【おまけ 67話の後】都にて、人生二度目の供寝
(おまけ話の後編です)
結局この日は、一日中二人で街中を歩きまわってしまった。
手を絡めてのデートが、あまりにも幸せだったので。
――その結果。
夜に、ルカが寝込むことになってしまったのだが……
街遊びを終え、宿として借りているヘイル家の別邸へと帰ってきて。夕食をとった後から、ルカはなんだか怠そうにしていた。
猫のように逃げようとする男を捕まえて、首元に手を当ててみたら、ジワリと熱さが伝わってきた。
どうやら熱を出してしまったらしい。
苦手な人混みによる疲れ――も、あるだろうけれど、長時間の街歩きが、癒えきっていない体に障ったようだ。
今は借りているゲスト用の一人部屋で、寝っ転がっている。
もう夜も深まり、あとは眠るばかりの時間だけれど、レジーナはルカの部屋を訪ねていた。
二人の部屋はヘイル家の使用人のはからいで、隣同士にしてもらっている。ちょろっと廊下に出るだけの距離なので、レジーナは寝間着のまま来ていた。
ベッドに転がるルカの様子を見ながら、声をかける。
「大丈夫? 机にお水を置いておいたから。夜中にのどが乾いたら、面倒がらずにちゃんと飲んでね」
言いながら、そっと額に手を添える。ルカの肌はまだホカホカとしていた。
ルカはとろんとした、熱を宿した青い目で、レジーナをじっと見上げる。
熱いのか、寝間着のシャツは胸元が大きく開かれていた。
鎖骨から、ほどよく鍛えられた胸筋の上の方までが露わになっている。この男は、体の造形までもが綺麗に整っているらしい。
気だるげな姿は妙な色気をまとっていて、目のやり場に困る。長い時間見ていると色気にあてられ、そのまま心を持っていかれそうだ。
――と言っても、もうレジーナの心は既にルカのものなのだけれど。
ルカは汗でわずかに湿った金髪を揺らして、緩慢な動作で起き上がった。
ベッドの上に座ったままレジーナの手を取り、自身の隣へと引いた。
「レジーナ、おいで」
「え、あ、はい……」
ルカに手を引かれるまま、レジーナはベッドへと腰かけた。
なんだかちょっと、違和感を感じながら。
隣に座ったレジーナのことを、ルカは熱く甘い眼差しで見つめていた。
握られた手には指が絡められ、今更立ち上がることもできない。
寝る前に少し様子を見たら、すぐに自分の部屋に戻ろうと思っていたのだけれど……
どことなくおかしな空気を振り払うように、レジーナはルカへと声をかけた。
「――ええと、今日は連れまわしてしまってごめんなさい。つい、楽しくって……」
「謝るなよ。俺も楽しかったからいい。レジーナと手を繋いで歩けて、嬉しかった」
「……ねぇ、ちょっとどうしたの、あなた……」
おかしい。悪魔が妙に素直だ。
レジーナはいぶかしがり、ルカの顔を覗き込んだ。
その瞬間。
ルカは左腕でレジーナを羽交い絞めにし、抱きしめながら一緒にベッドへと倒れ込んだ。
無邪気に笑いながら
「ははっ」
「わあああわわわっ!! 何何何!?」
シーツに身を沈め、ルカの腕の中でレジーナはもがいた。が、胴から背へとがっしり腕がまわされ、まったく抜け出せない。
ヒィッ、と小さく悲鳴を上げるレジーナをよそに、ルカは溶けるような甘い顔で言う。
「結婚したら、こうやって一緒に眠るんでしょう? ふふっ、楽しみだな」
「あなた本当に大丈夫……!?」
「大丈夫、幸せです」
(だ、駄目そう……!!)
ルカの様子に、頭を抱えた。
会話も人格も完全におかしくなっている。これは駄目だ。なんというか、いつもの邪気も理性も抜けきっていて……
抱かれながら、レジーナはヒィヒィ言いつつ、どうしたものかと考える。とにかく、この甘く危険なシーツの海から抜け出さなければ。
と、動く隙もあたえず、グイ、と、さらに強い力で抱き寄せられた。
体がぺったりとくっ付き、ルカの熱い体温が直に伝わってくる。彼の熱につられるようにのぼせてしまって、もう頭が真っ白になってしまった。
ホールドされたまま、ルカの形の良い唇がレジーナへとそっと降りてくる。
レジーナはギュッと目をつぶって、口づけを回避すべく、ルカのはだけた胸元へと顔を埋めた。
「く、口づけも、そういう行為も、婚姻の儀を終えてからにして……! わたくしまだ心の準備がっ……!!」
「照れているんですか?」
「照れないわけがないでしょう!?」
「ふふっ、可愛い」
ルカはとろけるような笑みと共に、レジーナの背をスルリと撫で上げた。
(ひぃっ……!? もう駄目よ駄目……無理……心臓がおかしくなってしまう……!!)
ドキドキと大きく鳴る心臓。この状態が続いたら、そのうち壊れてしまいそうだ。
ルカの胸元をペシペシと叩きながら、レジーナは必死に訴えた。
「ルカもう眠ったほうがいいわよ! あなた完全におかしくなってる……! 寝てちょうだい!」
「一緒に寝よう?」
「悪魔さんしっかりして! 早くいつものルカに戻してーっ!!」
ルカの心に巣くう悪魔にも呼びかけてみる。
レジーナの訴えに悪魔が応えたのかはわからないが、ルカが少し落ち着いた、静かな声をこぼした。
「……レジーナは、俺と共寝は嫌ですか」
「え……嫌、なわけではないけれど……」
「じゃあ、側にいてほしい」
眠たげな掠れた声で、ルカはポソリと言う。
「……あなたを感じながら、眠りたいんです。あなたが側にいると、俺、すごく幸せで……」
急にうとうとし始めたルカの様子に、レジーナはもがくことをやめた。
おかしくなっている時点で、もうルカの体には限界がきていたのだろう。おかしな挙動がようやく、眠気に置き換わってきたようだ。
もう眠りにつくまで、このまま見守るのが吉であろう。
ルカは目をつむり、寝言のような言葉をこぼす。
「……大好きです……レジーナ……。どうか……そばに…………」
最後まで喋り切ることなく、ルカは眠ってしまった。
がっしりと、レジーナを抱き寄せたまま。足まで絡ませて。
眠りの世界から取り残され、レジーナは一人、ルカの腕の中で呻く。
「……結婚したら、毎日こういう感じで共寝をすることになるのかしら。……それとも、正気に戻ったら、もっと淡泊だったり……?」
嵐のような時間を乗り越え、レジーナは未だドキドキとうるさい胸を押さえる。
ルカの妙な色気と甘さで頭がクラクラするようなひと時だった。これはこれで強烈すぎて辛い時間だが、とんでもなく幸せでもある。
けれど正気の状態だったら、どうなのだろう。
旅の道中、初めて共寝をした時には、ルカはこちらを一切向くことがなかった。
それほどまでに自分には魅力がないのか、と密かに少しだけ、落ち込んでいたのだけれど。
すっかり眠ってしまったルカの胸元に額を寄せ、レジーナは、はぁ、と深くため息をつく。
「……――ところでわたくし、今夜このまま、眠れるのかしら……」
自分よりずっと背の高い男に絡まれ、ホールドされたまま。
朝起きたら、全身が固まっていそうだ。
それよりも心配なのが、せっせと大きい音を立て続けている、心臓なのだけれど……
■
――翌朝。
レジーナは、ルカの息をのむような悲鳴で目を覚ました。
「なっ、なんでレジーナお嬢様がいるんですか!? 人のベッドで何してるんです!?」
ルカは叫びと共にガバリと起き上がり、ベッドの端へと距離をとった。
大きくベッドを揺らされて、レジーナはむにゃむにゃと起き上がる。
「……朝から大声出さないでちょうだい。あなたが一晩中、わたくしのことを抱きしめて離してくれなかったんでしょう?」
ベッドの上に座り、向かい合って言い返す。
ルカは信じられない、という唖然とした顔をしていた。
やはり、昨夜は意識がおかしくなっていたらしい。覚えていないほどには、重症だったようだ。
まったくもう、と、呆れた顔で眠たい目をこする。
――と、ルカの視線が不自然に揺れていることに気が付いた。
まだぼんやりとしているレジーナに、ルカが険しい顔で言う。
「あの……ふ、服を整えてください……! 服を整えたら、出て行ってください!」
「え?」
言われて、レジーナは自身の寝間着へと視線を落とす。と同時に、即座に、ヒッと小さく悲鳴を上げて後ろを向いた。
寝間着のボタンが外れ、胸元が大きくはだけていたのだった。
「こっ、これも、あなたが腕をどかしてくれないから、寝間着が引っ張られて……っ!」
文句を叫び返しながら、慌ててボタンをかけ直す。
ついでに、寝間着のスカートから露わになっていた太腿もサッと隠す。ルカの視線の動きから察するに、もうばっちり見られてしまったようだけれど……
レジーナが衣服を整え終えると同時に、ルカは思い切り険しく怖い顔をして言い放った。
「そのまま出ていけ! 早く! 俺の部屋から!」
きつい物言いに、レジーナはムッとする。
「何です、人を邪魔者みたいに……。散々、わたくしのことを抱き枕にしておいて」
「うるせぇ! いいから早く出ていけ!!」
(この悪魔め……朝っぱらから態度が悪いこと……!)
さすがに腹を立てかけた。
が、次のルカの言葉で、レジーナは途端に真っ赤になってしまうのだった。
「男には……その、障りというものがあるんです……! 今ちょっとまずいので……婚姻の儀の前に間違いを犯したくなければ、出て行ってください!」
「……――しっ、失礼しました! ごめんなさい! お邪魔しました!」
言いながら、レジーナは大慌てで部屋から飛び出した。
顔を真っ赤にして小走りで廊下を歩く。
火照る頬を両手でペシペシと叩きながらも、胸の内はちょっとだけ――いや、結構、浮かれていた。
貧相だとからかわれるこの身にも、そういう魅力はあるらしい。正気のルカにも、充分に通用するだけの魅力が。
レジーナは照れに赤く染まった顔を覆って、クスリと笑う。
(この調子だったら結婚後の生活も、安泰かもしれないわね)
気恥ずかしいやら嬉しいやらで、廊下の隅でジタバタしてしまった。
おまけ話までお読みいただき、本当にありがとうございました!
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