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承10


承10


家に着いた美月は、急いで部屋の掃除に取り掛かった。キャリアの扉を開けておくと、グリは勝手に抜け出し、部屋の隅でじっと座り込んだ。

美月は使ったものを元の位置に戻すタイプだが、仕事をしているとマメに掃除機をかけることができない。なので最近は来客予定があるときに一掃する。当然、グリの物が増えているうえに、本多の着替えや雑貨類も増えていた。本多は使った物を戻さないタイプで、思わぬ場所から彼の靴下が片方だけ出てくることがある。そうなるともう一方がどこへ行ったのか探すことになるので、その分余計に時間がかかる。

プログラミングに関しては、美月の知る限りもっとも正確で細やかな本多が、靴下だけは揃えて洗濯に出せない。そのギャップがどうにも不思議で仕方なかった。


十七時を過ぎた頃、インターホンが鳴った。詩織が来たのだ。玄関を開けると、551HORAIのロゴが入ったビニール袋を提げた詩織が立っていた。

「ども〜」

いつもと変わらない親友の姿があった。

「お疲れ〜。今日、仕事?」

「うん。取引先と簡単な打ち合わせだけどね」

「そうなんだ。とりあえず中へどうぞ。散らかってますけど」

「全然じゃん。きれいなもんよ」

「帰ってきてすぐ掃除したけどね」

「初めて彼氏迎えるときを百点としたら、今日は何点?」

「うーん……六十?」

「マジで? まだ四割余力あるじゃん。うちだとこれがマックスだな」

「でも詩織んち物少ないから、いつも片付いてるように見えるよね」

「“片付いてるように見える”は、“片付いてない”って言ってるぞ、美月ちゃん」

詩織はビニール袋を、美月の手が届かない位置までひょいと持ち上げた。

「先輩、違います。そういう意味じゃありません。シンプルで素敵なお部屋という意味です」

豚まんに目のない美月が両手をわしゃわしゃと伸ばしながら許しを乞うと、詩織は「しょうがないな〜」と言わんばかりに袋を降臨させる。

「大阪行ったの?」

「推しのイベントあってさ、強行日程で」

その後、推しのイベントがこんなに盛り上がったという話をしている横で、美月は話半分で豚まんの準備に取り掛かった。好きだからこそ失敗は許されない。久々の調理で、豚まんに添えられた温め方の紙を確認しつつ、美月は忠実に手順を実行した。

皿に少量の水を入れ、割り箸を平行に置き、その上に豚まんを乗せる。水を含ませたキッチンペーパーをかぶせ、ラップをして一分加熱。二人分の豚まんを一度に温めるより、手間でも一個ずつ温めた方が確実に美味しい――これまでの経験からそう判断していた。


温め終えた豚まんとお茶を用意してリビングに戻ると、詩織はおもちゃでグリにちょっかいを出していた。だがグリは病院で疲れたのか、反応が薄い。

「グリ、詩織だよ。これからもちょいちょい来るから遊んであげなさい」

「猫の名前、グリって言うんだ」

「うん。フランス語で“灰色”って意味。かわいいでしょ」

「へ〜」

詩織はスマホを取り出し、何かを検索し始めた。美月は豚まんとお茶をテーブルに並べ、グリには大好物の「カリカリだにゃ」を出す。気づいたグリは足早に駆け寄り、迷いなく食らいついた。

「ロマディ……だな」

夢中で食べ続けるグリの背中を撫でながら、詩織がぽつりと言う。

「ん? ロマディ? なにそれ?」

「ほかの国だと“灰色”って何て言うのか調べたら、アラビア語で“ロマディ”だって」

美月にスマホの画面を見せながら、詩織はグリを撫で続けた。グリがおやつに夢中で抵抗しなくなったことをいいことに、背中じゃ飽き足らず頭や顎の下にも手を伸ばす。

「ロマディ〜、それ美味しいの? かわいいね、ロマディ。いい子だね〜」

「ちょっと! ロマディ刷り込むのやめて! あながち悪くない名前で全否定しづらいんだけど!」

美月は笑いながら詩織を制止した。


二人は豚まんを食べながら、仕事のこと、同級生の結婚、最近買った化粧品の話など、昔と変わらないテンポで語り合った。

美月がマグカップのお茶を飲み切ったそのとき、テーブルに置いていたスマホがブーンと震える。LINEにメッセージが届いたようだ。

アプリを開き、内容を確認すると――。

「あ、本多くんだ」

反射的に美月が名前を口走る。詩織は表情を変えず、マグカップのお茶を静かに口へ運んだ。


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