起6
起6 芋のつながり
沢渡と黒川は、建築設計事務所の受付で名を告げた。彼らの目的は、高倉詩織という女性に会うこと。美月の元交際相手が、彼女の親友である詩織とも関係があったという情報を得て、詩織の実家から勤務先を聞き出したのだ。しかし、詩織は普段から実家に連絡を取らないタイプで、現在もこの会社に勤めているかどうかは、実の親でも知らないという。
受付の女性に高倉詩織について尋ねると、設計部という部署を案内された。打ち合わせルームで10分ほど待たされると、詩織とよく仕事をするという男性が現れた。
「大変お待たせしました。」
沢渡と黒川は警察手帳を見せながら定例的な挨拶を交わした後、黒川が早速本題の質問を行った。
「高倉詩織さんにお会いしたいのですが。」
するとその男性は、少し戸惑いながら答えた。
「高倉さんとはよく仕事しますが、正確に言うと高倉さんはこの会社に勤めているわけではありません。彼女はフリーランスで、当社から図面作成の業務を請け負っている形になります。なので、打ち合わせでたまにここには来ますが、普段は自宅で仕事をしていると聞いています。」
沢渡が続けて尋ねた。
「では、彼女の自宅の住所はご存知ですか?」
男性は一瞬考え込んだ後、答えた。
「契約書などからわかると思いますが…、彼女になにかあったんですか?」
黒川が穏やかな口調で答えた。
「捜査の内容は申し上げられませんが、彼女が何かをしたというわけではありません。少しお話を伺いたいだけです。何か心当たりでも?」
男性は少し躊躇いながらも、口を開いた。
「実はここ2、3日、連絡が取れていないんです…。電話にも出ないし、メールの返信もないので、少し気になっていました。今までこんなことはなかったので。体調を崩していないか心配していたところです。」
沢渡が安心させるように微笑みながら言った。
「そうでしたか。自宅へ伺って、彼女に会えたら連絡するように伝えておきますよ。」
荒立てないような配慮をしたものの、内心は穏やかではなかった。実家に連絡した際、勤務先は聞いたが、自宅の住所は聞かなかったことを後悔した。聞こうと思えば聞けたが、何度も警察から連絡があれば詩織の両親も心配するだろうと、いま聞いたのだった。美月同様、高倉詩織も連れ去られている…そんな気がしていた。
沢渡と黒川は、高倉詩織が住むマンションの前に立っていた。管理事務所に連絡を取り、エントランスのロックを解除してもらうと、黒川は郵便受けに目を向けた。そこには、数日分の郵便物が溜まっていた。
「溜まってますね」と黒川がつぶやく。
沢渡は頷き、「部屋を見てみよう」と言った。彼の胸中には、すでに不安が確信へと変わりつつあった。管理人の協力を得て、詩織の部屋のドアを開ける。室内は整然としていたが、冷蔵庫の中の賞味期限切れの食品や、水回りの乾き具合から、数日間誰も戻っていないことが明らかだった。
「篠崎美月と同じですね」と黒川が言う。
沢渡は静かに答えた。「そう考えて良さそうだな」
二人は部屋を見渡したが、明確な手がかりは見つからなかった。交際相手の痕跡も、死んだ獣医に関するものも見当たらない。
「高倉詩織に関しては、動物とは無関係ですね」と黒川が言う。
沢渡は一呼吸置いてから答えた。「ああ、でも二人の失踪は獣医の事件に必ず関わっている」
黒川は少し驚いたように言った。
「珍しいですね、この段階でそこまで決めつけるなんて」
「恨みつらみから起きる単純な殺人事件じゃない。思ったよりこの事件は複雑なんだよ。いまはまだ掘ったところからたまたま芋が出て来てるだけ」
「芋…ですか?」
「あぁ、本当は地面の下で繋がってはいるが、俺らがまだそれが見えてない」
「芋づる式に引っ張り出せますか?」
「さてな、そんな簡単に握らせてくれるような犯人とは思えないけどな」
首元を抑え、頭を傾けながら沢渡は言う。
「どうします?もう少し部屋の捜索を続けますか?」と黒川が尋ねる。
「いや、ここはもういい」
と沢渡は答えた。管理人に声をかけ、部屋の鍵をかけてもらう。帰る前に、エントランスで沢渡はもう一度詩織の郵便受けを確認した。郵便物の送り主を見直していると、ある封筒に目が留まった。
「なんかありました?」と黒川が声をかける。沢渡は大きめの封筒を手に取り、黒川に見せた。その封筒の左下には、見覚えのある会社名が印刷されていた。高橋と美月が商談に行った会社、つまり美月と詩織の元交際相手が勤めている会社だ。封筒の裏には、決して丁寧とは言えない字で送り主が書かれていた。
【本多】
その名前を見て、沢渡と黒川の視線が交差する。また一つ、繋がりを見つけ出したのだった。




