41 立食パーティーと縁と家
ヘイル家の広間にて催された立食パーティーは、賑やか且つ、なごやかに時を進めていった
始まりの挨拶を終えた後、レジーナはエイクの案内を受けて、人々のテーブルをまわった。
客として招かれていたのは、戯曲作家のアルフォンや編集作業にたずさわった人々。劇場の支配人や関係者。流通を担うひいきの商人。そしてその妻や娘たち。などなど、今回の物語や戯曲に関わった人たちがメインである。
人々の元をまわって挨拶をすると、皆一様に、レジーナが作者であることに驚いた様子を見せた。
そして口々に、良い感想を投げかけてくるのであった。
『まさか作者が、歳若いお嬢さんだったとは』
『現実的で生々しいシーンと、夢にあふれたロマンチックなシーンの組み合わせが絶妙』
『どの場面も描写が素晴らしい。特にヒロインの心理描写は繊細で、グッときた』
などと、色々な感想をもらった。
隣にエイクがいたから気を遣った、ということもあるだろうけれど。
それでも嬉しさを感じて、レジーナは始終ニコニコと笑顔を浮かべていたのだった。
『素晴らしい表現力ですね。まるでその場面をそのまま見てきたかのようだ!』
なんて熱っぽく語られた時には、内心焦ってしまったが。
要所要所、実際にこの目で見てきたシーンを書いていますから、なんて、言えるはずもないので。
人々への挨拶と歓談をひとまわり終えた頃には、もうパーティーの時間はずいぶんと深まったものになっていた。
一息ついたのでちょっと休憩を、と、人の少ない端の円卓へと寄る。
付き添っていたエイクがすまなそうに眉を下げて、声を落として話しかけてきた。
「疲れていませんか? ……申し訳ございません、人を呼び過ぎました」
「いいえ、社交は好きなほうなので。クォルタールの方々とお話しできて、とても楽しいです!」
レジーナはにこやかに答えた。
実際、楽しかったのだ。アドリアンヌの存在感に霞むことなく、パーティーの花を務められることが。
レジーナは十六歳の時、成人して夜会デビューを果たした瞬間に即、婚約をした身だ。
縁を求める夜のパーティーにおいて、婚約者のいる令嬢は比較的『ちやほやされ度』のようなものが低くなる。
そのうえ、未婚且つ派手なアドリアンヌも登場したので、レジーナはまったくといっていいほど、パーティーにおいて人に囲まれる機会などなかったのだ。
せいぜい、近くの人とごく普通に会話をする程度であった。
それが今日は、ものすごくちやほやされている。と、感じる。過去の経験と比べると。
あまりこういうことではしゃぐのは、みっともないけれど。
それでも、人の輪の中心でのびのびと会話を楽しめるというのは、心浮き立つものであった。
心から楽しんでいる様子のレジーナに、エイクはホッとした表情を浮かべた。
給仕から新しい酒を受け取り、ゆったりと味わいながらレジーナへ喋りかける。
「ルカくんにも招待状を出したのですが、残念ながら返事をもらえず。はっはっは、本当に手強いですね」
「……申し訳ございません。と、謝るのも、もう何度目かわかりませんが……。彼は社交が苦手なので、お許しください」
レジーナは毎度の従者の無礼を心から謝った。
祖父が家の当主を務めていた子供の頃は、何度かルカも、茶会などの場に連れられたりしていたのだ。
ただしまったくもって、上手くこなせたことはなかったが。
初めてのガーデンパーティーでは、会場に来ていた同じ年頃の子供たちを泣かせ、怒らせ、喧嘩で殴りつけ……
次からは『ひたすら静かに大人しく』という祖父の厳命の元での参加となった。
が、端のほうで人形のように黙っていたら、その容姿の華やかさに人が集まり、人酔いして具合を悪くし――……というようなことを、何度か繰り返していた。
エイクからのありがたいパーティーの誘いを、容赦なく無下にしたのも仕方がないように思える。
(――とはいえ、欠席の返事くらいはちゃんと返しなさいよ! まったくもう!)
と、心の中で叱り飛ばしはするけれど。
エイクは気にした様子もなく、のほほんと語りだす。
「酒が入ればもっと仲良くなれるかと思ったのですが。酒と食べ物で釣ろうとしても、かかりませんでした。次は菓子で釣ろうか、宝石で釣ろうか……と、色々策を考えています」
どうやらエイクはまだ、ルカと仲良くなることを諦めていないらしい。
この粘り強さはヘイル家の血だろうか。厳しい土地をものにしてみせた、ヘイル家先祖の気質を継いでいるように思える。
その徳の高さと持久力と、鋼のメンタルに拍手を送りたい。
「ええと、ルカは金目の物より、お菓子で釣ることをおすすめします。子供みたいですが、甘いものをよく口にしているので。飴玉とか」
「なるほど。では次は飴を抱えて、追いかけまわしてみましょう」
「……殴られないように、お気をつけくださいね」
というか、殺されないように気をつけてほしい……
レジーナは密かに冷や汗をかいた。
ルカはメイトス家の庭園で、愛の行為にふけこんでいたトーマスとアドリアンヌを叩っ切ろうとした前科がある。
あの時は本当に殺してしまいそうな勢いだったので、必死に止めたのだった。
大いに焦ったけれど、逆に衝撃の浮気現場を見たパニックからは冷静になれたので、感謝もしている。
後の応接室での話し合いで比較的落ち着いていられたのも、言ってみれば彼の狂気のおかげであった。
なんて、もう数ヶ月も前になってしまった出来事に思いを馳せつつ、グラスの酒をチビリと飲む。
あまり減っていないレジーナの酒に気付き、エイクがハッとした声を出した。
「もしかして、酒が口にあいませんでしたか?」
「いえ、香りが豊かで、とても美味しいお酒だと思います。ただ、恥ずかしながらあまりお酒に強くなく……」
まだグラスの酒を半分くらいしか飲んでいないが、もうそれなりに酔いがまわってきている気がする。
エイクはレジーナの顔を覗き込み、顔色を確認する。
「気が付かず申し訳ございません。少し頬が赤いように思います。給仕に水を頼むので、お待ちください」
「飲みかけで新しいグラスをもらうのはアレなので、このグラスを空けてからいただきますわ。あと半分ほどですし――……あっ」
あと半分飲み切ってから水をもらおう、と思ったのだけれど。
レジーナの手からはヒョイとグラスが奪われ、さっとエイクがあおってしまった。
エイクは続けて近くの給仕を呼び、空いたグラスを預けて水を頼む。
その一連の動作の最中、『きゃ~……!』と、近くにいた娘たちから押し殺したような、黄色い悲鳴が上がった。
その娘たちの小さな悲鳴は、当人にも聞こえてしまったようで。
少し気まずそうな顔をして、エイクはレジーナへと小声をこぼした。
「す、すみません……。その……関係者とそのパートナー以外を、呼んだつもりはなかったのですが……結構、お嬢さん方が多く来てしまい……」
「ええと、まぁ、夜会とはそういうものですから。お水、ありがとうございます」
レジーナも小声を返しつつ、苦笑する。
パーティーが始まってからというもの、常にチラチラと視線を感じていた。
もちろん、娘たちからの視線である。
おそらく今日呼ばれた関係者たちが、領主と縁を結ぶチャンスとばかりに、年頃の娘を連れて来たのだろう。
夜会とは、娘たちにとっては殿方に見染めてもらう出会いの場であり、その親たちにとっては、娘を使って有力人物の家との縁を繋ぐ機会を得る場なのだ。
今日のパーティーはヘイル家主催とあって、皆こぞって未婚の娘を連れて来たようだ。
来賓を追い返すわけにもいかず、今に至る、という訳だろう。
どうやら縁を求める娘たちは、エイクの隣が空くのを待っているようだ。
――けれど。
なかなかそのチャンスが来ないので、もはや単なる美男子鑑賞会となっているようで。
エイクが何かをするたびに、うっとりとした悲鳴やため息が聞こえてくるのだった。
困ったような曖昧な笑顔で、エイクはため息まじりに小声をもらす。
「毎度こういった会を催す度に、ご熱心な家々――特に身分のない商家から、歳若い娘さん方を送り込まれてしまって……」
「それはまた……ご心労をお察しいたします。皆、あわよくば領主家とのご縁を、と、必死なのでしょうね。玉の輿は家も潤いますし……」
「結婚は家格も考えないと、後々面倒事が起きてきますから……いくら富のある商家とはいえ、領地を持たない家とは縁を繋げないと、伝えてはいるのですが……」
給仕が持ってきた水を受け取り、レジーナはグラスを傾けた。
エイクの半ば愚痴めいた小声を聞きながら、うんうん、と相槌を打つ。
『結婚は家と家との結びつき』、と、レジーナは子供の頃、祖父からよく聞かされていた。
結婚には家格やら、その家の財政状況やら、家の抱える領地の状況やらが大いに関わってくる。
当人同士というよりも、『家』の状態を見て、縁を結ぶか否かが決められるのである。
田舎の小貴族が大きな商家と縁を結ぶくらいなら格が合うかもしれないが、ヘイル家のような由緒正しい貴族家が、領地ももたない格の低い家と縁を結ぶことなど、考えられないことだ。
――と、ここまで考えた時、ふと頭によぎった。
(……それなりの領地を持っているとはいえ、メイトス家も所詮は田舎貴族……。ヘイル家とは、釣り合わないような……)
今更だけど、心配になってきた。
レジーナは密かに焦る。
(この数ヶ月で順調に仲を深めてこれたように思うけれど……もしかして、わたくしは最初から、エイク様と結婚する資格がないのでは……?)
思い至ってしまった思考に、レジーナは固まった。
急に静かになってしまったレジーナの様子に、エイクは気遣わしげな声をかける。
「レジーナ嬢、どうされました? やはり酔いがまわってしまいましたか? 端にソファーがありますから、そちらへ座りましょう」
「あっ、いえ、ええと……」
「今日は内々の打ち上げのような会だと言ったでしょう? 端に座っていようが、誰もとがめませんから。どうぞお気を楽に。私もお供しますよ」
エイクがそっとレジーナの肩に手を添える。
導かれるように歩き、ソファーへ腰を下ろした。
広間の端のソファー。
並んで肩を寄せ合い、楽しげに会話をするレジーナとエイク。
その姿を傍目から見ていた娘たちは、皆複雑なため息をもらすのだった。