影の国がオモテより明るい。
「勇者さま! ぜひこの『影の国』をお救いしてください! 」
目の前には黒い揺れ動く物がいる。モンスター枠と思われる『くねくね』が黒くなっている様子だ。ぼくの隣には、不良娘でライオンのチャームがいる。まだ絶賛気絶中だ。
「起きろってば。そのー君もコイツ起こすの手伝って」
「あ! そうだね。あとボクはファムって言うの! よろしくね! 」
自己紹介もそこそこに、チャームを目覚めさせるために影の国の『ファム』が手伝ってくれた。…が、下限を知らないのかぼくらに向かって水をぶちまけた。
「うわっ!! 誰だ! 俺様に水をかけたのは…あ? なんだここ」
手伝ってくれたのはありがたいが…やり過ぎではないのか? ぼくにまで水をかけやがって。チャームもブチギレ状態じゃないか。
「うん! これで全員話が聞ける状態だね! それじゃあ─
「てめえか! 俺様に水かけたのは! おとなしいクソ野郎だと思ってたのによー。殴られてえのか! 」
おっと勘違いされてしまった。彼女はぼくの胸ぐらを掴み、つばが飛びそうな勢いでまくし立てる。残念だがぼくもやられているんだ。気づいてくれ。
「あ、喧嘩しちゃだめでしょ! 仲間同士なのに…」
「『仲間』だあ?! ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ! ここはどこなんだよ! 」
彼女はファムにも説明を求め、まくし立てている。その前に言いたいことがある。いい加減この胸ぐらを掴む手を離さないと…意識が飛んでしまいそうだ。
「チャ…チャーム! 早くこの手を離してくれ! 死んでしまう! あと水をかけたのはあの黒いヤツ! ぼくも被害者なんだ」
「…よく見りゃぁお前もミョーに濡れてんな。チッ」
チャームは乱暴ながら手を離してくれた。こんな見知らぬ大地で死ぬ前に話してもらえて助かった。
ファムは全くぼくらの心配をせずに説明を続けた。心配すべきだろうに。
「”仕切り直し”ですね! ここは『影の国』と言って、あなた方の日常を送っていた場所と『裏』に位置するんですよ。そこで『ニンゲン』である貴方は勇者の末裔なのです! そして、この影の国を救っていただきたいと! あっ、ここは喜んでいいですよ? そして──」
あれ以降ダラダラ話し込んでいたが重要なところは冒頭のみだった。勇者を呼ぶのなら、もっと簡潔に話をして欲しかった。
あと隣りにいるチャームのイライラポイントは限界のようで、今にも噴火しそうな勢いで怖かった。
「だあああ! こんな奴らと一緒に世界を救えだぁ? 知るか! クソ人間と真っ黒いヤツとだぁ? ふん、帰る」
「帰り口はこちらです」
「「…帰れんのかよ!! 」」
奇跡的にハモった。だが、チャームはお気に召さなかったようで舌打ちをしながら、謎のゲートで帰った。おそらくあの物置に返されるのだろうか。
ファムはいとも簡単に重要なセリフを吐いた。
「それと人間のあなた! ハルさまは敵に攻撃が入りません。仲間を増やして『影の国』を救ってください! 仲間にする方法は『友達と心を通わせる』です! 友達を増やして、親友になって、世界を救う! これが目標です! 」
ぼくの心が揺らいだのは『友達』という単語ではないと思いたい、冒険をする少年心を持っているから、人間として必要にされているから、勇者の末裔の遺伝子が動いているからだと思いたい。
うれしくなり、ぼくはその『影の国を救う』依頼を受けた。
「じゃあ! 第一の目標を作りましょう! 『ファムと友達になって、心を通わす。そしてこのカカシを倒す』 さあチュートリアルですよ! 頑張りましょう! 」
他人…いや別種族と目を合わせたくなくて作った前髪が、すこしだけ煩わしくなった気がする。
ぼくの服は『あの授業の日』と同じ格好で、ファムの格好は…すこしだけ冒険心をくすぐる、魔術師みたくのローブであった。
でも、友だちになるってどういうモノだっけか。ファムと友達になるためには、輝かしかった過去を思い返さないとイケないようだ。心はイタくなった気が、した。