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73 作家『リージア・メルト』とその後の世間

 この年、雪国の女流作家『リージア・メルト』の書いた恋物語は人気を博し、都から全土へと広がっていった。

 

 以降、作家リージアは新作を次々と発表し、人々の心を掴んでいく。


 情熱的な恋愛小説から、切ない片思いを綴った詩的な小説。おかしな夫婦の日常をコメディー調に綴った、小気味の良い物語などなど。

 

 そのうち、うっとりするほどの甘く官能的な小説まで刊行し、婦人を中心に大きな人気を得るのだけれど、それはまだ、もう少しだけ先の話だ。


 

 作品が売れるのに伴い、作家と手を組んでいる雪国クォルタールの領主――ヘイル家は、莫大な富を手に入れることとなった。


 領主家は現在、得た財を注ぎ、領地の中心にある街と外とを繋ぐ、交通路を整える事業に取り組んでいる。

 着々と成果が出ていて、以前に比べ、人の行き来もずいぶんと増えるようになったという。

 

 同時に、ヘイル家当主への縁談の申し込みも増えたのだとか。


 そうしてついに、長く未婚だった当主は妻を迎えることになったのだった。五戦目にして勝利を得たそう。


 ヘイル家当主夫人は、長い黒髪に赤紫の目をした背の高い才女である。

 まるで最初からあつらえられていたかのように、当主と似合いの麗人であった。

  

 美人特有の見目の圧があり、一見近寄りがたい雰囲気をまとっているけれど、性格は朗らかで元気の良い女性だ。

 当主と夫人が並ぶ姿は、内々で『二頭の大型犬』なんて呼ばれているのだが、これは内緒の話。


 作家リージアはこの夫人とは、なんと親友としての関係を築くことになる。


 というのも、当主夫人も物語執筆が密かな趣味であったようで。物語の傾向と作風は大きく違うけれど、創作の仲間として深い交流をしていくことになるのであった。


 ――ちなみに当主夫人の好む物語は、なんと、殿方同士が愛を紡ぐというお話。


 作家リージアは最初こそ驚いてしまったが、そういった物語は淑女たちの間で密かに好まれていて、愛好者の層は意外にも厚いらしいことを知った。


 とはいえ。

 茶会にてヘイル家当主と作家リージアの夫が二人で揉め事――じゃれ合っているところを、当主夫人が目を輝かせて観賞しているところを見て、リージアはたまに冷や汗をかいているのだとか。


 

 作家リージアとその拠点の領地が大きな富を手に入れる中、平野のとある農村地帯では二つの領主家が没落した。

 

 一つは通称『色騒動の領主家』と、もう一つは借金に困った小領主家だ。


 色騒動とは、領主家当主夫人の奔放な振る舞いが、騒動に発展してしまったことが由来である。


 この領主家の名前はセイフォル家という。


 盛大な式を挙げて娶った妻が、当主の長期外出中に家の従者や他貴族家、果てには街の男たちなど、あちらこちらに手を出し浮気にふけこんでいて、大きな騒動に発展したのだった。

 

 この騒動をセイフォル家当主は、おさめることができなかったよう。

 なんでも、外出先で心身ともに何やら大きな()()を負い、すっかり元気がなくなってしまったそうで。


 呆れた領民たちは領主家を見限り、他領地へと流れていってしまった。

 そうして土地は荒れ、他家にかすめ取られ、セイフォル家は没落の道をたどったのだった。


 借金に浸かっていた小領主家も、共倒れするかのように、ほどなくしてあっけなく没落した。

 

 

 地方の場末の娼館に、ふわふわとしたウェーブの赤毛の娘が姿を現すようになったのは、ちょうどこの頃からだ。 

 

 色好みの男たちの間で交わされる話によると、その赤毛の娼婦は『賢者』と通称されているらしい。


 酷くやつれた様子の娼婦は、胸や尻の肉がシワシワとたるんでいて、対峙すると、まるで賢者のように男の色欲が消え失せてしまうから。

 ――という理由でついた通称なのだとか。


 

 没落した二つの領主家の土地は、数年の間、荒地として放られたり他家の領地となったりしていた。


 けれどしばらくして、ある新興貴族にまるっと買い上げられることになったのだった。


 その新興貴族家当主の名前は、『ルカ・メイトス』。

 妻の名は『レジーナ』という。


 雪国にも別宅を持つという、成り上がりの貴族家だ。


 新興貴族メイトス家の当主は、その麗しい美貌で領民たちを虜にした。


 公の場ではあまり喋らない物静かな男だけれど、人によっては『殺されそうになった』とか、『あいつに近づいてはいけない』とか、『悪魔のような男だ』とかいう話をする者もいるそうで、ミステリアスな噂に、領民たちはさらに夢中になったのだとか。


 静かな当主に代わり、社交はもっぱら、当主夫人が請け負っているようだ。二人はいつも寄り添い合う、仲睦まじい夫婦だと知れ渡っている。


 たまに夫人が、当主の脇腹をつねっているように見える場面があるそうだけれど、真相は定かではない。

 『悪口雑言が飛び交う、酷い口争いをしていた。実は仲違いをしているのでは?』なんて噂もあるが、こちらも謎のままである。

 

 なにせ二人はいつも、いつでも、ずっと一緒にいるので、まったくもって仲が悪いようには見えないので。



 新興貴族メイトス家は大きな予算を投じて、冬場の領地運営に雪国の知恵を取り入れていった。


 深い友好関係を結んでいるという雪国クォルタールから、積雪を前提とした農法や、土地の整備方法を仕入れて、積極的に領地へと活かしているそう。


 メイトス家は領民を雪害から救い、領土を手堅く潤していくのであった。

 



『――それにしても、当主も妻も若い上に実家の後ろ盾が無いようなのに、新興のメイトス家の莫大な資産は、一体どこから来ているのだろうか』


 なんて。

 社交で交わされるその謎の答えは、未だに一部の人間たちしか知らないことだ。



 今やどこの貴族家の書棚にも、『リージア・メルト』の本が並んでいるのだけれど――……





 ――おしまい――


 

長い物語にお付き合いいただき、ありがとうございました!

誤字脱字の報告も心より感謝申し上げます。

評価や感想をいただけましたら嬉しく思います。

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