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60 トーマスとオリバーの話し合いと暴露 (実家サイド)

 トーマスが急ぎで出した縁談の手紙は、もう翌日にはメイトス家のオリバーの元へと届けられた。


 そして数日後。

 オリバーはその手紙を懐に入れ、セイフォル家を訪れたのだった。



 セイフォル家のこじんまりとした、身内用応接室にて。

 オリバーとトーマスはソファーに座って向かい合い、神妙な顔を突き合わせていた。


 オリバーは縁談の手紙を取り出し、静かにテーブルへ置く。

 

 手紙は真っ白の紙に金箔の飾りがあしらわれた、上等なものである。

 これを受け取った時、オリバーは何事かと、冷や汗をかいたのだった。

 

 というのも、ここ最近セイフォル家から届く手紙の内容は総じて、アドリアンヌへの苦言が書かれたものだったので。

 『実家の長からも、不出来な彼女をたしなめてくれ』、というような内容の。


 そういう苦い手紙を山ほどもらっていたところに、突然、金の飾りが入った華やかな手紙が届いたのだ。意図が読めずに、ドキリとするのは必然であろう。


 開封して内容を確かめ、さらに驚くことになったのだけれど。



 オリバーはゴホンと一度咳ばらいをし、本題に入った。


「――ええと、トーマス殿。それで、頂いたこの手紙は『レジーナへの婚約の申し込み』ということで、お間違いないですかな?」

「はい。一度婚約を破棄しておいてアレですが……今一度、すぐにでも、レジーナを我がセイフォル家に迎えたいと考えています」


 迷いのないトーマスの様子に、オリバーはたじろいだ。

 

 キルヤックご隠居との婚約が破談になり、レジーナをどう上手く金策に使おうかと、今あれこれ考えている最中だったのだ。

 金策要員を持っていかれてしまっては、メイトス家が困ることになる。


 このレジーナ絡みの複雑な事情をどう伝えるものか、としばし悩む。


 が、オリバーは早々に、頭をひねることを諦めた。

 もう手っ取り早く、すべてをありのまま話してしまったほうが良いだろう、と。

 

 領主家当主のプライドなんか放り出して、『借金を抱えているから、レジーナは金策として、これから使う予定なのだ』と、伝えてしまったほうが楽である。

 元々、腹の探り合いも、頭を使うことも得意ではないので……


 ため息と共に、オリバーは口を開いた。


「その、実は……今メイトス家は、恥ずかしながら多額の借金を抱えていまして……レジーナの縁談相手は、それなりの援助を乞えるような、大きな貴族家を考えているのです……」

「しゃ、借金……!? そ、そういう事情があったのですか……」


 初耳だ。と、トーマスは目を丸くした。


 アドリアンヌからは一言も、実家の窮状を聞いたことがなかった。

 オリバーが話していなかったのか、それとも、アドリアンヌが理解していないだけなのか。どちらの可能性も考えられるが、今は置いておくことにする。


 トーマスは動揺しつつも、前向きな言葉を返した。


「ええと、そういうことなら、セイフォル家も最大限の援助を約束しましょう」

「よ、よろしいのですか……!?」

「借金の額と支援額を考えつつの、相談という形になりますが。レジーナが執務に加われば、セイフォル家もいくらか安定するでしょうし。――と、その……こちらも恥ずかしながら、家の現状をお伝えしておきたいのですが……」


 オリバーに続き、トーマスも深く息をついた。


 今更見栄を張っても仕方がない、と、今日は自分の抱える諸々の弱音を、オリバーに打ち明ける気でいたのだ。

 ……先にオリバーのほうに暴露話をされてしまったが。

 

 トーマスはうつむきがちに、疲れた声音で話し始めた。


「セイフォル家は、今領地運営に少々不安を抱えておりまして……僕だけでは手が足りず、どうしても、レジーナの協力を得たいところなのです」

「え? は、はぁ……」

「以前まではレジーナの手出しを拒んできましたが、今思えば彼女は補佐役として、この上なく優秀であったと……そう思い直し、ここ最近ずっと悔いていたのです」


 苦い顔で語るトーマスに、オリバーは目を泳がす。

 トーマスは顔を上げ、姿勢を正して声に力を込めた。

 

「そういうわけで、是非、今一度、レジーナを我が妻にと思い、婚約を申し込んだ次第です」

「はぁ……いやぁ……そうでしたか」

「はい。ですから早急に、できれば婚約期間も置かずに、すぐにでも娶ってしまいたく――」

「トーマス殿……あの、実はですね……」


 熱い求婚の言葉を連ねようとするトーマスを遮り、オリバーが言葉をはさむ。

 しどろもどろになりながら、レジーナをめぐる状況を暴露した。


「実は……レジーナは今、失踪していまして……」

「……え?」

「行方がわからないのです……破談となった次の日あたりから。あぁ、でも一応、場所の目星は付けてあるのですが……確定というわけでもなく……」


 予想外のオリバーの言葉に、トーマスは面食らった。


 婚姻の儀の出席者を確認している時に、『レジーナは修道院にて、作法修練に集中するために欠席する』というようなことは聞いていたが。

 まさか欠席の本当の理由が、失踪していたからだったとは。


「失踪……? ええと、く、詳しく、お聞かせいただけますか……?」

「はい……すべてを順を追って、お話しさせていただきます」


 オリバーはやつれた顔で、事の次第を語りだした。




 破談となった翌日に、キルヤックご隠居との婚約を結んだこと。その日の夕方過ぎに、レジーナから修道院へ行く旨の手紙が届いたこと。


 どうせ近くの修道院だろうと軽く考え、そこからしばらく放置していたこと。

 

 当人失踪中にも関わらず、レジーナを餌にしてキルヤックご隠居から多額の援助を受けたこと。そうしているうちに、破談となってしまったこと。


 借金を抱え、今に至ること。


 


 長々と、低く重苦しい声で、オリバーはすべてを説明した。


 一連の話を聞き終えると、トーマスは唸るように小声をもらした。


「……そんなことになっていたとは……アドリアンヌからは、何一つ聞いていなかった」


 あの婚約破棄劇の後に、まさかこうも事態がこじれていたとは。

 さすがにトーマスも責任を感じ、深く項垂れた。


 二人とも黙り込み、しばらく応接室に沈黙が流れる。


 重苦しい空気に耐え兼ねたように、オリバーが続きの話を喋り出した。


「――でも、おそらくですが……レジーナは今、クォルタールにいるのではないかと」

「クォルタール? あの『雪の要塞』で有名な?」

「えぇ。レジーナはそこの領主と、何やら親しくしていたようで」


 周辺を探してもいなかったから、縁を頼るなら、残るはこのクォルタールの地くらいだろう。ということを、オリバーは言い添える。


 トーマスは神妙な顔をして、ふむ、と考え込んだ。


「クォルタールか……結構遠いな……。ひとまず使いを出して、彼女の足取りを調べましょう。捜索の金はセイフォル家が持ちます」

「よろしいのですか……?」

「構いません。アドリアンヌの無駄なぜいたく品をすべて売ってしまえば、それくらいの金は明日にでも工面できます。――と、いうか」


 アドリアンヌの名を出した勢いで、少しばかり悪口の舌がまわった。

 自嘲を含んだ苦い笑みと共に、トーマスはペラリと吐き捨てる。


「申し訳ないが、いっそ彼女ごと、どこかへ売り払ってしまっても良いくらいだ。……アドリアンヌは、領主家当主の妻の器にない女だ」

「……」

「……すみません、父君の前で失礼を。お忘れください」


 ポロリとこぼれたトーマスの本音に、オリバーは口を閉ざす。

 トーマスは口早に、すぐに謝った。


 ――が。

 身をすくめるトーマスをよそに、この時オリバーは密かに、斜め上の衝撃を受けているのだった。


(アドリアンヌを売る……? ――そうか、そういう手もあったのか……! レジーナだけが金策ではない。アドリアンヌだって、いざとなったら金になるのだ! ふくよかで女らしい見目をしているから、レジーナよりも使い勝手が良いのでは?)


 トーマスの言葉でひらめいてしまった。

 いざとなったらアドリアンヌを離婚させて手元に戻し、金策として使えば良いのでは、と。


 トーマスから届く手紙の様子で、アドリアンヌがセイフォル家で上手くいっていないことは察していた。

 と、なると、離縁を申し込んでも、セイフォル家に拒まれることはないだろう。いざとなったら、すぐに使えそうだ。


 可愛がってきた娘を金に換えるのは惜しいけれど、当主である自分の生活と家を保つ方が、大事なのだ。


 女の腹さえあれば子はまた作れるが、()()()()()という身分は、一度失ってしまったらもう取り戻すことは困難であろう。

 優先されるべき事柄がどちらかなんて、考えるまでもない。


 ふむ、と一人深く頷き、オリバーはトーマスへ声をかけた。


「トーマス殿、顔を上げてください。こちらこそ、不出来な娘で申し訳ありません。――と、そういえば。アドリアンヌにはもう、レジーナを第二夫人として迎えることを話しているのですか?」

「それは――」


 オリバーの質問に、トーマスが答えようとした時――。



 ガチャリ、と、応接室の扉が開いた。



 扉の隙間からおずおずと顔を出したのは、話の当人。

 不安げに瞳を揺らす、アドリアンヌだった。


「トーマス様、お父様ぁ……。あのぅ……今のお話……どういうことですかぁ……?」


 先日新しく仕立てたばかりの真っ赤なドレス。

 そのボリュームのあるスカートをくしゃりと握りしめ、アドリアンヌが部屋へと入ってきた。


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