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俺、弱くないですか?

「…で、落ち着いたかね。」


「ハイ…すんません…落ち着きました。」


 俺は、少し埃っぽいソファに腰掛けながら、リッチさんがカップに注いでくれた水と共に、昼の残りのチョココロネを齧る。

 本来ならば、元の世界の食べ物をふるまって「味覚無双」…といった所なのだろうが、リッチさんには「ワシもう味覚無いから。」と断られてしまった。


 なんなら、パンにねじ込まれた茶色くて若干柔らかい物を食べている様子を見て、若干引かれている。

 たまに「えぇ…ぁ…うそぉ…」って声を出しているので間違いない。

 …なんなら、クロにも若干引かれている気がする。俺が「♰ソードナイト・マスター♰」と名付けようとした時と同じ反応をしているからな。

 …飲まず食わずで歩き回って腹減ってんだ、許してくれ。


「…いやはや…しかし、さっきは驚いたぞ。

 まさか唐突に死を覚悟したかと思ったら、絶叫しながら赤子のように泣き出し、その場でジタバタ大暴れし始めたのだからのう。」


「すみません、ホントすみません。」


「よいよい、気にするな。」


 その優しさに、申し訳なさと共に極度の恥ずかしさが沸き上がって来るが、「おかげで素材にする気も失せたわ。」という言葉で一気にその思いは消し飛ぶ。

 (セミ)ファイナルやってなかったら素材にされてたんか、俺。やっててよかった。


「それにしても、のう…。お主ら、ゴーレム共には会わんかったのか?

 居たじゃろう、このダンジョンの壁と同じ素材でできた奴が。」


 そう言われて、俺は記憶をたどる。

 …もしかして、あの凶悪な牙をしたモンスターを、文字通り磨り潰していたヤツだろうか。…と、考えている間も、リッチさんは こちらを落ちくぼんだ目で見て来る。

 素材にされることはないと信じたいが、その品定めをするような視線は少々恐怖を感じた。


「よもや、もうおらんかったんか?」


「あ、いえ、居ました…多分。

 あれがリッチさんの言うゴーレムだとしたら、二人でめっちゃ逃げました。」


 …居心地の悪い無音が続いた後、リッチさんはポンと膝を打つ。


「面白い!ワシが配置したゴーレム共を皆潜り抜けてくるとは!」


 やっぱお前が配置しとったんかい。

 なんて凶悪なもん仕掛けてんだ、このジジイ。


「いやはや、あやつらはワシの研究を、隣国のバカ共に邪魔されんよう、五千年前に仕掛けたもんでのう。そこそこ良い性能で作っておったんじゃが…まさか、ただの小僧と黒鋼スライムが!」


 愉快そうにカカカッと笑い続けるリッチさんをみて、若干イラっとした。

 絶対勝てないから口にはしないけど。

 クロも若干腹立っているらしく、例のエグめの剣が首をもたげている。


 リッチさんが一通り笑い終えた後、こちらへ向き直る。


「…いやー、すまんすまん。それで?

 ナイよ。お主はどこから来たんじゃ。見たところ、隣国から…という訳でもなかろう?」


「あぁ、えっと、それは……――」


 俺は、ここに来るまでに何があったのかを一から説明した。

 今まで実際に経験したとはいえ、現実とは思えない事ばかりなので、リッチさんに伝わるかどうかはわからない…。

 が、ここがモンスターや魔法が存在する世界なのであれば、きっと信じてくれるはず…という思いで、縋るように話し続けた。


「――…なるほど、のう…。異世界転移…。」


「はい…その一種なんじゃないかな~…と。神様か何かの手違い…とか。」


「ふむ…


 ちょっと確認するわ。」


「 ち ょ っ と 確 認 す る  わ ! ! ? ? 」


 え、どゆこと!!??神にって事!!??アンタそんな事出来んの!?


 訳の分からない発言に混乱している間に、リッチさんはさっさと準備を始めてしまう。

 手のひらサイズの、ざらついた半透明の薄紫色の石をテーブルに置き、肘をついて物理的に耳を傾ける。

 何やら呪文のようなものを唱え始め、バチバチと青い稲妻を走らせる。

「おおっ、確かにこれは神と交信できそう。」などと思いながら、その光景を眺めていると、リッチさんは口を開き始めた。


「…あ、もしもし~?そちら天界でしょうか~?()()()()ちゃんは御在宅…だったりしませんかねぇ~?」


 …ワントーン上がる声に、若干俺の母ちゃんを思い出す。

 俺を叱っている時でも、電話が来るとこんな感じだったよな…と、少し遠い目になる。


「あ、テューナちゃん?ワシじゃよ、ワシ。うん、うん…ちょいと質問なんじゃがの~…。」


 暫く話した後、チンッと音を鳴らして会話を終了する。どっから出たんだその音。

 しかし、天界なんてとんでもない所に連絡を取ってくれたんだ。

 きっと何か情報が……―――


「わからんって。」


「わからんの!!??」


「うむ。むしろテューナちゃん…じゃなくて、この世界の女神も困惑しとったぞ。」


「この世界の女神が!!??」


「この世界の女神が。」


 ―――終わった…。この世界の女神が知らない…と、言う事は、確実に俺は この世界でのイレギュラー。

 おそらく異世界転移お決まりの、加護のような物も貰っていないのだろう。

 グッバイ、俺のチート無双…。


「ま、連絡は入れておいたんじゃ。あのテューナちゃんの慌てようを見るに、近々原因調べてくれるじゃろ。」


「そ、そうなんですか…。」


 それにしても、神に対してそんな態度で良いんだろうか…というか、その態度がとれるこのリッチさんは何者なのだろう…。

 いや、そもそもアレは本当に神に連絡していたんだろうか…。

 そんな思考が頭の中でごちゃごちゃとミックスされ続ける。


 …なんにせよ、情報が無さ過ぎて考えても解らない事しかない。

 話に飽きて若干溶けかかっているクロを ねちょねちょと撫で、出来る限りの正気を保とうとした。


 手はちょっと汚れた。


 俺は泣いた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺とクロは神からの連絡を待つ間、リッチさんの元で妙な共同生活を送ることになった。


「神と連絡が取れるリッチの元で修行して無双生活!」…なんて事にはならず…。

 俺はただただ地道なサバイバル生活を続けていた。


 リッチさんは、自らの体と共に味覚や食欲も死んでしまっているそうで、現在は辺りに漂う瘴気や魔力からエネルギー補給をしているらしい。

 その為、人間の食料は数千年前に全て朽ち果てた…という話を聞かされて愕然としたのを、今でも覚えている。


 ……結局、あの後分かったのは「この世界で俺が生きる(すべ)がない」という事だけ。

 更にはこの世界の知識なんて皆無だ。

 サバイバル知識は 動画投稿サイトで漁りまくっていたから多少あるものの、実践できるかはまた別である。

 手っ取り早く近くの燭台から火を拝借しようとしたところ、燭台は根元でガッチリと固定された魔石からしか燃えない安全仕様の魔道具だそうで、他の場所に火を移すことは出来ないらしく、俺は知っているサバイバル知識で火を起こそうとした。

 …その様子をリッチさんは、ただものを言わず、可哀そうなものを見る目でこちらを見つめていた。


 古来より、人間は木の棒と木の皮で火を起こしてきたんだい。

 …そう伝えると「これを使いなさい。」と、そっと火打石を手渡される。


 …あったんスね、火打石……。

 食材と一緒で、長い年月で朽ちたのかと思ってました。


 そんな俺とは対照的に、クロの生活力はメキメキと上がっていった。

 元々このダンジョン産まれという事もあるのだろうが、クロは食べれるものを見つけて来るのが上手い。

 自生している小さなベリーから始まり、どんどんと出来る事が増え、今では狩りのような事まで行っている。

 ……俺は、未だに獲物を狩るのを躊躇してしまうのに。

 ホーンラビットは特にダメ、もふもふで可愛すぎて絶対狩れない。吸うのが正解。

 俺、若干動物アレルギーあるせいで、滅茶苦茶気管が腫れたけど。


 そんな風に、狩りをしつつ採取をしつつ過ごしていた所…クロ自身の体に、若干の変化が起きた。

 ……まぁ、その変化が あまりにも異様過ぎて…。俺は意識的に直視を避けるようになってしまったんだけど。


 …だってさ、信じられる?あのスライムだよ?ぷよぷよしたやつ。大概まるっこいやつ。

 あの丸い球体の下からさ、足みたいなの生えてんだぜ?

 そんな、ちょこんとした可愛いヤツじゃなくて、THE・人の足って感じの。

 スライムって、普通ゲームとかでも這ったり飛び跳ねたりして移動するもんじゃん。

 スタスタ歩いてんだぜ?

 ものっすごい怖い。


 普通、スライムの進化って言ったらデカくなったり王冠ついたりするもんじゃないの?

 とか考えながら事実から目をそらしていると、たまに真後ろにピッタリと張り付いて来て、ものすんごい圧をかけられている気がする。

 勘弁してください。マジで。


 たまにあの見た目で、椅子に座って足組んでるんだから、マジでどうかかわって良いのかわからない。

 今まで気軽に「クロ」って呼んでたのに、不意に「クロさん」って呼びたくなってしまうぐらいには。


 その上、あの例のエグ剣は未だに健在で、たまにニョーンと腕のような物を伸ばし、剣を生やしては狩って来た獲物の下処理を行ってしまう。

 それがまた…――素早く、丁寧に。暗殺者か。

 リッチさんに「金属質のスライムは素早いからの」と教えられたが…それだけじゃないだろ、これは。


 そのせい…いや、そのおかげで、常に野性的で質素な味ながらも、食は若干潤っていた。


 俺も現代の知識を駆使してベリーなどを使い、美味しい物を…と考えたが、すぐに無理だと悟る。

 まず、どれを食べても何の味に似ているのか、いまいち結びつかない。

 例えば、今食べている この赤い実。名前を”ルロベリー”と言うそうだが、いまいち苺にもラスベリーにも似ていない。

 皮がツルっとしてて、果肉がかなり甘いのだが、後から酸味…?いや苦味…?が来る。


 きっとプロなら「これはこう使うんだ!」なんて、すぐに思いつくのだろうが…あいにく俺は調理実習でカレーすら爆発させる男。

 そんなもん浮かぶわけがないだろう。

 これを加工する道具だって、全く思い浮かばない。

 いや、思い浮かびはするが作り方が解らないのだ。


 …異世界の知識を期待して、ソワソワとしていたリッチさんには、とても申し訳ない気分になった。


 流石にそれは悔しい。

 せっかく異世界に来たのだ、自らが強くなりたい。

 なので、俺も鍛錬は怠らなかった。

 リッチさんから魔法を教わってみたり、そこらにあった手ごろな棒を振るってみたり…苦手ながらも筋トレもしてみたり。

 兎に角やれる事をと毎日試してはいるのだが、未だに強くなったという意識は皆無だった。


 魔法なんて、光を灯すという超初級呪文すら使えない。

 毎日何時間も付き合ってくれるリッチさんに申し訳なくなり、号泣しながら謝った事もあるほどに、何もできなかった。


「魔法ではなく、魔道具を使って体内にある魔力を使う感覚を育ててみるのはどうだ?」と、言われてランプのような魔道具を貸してもらい、試しに練習してみたのだが…これと言って成果は得られない。

 魔道具自体は動くが、いまいち体内の魔力の流れは感じられず、リッチさんと二人で首をかしげたのだった。


 ……魔法もダメ、得物を使った戦いもダメ。やっぱり何もできないのか、俺は。


 俺がリッチさんに作ってもらった特訓用ゴーレムに泥臭く敗走する隣で、自身の何倍も大きな野生の魔物相手に華麗なハイキックを決めるクロを見ると、更に自身の情けなさが際立ってしまう。


 しかし、へこたれてなんか居られない。

 この世界で生きて、無双して、ハーレムを作るのだ。

 その目標の為に、俺は止まることなど出来ない。


 まずは生きていく下準備だ。

 クロが持ってきてくれたものを頼りに、食べられるものやモンスターの特徴をまとめていった。

 どんな風に自生しているか、危険性はないか、この魔物の特徴は…。

 ありとあらゆる事を、断捨離を生き残った猛者ノート達にまとめ続けた。


「見てろよ!!ぜってーハーレム作れるような良い男になって、

 姫奈に”ざまぁ”してやっからなー!!!」


 そう雄たけびを上げる俺を、リッチさんは再び可哀そうなものを見る目で見つめていた。


 ――…それから一週間ほど経ったある日の事。

 リッチさんの元に天界から連絡が入った。


 ノートを纏めながら寝落ちしてしまっていた俺は、リッチさんに揺り起こされ「お前も一緒に聞きなさい。」と、石の前に座らされた。

 いつの間にか肩に掛けられていたブランケットに気づき、それを降ろしつつ静かに”女神 テューナ”の声を待つ。

 しばらくすると、ザザッというイヤホンジャックを指しなおした時のような音と共に、若い女性の声が響き始めた。


『…あー、あー。もしもーし、聞こえる?』


「聞こえとるよ~。」


 …以前も思ったが、こんな友達と通話する時みたいなノリで良いのか。

 隣で一緒に聞いてくれてるクロは、こんなに背筋(?)を伸ばしているというのに。


 俺は、リッチさんに軽く背をたたかれ女神に自らの名を伝えたが「大丈夫、解ってる解ってる。」と、軽く流されてしまった。


『で、モテナイ君。』


茂手(もて)(ない)でお願いします。」


『モテナイ君は、その”2m超えの三輪車”に轢かれて、こっちに来たんだっけ?』


(ない)でお願いします。

 …はい、そうです。校舎出たところを…ズドン、と。」


『うわぁ~…災難だったね~…。しかも、モテナイ君がフラれた直後…と。』


「うるせぇほっとけ。茂手(もて)でお願いします。」


『…モテナイ君、これね~……。』


 この石、もうぶち壊して良いですか。その思いが全面に出ていたのだろう。

 リッチさんに全力で羽交い絞めにされ「ごめんね!!!この子、悪い子じゃないんじゃけどね!!!ちょっとね!!!!ちょっとね!!!!!」と滅茶苦茶に謝られた。

 リッチさんの手前、顔に泥を塗る訳にはいかない。深呼吸して気持ちを落ち着ける。


『この世界の神、皆関与してないっぽい。』


 …は?


 じゃあ、一体俺は何でこの世界に居るんだ?

 その答えは、すぐに女神から与えられた。


『実は、世界って ここや君の住んでた世界以外に無数にあるんだけどね。

 その中の一つの世界が、ちょっと大変な目に合ってて…君の世界から勇者としての素質がある人間を呼び出そうとしたわけよ。あ、ちなみにこんな子ね。』


 …女神様、見えないっス。これ音声だけなんで、何も資料届いてないっス。

 ほら、リッチさんも凄い気まずそうな顔しちゃってる。

 こういうのって、神さまパワーで何とか出来ないのかと思いつつ、女神に続きを促す。


『それでね、勇者を呼ぶ側が居れば、呼ばれたくない側も要る訳よ。こいつがねー、どっこの世界でもちょっかい出してくるから、ちょっと厄介で…。』


「テューナちゃん、脱線しとるぞ。」


『あ、ごめんごめん。

 まぁ、簡潔に言うと巻き込まれ事故。

 本来は、勇者召喚の妨害として、目的の世界じゃなくて私の世界に送ろうとしたところを、突然飛び出してきた君に たまたま当たっちゃった…って事なのよ。』


 …気が遠くなった。俺を狙ったわけじゃなくて、不慮の事故?

 一気にむなしさが押し寄せる。


「じゃあ…俺は、なんであんな目にあったんですか…?クソデカ三輪車に轢かれて、というか、なんでクソデカ三輪車?」


『それねぇ……勇者くんを、出来る限りダサい送り方して心折ってやろうっていう、ただただ普通の悪意。』


 ――……それを聞いたとたん、ついに俺の目の前は真っ暗になった。

 ショック過ぎて気絶って、本当にあるんだね。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…あれ?」


 静かで、ただただ真っ黒な空間。


 辺りを見回すと、ポツンと光が見えた。

 俺は、それに吸い寄せられる羽虫のように、ただ歩みを進める。


 …すると、その光を放つ主はケラケラと笑いながら、俺が良く知るツインテールを揺らしていた。


「アハハ、アンタが告白して、私と付き合えるなんて思ってんの?

 私とアンタはただの幼馴染…あんたにお似合いなのは…」


 その瞬間、俺を盛大にフったツインテールは、二足歩行型クロに代わる。


 …二足歩行になったクロが嫌いなわけじゃない。嫌いなわけじゃないんだ…けど……けど…!!!


 ズドドドドドドという、力強すぎる足音。

 やたら生々しい黒鋼の脚。

 例のエグ剣。


 それらが全て、殺意を込めて俺に向かってきている…それが、それが……―――





「―――…ッギャアアアアアアアアアアッ!!!???」


「おぉ、起きたか。」


『おはよ~。』


 ――…俺は、肩を上下させながら目を覚ました。


 まだ頭はぼーっとしているが、石からは未だに軽薄女神の声が聞こえる事から、通話は繋がったままなのだという事が確認できてしまう。


「さっきまでのう、テューナちゃんと話し合っておったんじゃが…。」


『せっかくだし、問題解決するまでの間この世界を探検してみたらどうかな?って話になってね。』


 …ん?まてまてまてまて、あまりに唐突過ぎる。どうしてそうなったんだ。

 起きたばかりで頭が働かないせいか、俺は口を はくはくと動かす事しか出来ない。

 流石に唐突過ぎて夢かと思い、もう一度寝直そうとしたらリッチさんに全力で止められた。


『だって君、世界で無双して…いわゆるハーレム作りたいんでしょ?…いや~、お年頃だねぇ。』


「え、ちょ、なんで女神さまがそれを…!?」


 俺は、慌ててリッチさんを見る。

 その瞬間、あの落ちくぼんだ目が泳いだのを確認した。犯人はアナタだ。


 ……流石に、女性に俺の欲望を横流しされるのはスゲー恥ずかしい。

 その恨みを込めて、思いっきりリッチさんを睨みつけると、リッチさんは肩をすぼめて小さくなった。


 …多分、リッチさんは「伝えた事は内緒」にして、遠回しに俺が夢を叶える旅に送り出したかったのだろう。

 あの人は俺の暴れっぷりを笑いつつも、そういう所は気を使える人だと思いなおし、睨みつけた事に少し罪悪感を抱いた。


 それはそうと、欲望の横流しは恥ずかしいから、もっかい睨むけどね!!


「……ッゴホン!つ、つまり、だ。

 たとえ元の帰れるとなっても、何も経験せずして帰るのは つまらんだろう?

 折角こちらの世界に来たのだ。色々見て、知っていくのも面白いと思わんか?」


 …確かに、それはそうかもしれないが……まだダンジョン内でさえ、理解しきれていない事が多いのに、このまま外へ旅立っても良いのだろうか。

 未だに訓練用ゴーレムにも勝てていないのだから、戦闘面だって不安が残る。


 …なにより、だ。


 こんな2本足で直立するスライムを外に出して良いんだろうか。


 いや、俺が知らないだけで、外では普通なの…??


 リッチさんは、そんな俺の視線に気づいたらしく「普通ちゃうよ。」と教えてくれた。

 やっぱオメー普通じゃねーのか。置いてくか。


 …嘘ですごめんなさい、置いて行きません。圧かけないでクロさん。


『この件に絡んでるヤツが絡んでるヤツだからね~…。解決には結構時間かかると思うのよね。

 この際だから、外に出て めいっぱい遊びまわるのは悪くないとおもうわ。

 …なにより、アンタ人間なんだから陽の光浴びなきゃダメよ?どこの世界でも、日光浴びないのは健康に悪いんだから。』


「あの…ずっと気になってたんですけど…その、この件にかかわってるヤツって…?」


『……それはね。』


「…それは?」



『……教えな~い。』


 ガンッ!


 …机に勢いよく頭をぶつけてしまった。

 まさか、異世界でこんなベタなずっこけを経験する事になるとは…。


 にしてもこの軽率女神……絶対俺の事からかってんだろ…。

 顔は見えないが、声がやけに楽しそうだ。


『……ま、人間には知らない方が良い事ってあんの。

 そういうことだから。ほら、さっさと荷物纏める!』


「いや、ちょ、待ってくださいよ!!覚悟も何も決まってないのに…!!」


「ほれノート、ほれペン。ほれ鞄。」


 あああああ……俺の意志など関係なく、サクサクと旅の準備が捗ってしまっている。

 クロも腕のようなものを生やして、楽しそうに荷物をまとめ始めてしまった。

 リュック、そうやって背負うんですねアナタ。


 ボロボロだった俺の学生服は引っぺがされ、真新しい空のような青い色をした服に着替えさせられた。

 …よくあったな、こんなもの。数千年前に食料は全て朽ち果てたと聞かされていた為、服の出所が気になって仕方がない。

 もしかして、冒険者の遺体からとかじゃないよな…?とは思ったが、サイズはピッタリ。


 …流石に、俺の為に準備してくれたと信じよう。


『それで、なんだけど…。こっからは真面目な話。』


 むしろここまで真面目な話じゃなかったのか。俺の三輪車事件は?


『今回、君を呼んだのはアタシじゃないでしょ?

 …だから、あなたに直接加護をあげる”権限”がないの。

 ホントだったら、こうやって話すのも許されないんだから。』


 …なんとなく加護もらえないのは解っていたが、こうも直接伝えられると結構くるものがある。

 大丈夫、俺泣かない。


『この先、旅に出るとアタシからの手伝いは一切してあげられない。無茶をすれば命を落とす可能性だってある。

 …それでも、アタシとしてはこの世界を見て回って欲しいって思うの。結構良い世界なんだから、ここ。』


 本当に真面目な話なのだろう。

 何かを愛おしむように……少し寂し気な声で俺に語り掛ける女神に、どことなく人間臭さを感じた気がした。


『ね、アタシたちの世界を…君が、見てきてくれる?

 …帰って来た時に、ナイ君の感想が聞きたいの。』


 …リッチさんも、優しく俺の肩を抱く。

 彼は言葉にはしなかったが「行っておいで」と言ってくれているように感じた。


 俺の意志は、ここで決まってしまった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ほい、ルロベリーと干し肉。水は持ったか?地図もあるな?」


「持ちましたって!昨日から、散々詰め込んでたでしょ!?鞄もうギッチギチですよ!」


「あとはのう…。」


「まだあんのかよ!!」


 ギッチギチに詰められ、重たくなった鞄に肩が千切れそうになる。

 食べ物や水は解るのだが…ダンジョン内の地図30枚は本当に訳が分からない。

 そんなに階層あんの?ここ。俺本当に外出れる?


 鞄の重さと、若干の不安と格闘している最中、ざらついて半透明の薄紫の石を手渡される。


「…え、これって…?」


「ワシが女神と連絡をとる時に使っとる魔道具じゃよ。

 ワシの元にしか繋がらんようになっとるがのう。」


 目を丸くしたまま動きが止まってしまった俺に、リッチさんは話を続ける。


「困った時は、これを使ってワシに連絡せい。

 最近の事は解らんが、多少は この世界の事を知っておる。

 ナイが生き抜く為のアドバイスを、一つぐらいはしてやれるじゃろう。」


 ……きっと、今受け取った石が温かく感じるのは、今こうして優しさを受け取ったからなんだろう。

 鼻先が、やたらと熱くなってムズムズする。


 軽く鼻を啜りながら、リッチさんに向き直る。


「…お世話に……なりました…!!

 俺……俺…、いっぱい冒険してきます…!


 いっぱい冒険して、この世界いっぱい見て、女神さまにも沢山報告できるように、いろんな出会いをしてきます!」


 うむ、うむ、と、リッチさんは優しく頷く。


 元の世界に戻れる頃には、一回り大きくなって、また絶対帰ってこよう。

 その思いで「行ってきます!」と告げ、新たな一歩を踏み出す。クロも伸び縮みし、挨拶をしているように感じた。


 ――そして、覚悟を改めて伝える。


「絶対…!ハーレム作って戻ってきますからーーーーーーッ!!!!!」


「台無しじゃの~~~~~。」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ――白く、広い空間が広がる明るい部屋。

 その中心に、柔らかな白い絨毯の上で薄紫の宝石を手の上で転がしている女性が見える。


 まるで古代ローマで着られていた”ストラ”ような衣類を身にまとい、悠々とくつろいでいた。


「…で?本当に送り出しちゃって良かったの?」


『うむ。素材にも使えん奴は、置いておっても邪魔なだけじゃからのう。』


「やーい、照れ隠し。」


 手元の薄紫の宝石からは、少し照れくさそうなカカカッという笑い声と共に、少ししゃがれた男性の声が聞こえる。

 恐らく、この宝石を媒介に会話をしているのであろう。

 女性は、楽し気に言葉を続けた。


「けど、あの子ハーレム作りたいんでしょ?あの子のせいで、この世界めちゃくちゃにされちゃったりして。

 そういうの困るな~、アタシ。」


『じゃから、そういう意味で言っとる訳では無いと言っとろうが。』


「はいはい、解ってるって。失恋振り切る為、でしょ?

 アンタの話を聞く限り、本当にハーレム作るような子じゃなさそうだし。ちょっと揶揄っただけよ。

 …アンタが気に入った人間なら、間違いないわ。」


 女性は、可笑しそうにクスクスと笑いながら宝石を眺め、軽く指でなぞる。

 その手つきは、まるで恋人に触れるように優しく、繊細だった。


「……ねぇ。あの子は、この世界を気に入ってくれると思う?」


 その言葉に、少し沈黙が挟まる。

 先に沈黙を破ったのは、男性の側だった。


『わからん。

 …が、ワシとお主で救った世界じゃ。

 気に入らんくとも、あの子なら多少何か感じてくれるじゃろうて。』


「ふふ、やたらあの子に肩入れするじゃない、勇者君。」


『…そりゃあ、な。』


 再び、沈黙が続く。

 どこか重たく悲し気な空気に、女性も少々姿勢を整え、俯きがちに言葉を続ける。


「――……やっぱり、元の世界に帰りたい…?」


『この世界に居たいとワシが選んだんじゃ。まぁ、五千年前に隣国のバカ共に、お主から貰った力を利用されそうになった時は、流石にホームシックになったがのう。』


 カカカッと快活に笑う声に、女性はつられてクスリと笑う。

 男性の笑い声で重たくなった空気は和み、暖かい物へと変わっていた。


 そんな空気の中、「あの子はこの先どうするか」「あの場所には訪れてくれるか」など、言葉を交わす。

 まるで、この先の我が子の行く末を、少々期待しているようにも見えた。


「……あ、そういえばなんだけど…。

 あの子、魔力無かったわよね?どうするの?通話石使えないじゃない。」


『…ホ?』


「魔道具って、少量の魔力でも動くけど…結局は魔力必要じゃない。

 ダンジョン抜けちゃうと、空気中の魔力減っちゃうから動かなくなっちゃうわよ?」


『……。』


「…………まさか。」


『あやつ、魔力無かったのか…!!!????』


「き、気づいて無かったの!!!??????」



『まままままままままままままぁ、あああああああの子には黒鋼スライムも?ついておるし?だ、だだだ、だ、大丈夫じゃろ…の?の??』


「アンタ声震えまくってるわよ!!??」


 ――……こうして、茂手(もて) (ない)とクロの冒険は、波乱の幕開けとなったのであった。

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