プロローグ4
プロローグ4 癒しのひととき
無断欠勤、二日目。
高橋は美月の姉・篠崎陽菜に連絡を取った。一日目は、なにか事情があって会社に連絡できなかったのかもしれない。だが、二日目ともなれば安否が気になる。会社からも高橋のスマホからでも美月のスマホは応答がない。
スマホの電話帳から陽菜を探し出し、通話ボタンを押す。
数コールの後、明るい声が応答した。
「もしもし、高橋くん? 久しぶり! 元気にしてた?」
学生時代と変わらない陽菜の声。美月が言っていた通り、やはり彼女は”ふあふあな姉”だと実感する。
「ああ、うん、元気、元気。それより美月ちゃんのことなんだけど」
端的に事情を説明した。美月が会社に来ていないこと。連絡が取れず、みんな心配していること。すると陽菜の声は一変し、真剣な口調になる。
「わかった。今すぐ行ってみる。合鍵、私が預かってるから」
そのまま電話を切ろうとした陽菜に、思わず高橋は声をかけた。
「あっ、ごめん! もう一つだけ!」
「なに?」
「この前、美月ちゃんと飲んだときに聞いたんだけど…猫、飼ってるらしいんだよね。美月ちゃんのこともそうだけど、猫がちゃんと餌を食べられてるかも気になっててさ」
「ああ、そっか。グリちゃんね。わかった、ありがと。見ておくよ」
電話を切ったあとも、高橋はしばらく動けずにいた。
昼休み時間。
高橋は会社の机で弁当をつつきながら、壁のテレビに目をやった。昼のニュースが、昨夜の事件を報じている。
「昨夜未明、○○区の路上で、50代の男性が血を流して倒れているのが発見されました。男性は動物病院に経営する獣医で、その場で死亡が確認されました。警察では何者かに殺害された可能性が高いと見て、付近の住民から事情を聞いています――」
アナウンサーの声が淡々と続く中、高橋の箸の動きは鈍かった。食欲がない。口に運んでも、味がしない。美月のことが頭から離れない。
スマホが震えた。画面に表示されたのは、篠崎陽菜の名前。慌てて通話ボタンを押す。
「高橋くん?」
「うん。美月ちゃん、見つかった?」
ほんの一瞬の沈黙の後、陽菜が言う。
「それがね、家にもいないの。部屋の中は特に変わった様子もないんだけど…。でも、グリのご飯が空だったし、トイレも汚れてて…たぶん、2日くらいは家を空けてる感じするかな」
「猫は大丈夫?」
「行ったときは、うずくまってて心配だったけど、ご飯あげたら元気になったよ。トイレも片づけたら、ちゃんとウンチもしてたしね。とりあえずは大丈夫そう」
あれだけ猫を溺愛していた美月が、猫の世話もせずに、自らの意思でどこかへ行ったとは思えなかった。
「警察に相談した方がいい気もするけど…たった2、3日で動いてくれるとは思えなくて」
「確かに…」
言葉を濁しながらも、高橋の中でざわめきは大きくなっていく。ただの無断欠勤ではない――悪い予感が望んでいない形で的中する。
「とりあえず、両親と相談してみるね。連絡取れるまでは、ちょくちょく美月の部屋に来てみるよ。グリのお世話もあるし」
「わかった」
「ごめんね、心配かけちゃって。またなんかあったら連絡するね」
通話が切れたあとも、高橋はスマホを見つめたまま、食堂のざわめきの中にひとり取り残されていた。
テレビは明るい話題に切り替わっていた。
「さて、ここからは“癒しのひととき”。全国の視聴者から寄せられた“うちの子ベストショット”特集です。最初は、こちらのモフモフ猫ちゃん――」
画面には、小さな箱にぎゅうぎゅうに収まって寝る猫の映像。箱のふちに顎を乗せ、満足げな表情を浮かべていた。フロアの一角から、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
――美月がこれを見たら、きっと笑っていただろう。
どこへ行ったのか、どこかに連れ去られたのか、不安が募るばかりであった。




