承12
承12
インターホンが鳴り、美月はモニターを覗き込んだ。
「あれ?本多くんだ」
画面には、いつもより気だるさのない本多の姿。
「本多くん来たんだけど、いい?」
美月がリビングの詩織に声をかける。
「あ、うん。いいよ」
詩織は表情を変えずに答えた。
美月が玄関のドアを開けると、本多が「うぃ〜す」と気楽な調子で入ってきた。本多は手に持っていた紙箱を美月へ差し出す。
「あ! ケーキだ♪え?しかもルシャセティールじゃない?」
「ん?有名なの?」
「え?!知らないで買ってきたの?ここのモンブラン、テレビで紹介されるくらいだよ。いつも並ぶんだよ。よく買えたね」
「そうなんだ。全然知らなかった。少し並んだけど五分くらいで買えたよ」
「えー、五分なんて並んだうちに入らないよ〜。詩織、本多くんがルシャセティールのケーキ買ってきてくれたよ」
「あ、え〜……すごいね」
不意を突かれたように反応する詩織。そこへ本多もリビングに入ってきた。
「詩織ちゃん、どうも〜」
「……うん、どうも」
必要以上にニヤつく本多に、詩織はどこか冷めた返し。それにも構うことなく、本多はグリのほうへ行き、両手でグリの顔をもみくちゃにする。
「グリ〜、元気にしてたか〜」
本多には警戒心を見せないグリは、しばらくされるがままだったが、もみくちゃも少し飽きてきたのか、本多の指に噛みついたり、自分の前足ではしゃぎはじめた。
「ん〜?遊びたいのか?」
本多は魚の人形が付いた釣り竿型のおもちゃを手に取り、グリの前でちょろちょろと人形を動かす。背中側に回して隠すと、グリは本多の後ろへ探しに行く。その隙に本多が反対側から人形を出すと、グリは驚いて飛びつき、本多の手の可動範囲をくるくると走り回った。
「ああ、そうだ、美月」
身体はグリのほうを向いたまま、首だけを台所の美月に向ける。
「ビール買ってくるの忘れたんですよ」
皿にケーキを取り分けていた美月の表情が曇る。
「え?!わ買ってこいってこと?」
「だって、二人に美味しいケーキ食べさせようと並んでたら疲れちゃったからさ」
「五分しか並んでないくせに……。しょーがないなぁ。いつものでいいんだよね?」
「うん。350ミリ二本ね。財布そこ置いてるから持ってって」
本多は釣り竿を持つ手の人差し指と中指を立てチョキを作り、本数を示した。
「詩織、なんか飲む? 本多くんのお金で買ってくるよ」
美月が尋ねると、本多が先に口を挟む。
「んじゃ、詩織ちゃんにはハイボールを」
その一言を聞いた瞬間、美月には見せない角度で、本多をキッと睨む。
「い、いや……私はいらない。ありがとね」
詩織はすぐに表情を戻して応じた。
「んじゃ行ってくるね。グリのことお願いね」
美月は足早に玄関を出た。
玄関が閉まって、静寂が十秒ほど流れる。
「……ちょっと!美月の前で変なこと言わないでよ!」
詩織は再び本多を睨みつける。本多は怯むどころか、むしろ楽しそうに歯を見せて笑う。
「いやぁ、この前いっぱい飲んでくれたし、好きになってくれたかな〜って」
「この前は、本多くんちにハイボールしかないって言うから……なんとなく間が持たないから飲んだけど……。思ったより回っちゃって……」
「回っちゃって、つい絡んじゃったよね〜?」
「だから、そういうのやめてよ……!」
詩織は本多の顔を直視できず、視線をそらしながら本多の腕を叩いた。
「いったぁ……」
叩かれつつも、本多は明らかに詩織の動揺を楽しんでいる。本多はほんの少し二人の距離を詰める。
「あのときさぁ。次の日、詩織ちゃん急いで帰ったじゃん?だからさ、うちにハンカチと化粧品、忘れてるんだよね。帰りに取りに来なよ」
「……。」
冷めた目で本多を見る詩織。
「……忘れ物取りに行くだけだからね」
「もちろん」
「一緒に帰るのは無理だから、先に帰ってて」
「オッケ。ビール一本飲んだら帰るわ。あとでね」
「ほんとに……受け取ったら帰るから」
「わかったわかった。とりあえずケーキ食べてさ。あのケーキ屋、美味しいって教えてくれたよね〜」
本多は、一呼吸おいて詩織の耳元で囁いた。
「……ベッドの上で」
その言葉で感情が噴き上がり、詩織は両手で本多の身体を何度も叩いた。
――数時間後。
詩織はハンカチと化粧品を取りに、本多の部屋を訪れた。それらが、本多が詩織のバッグからわざと抜き取ったものだとは知らずに。
そして二度目の関係を持った。
その夜詩織は、ハイボールどころか、一滴もお酒を飲んでいない。




