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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

元第二夫人のお仕事

作者: ちっか

こういうの書きたいと思っていたんですが、うまくまとまらなかったので書き出しだけ書いて満足しました。

頭をわずかにかしげると、しゃらん、と涼やかな音が鳴る。皇帝から下賜された歩瑶から下がる飾りがふれあって、首を動かすたびに綺麗な音が鳴るようになっている。

房室にやってきた宦官が、「この後、陛下がこちらに参られます」と頭を下げて告げたのだ。

前回のお召から、そう時間は経っていない。

愛凛は思わず眉を寄せそうになったが、咄嗟にまずいと判断し、顔の筋肉を総動員して柔らかな微笑みを作り上げた。

「わかりました。そのように準備いたします」

宦官は再び深々と頭を下げると、音も立たずに宮から去った。宦官の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、愛凛は顔をこれでもかと顰めて悪態をついた。

「早すぎるわ。まだ、なんの手がかりも掴めていないってのに、あの早漏野郎。落ち着くってことを知らないのかしら」

愛凛の悪態に、侍女の桂花が眉を吊り上げる。

「愛凛さま、主上にそのような口は」

「あーはいはい、どうせ誰も聞いてやしないわよ。ああ、もう」

愛凛は苛々して、手にした茶碗を乱暴に茶托に置いた。高価だろう白磁の腕が、かん、と鋭い音を立てる。桂花はやれやれとばかりにため息をついた。

「黄修儀、主上への不敬ですよ」

「聴かれてなきゃいいのよ」

投げやりな主人の言葉に、桂花はこれ以上責めなかった。内心で、主人の言葉に桂花も同意していたからだ。

前回、愛凛のところに皇帝陛下がいらしてから一週間も経っていない。これではろくな情報も集まらない。

「魏夫人の周りは固くて、中々内部まで突破できないし、桂花の方はどう?」

「今朝の報告と変わりませんよ。密偵はそれなりにやってくれてますけど、よっぽど身近な侍女にしか漏らしてないんでしょうね。口が固くて中々尻尾を出してくれません。こればっかりは時間をいただくしか」

「そうよねぇ……前もそう言ったのに」

ぶちぶちと不満そうな口調は愚痴っぽい。愛凛の不機嫌さを多少は慰めてやろうと、桂花は棚にしまっていた饅頭をおやつに出してやることにした。



皇上陛下の治世は比較的安定している。

大陸の東の覇者として、広大な土地を平らげた先祖の血を受け継いだ若き皇帝。その尊き御身を収める城宮の一角が、愛凛の現在の住処だった。数多ある皇上の妻の一人として、あるいは部下の一人として禄を食む生活をしていた。

愛凛は、表向きは皇上の妻の一人、以上でも以下でもなかったが、実際のところ密命を下されて、妻たちの動向を監視する役目を与えられていた。

妻たちの住まう後宮は、魑魅魍魎の住まう伏魔殿だ。その伏魔殿をも平らげてみせるのが皇上の手腕でもあるのだが、なにぶん、かの方は非常にお忙しい。そこで、見出されたのがただの幼馴染だった黄愛凛だった。

愛凛は、皇上の乳母を母親に持つ。つまり、乳兄弟だった。幼い頃から皇上と親しく、共に野っ原を走り回ったり、人の家から馬を盗んだり、人の庭先から柿や季や木通や野いちごを盗んだりした。まぁ悪ガキ仲間の一員だった訳だ。そんな稚気溢れる子供時代を過ごした愛凛が、そろそろ子供であることをやめ、どこぞの男の妻として送り出される話が出た矢先のことだ。継承権の低い王子の一人として、地方に封じられようとしていた現皇帝からお声がかかったのだ。妻の一人としてどうだと。

王子の乳母であった母は、自らが乳を与えた王子を諌めた。

わたしの娘には、あなた様の妻になれるほどの器量はありませぬ。

たしかに、愛凛は目を見張るような美人ではない。良家の娘として、それなりの教育を受け、それなりに毛並みはいいが、王子の妻として収まることができるほどの躾はされていない。それに、王子のところへ輿入れするなら、姉妹か従姉妹を嫁入りの時に共に連れて行く必要がある。しかし、愛凛に姉妹はいないし、従姉妹は全員すでに嫁に行ってしまっている。それならばと、年回りの近い親戚を探してみるが、叔母はそれこそ母と近い年齢で、姪は一番年嵩ので、やっと九つになったばかりだ。これでは連れて行けない。

だから、母は愛凛の輿入れに難色を示したのだ。一度断りの返事をしたが、それを聞いた王子は愛凛が一人で来てくれればそれでいいと言う。正妻がすでに一人いるし、わざわざ姉妹を連れて来なくても構わない、と。つまり、愛凛はめかけだった。しかし高貴なめかけだ。皇帝の血に連なる王子のめかけなら、下手な高官の妻よりもよほど待遇はいいだろう。両親は愛凛を、身分がそれほど高くはなくても構わないが、しかしただ一人の妻として大切にしてくれる男の元へと嫁がせたかったようだ。しかし、王子は愛凛を求めた。我が子を、すでに高貴な姫を正妻として迎えた男の元へと嫁がせることに、両親は一度躊躇した。

愛凛は、どちらかといえば、その輿入れに乗り気だった。顔も知らない男の元へ嫁がされるより、二番目でもいいから、人となりをよく知る悪友のところに身を寄せたいと思ったからだ。

困った両親に、お前はどうしたいと聞かれて、愛凛は二つ返事で乳兄弟の元へ嫁ぐことを了承した。

両親は愛凛の返事に折れ、そうしてついに秋の深まる吉日に、愛凛は乳兄弟の元へと輿入れした。婚礼は慎ましやかに行われ、両親は婚礼の後に王子の家へと向かう愛凛のことを最後まで不安そうな顔で心配していた。

愛凛のこの当時の結婚生活について、記憶がほとんどない。なにせ、なんの巡り合わせか、愛凛の婚礼から一月も経たない間に、当時の皇上が崩御なさったからだ。それも、お身内の手によって。当時の宮廷内は上に下にのおおわらわで、しかもどうやらそのクーデターには自分の良人となった王子が一枚噛んでいたというから愛凛は呆れ返った。自分との結婚と、クーデターを同時にこなすなど、両方首尾よくすんだからよかったものの。これでクーデターがこけでもしたら、愛凛は新婚早々訳もわからぬまま、連座で首が飛ぶところだった。

それを詰ると、良人は「もししくじっても首が飛ぶのは麗亜だけにすむようにしていたさ」と嘯いた。麗亜とは、良人の正妻の方で、姜夫人のことだ。姜夫人は線の細い、柳のように嫋やかな女性だった。雪のような肌に、まとめ上げた鬢は黒々としていて脂で艶やかだったが、どうにも頭の重さに細い首が折れそうだった。か細い声で囁くように喋り、放っておけばそのまま儚くなってしまいそうな気配すらあった。失礼ながら、彼女を断首するなら、首切り役人は片手間ですみそうだと思ったものだ。

愛凛たちは慌ただしく過ごしていたが、愛凛が一番驚いたのは、皇帝陛下が崩御され、三ヶ月経って喪があけると、良人はそのまま次代の皇帝におなりあそばした。この流れが、未だに愛凛にはよくわからない。何度聞いても話が込み入っていてよくわからないのだ。とにかく良人は天子としてこの国で最も尊い方になられた。めでたい、で済めばいいが、結婚している姜夫人と愛凛はそうもいかない。

愛凛は、皇后となられる姜夫人をお支えしていこうと思っていたが、皇帝となった良人の言葉に出鼻を挫かれた。

「麗亜は皇后位にはおさめない」

そう断言されてしまったのだ。

「なんでぇ!?」

愛凛が皇帝の治める後宮に収められて一週間した時のことだ。やっと与えられた部屋が落ち着いたころに、宦官が今夜、陛下が御渡りになります、と告げたのだ。その夜に、改めて愛凛は良人に皇帝陛下におなりあそばしたお祝いと共に、姜夫人がいづれ皇后位についた暁には共にお支えしていきたいと、伝えたあとの言葉がこれだった。せっかく頑張ってしゃちほこばった口上を考えていたのに台無しだ。

「麗亜もお前も、身分が足りない。麗亜は頑張っても四夫人だし、お前はもうちょい下の…そうだな、修儀くらいが妥当じゃないか」

「姐々は正妻なのにぃ」

「皇帝ともなるとそんなもんだ」

よっこらせ、と掛け声をかけて良人が立ち上がる。

「それに麗亜は気苦労で寝付いていてな、実質、お前がここの女主人だ。一瞬かもしれんが、頼んだぞ」

などと、気楽に大変な仕事を投げてよこしてくる。愛凛は眩暈がしそうだった。

「……一瞬?なんで?」

ふと、良人の言葉に疑問を覚えて聞き返すと、なんでもないことのように返された。

「皇帝の"妻"がたったの二人きりで済むと思うのか?俺が欲しかろうが欲しくなかろうが、ここには次から次に女どもが溢れかえるぞ」

ええ……と愛凛が嫌そうに顔を顰めるのを、良人は面白そうににやにやと笑って見つめていた。

「態度のでかい後輩が次々来るだろうが、まあ適当にやっててくれ」

「やだぁ」

顔を顰めて愛凛が思わず漏らした言葉に、良人は声を上げて笑った。

「ああ、面白い。お前を娶って本当によかった」

面白がるのは良人だけで、愛凛は本当に顔をくしゃくしゃにして嫌がった。

そうして半年も経たずに、愛凛と寝ついたままの姜夫人の住む後宮には、実に九人もの妻がやってきたのだ。それはそれは高貴で態度のでかい、美しい妻たちが。


元々の正妻であった姜夫人は四夫人に収まったが、それでも最も格の下がる、芙蓉夫人。格の高い、芍薬夫人、薔薇夫人、牡丹夫人には各地を収める大貴族の娘たちが収まった。それぞれが名を、魏綾華、顧玉瑛、清美月と言った。揃いも揃ってすこぶるつきの美女であり、揃いも揃って気位の高いお姫様だった。

妻として先輩である愛凛を存分に見下してくれるだけでは飽き足らず、糟糠の妻である姜夫人まで、身分の低い婢女の用に扱うのだ。これには愛凛も目を剥いて、思わず「芙蓉夫人は、皇上が一皇子として苦労なさった頃からお支えしていた賢夫人です。そんな方を蔑ろにするのは、いかがなものでしょう」と諌めた。内心では、散々口汚く罵ってやったが、実行すると実家に迷惑がかかる。

お姫様方は鼻で笑ったが、皇上は苦労を共にした妻を蔑ろにするような馬鹿ではない。


なので、夜にやってきた皇上に思う存分、そのことを告げ口してやったのだ。

愛凛がいくら強くうったえても、良人は「ふぅん」と相槌を一つ打っただけだった。

それから突然、とんでもないことをいいはじめたのだ。

「そうそう、その麗亜のことなんだが」

「なぁに?」

愛凛は胡乱なない眼差しで良人を眺めた。糟糠の妻を大切にする気概のない男なのだと、今さっき発覚したからだ。

「今朝方、死んだ」

なんの感慨もなくあっさりと、良人はそう言った。今朝といえば、愛凛が、高貴で美人だが、人の心のないお姫様方とやり合っていたころだ。

「は?」

愛凛の動揺に、良人は薄く微笑んでいるだけだった。

「えっ、……ちょっと、……えっ?」

思わず愛凛は言葉に詰まった。

「だって、なにも……何もなかったじゃない……!?今朝、そんなことなにも……」

「そうだ、何もなかった。麗亜は死んでいない。表向きは」

愛凛の動揺を、面白い劇でも見ているように、穏やかな顔で良人は見ていた。きっと顔色の悪い愛凛の顔を、良人は常と変わらない平坦さで眺めている。そのことに気づいて、愛凛は背筋がぞっと冷えていくのを感じていた。

「麗亜は死んだ。それは事実だ。元々体が弱くてな。死ぬ前に、結婚だけでもさせてやりたい、と向こうの両親に頼まれていたんだ。寿命はそう長くないとわかっていた」

夜の部屋の中で、弱い蝋燭の光を弾いて、良人の瞳はちらちらと輝いていた。なにか、愛凛には計り知れない思惑が、透けて見えるようだった。

「だから、麗亜は皇后にはなれない。すぐに死んでしまうくらい体が弱っていたからな」

良人が愛凛の手を取る。ぎゅうと握られた手は、とても温かかった。

「しかし、いずれ死は露見する。それまでに、ここを平らげておく必要がある」

良人の目が、眼差しが愛凛を射る。

「お前に、その手助けをしてほしい。俺が、心置きなく国のために仕事をするために。お前には、ここを治める手助けをしてほしい」

良人に、手をぎゅうと握られて、不覚にも愛凛はときめいた。ときめいて、しまった。だって口説かれているみたいだったから。

それに愛凛は、自分の仕事に誇りを持っている男が好きだ。自分のやるべきこととして、自覚と責任を持っている男が好きだ。

「お前だけしかいないんだ」



幼馴染だった良人に、あんなに熱心に口説かれたのは後にも先にもこれきりだ。結婚前じゃなくて結婚後、しかも他に妻を九人もとった後に口説くなんて、普通に考えたら有り得ない。しかもそのまま寝台にもつれ込んで、大変盛り上がった。

翌朝一人で侍女に起こされて、朝ごはんを食べているときに、やっと我に返った。

「ヤバい、あいつクソ野郎だわ」

とんでもない男だ。冷静に考えるとちゃんとわかる。ヤベェ男だ。結婚してなければさっさと別れて実家に帰る。しかし、現実はうまくいかない。愛凛は後宮に閉じ込められているし、勝手に帰るわけにはいかない。勝手に外に出ると縛り首になる。実家は取りつぶしになるし、一族郎党が路頭に迷う。

つまり、強制的に良人の仕事の片棒を担ぐ役目を負わされたわけだ。すでに第二夫人ですらないのに。

「ええ〜〜〜…………」

気づいた瞬間手から箸が転げ落ちた。

嫌すぎる。なのに逃げ場がない。もしかして、姜夫人はこういう気苦労が祟って早死にしたんではあるまいか。

真っ青になった愛凛の様子に、侍女が仰天して「どうされましたか」と聞いてくれたが、それどころではなかった。

愛凛が、後宮で良人に扱き使われることが決定した夜の、次の朝のことだった。


この後、愛凛は皇上からの指示で密偵やったり、他のお姫様が色々やってるのを叩き潰したり、妊娠したり、毒殺されかけたり、殺されかけたりしつつ、頑張って後宮で生きていくと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きを読みたいです。  頑張って下さい。
2022/11/25 14:13 退会済み
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