64 再会
(今日は17時、18時、19時、20時の四話更新になります)
焦れる心をなだめながら、ヘイル家の別宅にて数日を過ごして。
ようやく週末の、礼拝の日を迎えた。
屋敷の馬車に乗り、レジーナは修道院を目指す。
いつもの水色のドレスをまとい、銀色の髪を綺麗に結い上げて。胸元には、ムーンストーンの首飾りをつけて。
何も特別なことはない、普段通りの格好である。
悪魔との勝負の決着には、ありのままの姿で臨もうと決めていたから。
いつもと違うことと言えば、肩掛け鞄に大きなハンカチと、製品になった自身の小説が一冊、入っていることくらいだ。
修道院へ向かう馬車の中で、レジーナはその小説本をまじまじと眺めていた。
同乗している付き人の女性たちに、感動の声をこぼす。
「わたくしが書き散らした紙の束が、本当に売り物の本の形になっているわ……すごいわね」
「装丁がお洒落で可愛らしいと、ご婦人方からの人気が高いそうですよ」
本の革表紙には輝く銀色の塗料で、美しい雪の結晶が描かれている。
上側にタイトルと作者名。中央には、麗しい女性の姿絵。おそらく物語のヒロインの姿だろう。
(これがヒロイン……ということは言ってみれば、わたくしの姿ということよね。……ずいぶんと、豊かだこと。胸元が……)
ヒロインのモデルである自分より、六割り増しくらいに素敵な胸元が描かれている、ような。
まぁ、そんなところを気にするのは、レジーナだけなのだろうけれど。
――なんて。
先ほどから、しょうもないことに意識をまわし続けている。
それもこれも、緊張を紛らわすためである。
付き人たちとお喋りをしてはいるが、会話の内容などこれっぽっちも頭に入っていないのだった。
(……子供の頃からもう数えきれないほど、ルカと顔を突き合わせてきたというのに……どうして今さら、緊張してしまうのかしら)
乙女心って、本当に不思議ね。
などと思考を散らしている間にも、目的地は近づいてくる。
街路の先に修道院が見えてきて、レジーナは慌てて小説本を鞄にしまった。
降りる支度をするうちに、ほどなくして、修道院に到着した。
馬車をとめる広場に入り、御者の手を借りて降り立つ。
目の前にそびえる修道院に、レジーナはまた感嘆の声をもらしてしまった。
「わぁ……クォルタールの修道院よりも、ずっと大きいわね」
都で一番大きな修道院ともあって、外観はまさに城のようである。
尖った塔がいくつも立ち、礼拝堂と思しき建物には、それはそれは大きなステンドグラスが輝いている。
「さぁ、レジーナ様、向かいましょう」
「都の修道院は、中も見事なものですよ」
付き人たちにうながされ、レジーナは歩み出した。
馬車広場から石畳の道を歩いて、礼拝堂前の大広場へと移動する。広場は礼拝に訪れた人々であふれていて、街中同様、活気に満ちていた。
こんなところにはいないだろう、とわかりつつも、あたりをキョロキョロと見まわす。
探すものはただひとつ。
ルカの姿だ。
(いない……わね。まぁ……修道士が人々と交流するのは礼拝の後だから……あの人は今頃、中で準備でもしているのかしらね)
見当たらない姿に小さく息をつく。そもそもこの広場には、参拝客しかいないのだ。
他の修道士の姿もないのだから、いないことはわかりきっているのだけれど……それでもついつい、探してしまった。
気持ちを落ち着けるために、深呼吸を繰り返す。
まわりに目を向けながらも、礼拝堂の中へと歩を進めた。
付き人の言う通り、礼拝堂の中は見事なものだった。
とんでもなく高い天井に、大きく天界の絵が描かれている。
柱には繊細な神々の彫刻。ステンドグラスから入る光が、空間にキラキラと虹色の影を落としている。
あまりの美しさに、感動して胸がドキドキする。――と、いうことにしておく。
この苦しいほどに大きな胸の鼓動は、景色の感動からきているものではない、と、わかってはいるのだけれど。
認めてしまうと、もっと苦しくなってきそうなので考えないようにする。
ずらりと並べられた長椅子は、人々で賑わっていた。
その隅っこの空いていた場所へ、レジーナと付き人二人は腰を下ろす。
礼拝が始まるまでの時間は、付き人二人とお喋りをして過ごした。
心ここにあらずのまま、ほとんど反射で喋っていたので、内容は何一つ覚えていない。
そうして緊張の誤魔化しに、口だけでペラペラとお喋りをしているうち。
修道士たちが列をなして入場してきたところで、レジーナはようやく我に返ったのだった。
礼拝堂の一番前。祭壇前の壇上へ、修道士の男たちがズラリと並ぶ。
皆、足首までの長く真っ白なローブをまとい、祈りの首飾りを下げている。
最後に神父が出てくると、賑わっていた礼拝堂がシンと静まった。
神聖なる静謐の中、礼拝が始まった――。
聖書の読み上げに、神父の説教。
修道士たちの聖歌。
そして、一同での祈り。
その間中、レジーナは立ち上がりそうな勢いで、ルカの姿を探していた。
修道士ひとりひとりの顔を、端から順番に食い入るように見つめて。
けれど。
修道士たちの中に、探し人の姿はなかった。
思い切り目を細めて、視線を何往復させようとも、見つけ出すことはできなかった。
呆然と肩を落としている間に、いつの間にか礼拝の時間は終わっていた。
もう修道士たちが壇上から降りてきて、人々と交流を始めている。
しょんぼりと背を丸めてしまったレジーナに気が付き、付き人がそっと肩を抱く。
「レジーナ様……もしかしてルカ様は、いらっしゃいませんでしたか?」
「はい……そのようです」
「在籍していることは確か、とのことですから、来客窓口から呼び出しを願いましょう」
ため息と共に立ち上がり、礼拝堂の外へ出る。
広場は来た時よりも、多くの人々であふれかえっていた。
(……はぁ……もう……どうして……どうしていないの……。まさかここまで来て、会えずに終わるかもしれないなんて……)
もし窓口で面会を拒否されてしまったら、もう二度と会えないのではないか……
そう考えると、酷く気持ちが沈んだ。
すっかり放心してしまって、ぼんやりとした頭でトボトボと、礼拝堂前の広場を通り抜けた。
敷地内の混雑する道を歩いて、修道院の玄関を目指す。
――と、何気なく、道脇の庭園の奥に目を向けた時。
思いがけず、探していた姿が目に入ってきたのだった。
庭園に茂る草木の、若い緑の中。
色とりどりの花が咲く園の真ん中に、金に輝く天使のような男の姿を見つけた。
その瞬間。
もうレジーナの体は動いていた。
「――いた! いた!! 見つけたっ!!」
付き人へ報告――というよりも、半ば独り言のような叫び声を上げて走り出した。
足を晒すのも構わずに、ドレスを持ち上げて駆ける。
庭園の花園に走り込みながら、力一杯、その名を呼んだ。
「ルカ――――っ!!」
呼ばれた男は、宝石のような青い目をこぼれそうなほどに見開いて、声の方へと振り向いた。