承5
承5
自宅から通える高校はいくつかあった。将来の夢や就きたい仕事が決まっていなかった美月は、いくつか見学に行った学校の中で、一番トイレがきれいな学校を選んだ。
美月の通う中学校は歴史があり、伝統もある。しかしその分、設備は古く、特にトイレの老朽化はひどかった。
三年間、ずっとそのトイレに我慢し続けた美月にとって、清潔なトイレは天国だった。
だがしかし、その判断は入学からわずか3日で間違っていたと気づく。その高校には、美月の中学から進学した生徒が、美月以外いなかったのだ。
話せる人がいない。
思春期の女子にとって、それは一大事だった。
他の生徒たちは中学時代からの友人同士で休み時間を過ごし、昼は連れ立って弁当を食べている。
美月には、その「一緒にいる相手」がいなかった。
休み時間は、次の授業の準備が1分30秒で終わってしまい、あとはトイレに行くか、窓の外の景色を眺めて過ごす。
昼休みは、一人で弁当を広げ、黙々と食べる。味はいつも通りでも味気ない。
寂しいというより、自分がクラスメイトからどう見られているのかが気になって、ただただ気まずかった。
入学から二週間ほど経ったある朝。
教室に入っても「おはよう」と声をかける友達がいない美月は、すぐに自分の席に座り、机の右側にバッグをかけて、最初の授業の準備をする。
今日も、ひとりの一日が始まる…と思ったそのとき、美月の頭の上から声がした。
「あ、それ、色違いじゃん」
驚いた美月は顔を上げ、「えっ?」と答える。突然の呼びかけに声は少し上ずった。
そこに立っていたのは、斜め前の席の高倉詩織だった。詩織はたった今、教室に入ってきたらしく、まだバッグを肩にかけたままだ。
思いがけず話しかけられ、緊張で固まる美月。そんな彼女に、詩織は歯を見せて笑い、自分のバッグを指さした。
そこには、灰色の「猫男爵」が同じようにぶら下がっていた。




