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プロローグ3

プロローグ3 英語ならグレー


「私は、有楽町線なんで」

美月がそう言って、駅構内の案内板を指差した。ベージュの丸の中に「Y」と書かれた有楽町線のロゴがそこにある。

「はい。お疲れ様。明日、資料お願いね」

「必ず持って行きます。お疲れ様でした」

軽く頭を下げて、美月は改札に吸い込まれていった。高橋はその背中を見送りながら、居酒屋での彼女の言葉を思い出していた。


「コンパってほど、ギラギラしたものじゃないですけど、共通の友達が開いてくれた飲み会で紹介してもらって。その人、プログラミングの仕事してて。私、覚え始めたばかりだったから、いろいろ相談してるうちに…。最前線で戦ってる感じがカッコよく見えたんですよね。自然と付き合う感じになってました」

高橋は相槌を打ちながら、彼女が「詳しい知り合い」と言っていたのは、その元彼なのだろうと思った。

「これ見てください」

そう言って美月がスマホの画面を差し出してきた。暗闇の中で、何かがもぞもぞと動いている。

「ん? 猫?」

「そうなんです。私、猫飼ってるんです。ただ、一人暮らしだから心配で。ペットカメラ付けてるんです。最近のって外観が全然カメラに見えなくて、アンティークの置物みたいなんですよ」

「へぇ……暗くても、元気かどうかはちゃんと分かるね。仕事で辛いときとか、ずっと見てしまいそう」

「そうなんです。一人ランチのとき、よく見てます!録画機能もあるから、1日の行動が把握できるし」

「ストーカーの監視じゃない」

「いいんです。保護者ですから」

笑いながら画面を覗き込む彼女の横顔は、仕事のときとはまた違った無防備な表情をしていた。しばらく画面を眺めていた美月がぽつりとつぶやく。

「この子も、元彼に教えてもらったペットショップで見つけたんです。店員と知り合いだったみたいで、里親募集のこと聞いて」

「……まだ未練あるの?」

問いかけ終わる前に、美月は即答した。

「違うんです! その男、ほんっと女にだらしないんです! プログラマーとしては尊敬するんですけど……ほんと、女にだらしないんです!」

「“女にだらしない”って二回言ったよ?」

「だって本当なんですもん! 私と付き合ってたときに浮気してましたからね!実際は二股どころかもっと多いかもしれない。ホント、最低なんです、この男!」

「はい、……すみません」

なぜか自分が謝っていた高橋に、美月は続ける。

「で、その最低な男がですよ。今日、私が会社訪問してるの見かけたみたいで。さっき着信あったんです。番号消してたのに、留守電まで入ってて」

「……うわぁ」

「でしょ!? しかもその内容がイマイチ意味わかんなくて、余計にモヤモヤする!それがまた彼の手口って思うと、まぁイライラするし!まんまと術中にハマってる自分にも、まぁイライラする!」

まくし立てる美月に、高橋はグラスの氷をかき混ぜながら苦笑した。

「でもこの子は、ほんと可愛いんです」

そう言って、美月がスマホに映る猫を見つめる目に、ふっと柔らかい色が差した。

「名前は?」

「グリです。毛が灰色なんですけど、フランス語で灰色を“グリ”って言うんです」

「“グレー”でいいじゃん」

「英語は可愛くない。フランス語だからいいんです」

きっぱりと言い切る美月に、高橋は小さく笑った。

「あ、そうだ!“カリカリだニャ”買って帰らないと。ドラッグストアまだ開いてるかな……」

「カリカリ……?」

「グリが好きなおやつです。これがないと、爪切ったりするとき大変なんですよ。ご機嫌取りです」

「……ママしてるね」

「そうです。グリママです」

誇らしげに胸を張って言うその表情は、愛情深くて、まっすぐだった。



その猫を…

グリを残して彼女は姿を消す。



最後に見た彼女の姿は、有楽町線の改札に吸い込まれていく小さな背中。

振り返ることはなかった。

「必ず持って行きます」

資料を託したときの言葉は果たされることはなかった。



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