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47 結婚パーティーと花 (実家サイド)

 婚姻の儀を終えて、セイフォル家にて。

 盛大なる結婚パーティーは、屋敷の中で一番大きな広間を会場にして催された。


 婚姻の儀の時間が遅れた影響で、始まりの時間は夕方をとうに越え、もう夜のとばりが下りきった頃となっていた。


 来賓の数はざっと百人はいるだろうか。いや、もっといるのかもしれない。

 アドリアンヌは招待客のリストを見ていないので、人数を把握していない。

 リストを見せられたところで誰が誰だかわからないし、興味もないから良いのだけれど。


 『呼ぶ人数が多くなってしまったから、立食の会にする』ということだけは、事前に父オリバーから聞いていた。

 アドリアンヌは立食パーティーを好んでいるので、大いに喜んだ。

 座って食事をする形式より、自由に動きながらたくさんの人とお喋りができて、楽しいので。


 たくさんの人とお喋りができるということは、たくさんの人にちやほやされるということだ。

 街の夜会では、アドリアンヌはまさにパーティーの花であった。

 次から次へと寄ってくる人々の相手をして、好みの殿方とは別室にて、コソリと秘密の遊びに興じたりしたものだ。 

 

 トーマスと婚約をしてからは夜会に顔を出す機会がなかったので、今日は久しぶりのパーティーを楽しみにしていた。


 パーティー会場をキョロリと見まわして、アドリアンヌは心の内で気持ちを切り替える。


(……パレードと、お式ではちょっと悲しいことがあったけどぉ、パーティーはちゃんと楽しめる気がするぅ! あたし、夜会の社交はと~っても得意だしぃ!)

 

 馬車の移動中に萎んでいた気持ちが、パーティーの始まりとともに上向きになる。

 アドリアンヌはトーマスの腕に手を絡め、いつもの調子を取り戻したフワフワとした笑みを向けた。


「トーマス様ぁ、あたし、あちらのお方とお話ししてみたいわぁ! 行ってきても良いですかぁ?」

「……君は何を言っているんだ?」


 浮き立ったアドリアンヌとは対照的に、トーマスは低く厳しい声を返した。 


「これから二人で挨拶まわりだ。人数が多いから食べる暇もなさそうだな……声をかける順番を間違えたら事だから、君は僕に付き従って、自分からは誰にも話しかけないように」

「え……で、でもぉ、せっかくのパーティーですよぉ? もっと楽しまないとぉ……」

「楽しむためのパーティーじゃないんだよ。顔見せの挨拶と、他家との縁の確認や牽制のためのパーティーだ。君の仕事は場に華を添えて、会話をなめらかに繋ぐこと。いいかい?」


 返事をする間もなく、アドリアンヌはトーマスに引っ張られて歩かされた。

 


 来賓の男と女の元へ行き、挨拶をして、軽い世間話。

 また次の来賓の元へ行き、挨拶、世間話。

 また次も、次も――……



 パーティーを楽しむ人々の中を縫うようにして、延々と、これを繰り返していく。


 十数回この動作を繰り返したところで、アドリアンヌは胸の内で悲鳴を上げた。


(む……無理ですぅ……っ! 全然、全っ然、楽しくない……!! こんなに楽しくないパーティーなんて、パーティーじゃないわぁ……っ!!)


 興味もわかない知らない人と、良くわからないつまらない話。

 延々とそればかり。

 もう退屈過ぎて気が狂ってしまいそうだった。


 今日は自分が主役のパーティーなのに、どうしてこんなにも窮屈な思いをしなければいけないのだろう。

 主役が楽しめないパーティーだなんて、そんなのパーティーとは呼べないだろうに。


 なんて、トーマスに文句の一つでも言いたかったけれど。

 自分を見下ろす据わった目が恐ろしくて、結局大人しく付き従うほかなかった。


 トーマスの腕に拘束されながら、大きくため息をつく。

 どうにかこの状況から抜け出せないものかと、チラチラと父と母の姿を探した。


 すると、運よく前方遠くにいた父と目が合った。

 どうにかこうにか、表情だけで窮状を訴える。

 

 ――と、察した父が母を伴ってこちらへ向かって歩いてきてくれた。


(た、助かったぁ~っ! さすがお父様だわぁ……っ!)


 と、思った時。

 父と母はアドリアンヌの程近くで、別の来賓につかまってしまうのだった。


 げんなりとした表情で、仕方なく父の来賓対応が終わるのを待つ。

 アドリアンヌは時間つぶしに仕方なく、父と他家の中年男との会話に耳を傾けることにした。


 中年男はにこやかな表情で、父へとペラペラ喋りかけている。


「――いやぁ私はてっきり、トーマス殿のお相手は、お姉さんのレジーナ嬢のほうだと思っていたのですが」

「あぁ、いやぁ、はは、色々と込み入った事情がありまして……妹のアドリアンヌがセイフォル家へ入ることになった次第です」

「ということは、レジーナ嬢の縁談は白紙ということで? もしよろしければ、今年成人を迎えるうちの息子と――……」


 聞こえてきた会話に、アドリアンヌは目を丸くした。

 あの何の面白味もない、異母姉(あね)を求める人がいるのか、と。


 変わった人もいるものねぇ……。なんて思っていると、父はまた別の男に声をかけられてしまった。

 今度は若い男である。


「――人様のお話に不躾に聞き耳を立ててしまい、申し訳ございません。メイトス家のレジーナ様のご縁談が白紙に……というのは本当でしょうか」

「え、いやぁ、白紙と言いますか……」

「縁談のお相手をお探しでしたら、どうか、一番に私とお話を。実はセイフォル様とご婚約を結ばれている時から密かに、淑やかで聡明なレジーナ様をお慕いしておりまして――……」


 一件終わり、また一件。

 そして聞き耳を立てていた周囲の人間から、また一人。

 と、父にレジーナの話を聞きに来る人は絶えなかった。

 

 順番待ちをしていたかのように、父にまた一人、男が話しかける。

 

「――今日はレジーナ嬢はご列席されていないのですね。残念です。次どこかの夜会のご予定がありましたら、是非、お話しさせていただきたく」


 話を聞くうちに、アドリアンヌはムゥッと頬を膨らませていった。


 主役の自分よりも、なぜこの場にいないレジーナの名ばかりがパーティーの場に出てくるのだ。

 なぜ人々はレジーナの話を求めに来るのか。

 なぜ皆レジーナと喋りたがるのか。

 今日の主役のアドリアンヌ相手には、人々は皆、形式的な挨拶と世間話くらいしか寄越してこないというのに。


 胸の底からフツフツと込み上げてくる、堪えがたい苛立ち。

 もう父と来賓の話など聞きたくなく、アドリアンヌはプイと顔を横へと背ける。


 ――と、たまたま目を向けた先に、なにやらひと際賑やかな人だかりができていた。


 目を凝らすと、歓談する人々の中心にいたのは歳若い女性だった。

 華奢な痩身にシルバーグレーの髪。

 シンプルな青色のドレスに、真珠の耳飾りをしている。


 その姿に、ふと異母姉の姿が重なった。

 それと同時に、言いようのない悔しさが胸に満ちる。


(あんなに地味な女の子が、どうしてみんなの中心にいるのぉ!? パーティーを彩る華もないくせに、主役のあたしより目立ってるなんてぇ……っ!)


 アドリアンヌは苛立ちと悔しさが混ざった、やり場のない気持ちに顔を歪めた。


 ちょうどその時、トーマスと来賓の会話が終わった。

 これ幸いとばかりに、アドリアンヌはトーマスに小声で愚痴る。


「ねぇ、見てくださいトーマス様ぁ……! あの子すごく人を集めているわぁ……今日の主役のあたしたちより目立つなんて、マナー違反ですぅ! 注意してやらなくっちゃ~っ!」


 アドリアンヌの訴えに、トーマスはチラリとそちらへ目を向ける。

 娘の姿を目にすると、一瞬、わずかに目を見開いた。

 

 その後すぐに表情を戻し、トーマスは呆れた声音でアドリアンヌをたしなめる。


「あちらのお嬢様はヘルステオ家のご令嬢じゃないか? 今年成人の儀を迎えたばかりで、まだどなたともご婚約を結ばれていないという話だから、人受けが良くて当然だろう」

「で、でも……! 花嫁よりちやほやされてるなんて……っ」

「夜会の花は若い未婚の娘と、相場が決まっているものだ。君はもう人の妻なのだから、はしたなく男を誘うようなことはしないでくれよ」


 トーマスの言葉を聞き、アドリアンヌは愕然とした。

 パーティーの花となり、人々の関心の中心を飾る資格を、自分は今日失ってしまったのか、と。


 突然告げられた現実に、言葉が出てこない。

 ハワハワと、唇だけが震えた。


 大きく動揺しながらも、でも……! と胸の内で必死に自分を励ます。


(……でも! あたしにはもうトーマス様がいるしぃ! 悔しく思うのはやめましょ……! だって未婚の子より愛する人のいる、あたしの方がず~っと幸せだものぉ! ……パーティーの花になれないのは、ちょっと残念だけどぉ、他の子に譲ってあげるわぁ!)


 そう自分に言い聞かせ、何とか気持ちを持ち直した。


 と、思ったのに。

 アドリアンヌの気持ちは、再び急降下するのであった。


 トーマスが魅かれたような眼差しで、花の令嬢を遠くぼんやりと見つめていたので。


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