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62 いざ花の都へ

 レジーナが人目をはばからず、思い切り泣き、思い切り罵声を吐いてから、一ヶ月と少し経ち――……

 

 クォルタールも、春の芽吹きを迎えようとしていた。



 厚く積もっていた雪は、冬の真ん中の頃よりずいぶんとかさを減らしている。 

 ところどころにポツポツ、ツンツンと、鮮やかな若い緑が顔を出す。


 半年間ほぼ毎日、空を覆っていた雪雲も今は薄い。大きく割れた薄雲の間からは、澄んだ青空がのぞいている。


 そんな春の気配を感じながら、レジーナは山の中をオオツノジカの背に乗り移動していた。

 装いは毛皮のコートにジャケット、ズボンの旅装。


 目指す場所は都である。


 春の訪れとともに、ついに待ちに待った時が来たのだ。

 クォルタールから、都行きの使いの団が出る時が。


 商隊十人に、ヘイル家の使いが十人。鹿の数は三十を超える大所帯である。

 このヘイル家の使いとして出された一行に、レジーナも乗せてもらっている。

 

 目的はただ一つ。

 ルカに会いに行くため。


 命の無事をこの目で確認して、怪我を見舞って。そして、勝負の決着をつけに行くのだ。


 商隊の一陣が出たあの日。

 ルカに、『俺の負けでいい』だなんて、一方的に勝負を仕舞いにされてしまった。レジーナはそのことに、これっぽっちも納得していないので。


(もう……あんなサラッとした終わり方はないじゃない。一応、七歳の頃から十年以上続けてきた、年月の重みがある勝負だというのに。わたくし不完全燃焼は嫌よ。しっかり、はっきりと、決着を付けてやりますからね!)


 都へ向かう旅の道中、レジーナは勝負の決着を強く心に誓ったのだった。




 旅の一行は十日と少しをかけて、山を越える。クォルタールへ入った時とは別の道、別の方向への旅となる。


 初めての雪山でも景色に感動したものだけれど、今回はまた違う風景を色々と見られて、レジーナは始終、感心してばかりであった。


 レジーナの付き人兼、護衛には、二人の女性があてがわれた。三十代半ばほどの、たくましく朗らかな女性だ。

 頼もしい上に、彼女たちとの道中のお喋りは大変に楽しい時間となった。

 

 特に盛り上がったお喋りの内容は、もちろん恋話。

 

 修道院で人目をはばからずに大泣きして暴言を喚き散らしたあの日から、もうレジーナは吹っ切れてしまったのだった。

 もはや何も秘めることはない、とばかりに、恋話だってペラペラと喋りまくってやった。


 どう転ぼうがもうすぐ決着がつくことなので、もう良いのだ。いっそのこと思い切り喋りきってやる。

 そんな気持ちでお喋りに興じていたので、旅の道中は、女たちのかしましい笑い声に満ちているのであった。



 そうこうしているうちに山地を越え、旅の足を鹿から馬に替える。

 

 平野は山よりも季節が進んでいるようで、もうすっかり春の空気に満ちていた。目に鮮やかな緑の多いこと。

 あちこちに花が咲いていて、心安らぐような美しい風景が広がっている。


 雪解けで道が悪いということで、馬車は使わず。

 山麓から都までの道のりは、馬の背に乗っての移動となった。



 十日から半月ほどをかけて、ルカへの道をたどっていく。

 

 宿場から宿場へ。

 地図に印をつけながらの旅は、都へ近づくほどにレジーナの心を焦がした。早く早くと気持ちばかり急いてしまい、夜もなかなか寝つけぬほどに。




 そんなソワソワとした心地のまま、初めて、都を囲う巨大な城壁を見上げた時の気分ときたら。

 ただでさえ落ち着きを失っている心に、高揚感と感動が加わって、それはもう大変だった。


「うわああああ~!! わあああ~っ!! 都っ! 都~っ!!」


 なんて。

 言葉を覚えたばかりの幼子のように、おかしな声ばかり口に出してしまった。

 

 視界に収まりきらないほど長く、高い城壁。

 大きな跳ね橋を渡って門をくぐると、とんでもなく賑やかな街の景色が、ブワァッと視界いっぱいに広がった。


「ひえ~っ!! す、すごい! さすが花の都ね……!! なんと賑やかな!!」


 景色を眺め、思わず悲鳴のような感嘆の声を上げる。


 高くそびえる石造りの建物に、ところせましと並ぶ店、店、店。

 そしてどちらを向いても途切れることのない、行き交う人々の多さったら。

 

 セイフォル家の領地内の街も、クォルタールの街も、賑やかだなぁと思っていたけれど。

 どうやら世界というものは、もっとずっと広かったらしい。


 この都の活気を知ってしまったら、やはり地方は地方なのだなぁ、なんて、ついつい頷いてしまった。

 決して地方の街を見下げているわけではないけれど、花の都はやっぱり、別格の栄華を誇っている。



 城門前の大広場で、旅の一行は小休憩を取った。

 馬を休ませ、荷やこの後の動きを確認する。 


 そうしてしばしの休憩の後、ヘイル家の使いは商隊と分かれた。


 レジーナを入れて十人の使いの団は、賑わう街路をゆったりと歩き始める。

 付き人の女性と相乗りをする馬の背で、レジーナは目を輝かせながら、都の景色を堪能した。


 街中の雪はもうすっかり解けていて、石畳の道はなめらかで美しい。

 色とりどりの花の咲く花壇と低い街路樹が並んでいて、実に気持ちの良い景色だ。

 街路に添ってみっちりと立ち並ぶ建物群は、壁面が塗られていたり、花と緑で飾られていたり。

  

 その景色の中を、軽い服装をした庶民から、華やかに着飾った貴族、荷を負った商人まで、あらゆる身分の人々が行き交っている。

 

 ――と、そんな賑やかな街角で。なにやら小広場のような場所に、人だかりができていた。

 どうやら芸人の一団が、演劇を披露しているらしい。 


 横を通り過ぎる時に、のんびりと進む馬の背から、何の気なしにチラリとうかがう。

 すると、なんだか聞いたことのあるようなセリフが耳に届いた。

 

『――真実の愛を、君に捧げよう!』


 聞いた瞬間、レジーナは思い切りむせ込んだ。

 『聞いたことのあるセリフ』どころか、このセリフを書いたのは、他でもない自分ではないか……?


 演劇の役者たちは朗らかな声で次々と、レジーナが良く知るセリフを発していく。

 この後はヒーローがヒロインを横抱きに抱え上げ、颯爽とさらっていき――


『一生涯、愛を交わし合うことを、神に誓おう!』

 

 ――高らかなキメ台詞の後、ヒーローとヒロインは甘い口づけを交わすのだ。

 ストーリー展開からセリフまで、まるっと全部読めてしまった。


 そう、演劇されているこの戯曲は間違いなく、レジーナの物語であった。

 タイトルは、『リージア・メルト恋物語』。リージアとは、レジーナをもじった筆名(ペンネーム)だ。

 

 役者が見せ場のシーンで口づけを交わした途端、観客たちは、キャ――――ッ!! と、歓声を上げた。

 ピューと口笛が鳴らされ、ドッと拍手が湧き起こる。


 盛り上がる観客の声がレジーナの耳へとなだれ込んできた。


『リージア・メルト恋物語はやっぱりこのシーンが一番好きだわ!』

『ヒーロー格好良いよな! あれ、姫抱っこって言うんでしょ? 俺も鍛えてみようかなぁ』

『あ~素敵! 今度私も彼に、お姫様抱っこお願いしてみようかしら』


 人々の声を聞き、レジーナはさらにむせた。

 

(お姫様抱っこ!? あのシーン、都ではそんな名前がついているの!?)


 エイクから、都で流行っているとは聞いていたものの。まさか本当に、ここまで親しまれているとは思わなかった。

 ヒロインの横抱きシーンに名前まで付けられていようとは。


 ゲホゲホと咳をするレジーナの背を、後ろに乗る付き人の女性が笑いながらさすった。


「ふふふっ、本当に流行っていますねぇ、『リージア・メルト恋物語』! もう少ししたら、王都大劇場でも上演が始まるそうですよ」

「だ、大劇場……」


 怯むレジーナに、付き人の女性はさらなる追撃をしかけてきた。


「レジーナ様、ほら、あちらをご覧ください。あの建物が大劇場ですよ」

「……へ?」

「見えますか? 大きな垂れ幕がかかっているでしょう? 上演予定『リージア・メルト恋物語』って」

「……わぁ…………」


 道の先に遠目に見える、巨大な円形壁の建物。その壁面に掲げられた、これまた大きな垂れ幕。

 そこには確かにレジーナの書いた物語のタイトルが、でかでかと綴られていた。


 なんだかもはや、照れや恥ずかしさなどは感じない。

 ただただ、あまりの現実感のなさに、レジーナはポカンと口を開けるしかなかった。


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