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7 家出資金調達と紳士のマナー

 レジーナが訪れた宝石店は、街の一角にある、こぢんまりとした店だ。

 一見控えめな店構えをしているけれど、人気があって常連客も多い店。

 祖父と店主が昔なじみだそうで、レジーナもこの店をひいきにしている。


 店主はさっぱりとした性格の老人で、とても話しやすい人である。

 そして何より宝飾品の買い取りに関して、目利きな上に仕事が早い。

 レジーナの(しょう)に合っているというのも、ひいきの理由である。



 店の扉を開けると、カラカラとベルが鳴った。

 カウンターにいる真っ白な髭の老人――店主へと声をかけ、挨拶を交わす。


「ごきげんよう。急ぎで買い取ってもらいたいものがあるのだけれど、お願いできるかしら」

「おぉ、お久しぶりですレジーナ嬢。嫁入り前の、持ち物整理ですかな?」

「実は……とても恥ずかしいのだけれど、トーマス様との婚約は破談になってしまったの。それで、ちょっと入り用で……」

「おやおや、それはまた。それではレジーナ嬢の未来への幸運を祈って、買い取り額に少し色をお付けしましょうかね。さ、奥へどうぞ」

 

 軽妙な会話をしつつ、すぐに奥の部屋へと案内される。


 余計な詮索(せんさく)をせず、余計なことを言わず。という、店主のサラリとした接客が気持ち良く、ありがたい。

 レジーナはホッと息をつき、店主の案内に従った。



 通された奥の部屋は、小さくも上品な応接室だ。

 紺色の絨毯に、紺色のソファー。テーブルの金の細工が、部屋の青色に映えて美しい。

 

 ソファーに腰を下ろすと、給仕が紅茶を入れてくれた。

 レジーナは二口ほど口をつけ、カップをテーブルの端へと寄せる。


 そして肩に下げていた布袋から、よいしょ、と、ジュエリーボックスを取り出した。

 ゴトリと机の中央に置き、改めて店主と向き合う。


「これを買い取ってもらいたいのだけれど」

「ふむ、宝石箱の買い取りですかな?」

「いえ、箱だけでなく、中身もまるっと全部見ていただけないかしら」

「おや中身も!? ふぉっほっほ、そうきましたか。まさか宝石箱ごと、お品を持ちになるとは。豪快ですなぁ」


 店主の老人は肩を揺らして笑った。

 レジーナの思い切りの良さが、ツボに入ったようだ。


 六段引き出しのジュエリーボックスを、レジーナは次々に開けていく。

 テーブルに広げられた布の上に、宝飾品をズラリと並べた。

 

 これはレジーナの手持ちの品、すべてである。

 中には祖父からもらったものや、母から継いだ形見の品も多くある。

 

(本当は、手放したくはないのだけれど……仕方ないわ。今必要なのは体を飾る宝石よりも、家出の資金だものね。きっとお祖父(じい)様やお母様だって、私の判断を咎めたりしないはず)


 ……そう、思いたい。

 一応、あとでお墓に手を合わせて、お詫びをしておくけれど……


 店主は早速、ルーペやら定規やらピンセットやらの道具を取り出した。

 それらを手の上でせわしなく動かし、テキパキと仕分け始める。


 紅茶を飲みながら、レジーナは静かにその様子を眺めていた。

 店主はアクセサリーを手にとっては、慣れた様子でサラサラと、紙束に何やらメモを取っていく。


 しばらくの間、その動作を繰り返す。


 ようやく最後の指輪の鑑定を終え、店主はふぅ、と息をついた。


 机に広げられた十数枚のメモをまとめ、新しい綺麗な用紙に大きく数字を書く。

 レジーナにその紙を渡しながら、店主は白い髭を揺らしてニコリと笑った。


「ざっとこんなものですかな」

「あら! ありがとうございます、思っていた以上だわ!」

「ふふっ、これにさらに、色をつけて差し上げますから、最終的な買い取り額は――」

「あ、ちょっとお待ちになって!」


 最後の計算をしようとする店主に、レジーナは待ったをかけた。

 おもむろに自身の首元から首飾りを外すと、そのまま店主へと渡す。


「もう一つ、別のお願いがあるのでした! この首飾りの宝石を石座から外して、石だけの裸の状態にして欲しいのだけれど……あと、それを収める綺麗な小箱も欲しくて。小箱の料金と首飾りの解体の料金を、額面から引いていただくことはできます?」


 店主に渡したのは、母の形見の一つ。

 ムーンストーンの首飾りだ。


 細い銀のチェーンに、親指の爪ほどの白い宝石――ムーンストーンが三粒揺れている。

 透き通る白色の石は、光の当たる角度によって、その中に薄青色を輝かせる。

 まるで氷雪を宝石にしたかのような、繊細な美しさを持つ逸品である。

 

 これも自室のソファーと同じように、レジーナの大のお気に入りの一つだった。


「ふむふむ。でしたら、買い取り額に色を付ける代わりに、解体と、綺麗な小箱をご用意いたしましょうか」

「お願いします」


 契約書にサインをすると、店主は断りを入れ、一度応接室を後にした。


 店主を待つ間に、紅茶の残りを飲み干しながら、レジーナはこの後の予定を立てる。


(良かった、思ったより大きいお金になってくれたわ。これを修道院への持参金と、現地の領主様への献上品に使って……あとは旅費と食費と、馬の飼料と旅装と旅具と――……)


 あれこれ考えているうちに、再び店主が戻ってきた。

 隣にもう一人、大柄な男の店員を連れている。


「お待たせしました、レジーナ嬢。では、先にこちらをご確認ください」


 店主はテーブルに巾着袋を三つ並べた。

 両手のひらの大きさほどある巾着袋の中には、それぞれ、金貨、銀貨、銅貨が収められている。


 金額を確認し、了承する。

 レジーナは買い取り金を受け取り、肩掛けの布袋に丁重にしまい込んだ。


 次に店主は、銀色のビロードが張られた小箱をテーブルに置いた。

 これも受け取り、ふたを開けて中を確認する。

 チェーンと石座がなくなり、身軽になった白いムーンストーンが三つ、綺麗に並んでいた。


「ありがとうございます。すべて確かに、受け取りました」

「では、また何かありましたら、どうぞごひいきに」


 金と品物の受け渡しを終え、挨拶を交わす。


 店主と大柄の男性店員に案内され、レジーナは応接室を出た。

 

 宝石店の入り口で店主に見送られ、大柄の店員に馬車までのエスコートを受ける。

 なるほど、この店員は高額な取引を交わしたレジーナの、ささやかな護衛というわけだ。


 男性店員は馬車の扉を開け、当たり前のようにレジーナに手を差し出した。

 うながされるまま、その手を取って優雅に乗り込む。


 店員と店主に会釈をし、動き出す馬車に揺られて宝石店を後にした。



 街路を少し進んだところで、御者台にいるルカに声をかける。


「見ましたか、ルカ。あの男性店員の見事なエスコート。あれが淑女に対する、紳士の礼というもので――わわっ! ちょっと……!」

 

 レジーナの小言を吹っ切るかのように、ルカはピシャリと馬に鞭を入れた。

 馬車はグンと急加速し、レジーナは危うく舌を噛むところであった。


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