の真ん前で「ばいばい」と手を振った。「また明日ね」という言葉が付け加えられた。
変わらない日常と、思い出したくないほどに恐ろしくて、だけどその分の幸せも見つけた非日常。そんな不思議が混じりあった一日だった。




