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承9


承9


住宅地の中にある建物。その壁には、病院名【KITAHARA ANIMAL HOSPITAL】が英字で記されていた。住宅地とはいえ、最寄り駅まで歩いて五分もかからない好立地だ。

入り口に近づくと自動ドアが静かに開く。すぐ先に受付カウンターがあり、中年の女性がイスに腰掛けていた。美月が入ってくるのを見ると、「こんにちは」と笑顔で声をかけてくる。

「予約した篠崎です」

「はい、篠崎さんですね。初めてですので、こちらの書類をご記入ください」

猫柄のボールペンと、クリップボードに挟まれた書類を受け取り、美月は待合室の長椅子に座って書き始めた。書くのは住所や連絡先、ペットの名前、年齢など。空いていたこともあり、キャリアは自分の横に置いた。見慣れない場所に落ち着かないのか、グリはキャリアの中でそわそわと動いている。

書き終えた美月は、受付の女性にペンと書類を手渡した。その際、グリの今の症状や、里親として飼い始めた経緯、そしてペットショップの白石梓から聞いていた情報も説明した。

「ありがとうございます。では、お名前が呼ばれるまで、待合室でお待ちください」

受付の女性に促され、美月は再び席に戻る。スマホを見ると、LINEにメッセージの通知があった。詩織からだ。内容を見ようとしたとき診察室の扉が開き、別の中年女性が顔を出す。

「篠崎グリさーん」

「グリ、呼ばれたよ」

詩織のメッセージを開かないまま、美月は立ち上がり、キャリアを持って小走りに診察室へ向かった。

「あら、慌てなくても大丈夫ですよ。グリちゃん、びっくりしちゃうから」

診察室の女性は、小走りする美月に優しく微笑んだ。


診察室の中は白を基調としており、年数の経過は感じるものの、整理整頓が行き届き、清潔感があった。部屋の中央に大きな診察台があり、その前に白衣を着た中年の男性が立っている。

「院長先生が立ってる診察台に、キャリアのまま乗せてください」

女性の誘導に従い、美月はキャリアを診察台に置いた。白衣の男性――院長の北原正人が、穏やかな声で言う。

「お願いします」

「はい、お願いします」

北原は軽く頷き、キャリアの上蓋を開けると、いとも簡単にグリを取り出した。普段、美月が出そうとすれば爪を立てて全力で抵抗するのに、北原の手にかかると不思議なほどおとなしい。

北原は診察台の上に置かれた大きめのタオルで、グリをやさしく包み、軽くマッサージを施した。人見知りのグリなら、普通は診察台から飛び降りて隅に隠れるところだが、タオルに包まれたグリはまるでうっとりとした表情で北原の手に身を委ねている。

「なんか、グリ気持ちよさそうだね」

美月が笑いながら言うと、北原は淡々と答えた。

「このタオルに、猫が落ち着く匂いをつけてあるんですよ。白衣姿の大人を見るだけで緊張したり警戒したりするコもあるからね。まずはマッサージでリラックスさせます」

淡々としていながらも、どこか温かい声だった。落ち着いた口調に動物への深い愛情を感じた。


北原は聴診器をグリの身体に当てたり、目や耳の様子を確認した。診察しながら美月からご飯を食べる量やトイレの回数などを聞き取る。

美月が里親として引き取ったことなどを説明すると、頷きながら時折、近くのパソコンに内容を入力した。

「念のため薬は出しますが、心配しなくても大丈夫でしょう。くしゃみや下痢が続くようなら、また来てください」

北原は穏やかに言い、小さく微笑んだ。その表情を見て、美月は白石梓の言葉を思い出す。――“あの先生は優しくて信頼できる人”。確かにその通りだと感じた。


会計を済ませ、自宅へ向かって歩く。スマホを見ると、LINEに未読のメッセージが二件あった。アプリを開くと、詩織から「遊びに行っていい?」というメッセージと、551HORAIの豚まんの写真が送られていた。

「グリ、やばい。ちょっと急ぐよ」

美月はキャリアが揺れないように気をつけながら、早足で自宅に向かった。詩織のスマホには、美月から「OK」のスタンプが届いていた。


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