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26 夜の読書会と恋話

 うっかりノートを落としてしまった日の夜。


 夕食を終えたあと、消灯までの自由時間。

 レジーナの部屋には、寝着に着替えたシスターたちが集まっていた。


 昼にノートを拾ってくれた二十代の若い二人。

 ――と、三十代のシスターと、五十代のシスターの、計四人。


(気のせいかしら……なんだか人数が増えているような……)


 四人のシスターたちは、レジーナのベッドの上に寄り添うようにして座り、皆でノートを覗き込んでいた。


 レジーナは一人、机の前の椅子に座り、落ち着かない気持ちでその様子を見守っている。

 時々キャッキャと上がってくる、賑やかなシスターたちの感想の声を聞きながら。


『わぁ……なんて破廉恥な浮気現場だこと。庭園で婚約者と異母妹(いもうと)がこんなことをしていたなんて……これはヒロインの子、ショックねぇ……』

『その日のうちに婚約破棄だなんて! 酷すぎる!』

『やだ真実の愛ですって! 浮気男が何を言っているのかしら。腹が立つわね~』

『まぁ! 新しい婚約がお金持ちのお爺さんとだなんて……あ、もう次のページめくっていい?』


 ノートの字を目で追いながら、シスターたちはあれこれ言葉を飛ばし合う。

 

 恥ずかしいやら気まずいやら。

 なんだか全身が痒くなるような、たまらない気持ちになってくる。

 感想が上がるたび、レジーナはモジモジと寝着の端っこを握りしめて耐えた。


 結局この日は消灯時間いっぱいまで読書会は続き、さらに翌日、翌々日まで、この集まりは続くのであった。




 そうして連日続いた夜の読書会の、三日目。

 ようやくノートの文字が途切れるところまで来た時、シスターたちはこぞって声を上げた。


「あら? ここで終わりなの?」

「この先のヒロインの逃避行劇はどうなるの?」

「ヒーローとのラブロマンスの続きは?」

「ヒロインはちゃんと幸せになるのかしら?」

「――へ? あぁ、ええと……」


 ふいに次々と話を振られ、レジーナはぼんやりとした返事を返す。

 三日目ともなると少しばかり慣れてきて、レジーナは眠気にウトウトしながら、窓の外の雪を眺めていたのだった。


 机にもたれていた体を起こしながら、シスターたちに答える。


「続きはまだ考えていないので、これから書こうかと…………あっ」


 言ってから、ハッと目が覚める。

 うっかり余計なことを喋ってしまった。


 レジーナの言葉に、すかさずシスターたちが食らいつく。


「えっ? 考えるって……もしかしてこのお話、レジーナさんが書いたものなの!?」

「すごいじゃない! そこらの物語より、ずっと面白いお話よ、これ!」

「あぁ、いえ、その……わ、わたくし、物語創作に少しだけ、ほんの少しだけですが、興味がありまして……執筆は趣味のようなもので……」


 アワアワしながら、適当に話を合わせる。

 この話はもうサラッと流して欲しい、と、念じつつ。


 しかし残念ながら、熱の入ったシスターたちには追加の燃料となってしまった。


「レジーナさん、冬の間はこの修道院にいるのでしょう? 続きを書いたら、また是非読ませてもらえない?」

「うふふっ、こりゃ冬の楽しみになりそうね!」

「他の人にも教えてあげたいのだけれど、いいかしら? きっとみんな夢中になるわ」

「続きはどこまで考えてあるの? ヒロインは、このとっても素敵なヒーローと結ばれるのかしら? 先の展開を教えて!」


 ウキウキとした顔で言い募られ、レジーナは冷や汗をかく。


(さ、先の展開……!? この物語はほぼ、わたくしの日記のようなものだし、ヒロインはわたくしだから……先の展開なんて、こっちが知りたいくらいなのだけれど……!)


 このノートに綴られている内容は、ベースとなるレジーナの実体験五割、夢と希望とロマンチックな妄想五割である。

 土台となるレジーナの生活は現在進行形なので、先の展開も、本人にだってわからない状態だ。

 と、なると、続きは夢と希望と妄想で作り上げるしかない。


 レジーナは渋い顔で頭をひねりながら、続きの展開――もとい、夢と理想を言葉にする。


「先の展開は……まだちゃんと考えてはいないけれど。……そうねぇ、逃避行先の雪国で愛の神から祝福を受けて、春に救いのヒーロー――素敵な王子様と結ばれて、めでたし。――なんて物語になると、夢があっていいなぁと思います……」


 チラリと、シスターたちの様子をうかがう。

 シスターたちは目を輝かせて、うんうん、と、深く頷いていた。


「いいわねぇ、王子様と結婚! 羨ましいこと」

「結婚したら、ヒロインはお姫様の身分になるのよね?」

「素敵! 憧れるわ~!」

「結ばれるシーンには、口づけが欲しいわね! 王子様の甘い口づけが!」


 シスターたちは和気あいあいと、言いたい放題に言葉を交わしていく。

 その様子に、レジーナは少し目を丸くしてしまった。

 厳格な修道院という場所で、こういう俗っぽい話はありなのか、と。


 キョトンとするレジーナに、二十代の若いシスターが笑いかける。


「どうしたの? 驚いた猫のような顔をして」

「……いえ、修道院という場所で、こういった話題を話しても良いのかと、驚いてしまって」


 『口づけ』とかいう色事の言葉がシスターから飛び出てくると、なんだか不思議な心地がする。 

 思わずポカンとしてしまったレジーナに、一番年上の五十代のシスターが、眉を下げて微笑んだ。


「私たちは世間でいう、『惚れた腫れた』の経験をすることがないものだから。ついつい物語やお喋りの中では、盛り上がっちゃうのよねぇ」


 レジーナは、はたと目を瞬かせた。


 自分は婚前の修練という形で修道院に入っている『なんちゃってシスター』のようなものだが、真なるシスターたちは、人生において恋も結婚もしない者たちなのだ。

 彼女たちが愛を交わす相手は、天界に住まう神や天使、故人の魂である。


「なんというか上手く言えないけれど、反動みたいなものなのかしらね。現実では色事との縁を断っているけれど、物語に対する感想をちょっと口にするくらいなら、どうということはないから」

「なるほど……反動、ですか」


 反動、という部分に、レジーナ自身も思うところがあった。

 なにせレジーナのこのノート自体も、思い通りにならない酷な現実への反動で、思い切り振り切ったロマンチック妄想を綴ったものなので。


「――と、言うわけで、レジーナさん」

「え? 何でしょう」


 ふいに、年長のシスターは笑みを深めて、新たな話題を振ってきた。

 

「私たち物語だけでなく、人から愛のお話を聞くのも大好きなのよ。自分が体験し得ないことだから、楽しくって。レジーナさんも、こんなに素敵な物語をお書きになるのだから、恋の経験がたくさんおありなのでしょう? 何かお話、聞かせてくださる?」

「は、はぁ……」


 これはいわゆる、『恋話』というものを求められているのだろうか。

 レジーナは顔をひくつかせた。

 

 皆が聞きたい『惚れた腫れた』の内容は、そのノートにすべて書かれている。

 そしてもうすでに、皆にまわし読みされているのだけれど……

 これ以上、何を話せというのだろうか。


 頬のひくつきを抑えながら、努めて穏やかな笑みで対応する。


「ええと、わたくしはなんてことない田舎貴族の娘ですし、華やかな話も豊かな経験もありません」

「あら、『縁談のお相手が三人、揺れ動く恋心――。』なんて事も、ないものなの? お貴族様のお家のご令嬢ともなれば、そういう戯曲のようなことも、あるんじゃないかと思っていたのだけれど」

「いえ、残念ながら……恋心は一人にしか抱いたことがありませんし、それももう、恥ずかしながら、すでに砕かれてしまっていまして……」


 レジーナの返答に、シスターたちは前のめりになった。

 まずい、また燃料を投下してしまったか、と、レジーナは密かに焦る。


「まぁ、なんてこと……失恋してしまったの?」

「えぇ、まぁ……。それなりに、こっ酷く……」


 レジーナが冷や汗とともに答え、シスターたちの表情が悲壮なものへと変わった時。

 タイミング良く、消灯時間の鐘が鳴った。


 シスターたちはレジーナに励ましの声をかけたり、抱きしめたり、力強く手を握ったりしながら、部屋を後にしていく。

 『また今度、詳しく聞かせてちょうだいね』なんて言葉も、ちゃっかり添えつつ。




 部屋に静けさが戻った後、レジーナはノートを抱えて、ゴロンとベッドへ寝転んだ。


「……はぁ……た、助かった……延々と、恋話をしぼり出されるところだったわ……」


 深くため息をつき、苦笑する。

 雪国のシスターたちはとてもパワフルだ。

 毎日の雪かきで心身ともに鍛えられているせいだろうか。


 そんな取りとめのないことを考えながら、ベッドの上で脱力する。



 そうしてしばらくぼんやりと天井を見上げた後、レジーナはポツリと呟いた。


「……ノートの続き、明日から書き始めましょう。せめてこの物語の中の(ヒロイン)は、しょうもない失恋で終わらせないようにしてあげたいわ。とびきり幸せな展開を考えておかないと」


 微笑みながら、レジーナはノートに綴られた物語の未来へと、思いを馳せるのであった。


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