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闇香  作者: ヴィルヘルミナ


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第一話 隙間バイトの罠

 二月の深夜の倉庫内は、意外と煩いと初めて知った。巨大な空調システムが低い唸り声を常に響かせていて、近くに民家がない理由も頷ける。

 それだけでなく、目の前では長身の男と刀を持った鎧武者が叫び声を上げながら戦っていた。血で汚れた鎧武者が振り下ろした刀を、長身の男は白い和紙で出来た御札で弾き、距離を詰めて鎧武者を殴りつける。よろめいた鎧武者の首がありえない方向へと曲がるも、すぐに元に戻る。

 繰り広げられる光景が、あまりにも現実味が無さ過ぎて、妙に冷静になってしまうのは何故なのか。

 長身の男は八條はちじょう夜刀(やと)。職業は拝み屋だと言っていた。二十代半ばの黒い短髪で黒い瞳の美形。身長は百八十センチを超え、黒いシャツに黒いカーゴパンツ、黒革のスニーカーという姿でも、戦っていると引き締まった体躯が分かる。二時間前に初めて会って挨拶しただけで、他は何も知らない。

 突然現れた鎧武者のことは何も聞いていなかったので、全く情報なし。目は落ちくぼんで闇のよう、肌は土気色で年齢不明。黒い鎧には血しぶきと思われる赤褐色の汚れが付着し、振り回している刀にも同様の染みが付いていた。

(何時に終わるのかな。……ちゃんと時給払ってくれるといいなー)

 これは隙間時間でバイトが出来るサイトで募集している仕事だった。

『当社の倉庫で、人形を抱いて立っているだけの簡単なお仕事です!』

 勤務時間は深夜でも安全保証、男女問わず、いかがわしい仕事ではないと書かれていて、有名な製菓会社の社長の顔写真が載っていた。時給の高さと交通費完全支給、何よりも『人形を抱いて立っているだけ』というフレーズに興味が沸いた。あまりにも怪しい内容だったからか、若干名の募集で応募してきたのは私一人。製菓会社の社長に大歓迎され、拝み屋と引き合わされた。


 そうして今、私は六十センチ程の球体関節人形を腕に抱き、製菓会社の倉庫の端で拝み屋と鎧武者の戦いを見学している。

 服装はスーツと喪服、ジーンズ以外という指定だったので、男性受けしない水色のクラシックロリータで揃えてきた。セミロングの黒髪はハーフアップにして大き目リボン。足元はいざという時に走って逃げられるように六センチの厚底ヒール。身長百六十センチの私が着ると威圧感があるのは自覚している。人形を抱くのだから、それなりの服装で臨みたかった。

 預かった人形は可愛い。ビスクドールに似た繊細な造形で、ウェーブした長い金色の髪に白い肌。翡翠色の瞳孔のない瞳は夢見るようにまつげを伏せている。上気した薔薇色の頬に淡く微笑みを湛える薔薇色の唇。見た目は完全に陶器のようで、触れてみなければ樹脂製とは気が付ないだろう。

(こんなに可愛いんだから、服着せてあげたらいいのに)

 人形は素っ裸で、白い布に包まれているだけ。少年とも少女とも判断できない無性のボディは、ただの人形といえども第二次性徴前特有の色気のようなものを感じてどきりとする。

(腕が疲れてきちゃった。口を閉ざしてここから一歩も動くなって言われたけど、人形を持ち替えるぐらいならいいかな?)

 人形の重量は約二キロ。それほど重くは感じなくても、腕がしびれてきた。

 激しい戦いは続いていて、いつの間にか拝み屋の手に金色の太刀が握られている。鎧武者との斬り合いは壮絶で、斬り結ぶと白と黒の火花が豪快に散る。まるで映画かゲームの世界に入り込んだような感じ。

「!」

 金の太刀の一閃で折れた刃が飛んできて、私の目の前で透明な壁にぶつかって落ちた。

(び、びっくりしたー。結界って、本当だったんだ)

 私の足元に描かれた白い光の円は、拝み屋が作った結界だった。全く信じていなかったけれど、その効果を目の当たりにすると感心してしまう。

「いい加減にしやがれ!」

 叫んだ拝み屋が、折れた刀を振り回す鎧武者の顔を右手で掴んだ。

(え、素手で行く? 太刀は?)

 金の太刀は消えていて、拝み屋の右手から白い光が広がった。光は鎧武者を包み込んで、鎧武者の姿は消えてしまった。その場に残ったのは、何かを握りしめた拝み屋のみ。

 大きく息を吐いた拝み屋は、何もない空間に一礼をして、私の方へと歩いてきた。

「人形を渡して下さい」

 私が人形を差し出すと、拝み屋は人形の腰を左手で掴んで引き寄せて、握っていた右手を人形の胸のあたりに押し当てた。

「……ここでしばらく眠ってくれ」

 人形に語り掛けた拝み屋が右手を開いて、握っていた何かを押し込むと、人形が赤黒い煙をまとった。少女のような人形の顔が、憤怒を湛えた表情へと変化する。

(うわ、不気味……。それ持たされるの?)

 私の想像は杞憂に終わり、拝み屋は私が握っていた白い布を受け取って人形を包み込み、倉庫の端に置いてあった黒い筒状の鞄へと人形を納めた。

「終わりました。もう声を出しても大丈夫です」

「お疲れ様です。お怪我はありませんか?」

「はい。怪我はありません」

 あれだけ壮絶に感じた戦いだったのに、拝み屋は擦り傷すら無くて平然としている。ほっとして頬が緩んだ私の顔を見て、拝み屋は目を見開いて硬直した。

「あ、あの? 何か?」

「……和高見(わたかみ)さん、俺と一緒に仕事をしませんか? 給料は保証します」

 拝み屋の誘いが唐突過ぎて意味がわからない。給料が良くても、人形を抱いて黙って立っているだけの仕事が毎日続くのは無理無理。やりがいが無さ過ぎる。

「有難いお話ですが、それはちょっと……」

 正直言うと、私は安定した職に就きたいから就職活動中。今日の隙間バイトは、近日発売のワンピースがどうしても欲しくて、手早く稼ぐ為に応募しただけ。

「それでは、和高見さんの都合が良い時に、アルバイトという形ではどうでしょうか。時給は今日の三倍出します。交通費も支給します」

「や、やります!」

 三倍と聞いて、俄然やる気が湧いてきた。隙間時間に稼げるなら都合が良いと、お金に目が眩んだ私は、仕事内容に疑問を抱く事なく即答してしまった。

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