承4
承4
猫受け取りの日。
美月は、手続きに必要な印鑑と、猫を連れて帰るためのキャリーケースを手に、ペットショップへ向かった。
慎重にドアを開ける。キャリーが思ったよりも大きく、店に入るだけでも少し手間取った。
「いらっしゃいませ。――あ、篠崎さん。お待ちしてました」
店内には梓がいて、美月を見つけるなり、ぱっと明るい笑顔を見せた。
その笑顔と、整った体のライン。女性の美月から見ても、思わず目を奪われるほど梓は女性らしさに溢れていた。
「猫ちゃん、連れてきますね。書類を書いてもらいますので、あちらでお待ちください」
店の奥には簡易的なテーブルと椅子があり、美月はそこに腰を下ろした。ふと横を見ると、犬のケージがあり、中には黒いパグが眠っていた。椅子を引いたときの音で気づいたのか、パグはちらりと美月を見たが、すぐに興味を失ってまた目を閉じた。
「君、黒いね〜」
思ったままの言葉が口をつく。だがパグは何の反応も見せず、寝息を立て続けていた。
やがて、梓がケージを運んできた。
中には灰色の猫がいる。突然の移動に驚いたのか、四本の足で立ち上がり、尻尾を下げ、足の間に巻き込むようにしている。
美月の前にケージが置かれると、その猫はじっと美月を見つめた。
「こんにちは。具合どう? ご飯、食べられてる?」
美月の顔は笑顔がベースだか、少し心配そうな目で話しかけた。
「まだ少し鼻風邪が残っているので、落ち着いたら病院で診てもらってください。よろしければ、病院をご紹介します」
猫の代わりに、梓が答える。
「でも、ご飯はけっこう食べてるよね〜」
そう言って猫に微笑む梓の表情を見て、美月は少し安心した。
世話の仕方やご飯の量、ペット保険などの説明を一通り受け、美月は書類にサインした。
控えを受け取ると、すべての手続きが完了した。
「はーい、お待たせ。たくさん可愛がってもらうんだよ〜」
梓はケージから猫を抱き上げ、美月のキャリーに移し替えた。キャリーの隙間から外を覗く猫に、美月はそっと声をかける。
「狭くてごめんね。新しいおうち、行こうね」
「これも一緒に入れてあげていいですか?」
梓がケージの中から一枚のタオルを取り出し、美月に差し出した。
「きれいじゃないタオルでごめんなさい。でも、自分のにおいがついたものがあると、猫も落ち着くんです。よかったら入れてあげてください」
「ありがとうございます。もちろん、いただきます」
美月はタオルを受け取り、キャリーの上の扉を開けて中に入れようとした。慣れない状況に警戒心を強めた猫が、わしゃわしゃと手を伸ばしてくる。
「出ちゃダメだよ〜。ね、もう少し待ってね」
美月は手を挟まないように注意しながら、そっと扉を閉めた。
「ところで、さっきお話しした病院のことなんですけど……」
猫との攻防が落ち着いた頃、梓が口を開いた。
「もちろん、ご自宅の近くにいい先生がいればそこで構いません。ただ、うちの子たちをよく診てくださる先生がいて。よければお伝えしますね。口数は少ないけれど、優しくて信頼できる先生ですよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
美月はスマホを取り出し、メモアプリを開いた。
梓はタイミングを見計らって、その病院名を告げる。
「北原動物病院の北原先生です」
その名を口にした梓の表情は、いつもと同じように優しく、穏やかだった。




