人間じゃない
見た目は普通のオオカミだな、大きいのが気になるけど他に特徴はないから予想もつかない。
「今回は2人で一緒に戦うよ!」
「キュ!」
狼は予想通り僕には一切目を向けず相棒に噛みつきに行った。
「やっぱりそうくるよね」
前のウサギ戦のことを考えると全力で攻撃しても大したダメージを与えられないだろうが相棒を守ることぐらいはできるはず。
「キャン」
「えっウソでしょ」
攻撃を受けた狼は少し吹き飛ばされたが華麗に身を捻って着地した。反応を見ると思ったよりもダメージが通っている。攻撃の威力が上がっているとしたら原因はどう考えても魔力だろう。これなら戦意を喪失させることぐらいはできるかもしれない。ていうかそれが無理だったらもう一回さっきの使って飛んで逃げるしか方法がないし。
考えながらも目を離さない。どうやらやっと僕のことが視界に入ったらしい、荒く息をしながら敵意のこもった視線をこちらに向けている。すると狼は姿勢を低くして口を大きく広げ息を吸い始めた。
まずいな。おそらく遠吠えをするつもりだ。仲間を呼ばれると戦うにしても逃げるにしても難しくなる。何とかして止めないと、ゲームの経験からそう判断した瞬間に体は走っていた。
「その口を閉じろー!」
吠えようとする狼の口めがけて木刀を振り下ろす。すでに狼は頭を上に向けていて天高く咆哮を轟かせる準備は整っていた。もう間に合わないと思ったが、しかし狼の口から出たのは声ではなかった。
僕は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。今どうなってるの?自分の体の状況が全く分からない。手足の動かし方どころかどこにあるのかさえ把握できなくなった。体の中がかき混ぜられたみたいにチグハグな状態で迫りくる狼の攻撃に対処できるわけがない。
「キュッ!」
狼の前足から繰り出される一撃に相棒が割り込んだ。そのおかげで爪で体が抉れることは免れたがそれでも吹き飛ばされて木に叩きつけられことになった。
「痛っ!相棒は大丈夫?」
どうしよう相棒が動いてない!体が動かないから確かめられないけど生きてるよね!大丈夫だよね。もう失うのは嫌だよ。僕が判断をミスったせいでこんなことになるなんて。どうすればいい・・
あれっ、狼からの攻撃が来ない、止まってる。何かがおかしい、空気が重いっ。気づいたら自分の呼吸が荒くなり、この体にあるのかもわからなかった心臓がバクバクと鼓動を鳴らしている。こんな時だけ主張しやがって、うるさいな。必死に緊急を訴える体を抑えてなんとか周りの状況を確認する。
目の前には動かない狼以外の異常はない。なら残るのは後ろの川だけ、恐る恐る首を動かして背中の木を壁に覗き見る。一目見て納得した。あぁ僕はあれに恐怖してたんだ。姿はなんで気づかなかったのかもわからないぐらい大きな熊。毛皮がまるで水のように透き通っていて実際に動くたびに全身が波立っている。それはもはや水の塊そのものだった。
なんであんなのに気づかなかったの。どうすればいい逃げるか戦う、いやどっちも無理っ!死ぬ!!見つかったらもうどうしようもない。だから動けない、何もできない。そもそも自分の意志で体が何一つ動かせない。腕も足もピクリとさえ動かずついには瞬きもできなくなった。そしてさっきまでうるさかったはずの心臓が段々とゆっくり小さくなっていきやがて静寂に包まれた世界でふと思う。僕、息してない。
吸った息を最後に吐いたのはいつだろう。体感だとものすごく前に感じる。もう満足に自分の体を把握することもできない。ただ一つわかるのは生きるためにに必要な機能が停止しても考えれる意識があるということだ。
でもただそれだけ、何かできるわけはなく刻々と時間が過ぎる感覚だけが残っていく。周りの状況が掴めない中でどのくらいの時間がたったのか、もう脅威は去ったのか、そんなことばかり考えてしまう。もしかしたら背後まで迫ってきてるかもしれないという不安に押し潰されそうになっている時、徐々に視界から光が失い始めた。
景色は端から黒に染まっていき、やがて暗闇に覆われる。上下の感覚や自分の位置も分からない。それどころか膝の上にいるはずの相棒すら感じ取れない。
でも不思議とそのことに不安や恐怖はなかった。あるのは何かが抜けていくような脱力感。
それは暖かい熱のように感じた。
それは透き通った光のようにも見えた。
それは薄れゆく意識そのものだと考えた。
それは命そのものかもしれないと怖がった。
でも、「温かいなぁ」
布団にくるまったようなまどろみの中で大切な思い出を見る。託されたみんなとの約束を聞く。
それは■■■だった。




