承3
翌朝。
目を覚ました美月は、隣で寝息を立てる本多の顔を見つめた。ほんの少し開いた口のまわりには、無精髭がうっすらと伸びている。
彼は外国の俳優のような髭に憧れているが、体毛の薄い体質のせいで、その願いはなかなか叶わない。
それでも諦めきれず、何度も伸ばしては剃り、伸ばしては剃りを繰り返していた。
美月は、そっと人差し指でその無精髭に触れた。
――あの灰色の猫の毛は、きっともっと柔らかくて、ふわふわしているだろう。そんな想像をしながら指先でなぞっているうちに、思ったよりも長い時間が経ってしまい、ついに本多を起こしてしまった。
「あ〜……フニャウニャ、◯△⬜︎*※……」
あくび混じりに、寝言のような言葉をつぶやく本多。
「おはよ。――猫、決めたよ」
美月は微笑みながら言った。
彼女は、灰色の猫を飼うことに決めたのだ。
「ん?……◯△⬜︎*※……?」
本多は夢と現実の狭間を彷徨っていた。
飼うと決めた美月の行動は早かった。
ペットショップの開店時間を待って電話をかけ、店員の白石梓に灰色の猫を引き取りたいと伝える。
仕事の都合で引き取りは次の土日になるが、他に希望者が現れたときのために、契約金の一部を前払いしておく必要があるという。
美月は迷わず、ネットバンキングで全額を振り込み、念のため再び梓に電話を入れた。
「振り込みは確認できましたので、篠崎様の猫ちゃんとしてお預かりしますね。お越しいただくのをお待ちしています」
梓の明るい声に、美月は胸を撫で下ろした。
その後、美月は猫を迎える準備に取りかかった。
インターネットで必要な猫用品を調べながら、ご飯皿や爪とぎ、トイレなどを次々と調べる。
実家で猫を飼っていた経験はあるが、自分で世話を主導したことはなく、あらためて調べると知らないことばかりだった。
便利なグッズも増えている。
たとえばトイレひとつとっても、猫砂が飛び散らないように工夫されたバケツ型のものなど、形状や素材のバリエーションが豊富で、どれを選ぶか迷ってしまう。仕事以外の時間は、ほとんど猫のために費やされた。
だが、その時間は苦ではなかった。
かわいい猫グッズを眺めているだけで楽しかった。
灰色の猫が、この部屋にやってくる日が待ち遠しかった。




