表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/76

70 花嫁と花婿の晴れ姿

(今日は17時、18時、19時、20時の四話更新となります。今日の更新分で完結です)

 レジーナはルカの療養に付き添い、半月ほどをゆったりと都で過ごした。


 そしてルカの腕の固定が解かれるのを待ち、もう半月をかけて、クォルタールの街へと帰ってきたのだった。

 



 そうして春が深まり、もう街中の雪もすっかり解け消えた頃。


 青空が暖かな日差しを落とす、気持ちの良い日に。

 クォルタールの礼拝堂では、一組の夫婦の、婚姻の儀が執り行われようとしていた。

 

 修道院の門扉には、華やかなウェルカムボードが立てかけられている。 

 花で彩られた白い板には、大きな飾り文字で書かれた夫婦の名前が寄り添う。


 『ルカ レジーナ』、と。


 今日は二人の婚姻の儀の当日。

 レジーナとルカが神の前で正式に、愛の契りを結ぶ日である。


 

 祝いの日として開放された修道院の敷地内、および礼拝堂の中は、多くの人々で賑わっていた。

 

 農民から町人、商人、富裕層まで。

 式はクォルタールの地で暮らす人々に、自由に参加してもらう形としたのだった。 


 そうしたことで、祝いに訪れた人の数は膨大なものとなった。

 

 冬の間みっちりと、修道女として街の奉仕活動に従事してきたこともあり、レジーナを見知る者はそれなりに多かった。

 今日はそんなレジーナを祝おうと、たくさんの人々が駆けつけてくれたのだった。


 それに加えて、ルカを見に来た客も予想外に多かった。


 こちらも一冬みっちりと街の牧場で働き、毎週末の礼拝日には決まって修道院に通うという日々を送っていたので、人々に顔を知られているのであった。

 

 それはもう、驚くほどの知名度で。

 冬の間レジーナの命で無口を貫いていたルカは、雪と共に突然現れたミステリアスな美男子として、密かにファンを抱え込んでいたらしい。


 ……ウェルカムボードのルカの名を見て泣いている町娘を見かけた時には、レジーナもさすがになんだか複雑な気持ちになってしまった。


 そしてさらに、それに加えて。

 どさくさに紛れて、主賓として出席するエイクまで大きな集客要員となっていた。

 

 エイクに近づく機会を狙う者や、単純にその麗しい容貌を拝みに来た者。

 さらに気安く、『領主が参加するくらいなのだから、なにやらすごい式に違いない』と、野次馬心の好奇心で立ち寄る人々も、かなりの人数いるようで。

 

 そういうわけでなんやかんやと、礼拝堂の中からそのまわりまで、本日は人でごった返している。

 一夫婦の婚姻の儀、というより、もはや何かの祭りのような盛り上がりを見せているのであった。




 その大きな賑わいの中、礼拝堂の一室――控え室にて。

 レジーナとルカは、お互いの晴れの姿を披露し合っていた。


「ふふふっ、見てよルカ、どうかしら。少し贅沢をしてしまったけれど、良いドレスだと思わない?」


 レジーナは新しいドレスをフワリと揺らして、ルカに花嫁衣装を見せた。

 

 艶やかな薄青色の生地に、白と銀の糸で刺繍がほどこされているドレス。刺繍は雪の結晶と草花を組み合わせた、優美で洒落たデザインだ。

 

 婚姻の儀だけで着るのはもったいないので、その後も着まわせるように、定番の真っ白な生地はやめたのだった。

 花嫁らしい純白のドレスよりかは控えめだけれど、薄青色のドレスはレジーナの銀色の髪によく馴染むので、素敵に仕上がったと思う。


 それにこのドレスは首元と耳に揺れる、白いムーンストーンの装飾品も美しく引き立ててくれる。

 大切な首飾りと耳飾りはドレスよりも主役の位置に置きたかったので、とても満足している。


 華やかに結い上げた髪も、いつもよりキラキラとした化粧も、ばっちりと決まっている。

 完璧に仕上がった装いを披露して、レジーナはルカの感想を待った。


 ルカはいつもの、気のない意地の悪い声音で吐き捨てる。


「レジーナお嬢様、馬子にも衣装とはこのことですね」

「…………」

「あ……いや、その」


 何も言わず、レジーナはジトリとルカを睨みつけた。

 視線を受けたルカは身じろぎ、口ごもる。


 少しして、そろりそろりと、ルカは続きの言葉をこぼしていった。


「……ええと……とても、その、か……可愛い、というか……雪……綺麗な、氷雪のようで……えっと、精霊、みたいな……美しさと、いいますか……とにかく可愛くて……全部……全部良い……良さが、すごい……」

「――ふふっ、あっはっはっ」


 小声でポツポツと紡がれていく不慣れな褒め言葉に、レジーナは思わず吹き出してしまった。

 大笑いしながらも、胸の音は大きく高鳴って仕方がない。


 ときめく胸の照れ隠しに、ルカの腕をペシペシと叩いてやった。

 

「あははっ、やだもう、急に口下手なんだから。あなた悪口の語彙はあんなに豊かなのに。今度、辞書でもプレゼントしてあげましょうか。褒め言葉を覚える用に」

「クソッ、うるせぇな……せっかく褒めてやったのに……この減らず口め」


 赤い頬を隠すように、ルカはそっぽを向いて大きく舌打ちをした。

 そのムッとした顔から、足の先までをじっくりと眺めまわして、レジーナは大きく笑顔をこぼす。


「あなたもその衣装、良く似合っているわ。すごく、すごく格好良い!」


 ルカもレジーナ同様、新しく仕立てた衣装をまとっていた。


 衣装はレジーナのドレスと揃いの色で、上着裾の長い騎士服だ。白と青を基調にした洗練されたデザインで、金の飾り紐が華やかさを添えている。

 ルカの見目の麗しさを増強するような、見事な衣装である。


 上から下まで何度も見まわしながら、レジーナはうっとりとしたため息をついた。


「本当に素敵……あなた顔だけは良いから、まるで本物の王子様みたいよ……!」

「顔だけは余計です。自分だってクソみたいな褒め方してるじゃないですか」


 ルカはレジーナの脇腹を小突いて、呆れた顔で笑った。


 しょうもない言い合いにしばらく笑った後、ルカは自身の腰の脇に飾られた『ある武器』に目をやり、レジーナを問い詰める。


「――で、なんで婚姻の儀だというのに、俺はハルバードを装備させられているんですか?」

「ふふっ、あなたに似合いかと思って」


 騎士服を着たルカの腰には、白い革ベルトでハルバードが下げられているのであった。

 

 本来は婚姻の儀で新郎は、腰に小さな短剣を飾るのだ。『家を守る者』の象徴としての飾りである。


 これを今回、ガッツリとハルバードに変えてみた。式を見に来た人々への、ちょっとしたサービスとして。


「『リージア・メルト恋物語』の中で、ヒーローは得物としてハルバードを身に着けているから。今、世間で流行っているのよ、ハルバード。剣よりずっと人気があるみたいだから、腰に飾ったら盛り上がるかと思って」

「なんだよその理由……俺は見世物か。人を使って自作の小道具の宣伝しないでください。まったく……」

「少しくらい良いじゃない。しかもこれ、エイク様発の『クリスタル・ハルバード』よ!」


 腰に下げられたハルバードは、なんと水晶でできている。

 

 膝の下まで伸びる柄の部分は鉄と銀細工で作られ、その先の刃の部分は大きな水晶で作られているのだ。


 見事な水晶の彫刻で、槍と鎌と斧を合体させたような形状の刃が形作られている。

 光を反射して透明に輝き、どこか神聖な雰囲気をまとう代物である。


 実はこれは、商品として都に卸すものの試作品だ。

 都で『リージア・メルト恋物語』が大きく流行っている影響で、作中に登場する小物の需要が増しているそう。


 作中にはクォルタールの特産品である、水晶の工芸品を多数盛り込んである。ヒーローの持つクリスタル・ハルバードの他、ヒロインを飾る水晶の装飾品などなど。


 物語の打ち合わせ中に仕組んだ事柄が、狙い通りに益を生んでいるようだ。


 今、都では貴族たちがコレクションとして、劇中の水晶工芸品を求めているらしい。ヘイル家は嬉々として受注し、量産している最中である。


 その試作品を、結婚祝いとして一つもらったのだ。

 そういうわけで、せっかくなのでルカに持たせてみることにした。


「飾りの品だから切れ味もないし、武器としては使えないけれど。キラキラしててとても素敵ね。あなたがこれを掲げて格好良くポーズなんかをとったら、もっと売れるかも」

「金勘定ばかりして……顔が下品にゆるんでいますよ、お嬢様」


 呆れた顔で悪態を投げて寄越すルカに、レジーナはムッとする。

 けれどすぐに表情を変えて、パチクリとまばたきをした。


 レジーナはふいに話題を変える。


「ねぇルカ、その『お嬢様』って呼び方は、もうなしにしてちょうだい。わたくしたちはもう、主従の関係ではないのだから」

「え、まぁ、そうですね。でもなんか……もう敬称は無意識に、勝手に口から出てくるというか」

「たまに呼び捨てている時もあるじゃない。あの感じで、楽に呼んでくれればいいのだけれど」

「俺、呼び捨てにしてました……?」


 ルカはキョトンとした。

 どうやら無意識だったらしい。


 レジーナはふむ、と考える。


「――そうだわ。それじゃあ、こうしましょう」


 悪戯な笑みと共に、レジーナは一つの提案をした。


「これからルカがわたくしのことを『お嬢様』と呼んだら、わたくしもあなたのことを『旦那様』と呼ぶことにしましょう」

「だ、旦那様……!?」


 目をまるくして、ルカは声を上ずらせた。

 

 実際これからは、人のいる前でルカを呼ぶ時には『旦那様』と敬称で呼ぶことになるのだ。

 ルカが今までレジーナのことを『お嬢様』と呼んできたように。


 ルカは高い背を丸めて、自身の両腕をさすった。

 

「旦那様って……気持ち悪っ! なんかぞわぞわする……! 具合が悪くなるのでやめてください」

「旦那様、背が丸まっていますよ。シャンとしてくださいませ」


 背中を叩くと、ルカは思い切り渋い顔をした。



 ちょうどその時、控え室の扉の外から声がかかった。婚姻の儀を手伝ってくれる、シスターの声だ。


「ルカさん、レジーナさん、お支度はどうでしょう。そろそろお時間ですよ」

「はい、もう整っております」


 返事をすると、扉を開けて数人のシスターと修道女長が入ってきた。

 入れ替わるように、ルカが案内のシスターと共に部屋を出ていく。

 

 ルカは先に入場して、礼拝堂の中でレジーナを待つのだ。レジーナは修道女長に添われて入場し、待つルカの元へと向かう流れである。


「じゃあ、ルカ。また礼拝堂でよろしくね。ふふっ、素敵な式にしましょうね」

「……さっさと終わらせて、早く飯を食いたいです」


 ルカは面倒臭そうな顔で、フンと鼻を鳴らした。

 そのまま歩を進めて、控え室を後にする。


 ――かと思ったら、扉を閉める直前に振り返り、レジーナにボソリとした声を寄越した。


「あの……もう一回、呼んでみてもらえませんか……旦那様って」

「え? ――旦那様、この後もよろしくお願いしますね」


 言われた通りに声をかけると、バタリ、と雑に扉が閉められた。

 言わせておいて返事もせず、ルカはさっさと歩み去ってしまったのだった。


 残されたレジーナはポカンとした後、軽く吹き出した。

 

「ふふっ、本当におかしな男なんだから」


 去り際にチラリと見えたルカの耳元は、真っ赤になっていた気がする。

 具合が悪くなるほど嫌そうには見えないので、これからもちょくちょく呼んでみることにしよう。



 笑い終えて息をつくと、レジーナは姿勢を正す。


 気持ちを切り替えて、共に部屋に残った修道女長と数人のシスターたちに、礼をした。


「改めまして、本日は素晴らしい儀式の場をご用意いただき、心から感謝申し上げます。わたくしとルカの、愛の神への誓いを、どうかお見守りください」




 ――さぁ、いよいよ婚姻の儀が始まる。


 相手は、家が決めた貴族家の子息でも、金策のための金持ち老人でもない。

 ずっとずっと心から愛していた、ただ一人の想い人だ。


(愛の神様……今からあなた様の御前に、愛を誓いに参ります。どうか、わたくしとルカに祝福を授けてくださいませ)


 レジーナは心の中で、そっと祈りを捧げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ