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闇香  作者: ヴィルヘルミナ


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第六話 呪われた動画配信者

「何故笑う? この呪いは本物だ。死ぬかもしれないんだぞ」

 零音の心からの笑顔に困惑した夜刀が問う。

「あ、僕は皆さんを疑ってる訳じゃないです。えーっと……今日体験した事は僕にとって未経験の連続でした。これまでの人生が……当たり前の常識が一変するってこういうことなんだなって」

 私が見ていなかった神事は、零音にとって驚愕の体験だったのだろう。零音は驚いたら笑ってしまうタイプなのか。それでも自分が死ぬと宣告されて笑っていられることが理解できなかった。

「呪い……呪いかぁ……」

 そう呟きながら、視線を天井へ向けた零音の微笑みは崩れず、喜んでいるように見える。

「動画のネタにしようと思うなよ」

「あ、バレました? 死の呪いの検証とか、カウントダウンとかウケるかなって」

 夜刀の呆れたような突っ込みに、視線を戻した零音は明るく笑って返した。

「死にネタは絶対アウトと言ってなかったか?」

「他人じゃなく、自分ならいいかなって思いました」

 黒い短髪に茶色の目の夜刀と、茶髪でウルフカットにグリーングレイのカラコンをした零音。見た目は対照的でも年齢的には近そうな二人は、意外と気が合うかもしれない。そんな空気が漂う。

「俺は個人的な問題で、この呪いを解明したいと思っている。この呪いは、掛けた女性霊の望みを叶えることで解ける、ということだけ判明している」

「女性霊……ということは、さっきの動画に出てきた白いワンピースの女性かな?」

「ああ」

「だからかな? ……既視感っていうか、懐かしいって思ったのは。全然知り合いにも誰にも似てないんだけどね」

 そういって零音は苦笑する。ますます国民服の男性とイメージが重なっていくような気がしても、あの男性の生まれ変わりなのかと口にする勇気は出なかった。

「望みって何かな?」

「それがわからないから手掛かりを探している。何か気が付いたことはないか?」

 一気に肩の力が抜けた零音と夜刀のやり取りは、徐々に長年の友人のような口調になっていく。

「えーっと、気が付いたことっていうか、気になったのは鈴の音かな。女性が現れる直前に聞こえたけど、どうもスマホからじゃなくてリアルで聞こえたような気がするんだよね。耳元で鳴らされたみたいな感じで」

「俺には聞こえなかった。当主、聞こえましたか?」

「いや。私は何も。雅はどうだい?」

 和人の問いに、雅は首を横に振った。ということは、鈴の音を聞いたのは、私と零音だけ。呪われた者にしか聞こえないということか。

「……お前、わかりやすいな。さっきから顔に出てるぞ」

「か、顔にっ?」

 夜刀に突然指摘され、どんな顔をしているのだろうかと両手を頬にあててみる。顔に出しているつもりはなく、しっかりと余所行きの顔をしていたはず。視界の端で零音が口元に拳をあてて笑いを堪えているのが見えた。

「僕が聞いた鈴の音は、とても澄んだ高音でよく響く感じだった。不思議と怖さはなかったな。また聞きたいって思うから」

「私はもう聞きたくないです。どんなに綺麗な音でも」

 あの鈴の音を思い出すと、白いワンピースの女性よりも吐血する土岐川と半笑いで撮影する人々がセットで浮かんでくる。他人の不幸を動画で保存するより先に救急車を呼ぶか救護するか、優先すべきことはあったのに。

「ということは、彼女さんと僕は三日違いで同じ女性から呪われてるってことなのかな」

 零音は微笑みを消し、私を心配するような表情を見せた。

「……ああ。そのようだな。一時的な処置だが、俺は呪いの進行を止めることができる。もう一度痣を見せてくれ」

 夜刀の言葉を両手で押しとどめるような仕草をしながら、零音は首を横に振って微笑みを取り戻す。

「えーっと。……それは遠慮しておこうかな。八條さんの霊能力は、彼女さんの為に百パーセント使った方がいいんじゃないかな。あ、呪いを解くのを諦めた訳じゃないよ。できれば僕も調査に加わりたいってだけで。僕は都市伝説のライブ配信の件を調べてみようかと思うんだ」

「……少し時間をもらえないか? ……当主、外で彼と話してくるので、彼女の警護を頼みます」

 和人が了承すると、夜刀は零音と共に部屋を出て行った。

「ふーん。死に至る呪いと聞いても動じないのか。面白い子だね。後で電話番号でも聞いてみようかな」

「この件は夜刀に一任するつもりだろう? 直接介入するのか?」

 興味津々の猫のような目をした和人の横で、雅が尋ねる。

「いや。直接介入はしないよ。ただ、スマホのアドレス帳がすかすかだからね。……という訳で、お嬢さん、電話番号を教えてもらえないかな?」

 にこにこ顔で和人が着物の懐から取り出したスマホはピンクがかった金色。確か先日見たスマホは銀色だった。

「あの……銀色じゃありませんでしたか?」

「ああ、一昨日、暴れる怨霊にスマホが壊された。ショップに行ったら同じ機種の在庫がこれしかなくてね。やっと基本操作を覚えたのに、一から覚え直すのは面倒だろう?」

 同意を求められても……と思いつつ、曖昧に頷いておく。視界の片隅で大破したまま転がる零音のスマホといい、最近の怨霊と関わるとスマホが壊される危険があるのか。その場合、スマホの保険は適用されるのか気になる。

「路上水死事件で死んだ人の霊ですか?」

「いやいや。それは別のヤツでね。今回の件での祓え神事は今日が初めてだ。まさか死亡当時の状況を再現してくるとは思わなかったから、次の神事はご遺族に立ち合いを許可するかどうか考えないとねえ。もしもお嬢さんがご遺族の立場なら、どう思う? 見たいと思う?」

「……それは…………遺族なら死んだ状況も全部知っておきたいと思うかもしれませんが……今回、聞いていただけですが……見ていたらトラウマになりそうな気もします」

 死んだと告げられた者が、起き上がって再び死ぬ。その状況を受け止められるかどうかと考えても、すぐには答えは出なかった。

「難しいねえ。どうも私や雅では『普通の感覚』がわからなくてね。……そうか。見せたいかどうか本人に聞けばいいのか」

 ひらめいた。そんな顔をされても……と苦笑しかけた所で気が付いた。

「見せたいかどうか?」

「そう。生きている人間は迷うし面倒だが、死んだ本人に聞けば早い」

「やめてください。聞くなら、生きている人間の方にして下さい」

 どう考えても生きている人間の意思を優先すべき問題だと思う。霊能力者の思考は常人には理解不能。

「やはり生きている人間というのは面倒だねえ。……という訳で、電話番号を……」

「わかりました。『普通の感覚』を知りたい時にはお電話かメールを下さい」

 この非常識人を放置しておいては、不幸なトラウマを抱える人を量産してしまう。絶対に阻止しなければと妙な使命感が沸き上がってくる不思議。

「メール……メールは雅の担当だねえ。私は一度も送ったことがないから」

 現代社会でメールを使ったことのない人間に初めて会ったような気がする。高校で情報処理の授業は無かったのだろうか。

「雅さん、電話番号とメールアドレスを交換して頂けますか?」

「あ、ああ」

 何故か引き気味の雅とも連絡先を交換した後、扉が開いて夜刀だけが戻ってきた。

「おや? あの子は?」

「零音は遺体引き取りの手続き中です。俺は明日、零音と都市伝説の件を調べに出かけます。その間、彼女を預かって頂けますか?」

「それはちょっと難しいねえ。明日は一つ大きな案件が入ってる。お嬢さんみたいな可愛らしい娘は嫁にされてしまうかもしれないよ。夜刀と一緒に行けばいいだろう?」

 嫁にされてしまうという和人の言葉の意味がわからなかった。

「嫁ってどういうことでしょうか」

荒魂(あらみたま)を鎮める儀式に可愛らしい女性がいると見初められてしまうことがあってね。要するに神様の嫁だねえ」

 ほのぼの良い話風に和人は笑っても、マンガや小説じゃあるまいし見ず知らずの神様に嫁にされるのはお断りしたい。

「夜刀の家にいたら大丈夫じゃない? 今までも何回か一人で留守番してたし」

 居候している間、夜刀は度々結界を強化して外出している。今回もそれで良いのではないかという私の提案は夜刀に却下され、何故か渋りつつも私の同行が決まった。



 翌朝、待ち合わせの約束をした駅前に向かうと、茶髪に流行りのサングラス、白いTシャツにジーンズ、白い革のスニーカー、ラベンダー色の半袖シャツを羽織った零音は、ただ立っているだけなのに周囲と空気が違っていて遠くからでも認識できた。夜刀は黒いTシャツに黒いカーゴパンツと黒革のスニーカー。モスグリーンの長袖シャツで、色合いは対照的。私は水色のワンピースに白のボレロ。今日も地味な色は穢れを引き寄せやすいからと却下されてしまった。

「夜刀、おはよう。彼女さんは今日も可愛いね」

「おはよう、零音」

「お、おはようございます」

 二人がいきなり呼び捨てで挨拶したことに驚いた。零音はサングラスをシャツのポケットに入れ、昔からの友達のような親しげな雰囲気を醸している。今日もグリーングレイのカラコン。

「昨日話した都市伝説系の動画配信者っていうのがサザキっていうハンドルネームなんだけど、彼の住んでる部屋がそこの八階」

 零音が指さしたのは、駅前の商業ビルの隙間に建つ古い雑居ビル。窓には貸金や怪しさ満点の聞いたこともない人材派遣会社の看板が設置されていて、とても住居とは思えない印象。

「こ、ここですか?」

「彼も会社を立ち上げてて、ここを事務所として借りてるらしい。どうせ独りだからって事務所で寝泊まりしてると前に言ってた。駅前だから便利だって」

 確かに周囲は賑やかな商業ビル。買い物にも交通手段にも困ることはなさそうでも、通勤客や買い物客が行き交う騒々しさと路地裏的な暗さというか何とも言い難い空気を感じると、私は住みたいとは思えなかった。

 雑居ビルの入り口は狭く、壁には集合ポストが設置されている。一つの階に一つのポストしかないのに、ポスト表面には数個から二十数個の会社の名前がぎっしりと書かれている。

「これ、ワンフロアに何社入ってるんだろ……」

 ワンフロアと言っても狭そう。もしも就職試験がここだったら、回れ右して帰る自信がある。

「単なる住所貸しか、複数の会社を立ち上げてるかだろ。駅前の雑居ビルではよくあることだ。昔は駅前の住所ってだけで信用があったが、今はネットの地図写真で実態が直ぐにバレる」

 八階のポストは会社名も無くテープでふさがれていて『郵便物は直接八階まで』という張り紙がされていた。ポストの前を通ると急すぎる階段と古い茶色の扉のエレベーター。定期点検済のステッカーが貼られていても、若干心配になる。

 薄汚れたエレベーターに乗って到着したのは八階。入り口とは反対側の扉が開き、降りると目の前に上部がすりガラスのアルミサッシの扉。扉についたポストには大量の封筒が突っ込まれていて、ガラス部分には何枚もの督促状が貼られていた。

「『至急連絡を下さい』か……一番古い日付は、僕に電話があった二日後だね……金に困ってる様子は無かったんだけどな……言ってくれたら貸したのに……」

 ぽつりと寂しそうに零音が呟く。

「プライドがあったんだろ。……中に人の気配はないな。これ、壊れてないか?」

 夜刀が古いインターホンを押しても、カチャカチャと玩具のような音を立てるだけで、中から音は聞こえてこない。零音がドアノブを回すと鍵が掛かっていた。

「やっぱり留守みたいだね」

 零音が苦笑しながら振り返り、夜刀は狭い玄関前の天井をしきりに見回す。

「……監視カメラはなさそうだな。ここからは見なかったことにしてくれ」

「何するの? まさか扉壊すとか言わないで……あれ?」

 私の言葉の途中、夜刀がドアノブを回すとあっさりと開いた。

「えーっと? 僕の確認が甘かったのかな?」

「いや。中から開けてもらった」

 さらりと言い放つ夜刀が何気に怖い。零音と二人で顔を見合わせる。

「な、な、何に?」

「……俺の式神。霊力を喰うから滅多に使わないが、背に腹は替えられん」

 夜刀はさっさと真っ暗な部屋の中へと入っていく。零音が手探りで壁のスイッチを探し当てて電気をつけると、古い灰色の壁とフロアタイルが敷かれた十八畳くらいの部屋。べたべたと新聞や雑誌の切り抜きが貼られたパーテーションが中央をぐるりと取り囲む。壁とパーテーションの間には折り畳み自転車や電動キックボード、健康器具が埃を被った状態で転がっていて、おおよそ人が住んでいるとは思えない状況。生ごみと何かが焦げたような酷い悪臭に耐えられず、ハンカチで口と鼻を覆う。

「こっちから入るみたいだよ」

 パーテーションの一部についていた扉を開くと、そこは生活をぎゅっと凝縮したような空間が広がっていた。巨大な机には付箋がべたべたと貼られた大きなディスプレイが二台、大型のパソコンとキーボードが置かれ、使い込まれたゲーミングチェア。中央に置かれたダイニングテーブルには椅子が四脚あっても、そのすべてに服や物が積まれ、テーブルの上にはタバコの吸い殻が入ったガラスの灰皿、ファーストフードやコンビニ弁当のゴミ、空き缶や空き瓶が山盛りになって異臭を漂わせている。病院にありそうな高さのあるパイプベッドの布団は、薄茶色や何ともいえないシミだらけで、さらには服が山を形成中。床には口が縛られたコンビニ袋や雑誌が散らばり、足の踏み場に迷う。

 零音は迷わずパソコンの電源を入れ、ブラウザの履歴やメールボックスを開いていく。

「パスワードは掛かってないんですか?」

「掛かってるよ。でも、ここにパスワード書いてある」

 そう指摘されて見ると、ディスプレイに貼られた付箋の一つにパスワードがしっかりと書かれていた。これはあまりにも不用心過ぎ。

「ネットの噂によると、ライブ配信のサイトアドレスは迷惑メールとして届くらしいんだけど……それらしいのは無いな……」

 画面を一緒に見ていた夜刀が、何かに気が付いて机の上に散らばるA4コピー用紙の一枚を手に取った。

「どうしたの? 白紙に何か書いてある?」

「筆圧跡が残ってる……これは……日付と……住所か?」

 サザキは筆圧が強いらしく、ボールペンか何かで書いた字が、下の紙に跡として残っていた。

「鉛筆なんて都合の良いものはないよな……」

 机の引き出しにはボールペンや油性ペンしかなく、夜刀が目を細めて読み取ろうとしていると、テーブルに近づいた零音が灰皿の灰を指ですりつぶし、夜刀が持っている物とは別の紙に擦り付けた。

「これで代用できそうだよ。試していいかな?」

 零音が指に付けた黒い灰で白く浮かび上がったのは、まぎれもなく日時と住所。消されないようにと三人がペンやスマホでメモを取り、一部ずつ確実に覚えた。

「他に手掛かりはなさそうだな。借金取りが来る前に逃げるか」

「借金取りが来るって、また督促状貼りに来るって話?」

「いや。金額がでかいから、電気が付くのを監視されてる可能性があるって話だ」

 部屋の電気が付くと誰かがいると判断される。だから周囲の住人に監視を依頼することもあるらしい。痕跡を残さないように気を付けながら部屋を出て、夜刀が鍵を掛けた。

 幸いにも誰にも出会うことなく雑居ビルの外に出て、車を止めた駐車場へと歩く道すがら、零音が商業施設を指さした。

「えーっと、職質される前に手を洗いたいな」

 黒い灰を指に付けたままの零音にウェットティッシュを差し出すと首を横に振られた。

「ありがとう。でも、ごめん。これは水で流した方がいいんだ。下手に拭いて痕跡を残すとマズい」

「……タバコじゃないのか。大麻か?」

 灰皿にあったのは絶滅危惧種の紙巻タバコだと思っていたのに違っていた。

「大麻じゃないけど、似たような物かな。最近、若年者層に有名な動画配信者に、これを試して欲しいって案件が来るんだ。合法ドラッグ……なんて言ってるけど、実際は微量の麻薬成分が含まれてる。薬剤師の動画配信者が成分分析したから間違いないよ。ただ、公開したら命の危険がありそうだから表向きは黙ってる」

 よくあることだと零音は笑っても、その闇は意外で深すぎる。

「手を洗ったら、さっきの住所へ行ってみようか。急げば昼前に着くよ」

 明るく笑う零音に、それ以上のことは聞けなかった。



 書店で購入した地図を睨みつつ、私たちはサザキが残した住所へと向かっていた。零音の車は駐車場に止めたまま、三人で夜刀の車に乗っている。

「……ねえ。思うんだけど、車のナビ使えないの?」

「データが消される可能性があるだろ。それに、ナビに介入されたらどこに案内されるかわからん」

 それは重々わかっていても、地図を読み取るのが面倒過ぎて投げたい。短時間で交差点や曲がり角を三度も間違っていて、遠回りをさせているのが心苦しい。

「えーっと、僕が変わろうか?」

 零音の申し出に有難く乗って地図を手渡すと、夜刀が口を引き結ぶ。

「どしたの?」

「……別に」

 夜刀が拗ねても零音のナビは的確以上で、私が回り道をさせた時間を簡単に取り戻した。

「凄いですね」

「この辺の道に慣れてるだけだよ。車の運転が趣味だから、あちこちナビ無しで走ってる。でも、疲れると戻る道を忘れちゃうから最後はナビに頼るんだけどね」

 目的地まであと三キロという所で、緊急車両のサイレンが響き渡った。夜刀は車を路肩へ寄せ、車両が通り過ぎるのを待つ。

「消防車……近くで火事かな? ……ちょ。まさかとは思うけど……」

 進行方向の先に広がる森の中、白い煙が上がっているのが見える。

「……そのまさか、だろうな。とりあえず近づける所まで近づく」

 目的地は森の中の一軒家。地図を頼りにしつつ、最寄りの時間貸駐車場に車を止めて歩く。

「あー、当たりだな」

 一軒家に向かう一本の道路は封鎖され、二台の消防車が消火活動をしているのが木々の間から見える。野次馬の中に高校生と思しき制服姿の学生がちらほらといるのは下校時間なのだろうか。

 近づく私たちとすれ違う三人の女子高生から、ぱしゃりと撮影音が聞こえた。火事の現場写真かと思ったのに、その手元に隠されているようで隠れていないスマホのレンズは零音へと向いていた。

「あれ? 写真なら隠し撮りじゃなく、撮りたいって言ってよ。一緒に撮る?」

 気づいた零音は怒ることもなく、女子高生たちに笑いかける。

「きゃーっ! 本物っ!?」

「嘘っ! マジで零音じゃん!」

「いつも動画見てます!」

 黄色い声のパワーはすさまじくて、夜刀と私は少々距離を取って眺めるだけ。零音は女子高生のスマホを借りてツーショット自撮りをし、サインまで応じていた。

「えーっと、知ってたら教えて欲しいんだけど、あの燃えてる家って誰が住んでたのかな?」

 盗撮されても怒らないのは情報を聞き出すためなのか。それにしても手馴れていると感じる。いつも同じような対応をしているのかも。

「あの家は、この辺で有名な迷惑ジジイが住んでいたんですよ」

「すごいお金持ちで全然人を信用してなくて誰にでも怒鳴り散らすし、敷地の周りにトゲトゲの針金とかクマ用の罠とか仕掛けてて、飼ってたドーベルマンが脱走しても謝らないし超迷惑でした」

「でも一年くらい前に突然姿が見えなくなったんです。犬の散歩にも出なくなって死んだかなって皆で噂してたら、毎日夜に人が来て、夜中とか早朝に帰っていくから、とうとう介護されるようになったのかなって」

 女子高生の話を聞いて、夜刀と視線を交わす。あの白骨AVが撮影されていたのはここで間違いなさそう。サザキのメモに残されていた時間は午後十一時三十分だった。

「夜に人が来るって、車で?」

「車の時もあるし、タクシーとかバイクの時もあるみたいです。いつもサングラスとかマスクして、こそこそしてるって見た人が言ってました」

 撮影内容を考えると、顔を隠したくなる理由もわかる気がする。知り合いにバレたら恥ずかしすぎて悲惨。

「えーっと、介護に来るのは同じ人なんだ?」

「それが違うみたいなんです。背が高かったり低かったり、太ってるとか痩せてるとか、見た人が言う特徴が全部違ってて、迷惑ジジイが毎日クビにしてるんじゃないかって皆言ってます」

 毎日行われているというライブ配信に、毎日違う男性が出演するのかとうんざりしてきた。悪霊に騙されているとしても、こんな辺鄙な所までわざわざやってくるのはどうかと思う。

「いろいろ教えてくれて助かったよ。ありがとう。これからもよろしく!」

 明るく笑う零音が女子高生と別れて、私たちの方へと戻ってきた。その表情は変わらず明るいまま。四六時中笑っているのは疲れないだろうか。

「さっきの話、聞こえた?」

「ああ。……で、その出演者と思しきヤツがさっきからうろついてる」

 夜刀の視線の五十メートル先、黒いTシャツに黒いジーンズ、サングラスとマスクという不審者スタイルの男性が消防と警察の立ち入り規制線をしきりに覗き込んでいる。隙があれば侵入しようとしている風にも見えた。

「まだ午後三時よ? 早過ぎだから違うんじゃない?」

「昼間のうちに下調べしておくつもりだったんじゃないか? ヤバいと思ったら逃げるつもりで……糸が付いてるな。確保した方がいいか……」

 夜刀が大きく溜息を吐いて歩きだし、零音も何気ない素振りで男へと近づいていく。男はしきりに火事の現場を覗き込んでいて、二人が背後から近づいていることに気が付いていなかった。

「お兄さん、僕たちにお話聞かせてくれないかな?」

 軽く明るい零音の呼びかけに、男は全身を大きく震わせて硬直した。くるりと振り向いて逃げようとした所を、左右から夜刀と零音に腕を取られる。

「はい、確保っと。あ、心配しなくていいよ。別に警察でも何でもないから」

「れ、零音っ!? まさか、これ、ニセ企画なのかっ?」

 男と知り合いなのかと思ったら違っていた。単に男が動画を見たことがあるだけと聞いて、先ほどの女子高生の件もあって零音の知名度の高さに内心驚く。

「僕の企画じゃないよ。立ち話もなんだから、向こうのファミレスで話そうか。約束の時間までまだ余裕はあるだろ? 絶対に動画撮ったりしないから安心していいよ」

 零音の言葉にがくりと肩を落とした男は、サングラスとマスクを取った。三十歳前後の割と整った顔立ちで、女性からモテそうな清潔感も漂わせていて意外。

 森に背を向けてファミレスまで歩き始めた時、耳元で鈴が鳴った。私と同時に、零音も振り向く。

 鬱蒼と茂る木々の中、白いワンピースの女性が現れて、そして消えた。

「どうした?」

「……今、鈴の音が聞こえた。……でも……」

 夜刀の問い掛けに答える零音が戸惑っているのがわかる。私も戸惑いを感じていた。

「白いワンピースの女性が現れて消えたんだけど……何か変っていうか……」

 良く似た別人。そんな風に感じた。森までは距離があるし、暗いからそう見えたのかも。

「……完全に逃げられたな。マジで痕跡消しやがった」

 目を閉じて何かを感じ取っていた夜刀が溜息を吐いた。



 午後二時過ぎのファミレスは意外と人が少なかった。営業マンと思しき男性が遅いランチを食べていたり、ハーブティ片手にノートパソコンで何か作業をしている女性、分厚い本を前にしてノートに何かを書いている男性くらいで、私たちは店内端の人気が全くないテーブルを陣取った。

「意外と人がいないんですね。この時間なら、お茶する人がいると思いました」

「えーっと、たぶん、向かいにチェーンの喫茶店があるからじゃないかな。価格帯も違うし」

 こそこそと小声で正面に座る零音と話す。壁際の四人掛けのテーブルで、男が逃げられないように奥に座らせて零音が隣に座り、男の前に夜刀、その隣が私。それぞれが飲み物を頼んだ。

「……で、俺の話を聞きたいっていうのは?」

 ラギとだけ名乗った男は、完全に不貞腐れたという表情でテーブルに頬杖をついた。

「実はサザキさんが行方不明になっててね。噂のライブ配信の件を調べてたそうなんだ」

「サザキって、都市伝説とか胡散臭い動画チャンネルやってるヤツか。あいつ行方不明なのか。へー……って、これ、やっぱヤバい話なのか?」

 途中で男は顔色を変えた。

「ヤバいかどうか調べてる最中なんだ。だから僕たちに協力してもらえると助かる。頼むよ」

 零音が両手を顔の前で合わせて拝むような仕草をすると、気を良くした男は話し始めた。

「ネットの一部で都市伝説とか言われてるのは、午前零時に始まるライブ配信なんだが……実は俺は一年近く前から毎日見てる。見始めたきっかけは迷惑メールで、夜中に酔っぱらってた俺は間違ってリンク先へ飛んだ。そしたら……あーっと、その、だな……ヤバい内容の配信が映ってた」

 ラギは私が聞いていることに気を使ってか、言葉を選ぶ。

「その配信は数分で終わることもあれば、日の出直前までやってることもある。……出演する男によって時間が変わるんだよ。男の出演者は毎日変わって、俺が記憶してる限り同じ男が出てきたことはなかった。……それで……昨日の晩……配信が終わった後、文字が出て……『出演してみませんか』って画面に表示された。画面のリンク先に、さっき燃えてた家の住所と集合時間、あとは注意事項が書かれてた。配信内容や場所については絶対に外部に漏らすなっていうことと……同行者は男性二名まで可ってあったが、友達は仕事を急に休めないだろうし、俺は一人で参加することにして……車で来たら、あの通りだ」

 ラギは明らかに残念だと言わんばかりに溜息を吐く。

「そんなに出たかったのか?」

 夜刀の呆れた声に、ラギは苦笑する。

「ライブの内容は三人とも知ってるのか?」

「いや。具体的に知っているのは俺だけだ。零音と彼女は内容を知らないから、俺にだけわかるように話してくれればいい」

 夜刀はさらりと嘘を吐く。知らないのは白骨AVを見ていない零音だけのはず。

「そうか。それなら……出演者の女が……初恋の女にそっくりで、一度だけでも会いたいと思ってたんだ。流石に撮影場所が火事なら、今夜からライブ配信は無くなるだろうな」

 うわ、最低。そんな感想を抱いたことがバレないように、目の前のアイスコーヒーをストローですする。シロップを入れ忘れたコーヒーは苦くて、慌ててシロップを注ぐ。

「では、俺が知っていることを説明する。あのライブ配信に出ていた女は悪霊だ。出演すると祟り殺される」

「は? 祟り? 冗談キツイな」

 ラギは大きく目を開いて驚いた。そんな顔でも割と整っていて、女性にモテそうな気がするのにどうしてあんなAVもどきに参加したいと思うのだろうか。

「過去に出演した男が死んでる。毎日出演する男が変わるのは、それが理由だろうな。逃げても追いかけてくるらしい」

 何でもないことのように淡々と話す夜刀の前で、ラギの血の気が引いていくのがわかる。

「待ってくれ。……悪霊? まさか……彼女が言ってたのは本当だったのか?」

「彼女がいるのか? お前、最低だな」

 夜刀の指摘に同意して頷いてしまう。

「そ、その……彼女とは三日前に別れた。俺はライブ配信見始めてから、泊まりとか旅行に行けなくなって……デートの度に神社のお守りとかパワーストーンを彼女から渡されて、背後に悪い影がいるから気を付けろって……でも、家に帰るとお守りも石も消えてたから彼女の言葉もすぐ忘れてた」

「そうか。それは彼女に感謝するべきだな。だから、その程度の糸で済んでるんだな」

「い、糸って何だよ」

 青い顔をしたラギが怯む。それは私も気になっていた。夜刀には何の糸が見えているのか。

「悪霊がターゲットに付ける目印だ。細くて黒い糸に見えるから糸と言ってる。一年もあんなもの見てたなら、それこそ糸が撚り合わさってワイヤーロープみたいに頑丈で切れない縄で縛られてる状態だったろうが、お守りや石が身代わりになって糸を剥がしてくれていたんだろう。お前についてる目印は、まだ細い糸の状態だ」

 糸がどこにどういう風についているのかと目を凝らしてみても、私には全く見えないし感じ取れなかった。ラギは口を片手で覆い、何かを呟きながら青ざめている。

「残っている糸を取ってもいいか?」

 夜刀の言葉にラギが頷くと、夜刀は右手の指二本を口元にあてて何かを呟きながら、左手をラギの首へと伸ばして空を掴む。

「あ!」

 夜刀の左手が白い光を帯びた瞬間、黒く細い糸がラギの首に巻かれているのが見えて、夜刀に握られた糸が粉々に砕けて消えた。

「今、僕にも見えたよ。……それが糸なんだ……ロープになってたら怖かったね」

 首に巻き付くロープ。それは絞首刑の縄に見えるかもしれないと思うとぞっとする。

 ラギのスマホに保存されていたライブ配信のサイトアドレスを紙に書き写し、夜刀が元のメールを転送するように指示すると、メールも転送したメールも消え去った。

「これで悪霊との縁は完全に切れた。目が覚めたなら、もうあんなもの見るな。現実を生きろ」

 夜刀の言葉に頷くラギは、先ほどとは別人のように背筋が伸びて、拗ねた様子も消え去っていた。



 頭を下げ、感謝の言葉を告げて去るラギを見送り、私たちはあの家の前まで戻った。火は消えたようでも周囲には焦げ臭い空気が漂い、消防車だけでなく警察車両が増えて規制線を示すロープが張られていた。これは関係者以外近づけないだろう。野次馬は減り、数名のグループが遠くから覗き込むようにして見ている。

「さっき、悪霊が森に現れた後、俺があの家に感じていた強い霊力が消え去った。火事で物的証拠は完全消滅。徹底してるな」

「あの家に住んでたおじいさん、大丈夫かな?」

 迷惑ジジイと呼ばれていた人も、陰の気が溜まりすぎて異常をきたしていたのかも。

「生者の気配は感じ取れなかった。感じた霊力は死者のものだ」

 それが何を意味するのか察して、無言になった私たちは時間貸駐車場へと戻った。

「確認してなかったけど、二時間止めても百円? 一晩止めても上限三百円とか激安過ぎよね」

「この辺りだと、このくらいの値段が相場だよ。ほら、あっちの駐車場も同じ値段だ」

 零音が指さす二百メートル先にも似たような時間貸駐車場があり、どろどろに汚れた黒い外車が一台止まっている。

「うわー、あれ、不法投棄かな?」

「あれは……先月、発売されたばかりの車じゃないかな? 滅茶苦茶高いよ」

 車の運転が趣味という零音は興味を持ったらしく、見てくると歩き出す。つられてついていくと、夜刀も追いかけてきた。

 外車のフロントガラスは泥で汚れ、他の窓は黒いスモークフィルムが張られていて車内は見えない。

「このフィルムは、違法になってるんだけどね」

 零音が中を覗こうと近づいた時、夜刀が止めた。

「触るな。警察を呼ぶ。中で誰か死んでる」

 心の中で悲鳴を上げつつ、全力で車から遠ざかって夜刀の背中に隠れる。

「愛流? どうした?」

「な、なんとなく」

 私たちがそんなやり取りをしている間に、零音は警察へ電話をしていた。

「……そうです。車内で誰か倒れているみたいなんです。散歩していたら見つけただけで……はい。わかりました」

 電話を切った後、五分でパトカーがサイレンを鳴らさずに現れた。二人の警察官が降り、私たちに通報者かどうかの確認があった。

「随分汚れてるな……扉は……」

 ドアハンドルを引くと扉が開き、服を着た乾いた木の人形が倒れ掛かって警察官が抱き留める。なんだ人形かと、ほっと安堵の空気がその場に広がった。

「おっと……うああああああああ!」

 笑いながら人形の顔を覗き込んだ警察官が叫び声を上げ、後ろに飛び退く。地面に落ちたのは人形ではなく、ミイラ化して茶色くなった人間だった。



 警察の事情聴取が終わって解放されたのは午後七時。ぐだぐだと進まない調書作成の中、夜勤の警官の一人が以前、警視庁が依頼した夜刀の除霊を見ていたから早々に開放された。夜刀の拝み屋としての異名である〝人形師〟の顔が知られていなかったら、なんだかんだと足止めされていただろう。

 車内にあった財布からサザキの本名である佐々木名義の免許証が発見され、ミイラもその身体的な特徴からサザキのものではないかと推測されていた。歯の診療履歴を取り寄せて照合が行われるらしい。

「署内では言えなかったが、サザキの遺体は土岐川の遺体の状態とそっくりだった。……水分を全部搾り取られたってことだな」

 霊力をかなり使って疲弊する夜刀に替わり、今は零音が運転している。夜刀が助手席で、私が後部座席。零音の運転も優しくて上手いから安心できる。

「ということはさ、ライブ配信に出演した男は、その辺でミイラ化してるってことかな?」

 零音は明るく言うけれど、あんな遺体があちこちに転がってると想像すると寒気がしてくる。警官がドアを開けて遺体が地面に倒れ落ちた時、首がもげて転がった光景はきっと一生忘れられない。

「その可能性が高いが……一年だから三百人以上の男が死んでるはずだろ? 新聞とネットはチェックしてるが、ニュースにもなってないよな」

「そうだね。僕はテレビとネットだけど見た覚えないなー。土岐川さんもサザキさんも、ラギさんも共通してるのは独身ってことだろ? 独身男がミイラになって発見されても、ニュースにはならないんじゃないかな。女性だったらニュースになりそうだけど」

「あー、それはそうだな。独身男じゃインパクトが足りないな」

「何それ? ミイラはミイラでしょ? 男女関係なくない?」

 男二人は合点がいった様子で、その理由がさっぱりわからないのは私だけ。少々の疎外感を感じて寂しい。

「えーっと、今回の場合、女性の方が物語性があるからじゃないかな。最近のニュースっていうのは、事実よりも物語性が強い。とにかくアクセス数上げれば勝ちみたいになってるから、男のミイラより女性がミイラになる方が悲劇的だし、目を引くよね」

 説明されると、なんとなく理解はできた。そんな風に報道を見たことがなかったから新鮮。

「零音の車拾って飯食ってから、俺の家でライブ配信やるかどうか確認するか。予定はどうだ?」

「予定は空けてきたから大丈夫だよ。動画は一ヶ月分ストックあるから、しばらく休める」

 前席で息の合った二人を眺めつつ、やはり夜刀は女より男に興味があるのかと、私は後部座席で複雑な心境を持て余していた。



 夜刀の家に帰ったのは、午後十時。穢れ落としに日本酒と塩の入ったお風呂に交代で入って、三人が揃ったのが午後十一時四十分。夜刀は紺色の作務衣、私は水色のワンピース。白いTシャツに深緑のカーゴパンツという夜刀の服を着た零音はグリーングレイのカラコンを外し、メタルフレームのお洒落な眼鏡を掛けている。

 居間に置かれた夜刀のパソコンのディスプレイは大き目の三十二インチ。横七十センチ、縦四十センチで、テレビだと思っていた。椅子を持ち寄り、三人でのぞき込む。夜刀が午後十一時五十九分にライブ配信のサイトアドレスを入力すると、真っ暗な画面の上部に視聴者の数らしき数字が表示されていた。

「八十二人待機か……まさかとは思うが、他で撮影場所確保してないだろうな」

「それなら、ラギさんに場所変更の連絡行ったんじゃないかな」

 午前零時になっても画面は暗いまま。このまま、何も起こらないのかと思った時、画面中央に文字が現れた。


『出演者欠席の為、本日のライブ配信は中止致します』


 告知表示の直後から視聴者の数字が減っていく。一分後には二十名を切った。

「動画配信者としては、他人事でも数字の減りを見るのはツラいなー」

 零音が画面から視線を逸らして天井を見上げつつ苦笑する。その間にも一人、二人と減っていき、六名でぴたりと止まった。

「見届け人はうちを引いて五名か」

「そうみたいだね。意地でも見たいってことかな」

 笑いあう二人は昔からの親友のような空気を作っていて、浮かんだ疑問を聞くのをためらう。

「愛流、どうした? 何か言いたいことがあるなら言えよ?」

「……見届け人って何? ネット用語か何か?」

「いや。特に意味はないっていうか、残ったヤツらは配信があるかどうか最後まで見届けるつもりだろうなってだけだな。全然数字が動かないだろ?」

 ネット用語でも何でもないのに意味が通じる二人が怖い。じっと暗い画面を見ているとずっと感じていた緊張が緩んでくる。

「……暇だな。酒でも飲むか?」

「いいね。コンビニで買って来ようか?」

 椅子から立ち上がりかけた零音と私を制し、夜刀は酒とツマミはあると言って台所へと向かった。零音と取り残された私はどうしたらいいのか全く不明で、二人して目が泳ぐ。

「えーっと……やっぱり何か買って来ようかな……」

 立ち上がりかけた零音のシャツを咄嗟に掴んで止める。部屋をLED電灯が煌々と照らしていても、真っ暗な画面の前で一人残されるのは勘弁してほしい。悪霊が這い出てきたらと想像するだけで怖すぎる。

「見届けるんですよね?」

「……はい」

 抵抗することなく椅子に座り直す零音の笑いが微妙にひきつっているように見えるのは気のせいか。

「……夜刀と気が合うみたいですね」

「えーっと、そうだね。何て言ったらいいかな……夜刀は普通に接してくれるから、気が楽なんだ。僕も普通に接することができる」

「普通?」

「そう。演じる必要がない普通。……動画配信とかやってるとさ、動画用に作ってる僕っていうのがあって、『明朗快活な零音』っていうキャラクターが出来上がってるんだ。動画を見てくれてる人も周囲のスタッフも、そのキャラでの反応を期待する。僕はその期待を壊したくないから、動画の外でもキャラを演じてるけど、やっぱり疲れてくるんだよね」

 女子高生に対する明るく人の良さそうな笑顔を見た時に、疲れるのではないかと思ったのは正解だったらしい。

「夜刀も貴女も普通に接してくれるから、こんな状況だけど久々に楽しいんだ」

 零音が本当に楽しそうに笑うので、それは夜刀も私も零音の動画を見たことがないから。という正直な指摘は口にできない雰囲気。

 台所から戻ってきた夜刀は、一升瓶を持ち、丸いお盆に木の枡と袋入りのおつまみを山ほど乗せていた。

「秘蔵の酒だ。美味いぞ」

 うきうきと声が弾んでいるのは、お酒を飲みたかったからなのか。そういえば私と暮らすようになってから、お酒を飲む姿を見たことがなかった。

「いただきまーす」

 ヒノキの枡に注がれた日本酒は、とても良い芳香がふわりと漂う。美味しそうに飲む二人につられて一口飲んだ所で壮絶後悔。

「お、おい。愛流、大丈夫か?」

「……か、辛いっ!!!!」

 ふわりと柔らかく芳醇な香りからイメージする甘い味と、実際に口にした時の味の差が大きすぎた。慌てた零音から手渡されたサラダ味のせんべいを食べて紛らわせつつ、台所に走っていった夜刀からペットボトルの水を受け取って飲む。

「あ、ありがと……」

 ほっと安堵の息を吐き、顔を上げると黒い画面が青くなった。

「ちょ……画面! 画面!」

 私の声で二人が画面へと視線を移すと、白字で『404 not found』と表示された。404は存在しないページを示すエラーコード。

「404エラーか。……このサイトは捨てたか?」

「スマホでも試してみようか」

 零音は素早い動作で長いサイトアドレスを打ち込み、同じ画面が表示されることを確認した。

「消えたなら確認しようがないな。じゃ、心おきなく飲むか」

「付き合うよ」

 遠慮なく飲み始めた二人を置いて、私は早々に寝室へと退散することにした。



 翌朝、私が起きたのは午前十一時。もう二人とも起きているかと慌てて身支度をして居間へと向かうと夜刀も零音もソファで眠っていた。ローテーブルには空になった一升瓶、中途半端に中身が残った四合瓶が数本。利き酒でもしたのか、枡だけでなく、湯呑茶碗やプラコップが並んでいた。スルメやナッツ、せんべい等の袋の中身はほとんど減っておらず、二人がお酒ばかり飲んでいたことを示している。

 起こさないようにとテーブルの上を片付け、パソコンの電源を入れてネットでニュースを検索する。くまなく探したつもりでも、昨日のサザキの遺体発見はローカルニュースにもなっていなかった。

「あ、こっちはあるのね……」

 一方で撮影場所だった家の火事については、扱いは小さいながらも複数のニュースになっていた。六十九歳の米見三造(よねみさんぞう)氏が独りで住む木造の二階建て住宅と倉庫が全焼。火災の原因は調査中と簡潔に書かれているだけで、住人と思われる男性は犬小屋で白骨化。三頭のドーベルマンが元気に生きていたのは何故か、と謎が強調されている。成程、こちらの方が物語性があって、ついつい読みたくなる。

「ドーベルマンの餌は何だったんだろうな」

「ひぃゃああああああああああ!」

 突然背後で呟かれた夜刀の声にびっくりした私は、可愛いとは程遠い叫び声を上げてしまった。


 大量に日本酒を飲んだはずの二人は二日酔いになることもなく、普通に過ごしている。アルコールが完全に抜けるまでと零音が滞在する中、雅が一人で訪れた。和人と一緒でなくてもダークスーツをきっちりと着こなす姿は、やはりSPや護衛に見える。今日は片手に書類ケースを持っているから弁護士と言われれば一応納得できそう。

「当主は?」

「昨日の神事の影響で眠っている。二、三日は動けないだろう」

 八條家当主が寝込む程の大仕事だったのかと、内心驚く。そういえば神様関係の案件と言っていた。

「二、三日ってことは、神降ろしですか。久々ですね」

「そうだな。久々にお会いした」

 夜刀と雅のやりとりが、途中から意味がさっぱりわからない。零音と顔を見合わせると、同意するように頷かれてしまった。

「あー、わかりやすく説明するとだな。当主……和人特有の神降ろしっていうのは、八條の神社で祀ってる女神の一柱を自分の体に憑依させるんだ。その間、本人の意識は薄くなって女神が前面に出てくる。かなり豪快で好戦的な神で、除霊や調伏ではなく殲滅戦……しかも肉弾戦がお好みだから、好き勝手に動かれて体にダメージが残る」

 肉弾戦がお好きな女神。見てみたいような見たくないような不思議な気分。とにもかくにも、同行しなくてよかった。

 居間のソファに四人で座り、雅が示した書類を覗き込む。

「君が幻視したと思われる夫婦の名前が判明した。夫が登藤聡一(とうどうそういち)、妻が登藤きよね。聡一は二十二歳で戦死。きよねは終戦後まもなく再婚して性が変わり、成山きよねになっている。……ただ、戸籍では死亡時の年齢が六十歳と記録されていた」

 死亡は千九百八十五年。昭和六十年で死因は肺炎と書かれている。

「……私が見た白いワンピースの女性は私と同年代か少し年下くらいで……。それに、水の中で見た手もそのくらいでした」

 暗い水底で揺れていた白い女性たちの遺体も若かったように思う。

「俺の経験で言えば、女性の霊は死んだ時の姿か、自分が一番幸せだった時の姿が多い。それに、記憶ではなく都合よく編集された画像っていうこともあるからな。……零音、どうした?」

 夜刀の声で零音を見ると考え込んだ様子で、反応に数舜の遅れがあった。

「あ、ごめんごめん。この成山剛次郎っていう名前を最近聞いたなって」

 きよねの再婚相手の名前を指さし、零音はスマホで検索を始めた。いろいろとばたばたしていて、すっかり忘れていたけれど、やはり零音はカーキ色の国民服を着た聡一に何となく似ている。

「これだ、これ。廃墟再生を専門にしてる動画配信者グループが今、手掛けてるのが成山邸。場所は公開してないけどかなりの山奥だね」

 零音がスマホで動画を示し、夜刀がタイトルをパソコンで検索して表示する。動画が始まると、崩れかけた立派な和風建築の門の前で七名のカラフルな作業服を着た男性たちが戦隊もの風のポーズを決めた。朽ちかけた巨大な表札には、成山剛次郎と彫られていて、男性たちがアニメや漫画に出てきそうな名前だと言って弄り倒す。そのせいなのか、名前が耳に残った。

「彼らは廃墟を買って、自力で再生する過程を動画にしてるんだ」

 続く動画は広い和風建築の式台(しきだい)玄関。木で出来た箇所や石は黒ずんで苔が生えていたり、謎のキノコも見える。五分程度の動画はキノコを見つけてはしゃぐ場面で終わり、次回予告へと切り替わった。ちらりと映ったのは建物の影にひっそりと存在する古井戸。その光景を目にした途端、夜刀ががくりと項垂れた。

「マジかよ……。こいつら、よくこんな所にいられるな……」

「何が見えたの?」

「井戸におそらく死体がある。……黒い影しか見えないが、複数いるな」

 夜刀が数の確認の為に動画を巻き戻そうとするのを止め、息を整える。続きの動画はまだアップされていないらしくて、ほっと安堵の息を吐く。

「っていうことは、成山っていう人は、きよねさんは殺してないけど他の複数の人を殺してたってこと? その遺体を見つけて欲しいから……って変よね。非業の死を遂げた女性の呪いが〝闇香の呪い〟でしょ? 六十歳まで生きて……再婚相手が酷かったとか?」

 いろいろと考えてみても、きよねが私と零音を呪った理由がさっぱりわからない。さらにはあんなライブ配信で集めた男性たちを殺す理由も。

 聡一が二十二歳、きよねが二十歳で結婚し、聡一が戦死。翌年、四十六歳の成山と再婚。その歳の差は二十五。

「きよねさんって、聡一さんを心から愛してたと思うの。それなのに一年後に再婚したのって、何か理由があったのかしら?」

 私に見せられた過去の記憶から、二人は愛し合っていると感じていた。必ず帰ると約束した聡一をきよねは待っていただろう。再婚先の住所は、二人の本籍地の隣県で距離がある。

「再婚理由は調査不足だ。申し訳ない。まずは当時の状況を知っている者に聞くしかないだろう。こちらにリストアップした三名が、成山剛次郎が八十六歳で死亡した昭和六十一年まで働いていた者だ。他に勤めていた者は高齢で死亡している」

 次に雅が示したリストの中、今朝見たばかりの名前と住所があった。

「雅さん、この米見三造っていう人、お亡くなりになっています」

「ああ、ドーベルマンの餌になっ……」

 さらりと酷いことを言う夜刀の口を手で塞いで止める。まだ死因は判明していないのだから、滅多なことを言わないで欲しい。飼い主が亡くなってからの一年間、ドーベルマンたちは何を食べていたのか想像するとぞっとする。広い庭や森の中に骨を埋められたら見つけられるだろうか。

「もしかして、昨日のあの家の人? ……住所が一致してるね」

「まさかとは思うが次の撮影場所は、この二人のどちらかの家になるんじゃないか?」

 夜刀のつぶやきは怖すぎて、私と零音はリストを見たまま言葉が出せなかった。

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