40 いざパーティーへ
パーティーの誘いを受けてから、翌々日にはもう日取りの相談の連絡が届いた。
レジーナには特別な予定など何もないので、迷うことなく提案日に了承の返事をする。
パーティーは週末にヘイル家にて催されることとなった。
そしてそのパーティ―の日は、レジーナが新作の物語の構想を練っているうちに、あっという間に訪れたのだった――……
修道院の小さな自室で、レジーナは真剣な面持ちで姿見鏡と向き合う。
本日パーティーに着ていくドレスは、淡いブルーグレーのドレス。
光沢のある艶やかな生地に、銀糸の刺繍がほどこされている、そこそこ上等なドレスだ。
普段出掛ける際によく着ている水色のドレスより、胸元の開きが大きい。
夜のパーティーなので、華やかさも申し分ないだろう。
欲を言えばもう少し、自身の胸元にふっくらとした賑わいが欲しいところだけれど。
こればかりは仕方がない。
ドレスを見まわした後は髪型を確認する。
長い銀の髪を、三つ編みで飾りながら綺麗に結い上げた。
毛先の散らし方も、前髪と横髪の流れもばっちりだ。
続いてお化粧。
いつもより少し濃い目にほどこしてある。
鮮やかな目元のブルーシャドウには、銀の粉を足してキラキラ輝くようにした。
パーティーでは、装いは派手なくらいでちょうど良い。
そして最後に。
レジーナは棚の引き出しを開け、ビロードの小箱を取り出す。
中からムーンストーンの首飾りと耳飾りを取り出し、丁寧に身に着けた。
白い石と輝く銀細工が、今日のドレスにとても良く映えている。
よし! と、姿見鏡を相手に笑顔をこぼしたところで、自室の扉がノックされた。
開けると、修道女長に声をかけられた。
「レジーナさん、ヘイル家のソリがお見えですよ。神父様が玄関でお待ちになっています」
「あっ、はい! モタモタしてしまい申し訳ございません。ありがとうございます」
呼びに来た修道女長に礼を言い、急いでコートを羽織って鞄を手に取る。
部屋を出たところで、背中をポンと叩かれた。
「一応あなたは修練中の身ですから、あまり羽目を外すことのないように」
「はい、承知しております」
ペコリと挨拶をして、歩を進める。
廊下を少し進んだところで、「素敵な時間を」という優しげな言葉が耳に届き、レジーナはもう一度お辞儀をした。
玄関先で神父と合流する。
今日のパーティーには、ヘイル家と懇意の神父も招待されているのであった。会場へは一緒に向かう。
身分柄、酒はたしなまないはずであるが、先ほどから酒の話ばかりしているのは気のせいだろうか……?
まぁ、細かいことは気にしないことにして。
レジーナと神父は会話を楽しみながら、ヘイル家の馬車へと歩を進める。
もうすっかり日は落ちて、あたりにはランプの灯を反射した、ぼんやりとした雪明かりのみである。
今日もチラホラと、夜空からは雪が舞い降りている。
門の近くで執事のアーバンが出迎え、ソリの中へと案内された。
「さぁ、どうぞ! 屋敷で旦那様がお待ちです」
いつも落ち着いているアーバンの声が、今日はどことなく弾んでいる。
この人も、パーティーで気持ちが浮き立ったりするのだろうか。なんだか意外だ。
なんてことを考えつつ、レジーナはソリへと乗り込むのであった。
■
ヘイル家の屋敷に着くと、玄関ロビーにはいつもの三倍ほどの使用人が待機していた。
使用人たちの手慣れた動きに任せるまま、コートやら鞄やらを預けて、ドレス姿一つになる。
その姿を見た神父に、『さすが貴族家のご令嬢。華やかですなぁ』なんて声をかけられ、レジーナは内心ホッとした。
(良かった。人から見ても、わたくしの装いに問題はないみたいね……いつもは華やかなアドリアンヌが隣にいたから、あまり自信がなかったのだけれど)
アドリアンヌはふくよかな体に豊かな胸元、そして目立つウェーブの赤毛という、人の目をひく華のある容姿をしている。
それに加えてフワフワとした可愛らしい色のドレスと豪奢な装飾品を好んだので、パーティーではひと際輝いていた。
その隣に並ぶと、細身で落ち着いた色合いのドレスを好むレジーナは、なんだか寒々しく貧相に見えるのだった。
そんなレジーナも単体で見れば、そこそこまともな華をまとって見えるらしい。
浮かれ気味な神父のお世辞でないことを、祈っておきたいところだが。
(……いえ、せっかくお誘いいただいたパーティーなのだし、卑屈になるのはやめましょう。今日はお父様もお継母様もアドリアンヌもいない、またとない機会なのだし、楽しまなくては!)
気持ちを切り替えて、レジーナは神父へ晴れやかな笑顔を返しておいた。
会話をしつつ、アーバンの案内で広間への廊下を歩く。
――と、廊下の先で待ち構えていたエイクに、大きく手を振られた。
「神父様、レジーナ嬢! お待ちしておりました」
「やぁ、エイク様、こんばんは。お招きいただきありがとうございます」
「エイク様、こんばんは。本日はお招きいただき、心からお礼申し上げます」
「こちらこそ、雪の中お越しいただきありがとうございます」
ひとしきり挨拶のお喋りを交わすと、神父はスゥッと広間の中へと吸い込まれていった。
――広間の中、というより、給仕が注いでまわっているウェルカムドリンクのほうへと。
神父の動きは見なかったことにして、レジーナは改めて、淑やかな所作でエイクへ向き合う。
が、淑やかなのは、あくまで表面上。
心の内では、着飾ったエイクの圧にたじろいでいた。
(ま、眩しい……! いつも眩しい人だけれど、今日は九割増しくらいで輝いているような気がするわ……)
普段はおろされているサラリとした黒い前髪が、今日は上げられてる。
麗しい容貌が露わになっていて、なかなかに攻撃力が高い。
装いは、後ろ裾の長い黒の上着に、側面に金糸の刺繍が走るズボン。
目の色に合わせた紫の細いクラバット。
まるで王子様だ。
何もかもが、完璧に仕上がっているように見える。
レジーナがついつい斜め上の心配をしてしまうほど、その姿は麗しく華やかであった。
(くっ……アドリアンヌの次は、エイク様の華と戦うことになるなんて……せ、戦闘力が違い過ぎる……わたくしの華やかさでは、とても太刀打ちできないわ)
うっかり、負けたような気持ちになってしまった。
別に勝負をする相手ではないけれど、なんとなく。気持ち的に。
出そうになったため息を飲み込み、レジーナは笑顔を保つ。
卑屈はご法度、と、自分を叱咤しながら。
エイクは王子のような上品な所作で、レジーナへと手を差し出した。
その手を取り、ともに広間の扉をくぐる。
その直前、ポソリと小声をかけられた。
「レジーナ嬢、その……あなたのいつもとは違う装いが、あまりにも美しくて……実は私は今、ものすごく緊張しています。手に汗をかいていたら、申し訳ございません」
「それはわたくしのセリフです。エイク様は普段から素敵ですが、今日はより一層、格好良いと言いますか、麗しいと言いますか。まるで王子様のようです」
「おやめください。あまり良いことを言われると、浮かれて転びそうです……」
「ふふっ、雪の上でも転ばないお方が、何を言っているのだか」
面白い冗談を、と、レジーナは笑い流す。
エイクの歩き方がギクシャクしていることに気が付いたのは、この場では執事のアーバンだけであった。
広間に入ると、歓談している人々の賑やかな声が耳に届いた。
二十人から三十人ほどはいるだろうか。
着飾った男たちに、同じく華やかな装いの女たち。中には数人、歳の若い娘たちもいる。
ウェルカムドリンクのグラスを手に、早くも会話に花を咲かせている様子だ。
今日は立食のパーティーなので、食べることより会話を楽しむのがマナーである。
広間はそれほど大きくはなく、エイクが『軽いパーティー』と言っていた通り、気を楽にして楽しめそうな内装だった。
中央に白いクロスの長机があり、目に楽しい洒落た料理が盛られている。
その料理テーブルを囲うように、美しい柄のクロスをまとった円卓が並び、それぞれに人々が集まっていた。
エイクのエスコートで、レジーナは広間の中ほどへと歩を進めていく。
自然と人々の目がレジーナに集まり、なんだか言いようのないむず痒さを感じた。
注目を浴びて高揚するような、恥ずかしいような。そして並び歩くエイクと不釣り合いで気が引けるような。
広間中ほどまで案内されたところで、一度レジーナはエイクと離れる。
近くの円卓へと身を寄せ、周囲の人々と挨拶を交わした。
給仕はキビキビとテーブルをまわり、人々に酒のグラスを渡していく。
エイクは皆の前に進み出て、朗らかにパーティーの始まりの挨拶をした。
「本日は我がヘイル家へとお越しいただき、ありがとうございます。内々の会となりますので、どうぞお気を楽にしてお楽しみください」
短い挨拶が終わると同時に、人々はグラスを掲げる。
賑やかな笑い声とともに、パーティーが始まった。