表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/76

64 再会

(今日は17時、18時、19時、20時の四話更新になります)

 焦れる心をなだめながら、ヘイル家の別宅にて数日を過ごして。

 ようやく週末の、礼拝の日を迎えた。



 屋敷の馬車に乗り、レジーナは修道院を目指す。 


 いつもの水色のドレスをまとい、銀色の髪を綺麗に結い上げて。胸元には、ムーンストーンの首飾りをつけて。

 

 何も特別なことはない、普段通りの格好である。

 悪魔との勝負の決着には、ありのままの姿で臨もうと決めていたから。


 いつもと違うことと言えば、肩掛け鞄に大きなハンカチと、製品になった自身の小説が一冊、入っていることくらいだ。

 

 修道院へ向かう馬車の中で、レジーナはその小説本をまじまじと眺めていた。

 

 同乗している付き人の女性たちに、感動の声をこぼす。


「わたくしが書き散らした紙の束が、本当に売り物の本の形になっているわ……すごいわね」

「装丁がお洒落で可愛らしいと、ご婦人方からの人気が高いそうですよ」


 本の革表紙には輝く銀色の塗料で、美しい雪の結晶が描かれている。

 上側にタイトルと作者名。中央には、麗しい女性の姿絵。おそらく物語のヒロインの姿だろう。

 

(これがヒロイン……ということは言ってみれば、わたくしの姿ということよね。……ずいぶんと、豊かだこと。胸元が……)


 ヒロインのモデルである自分より、六割り増しくらいに素敵な胸元が描かれている、ような。

 まぁ、そんなところを気にするのは、レジーナだけなのだろうけれど。


 ――なんて。

 先ほどから、しょうもないことに意識をまわし続けている。

 

 それもこれも、緊張を紛らわすためである。

 付き人たちとお喋りをしてはいるが、会話の内容などこれっぽっちも頭に入っていないのだった。


(……子供の頃からもう数えきれないほど、ルカと顔を突き合わせてきたというのに……どうして今さら、緊張してしまうのかしら)


 乙女心って、本当に不思議ね。

 などと思考を散らしている間にも、目的地は近づいてくる。


 街路の先に修道院が見えてきて、レジーナは慌てて小説本を鞄にしまった。

 


 降りる支度をするうちに、ほどなくして、修道院に到着した。

 

 馬車をとめる広場に入り、御者の手を借りて降り立つ。

 目の前にそびえる修道院に、レジーナはまた感嘆の声をもらしてしまった。


「わぁ……クォルタールの修道院よりも、ずっと大きいわね」


 都で一番大きな修道院ともあって、外観はまさに城のようである。

 尖った塔がいくつも立ち、礼拝堂と思しき建物には、それはそれは大きなステンドグラスが輝いている。


「さぁ、レジーナ様、向かいましょう」

「都の修道院は、中も見事なものですよ」


 付き人たちにうながされ、レジーナは歩み出した。

 

 馬車広場から石畳の道を歩いて、礼拝堂前の大広場へと移動する。広場は礼拝に訪れた人々であふれていて、街中同様、活気に満ちていた。


 こんなところにはいないだろう、とわかりつつも、あたりをキョロキョロと見まわす。


 探すものはただひとつ。

 ルカの姿だ。


(いない……わね。まぁ……修道士が人々と交流するのは礼拝の後だから……あの人は今頃、中で準備でもしているのかしらね)


 見当たらない姿に小さく息をつく。そもそもこの広場には、参拝客しかいないのだ。

 他の修道士の姿もないのだから、いないことはわかりきっているのだけれど……それでもついつい、探してしまった。


 気持ちを落ち着けるために、深呼吸を繰り返す。

 まわりに目を向けながらも、礼拝堂の中へと歩を進めた。



 付き人の言う通り、礼拝堂の中は見事なものだった。

 

 とんでもなく高い天井に、大きく天界の絵が描かれている。

 柱には繊細な神々の彫刻。ステンドグラスから入る光が、空間にキラキラと虹色の影を落としている。


 あまりの美しさに、感動して胸がドキドキする。――と、いうことにしておく。


 この苦しいほどに大きな胸の鼓動は、景色の感動からきているものではない、と、わかってはいるのだけれど。

 認めてしまうと、もっと苦しくなってきそうなので考えないようにする。


 ずらりと並べられた長椅子は、人々で賑わっていた。

 その隅っこの空いていた場所へ、レジーナと付き人二人は腰を下ろす。


 礼拝が始まるまでの時間は、付き人二人とお喋りをして過ごした。

 心ここにあらずのまま、ほとんど反射で喋っていたので、内容は何一つ覚えていない。



 そうして緊張の誤魔化しに、口だけでペラペラとお喋りをしているうち。


 修道士たちが列をなして入場してきたところで、レジーナはようやく我に返ったのだった。


 礼拝堂の一番前。祭壇前の壇上へ、修道士の男たちがズラリと並ぶ。

 皆、足首までの長く真っ白なローブをまとい、祈りの首飾りを下げている。


 最後に神父が出てくると、賑わっていた礼拝堂がシンと静まった。


 神聖なる静謐(せいひつ)の中、礼拝が始まった――。




 聖書の読み上げに、神父の説教。

 修道士たちの聖歌。

 そして、一同での祈り。




 その間中、レジーナは立ち上がりそうな勢いで、ルカの姿を探していた。

 修道士ひとりひとりの顔を、端から順番に食い入るように見つめて。


 けれど。


 修道士たちの中に、探し人の姿はなかった。


 思い切り目を細めて、視線を何往復させようとも、見つけ出すことはできなかった。





 呆然と肩を落としている間に、いつの間にか礼拝の時間は終わっていた。

 もう修道士たちが壇上から降りてきて、人々と交流を始めている。 


 しょんぼりと背を丸めてしまったレジーナに気が付き、付き人がそっと肩を抱く。


「レジーナ様……もしかしてルカ様は、いらっしゃいませんでしたか?」

「はい……そのようです」

「在籍していることは確か、とのことですから、来客窓口から呼び出しを願いましょう」



 ため息と共に立ち上がり、礼拝堂の外へ出る。

 広場は来た時よりも、多くの人々であふれかえっていた。


(……はぁ……もう……どうして……どうしていないの……。まさかここまで来て、会えずに終わるかもしれないなんて……)


 もし窓口で面会を拒否されてしまったら、もう二度と会えないのではないか……

 そう考えると、酷く気持ちが沈んだ。


 すっかり放心してしまって、ぼんやりとした頭でトボトボと、礼拝堂前の広場を通り抜けた。

 敷地内の混雑する道を歩いて、修道院の玄関を目指す。

 


 ――と、何気なく、道脇の庭園の奥に目を向けた時。



 思いがけず、探していた姿が目に入ってきたのだった。



 庭園に茂る草木の、若い緑の中。

 色とりどりの花が咲く園の真ん中に、金に輝く天使のような男の姿を見つけた。



 その瞬間。

 もうレジーナの体は動いていた。


「――いた! いた!! 見つけたっ!!」


 付き人へ報告――というよりも、半ば独り言のような叫び声を上げて走り出した。

 足を晒すのも構わずに、ドレスを持ち上げて駆ける。


 庭園の花園に走り込みながら、力一杯、その名を呼んだ。


「ルカ――――っ!!」


 呼ばれた男は、宝石のような青い目をこぼれそうなほどに見開いて、声の方へと振り向いた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ