〈2〉
「鍋島さん、俺はねえ恋愛して、結婚して、っていう人生のレールの上を歩くとさあ、なんか自分が人生の側に吸収されるような感覚になって嫌なんだよね」
て鈴音ちゃんのことが好きな金井君が言った。
私は中学の時の経験以来誰が誰を好きかなんとなく分かるようになっていた。
わが校は一応進学校だが金井君は成績トップレベルの下位だ。おそらくずっと五月病なのだろう。高校受験で燃え尽きただけなのに、自分を厭世的な人間だということで言い訳している。このまま行くとこいつは将来どうなるのだろう?
私と金井君は仲がいい。もちろん鈴音ちゃんと時折しゃべっている私と仲良くなれば何かいいことないかと思ってのことだろうが、それでも金井君は話が合う。なんか哲学の話とか物理の話とかしてくれる。最近の研究で、哲学と物理が合わさってきたとかなんとか。そんでたまに文学の話をして太宰治の話をしてくれる。金井君はけっこう本を読んでるくせに国語の成績も悪い。一応しゃべるのは好きらしいからそっちの方向でどうにか生きていくのだろうか。
そこに鈴音ちゃんが来た。金井君は一瞬止まる。でも鈴音ちゃんは金井君のことは好きではない。彼の成績を知っているので好きではない。そもそも金井君の外見がタイプではないのかもしれない。170センチ弱のずんぐり体型で、顔はまあ普通だがそんだけだからだ。鈴音ちゃんは真面目なので、この歳でもちゃんと結婚を意識できる相手を選ぶのだ。つまり森本君だったり小林君だったり、気はけっこう多い。真面目なんだけど。
鈴音ちゃんは目がぱっちりでやや丸顔の小顔でかわいらしい、美人というかカワイイ。歩くと長いポニーテールは先端が外側にピョンピョンと跳ねて、鈴音ちゃんそのものを表しているようだった。美樹の取り巻きにも心の中で鈴音ちゃんに二股かけてるやつが何人かいた。
「2人で何話してるの?」
「なんだっけ?」
と金井君がとぼける。金井君は森本君と同じ中学で、今でも仲がいい事を鈴音ちゃんは知ってるからここに来たんだよ金井君…
「太陽は毎秒50億キロ軽くなってるんだって」
私は金井君にいつか聞いたことを言った。
「へー!じゃあ今度さあ熊野神社のお祭りみんなで行かない?」
と鈴音ちゃん。
熊野神社は太陽でも祭ってたっけか?まあみんなとは私と金井君と森本君と鈴音ちゃんのことなのだろう。
「別にいいよ」
と金井君は言ったが、熊野神社に感謝の祈りを捧げる金井君が頭に浮かび、そしてちゃうねん森本君やねんと私は心の中でなぜか関西弁で突っ込む。
2人は同時に私を見て返答を待っている。これはめんどくさいことになりそうだ。鈴音ちゃんが森本君を好きなのを金井君にわからせるべきか。その1回で決着がつくなら私の同行も吝かではない。しかしたった1回のお遊びで何かが進展するとも思えない。つまり1回これをやってしまうと何回かそれに同行させられる空気ができてしまう。私は自分で言うのもなんだが人は良い方だ、しかし自分の能力が恨めしい。このようなことを数秒で何周か思考し「人ごみ苦手だから…」と断った。
「ええ、ざんね~ん」
と鈴音ちゃんが言ってその場を去って行った。
金井君は無表情で前を向いて、目をパチパチしている。おそらく2人で行こうと誘うべきだったか反省しているのだろう。だが誘わなくて正解だ金井君。