街ってどんな感じなんですか?
ガタゴトと揺れる荷馬車は木製の馬に牽かれ、リンセさんの目的地であるベギンノという街に向かっている。
リンセさんが言うには、王都ほど大きくはないが国営の冒険者ギルドや商業ギルドがあるそうで、何かを始めるには丁度いい街だそうだ。
また、物流も安定しているらしく、生活もしやすいらしい。
そうやって教えてくれた、リンセさんは今……
あのいつも生やしている足が引っ込む程、ビビッて縮み上がったクロを上から抱え込み、存分に撫で散らかしている。
俺自身、クロとは数か月の付き合いになっており、そこそこ色々な面を見て来たとは思っていたのだが…ここまで小さく、微動だにしないクロを見たのは初めてだった。
普段なら多少プルプルと揺れているのに…ここまでとは…。
いやまぁ、あんなものを見たら当然の反応かもしれないけども。
「うふふふふ…クロ様、素敵ですね~。つやつやですねぇ~、良いお手伝いをしてくれそうですね~。」
「クロ様にお手伝いしてもらったら、どんなポーションが出来るんですかね~?」と、ニコニコしているリンセさんには、かなりの恐怖を覚えた。
きっと、クロ自身も頭の中はコトコト煮込まれる想像でいっぱいだろう。
ごめんな、クロ。けど俺も死にかけたから、今回は おあいこって事で。
多分強引に煮込むことはしないと思うし……な?
「鋼スライムさんは稀に見かけるんですけど…ここまで黒い子は初めて見ました。
この子、どうしてこんなに黒いんですかね?」
「な、なんでですかね~…。」
流石に、「異世界から持って来たキーホルダーを食べたら、こうなりました~!」なんて言えないよなぁ…と、はぐらかし、必死に話を方向転換させる。
「そういえばっ!リンセさんは、ポーション職人を目指してるんですよね?
ベギンノを目指しているのは、やっぱり商業ギルドに用事があって…って事ですか?」
「そうなんですっ。私、店舗を構える予定でして…その許可証を頂くために向かってるんです。
道中でお仕事もして、実績もお金もいっぱい貯めたんですよ。」
ようやくクロから手を放し、ぺちんと両手を合わせるリンセさんに若干安堵する俺がいる。
もしかしたら、モンスターが関わらなければ普通に可愛い人なんじゃないだろうか、この人。
にしても……リンセさんって、同い年ぐらいに見えるのだが…そうか、もう働いているのか。
確かに俺も元の世界でバイトしていたが、俺の場合は稼いでも せいぜいお小遣い程度だった。
なんなら、これからは俺も生きる為に働いて行かなきゃいけない訳だ。
さーて…どうしたもんか…。
そう思考を巡らせている間に、リンセさんは再びクロを撫で始めた。
ごめんな、俺が注意を引けるのもここまでのようだ。
何か話題を求め辺りを見回す。
…そういえば、この木製の馬の事を聞いていなかったな。
折角だから今聞いて―――
――俺は、前方で手綱を握っているアイゼンが、滅茶苦茶こちらを見ている事に気づいた。
首だけをこちらに向けた状態で。
その様子は、まるで「お前ら…なに お嬢と親しげにしとるねん。」と言いたげなドス黒い圧を放っているように感じて、とてもこわい。
リンセさんはというと、そんな事はお構いなしに、クロを存分に撫で繰り回している。
「はぁ~…本当に素敵です…。ナイ様の従魔でなければ、私の従魔になっていただきたいぐらいです…。」
「従魔…?」
「あら……?違うんですか?では私が――」
クロが全力で俺の背後に逃げる。
それを見て、リンセさんは悲し気に肩をすぼめ、アイゼンはワナワナガチャガチャと震えている。
アイゼン、マジで前見て。また事故るぞ。
「あのっ!!じゅ、従魔って何なんですかね~…??」
「えっ、ご存じなかったんですか?」
…リンセさんは、かなり目を丸くしている。
そんなにポピュラーなものなのだろうか。
「では、僭越ながら、私がご説明させていただきますね。」
コホンッと軽く咳払いし、リンセさんはこちらに向き直る。
「…―従魔とは、その名の通り、人に従う魔物の事を指すんです。
私のようにお仕事を手伝ってもらったり、一緒に暮らしたりと、関わり方は様々ですが……
一緒にお仕事をしようとなると、安全証明の為に冒険者ギルドでの登録が必要なんです。あと、軽い試験も。
費用は大体…金貨一枚ですね。」
「なるほどー…登録と試験と……ん?」
……金貨一枚…?
それ…絶対大変なやつじゃないですか…?
なんなら今文無しですが…?
…その気配を、リンセさんは感じ取ってしまったらしい。
「では、やはり私が代わりに、クロさんとの従魔登録を!!」
「リンセさんストップ!!ストップ!!クロビビってるんで!!!」
リンセさん、表情が…表情がやばいです。天使の笑顔をしてた人とは思えない顔してますよ、今。
お願いなので、よだれだけは拭いてください。
ほら、クロも何度目か解らない逃走を図ってます。
アイゼンからの圧も凄いです。
…それにしても、どうしたもんか…。
どこかに就職するとして、その間クロはどこで待たせておけばいいんだ…?
そもそも、街には連れて入って良いのか…?と、思考がグルグルと巡り、答えを出し切れない俺に、リンセさんが声をかける。
「……私から、お金を出すのはいかがでしょう?」
「えぇっ!?け、けど、開店資金なんじゃあ…」
「大丈夫です!何かあった時の為に、お金は少し多めに溜めてたんです!
今はその、何かあった時…だと思いますし。」
きっと彼女自身、あの事故の事を気にしているのだろう。
だが、俺はもうポーションも貰ったし、馬車にも乗せてもらってしまっている。
流石にこれ以上何かしてもらうというのは気が引ける…。
そう思い断ろうとしたとき、
俺の口元にリンセさんの両手がかぶさる。
「もし、気が引けるのでしたら…貸し…って事でどうですか…?」
必死にモゴつき、その手から抜けようとしている間に、リンセさんは言葉をつづけた。
「いつか…どんな形でも良いんです。
私の力になってください…。
……それを、担保にするって事で。」
そう優しく微笑むリンセさんの手は、とても暖かく、優しい匂いがした。
あと、アイゼンはブチギレた。
…―アイゼンに胸倉を掴まれながら、俺は空を翔る一つの影に気が付く。
「―…あの、リンセさん。あれ、何ですか?」
俺が示した先を、リンセさんが目で追う。
「まぁ…!ワイバーンですね!」
「えっ!?ワイバーンって、竜とかそういうのですよね!?それって危険なんじゃあ…」
「いえ、あの子達は大丈夫なんです。あの子が向かっている方角的に、恐らく……あ、ほら!」
リンセさんが指をさす先に、オレンジの屋根の家々が見えて来る。
その光景に、なぜだか俺の目頭は熱くなった。
クロも、あんなにビビリ散らかしていたというのに、少し身を乗り出し、多くの屋根たちを見つめている。
アイゼンは、相変わらず俺の胸倉を掴んだままだった。君、それデフォの体勢になってない?
「あの子たちは、ルフトヴェーク運輸で契約している従魔さん達で、貨物の輸送を手伝ってくれてるんです。
どんな街へも、ひとっとびで荷物を届けてくれるんですよ!
距離にもよりますが…馬車で数日かかるところを、たった半日で届けてくれたりとか!」
「へぇ…!」
従魔の話を聞いて、改めて考えさせられる。
ダンジョンでは戦いの日々ではあったが、外ではモンスターとの関わり方は少し違うのかもしれない。
この先大冒険して、ドラゴンを倒してモテモテに…なんてことを考えてはいたが、もしかすると「ドラゴンの背に乗って風を切る」という方が、この世界では現実的なのかもしれない。
そんな事を、強く考える。
なんだそれ。
そんな現実、めちゃくちゃワクワクするじゃないか。
この時の俺は「見返す為のハーレム」よりも「新たな世界との出会い」で、脳内が埋め尽くされていた。
「そうだ、街につく前に連絡先交換しちゃいませんか?」
俺は、その一言で我に返る。
見ると、リンセさんは服のポケットをまさぐり、薄紫の小さな宝石が付いたネックレスを取り出していた。
……その宝石の色に見覚えがある。
俺も鞄を開き、奥から薄紫のざらざらとした手のひらサイズの石を手に取った。
「わぁ…!すごく大きなテレストーンをお持ちなんですね、羨ましいです。」
「う、羨ましい…?」
この石、そういう名前だったのか…と手元の石を眺めていると、リンセさんは明るい口調で続ける。
「えぇ、それはもう!大きければ大きいほど、たくさんの方と連絡先を交換できますからね。」
そう言いながら、リンセさんはコツコツと二回、石同士を軽くぶつける。
すると、リンセさんの石が少し光ったような気がした。
「はいっ、完了です!これで、いつでもクロ様…いえ、ナイ様と連絡が取れますね!」
今さらっとクロ様って言ったぞこの人。
やっぱり、お金を出すって言ったのは俺の為ではなく、クロを逃さんとするためだったんだろうなぁ…と、強く実感した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
街へ入った所で、俺達は分かれる事となった。
俺を綺麗な石畳の大通りに下ろした後、「またいずれ、ご連絡しますね。」と笑顔で手を振っていたリンセさんの横で、永遠に威圧してくるアイゼンが未だに忘れられない。
リンセさんに口塞がれてから、ずーっと威圧してたな あの人…。いや、人って呼ぶのが正解かはわからないけど。
さて、街に入った事だし…そろそろリッチさんにでも連絡しようかと、テレストーンを手に取る。
俺たちの無事も伝えておきたいからな。
連絡を取りたい人を頭の中で強く想像すれば、相手に連絡が繋がるらしいのだが……
俺のテレストーンは、微動だにしなかった。
壊れてんのか取り込み中なのか…どちらにせよ、何が起こっているのか よくわからない。
次の行先でテレストーンに詳しい人に出会ったら聞いてみようと考え、冒険者ギルドへと足を運んだ。
……にしても、リッチさんに多少文字を教えてもらっていたのだが…街中は読めない文字だらけだ。
形が似ている文字もあるが…いまいちよくわからない。
とにかく、売っている物や看板に描かれた絵で把握していく。
あれは肉屋…あれは武器屋…あれは…わからない。
が、多分色々置いているので、おそらく雑貨屋だろう。
かなりふわふわとした認識ではあるが……うん、なんか行ける気がしてきた!
そう思っていた俺の自信は、冒険者ギルドに入ってすぐに打ち砕かれる。
「読めねぇ……。」
……ギルドのカウンターがいくつかあるのだが…どれがどのカウンターなのか、全く解らない。
壁に貼ってあるクエストが書かれているであろう紙は、絵なんて一つもなく、長文で書かれている為何のこっちゃ解らない。
しかも、ギルドの受付嬢さんらしき人も何人か見えるが、忙しそうに書類を纏めていて、どうにも声がかけづらい。
クロに助けを求めるも……ダメでした。
アイツ、ギルドの中にある酒場エリアで、足組んでスツールに座り込んでやがる。一応お前にも関係あるんだぞ。
しばらく様子を見た方が良いのか…?と次の行動を決めあぐねていると、背後からツカツカと足音を響かせながら近づいてくる、やたらと高らかな声が聞こえた。
「おやおやおっやァ~~~~~~??」
…何だろう、凄く嫌な予感がする。
こういうのって、だいたいロクな事にならないじゃん…?
「ま~~~~た新しい貧乏人が立ち往生してるじゃないかァ~~~。」
お決まりでした。
出来れば関わりたくない…と思って無視しようとすると、逃げ場を塞ぐように後ろからガバッと肩を組まれる。
勘弁してくれ…俺は小説や漫画みたいに、ここで強い所を見せて切り抜ける……なんて出来ねぇぞ…、と思いながら、肩を組んできた主を見上げた。
…うわ、すげー嫌味なボンボンって感じのヤツだコイツ。
薄い金色の髪は眉上で不自然なほど整えられ、そのくせ もみ上げだけはクルンと一回転。
真っ白な顔には そばかすが散り、三白眼の垂れ目でこちらをニヤニヤと見下げて来る。
その後ろには、屈強なハゲのオッサンと妖艶なお姉さんが見え、このボンボンと同じくニヤニヤとこちらを見つめている。
「うっわ~……。またチュート様御一行が絡んでるよ…。」
「何年もCランクのくせに……まーた新人にチョッカイかよ。」
「お貴族様の三男坊は、いい気なもんだ。」
…その上、周囲が口々に溢す評判も最悪じゃねーか。猶更関わりたくない。
「えーっと……俺は従魔登録しに来ただけですので…お気になさらず…。」
「従魔登録ゥ…?」
そう言って、ボンボン…おそらくチュートと思われる男は辺りを見渡し、クロに目を止める。
「も・し・か・し・てェ、従魔ってのは、あのスライムの事かァい?」
チュートは、ビシッと親指でクロを指す。
これ…絶対嫌味言われるパターンじゃないか…?
「フフッ…スライム、ねぇ…フフフ…ハーッハッハッハァ!!!そこ行っちゃうのォ?ねェ!!」
手をたたいて大笑い……案の定、めちゃくちゃ嫌な感じだ。
若干ムッとするも、クロは何の気なしに足を組みっぱなし。それで良いのか、お前は…。
すると、存分に笑い終えたチュートは口を開く。
「ヒィッ…ヒィッ…良いかい?スライムっていうのはねェ~…育て方がそのまま反映されるんだよォ?
愛情を注げば注いだ分だけ、スライムは姿で答えてくれるのさァ。
で、あそこのスライム君が君の従魔だっけェ?」
何だよ…俺とクロに友情が無いって言いたいのか?
確かに道中で沢山喧嘩はしたが、友情が無い…なんて事は無いと、俺は思っている。
「アイツ、面白いねェ。
チョ~~~珍しい黒鋼色だァ、その上二本の脚を生やして人間みたいに歩いてる…。
これはもう…ね、フフッ…。
君ら、よっぽど仲良く珍しい冒険してきたんじゃないかァい?」
……今も、この男の口元はニタニタと笑っている。
が、その視線はまっすぐとクロに向いており、何故かはわからないが少々ゾクりとした。
すぐにその視線は、こちらへと戻った訳だが…。
「で、従魔登録を知ってる…って事は、ちゃーんと資金も準備してきたんだろォう?
だったら、貧乏人じゃあないってワケだァ。
ほぅら、従魔登録できるカウンターはあそこだよォ~?」
チラチラと指さし、背中を押される。
……まぁ、一応教えてもらった訳だし…。
クロをこちらへ呼んだ後に、軽く会釈して三人から離れた。
はーーーずだったんだけどな~~~~~~~~~。
この三人、めっちゃ着いてくる!!!めっちゃ着いて来てニヤニヤしてくる!!!
怖すぎんか!!??何!!??まだ何かあるの!!???
必死に受付嬢さんに助けを求めるも、「いつもの光景だなぁ」と言わんばかりに、朗らかに笑顔で対応される。
「はい、こちらのスライムさんですね。では、今回初のご利用という事で…冒険者カードもご一緒に発行させていただきますので。お名前をこの紙に……。」
気にしているだけ無駄だと思い、受付嬢さんの指示に従い、俺の情報を書き込んでいく。
名前、年齢、種族…これはよくわからないので、受付嬢さんに聞きながら…ヒューマンと、書き込む。
一つ一つ書き込み終わり、ようやく紙を提出した。
……ん?なんか変な反応してるな。
「あの…これは…」
何度も紙と俺を困ったように見比べ、首をかしげていると、横からスッと紙を奪われる。
「なぁにぃ?ちょっと、見せなさいよ。」
――…見上げると、例の妖艶お姉さんだ。
このチョッカイ、まだ続くのか!?と若干たじろいでいると、お姉さんは目を丸くする。
「ちょっとちょっと!アンタ、これ!古代文字じゃないの!?
どこで覚えて来たのよ、こんなの……。」
古代文字…?俺の書いた文字が…?
つまり、看板の文字が読めなかったのって……。
今、全て合点がいった。
つまり……そういう事ですよね、リッチさん。
帰ったら色々報告しますね。
後ろで「へぇ…。」とチュートの声が小さく上がる。
まだ聞いてんのか…いや、アイツんとこのお姉さん居るし、そりゃそうかと思っていると、お姉さんはこちらに体を傾ける。
そのしぐさに、俺は少しドキっと胸が鳴った。
「もー…ちょっと貸しなさい。」
お姉さんは、俺の手からペンを奪い取り、紙に何かサラサラと書いていく。
その間にチラりと見えたのだが…このお姉さん、耳が若干とがっている。
…もしかして、俺と同じヒューマンって種族じゃないのか…?
「アンタ、字ぃへったくそねェ~。折角の古代文字も台無し。
地元の婆様に こんなん見られたら、全力でひっぱたかれるわよ。」
全てを書き終わったようで、受付嬢さんに紙を返す。
「あっ…!はい、承りました!ナイ様…ですね。こちらで受理させていただきますので、少々お時間を頂きますね!
リア様、ご協力ありがとうございました!」
「アンタねぇ……文字読めないっぽい子は、ちゃんとサポートしてあげなさいよ?」
そう言って、リア…と呼ばれたお姉さんは、俺の手を引き……――チュートの元へと戻ってしまった。
勘弁してくれ。
何でクロは何事もない感じでスタスタ着いて来てんの???
俺はまた、チュートのニヤニヤとした三白眼に見下ろされる。
「よぉーーーーし、決めたァ~。」
チュートがパチンと指を鳴らす。
……いやな予感しかしない。
「キミ、初めてのクエストは、ボクが一緒に受けてあげる。
光栄に思いなよォ~~~?」
……………俺は、全てに抗う事が出来ず、従う事となってしまった。




