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承1

承1 カラクリ


カタカタカタカタ……

カタカタカタカタ……

カタ。

カタカタカタカタ……

カタカタカタカタ……

カタ。

カタカタカタカタ……

カタカタカタカタ……

カタ。



キーボードを打つ音は控えめだった。本多亮介は、極力音を出さないタイピングにこだわりを持っている。偏見と思われようと仕事ができない人ほどタイピングの音が大きい。それが本多の経験則であった。

上場企業のシステム部門に属し、フレックスタイム制の恩恵を受ける彼は、出社時間も退勤時間も自由。極端に言えば、在宅勤務でさえ構わない。要は成果さえ出していれば、誰にも咎められることはない。そんな環境を、本多は気に入っていた。組織のヒエラルキーに振り回されるのも、上司の顔色を窺うのも性に合わない。黙々とタイピングしている方が気楽だった。もっとも、性に合わないだけで、それができないわけではない。むしろ、本多は誰よりも要領が良かった。未着手の案件でも、あたかも進捗があるかのように報告し、課題を列挙し、提案までも即興で語れる。その場の想像で作られた口先だけの報告が見事なまでの説得力を持つ。その巧妙な口上は、上司から絶大な信頼を得る一方で、カラクリを知る同僚たちからは疎まれる原因にもなった。加えて、彼はルックスにも恵まれていた。高身長でスリム、童顔の愛らしさを持ち合わせたその顔に、女性は警戒心を抱くどころか、むしろ気を許す。――そして、落ちる。

天性の人たらしなのである。



ある日、本多は友人に誘われた飲み会に参加した。隣に座った女性と会話を交わし、勤め先と仕事の内容を話すと、その女性も最近プログラミングを始めたという。女性がプログラミングに興味があると知るや否や、本多はその女性に、自分が持つプログラミングの知識を惜しみなく与えた。それ以外にもスキルに合ったパソコンのスペックのことや、使いやすい周辺機器、長時間入力しても疲れにくい机と椅子の選び方もアドバイスした。ありとあらゆる知識と情報をその女性に注ぎ込んだ。

結果、その女性と交際した。篠崎美月である。


上場企業のアプリ開発を任される優秀なプログラマーにも関わらず、どこか天然で、危なっかしく、そのくせ、時折猫のように甘えてくる本多を、美月は好きになった。


「猫の里親を募集してるところがあるんだけど、行ってみない?」


交際を始めてから数ヶ月後、美月は本多に保護猫の里親を募集しているペットショップの話を聞いた。ペットショップとして、犬や猫を販売しているかたわら、非営利団体として、保護された動物たちの里親募集も行っているという。美月は実家で猫を飼っていたので、飼育経験もあり、いずれ猫を飼いたい考えてペット可のマンションを選んでいた。


「あ、本多さん、いらっしゃいませ」

店に入ると、エプロン姿の女性が、本多を見つけて微笑んだ。もともと知り合いだったようだ。胸元には「白石」と名札を付けている。

白石梓――目鼻立ちがはっきりした顔立ちに長い茶色の髪。腰まであるその髪は後ろで束ねられ、細身の体ながら女性らしい曲線を残す体型をしている。

「里親募集してる猫を見にきました」

本多の申し出に、梓は微笑みながら頷いた。本多と梓の関係に違和感はなかった。単純に前からの知り合いなのだろうと。

それよりも美月は店内の猫たちに釘付けだった。

「美月、よだれ出てるよ」

「ごめん。垂らしてた?」

「目もとろけてる」

「だって可愛いんだもの。小さいし、目がクリクリだし」

「こっちだよ」

本多は、猫から目が離せなくなっていた美月の袖を引き、保護猫たちのいる部屋へと導いた。


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