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24 レジーナ失踪とオリバーの焦り (実家サイド)

「レジーナがいない、だと!? どういうことだ!?」


 この日、レジーナの父オリバー・メイトスは、地元修道院の来客窓口で怒鳴り声を上げていた。

 セイフォル家領地内にある街の端。彫刻飾りの美しい立派な修道院での出来事である。


 オリバーは思い切り顔をしかめ、来客対応にあたっている中年のシスターへ言い募る。


「ここの修道院に入っているに決まっているだろう! 娘に何を言われたのか知らんが、かくまうことは許さんぞ! 娘を返してもらう! さっさと出しなさい!」

「ですから、何度も申し上げておりますが、レジーナというシスターはうちにはいませんよ」

 

 先ほどからオリバーとシスターはこのやり取りを繰り返していた。

 怒りだしたオリバーを見かねて、中年のシスターはため息をつきながら、窓口カウンターへと来訪者記録簿のノートを広げる。


「やれやれ……本当は部外者に見せてはいけないものなのですが、仕方ありませんね……。ご覧くださいませ。今から一ヶ月前となると、このあたりのページですが――……ほら、『レジーナ・メイトス』なんて名前は、どこにも見当たらないでしょう?」

「なに? そんなはずは……!」


 日付と名前、そして用件の記された記録簿の字を目で追い、オリバーは呆然とした。

 確かに、娘の――レジーナの名前は見当たらなかった。


 目を皿のようにして字を追うオリバーに、シスターはピシャリと言い放つ。


「もう一度言いますが、うちの修道院にレジーナなる修練女は在籍しておりません。さぁ、ご用件はこれでお済みでしょう? お引き取りくださいませ」


 いつの間にか、窓口の騒ぎを聞きつけた他のシスターたちも集まっていた。

 オリバーは舌打ちをして踵を返し、苦い顔で来客玄関の外へと足を向ける。


 玄関を出たところで、腹立たしさに満ちた気持ちを落ち着けるべく、一度大きく息を吐いた。

 空は一面雲に覆われ、雪がチラチラと舞っている。


「くそっ、レジーナめ……一体どこへ行ったというのだ!」


 愚痴りながら、門前にとめてある馬車へと向かう。

 ブチブチと独り言をもらしつつ馬車に乗り込むと、御者が話しかけてきた。


「ええと、旦那様。どちらへ出しましょうか」

「うるさい! こっちが聞きたいくらいだ! レジーナのいるところへ、とでも命じれば、連れて行ってくれるのか!?」

「はぁ……も、申し訳ございません」 


 御者は黙り、オリバーはフンと鼻を鳴らす。

 座席にドカリと全体重を預け、眉間に寄ったしわを抑えながら、考え込む。


 考える内容はもちろん、『いつの間にやら、レジーナがいなくなっていた。どこへ行ったのか』というもの。

 たった今直面している、この大問題についてである。


 オリバーは大いに困っているのだった。

 キルヤック家ご隠居との婚前顔合わせを目前にして、当のレジーナが消えてしまったのだから。


 そのことに気が付いたのは、今さっきなのだが……

 

 一ヶ月ほど前に、レジーナから修道院へ行く旨の手紙を受け取ってはいた。

 オリバーは、どうせその辺の修道院だろう、と思い、レジーナの居場所について深く考えなかったのだ。

 ご隠居との顔合わせの日が近くなったら、適当に家へ呼び戻せばいいと思っていた。


 口が達者なレジーナに文句をつけると、倍にして返されて酷く面倒なので、あまり関わりたくなかったというのが本音である。

 が、今回はこの対応が良くなかったようだ。

 レジーナはそのままサラリと、行方をくらませてしまったのだった。


 オリバーは馬車の中で頭を抱える。


(やられた……まさか小娘ごときが、一人で逃げ出すなんて……! どうせどこへも行けないだろうと高をくくっていた……!)


 温室育ちの貴族家の令嬢が、家の助けもなく一人で遠出をするなんてこと、普通では考えられない。そんな度胸も金もないと思っていた。

 けれどレジーナは、まんまと家出をしてみせたのだった。


 オリバーは猛烈にイライラしながら、考えをめぐらせる。


(でも、たかが小娘の家出だ……援助がなければそう遠くへは行けないだろう。近場の縁者をあたれば、きっと見つかるはずだ……。……あ、いや、待てよ……?)


 ふと、一ヶ月前に家の馬丁から受けていた報告を思い出す。

 

『レジーナお嬢様がお使いになられている馬車と、馬二頭が帰ってきておりませんが……』


 この報告を受けた時、オリバーはこう解釈したのだった。

 どうせレジーナが修練の持参金代わりに、修道院へ納めたのだろう、と。

 レジーナからの手紙にも『持参金は自分で用意する』というようなことが書かれていたので。 


 レジーナの使う馬車は前妻のものであったし、馬二頭も悪魔のように厄介な使用人が世話しているものだったので、さして惜しいとも思わず、興味がなかったのだった。


 ――あの時は興味がなかったけれど。

 レジーナ失踪が判明した今、よくよく考えてみると……なんだか嫌な予感がする。


 オリバーは、ふいにガバリと顔を上げた。

 勢いのままに、御者台に座る中年の馬丁へ大声を投げかける。


「おい! ルカは!? ルカの奴はどうした!? そういえば最近、姿を見かけていない気がするんだが……!」

「え、ルカはまた旦那様に怒られでもして、屋敷を追い出されたのかと思っておりましたが……レジーナお嬢様も修道院にお入りになられましたし、この機会にクビにでもしたのかと」

「私は何も口を出していないぞ! くそっ、まさかあいつ――……!!」


 怒りで顔を真っ赤にしながら、オリバーは呻いた。


「ルカの野郎、まさかレジーナの家出を手引きしやがったんじゃ……!? 馬も馬車もあの野郎も消えたときたら、そうとしか考えられん! まったく、余計なことを……! こんなことならガキのうちに、人買いにでも売っ払っておくんだった……!」


 屋敷に戻る、馬車を出せ!

 と、オリバーは大声で御者に命を下した。


 ゴトゴトと走り出した馬車に揺られながら、オリバーは考える。


(小賢しいレジーナのことだから、私の手の届く範囲の家々には頼らないだろう……ルカと馬車という足もある……と、なると、親父の縁でも頼って遠くへ逃げ出したとみるべきか……)


 どこへ行ったのか。どこまで遠くへ行ったのか。

 ――何にせよこの状態では、キルヤック家ご隠居との顔合わせの日程は、遅らせなければいけない。

 だってもう予定は、三日後に控えているのだから。とてもじゃないが、間に合わない。

 

(はぁ……キルヤック様への言い訳を考えておかねば。いや、それより先にレジーナの隠れ家の洗い出しを……!)


 焦りでまとまらない思考を、あれこれこねくり回す。


 オリバーを乗せた馬車は、雪の舞う中を屋敷へと駆けていった。







 屋敷に戻ると、オリバーは靴の雪を払うこともせず、ドカドカと執務室へと向かった。

 

 執務室と言っても、現在自分が使っている執務室ではない。

 物置にして閉め切っている、前当主である父の執務室だ。


 洒落っ気のない重苦しい父の執務室は、息苦しさを感じるので子供の頃から苦手だった。

 いや、正しく言うと、執務室だけではなく、父自体が苦手だったのだが……


 父も自分とは折り合いの悪さを感じていたようで、娘のレジーナが生まれると、まるで自分の子のように目をかけるようになった。

 将来的には自分を廃嫡し、レジーナに取らせた婿(むこ)に家を継がせる魂胆すらあったようだ。

 その前に事故で世を去ったので、ざまぁないが。


 オリバーは執務室の鍵を開けて扉を開け放つと、室内を見まわした。

 閉め切られた部屋の空気は埃っぽく、時が止まったかのように滞っている。

 

 父が未だこの空間にいるような心地がして、顔を歪めた。

 考えたくなくても、不快な思い出の数々が頭に浮かんでくる。



 田舎とはいえ、メイトス家は領主の家だ。

 庶民より格上の、()()と呼ばれる一族である。

 人の上に立つ存在なのだ。――というのに、父は泥にまみれた農民と、肩を並べるようなことばかりしていた。

 やれ土がどうとか、道がどうとか、川の様子がどうとか。

 

 農地に出向く時、子供だったオリバーも決まって連れ出されていた。

 そのせいで、農民の子供たちから『貴族のくせに畑にばかりいる』だとか、『農民貴族』だとか、散々からかわれてきた。


 悔しくて、腹立たしくて。

 いずれ自分が家を継いだら、思い切り貴族らしい暮らしをしてやるのだと、心に誓った。

 土にまみれる領民たちに『高貴なる領主家の当主』という肩書きを見せつけ、上下関係を正しくわからせてやるのだと。


 そしてゆくゆくは『田舎貴族』なんて呼ばれがちなメイトス家の地位を上げ、他の大きな貴族家と並んでやるのだと。

 メイトス家と自分の名前を、世間に広く知らしめてやるという野心を、密かに抱き続けて来た。


 その絶好の機会が、アドリアンヌの嫁入り――セイフォル家との婚姻の儀なのだ。

 諸侯へ広く知らせを出し、式を大きなものにすれば、それだけ我が家の名を広げることができる。


 父の気質を継いだレジーナは金をケチり、地味に終わらせようとしていたようだが、そんなだから貧乏な田舎貴族だと馬鹿にされてしまうのだ。

 

 アドリアンヌの式は、絶対に領主家らしい煌びやかなものにしてやる。

 そう、意気込んでいたというのに……

 金策であるキルヤック家ご隠居の機嫌を損ねては、計画が台無しになってしまう。



 オリバーは埃舞う室内へ、ズカズカと足を踏み入れる。

 くしゃみをしながら、執務机の引き出しを片っ端からひっくり返していった。


 机の上に書類やら手紙やらの束が、ごっちゃりと散乱する。

 ひとつひとつ手に取りながら、父と縁がありそうな者の名前を拾い上げていく。


「エティス家、アルバートス家、ドルトス家……くそっ、どこも知らん家ばかりだ。親父め、こんな名の知れない弱小家とばかりつるみやがって」


 ブツブツ言いながら、ひたすら紙類を仕分けていく。

 

 ――と、書類の山から、ひと際目を引く綺麗な封筒が出てきた。

 四隅に銀箔の飾りがついた、真っ白で上等な封筒。


 その正面には優美な筆跡で、『親愛なるルカとレジーナへ』と書かれていた。

 これは――……


「なんだこれは、親父の遺書か?」


 宛名の下には、『成人の儀を迎える前に、もし私に不幸があった時には、この遺言書をたずさえて弁護人の元を訪ねること』なんて添え書きがある。


 まごうことなき、メイトス家前当主の遺言書であった。


 生前、父は『勉強会』でレジーナとルカをこの執務室に連れ込んでいた。

 二人にあてて、引き出しに遺書を用意しておいたのだろう。

 

 もしもの時を考えて、わざわざこんなものをしたためておくなんて。

 生真面目な父がやりそうなことだ。 


 結局、執務室は即、物置にして閉め切ってしまったので、見つかったのも今更というわけだが。


 オリバーは遺書の封を切ることもなく、そのままポイと端っこに仕分けた。

 『レジーナの足取りとは関係がなさそうなもの』の場所へと。




 その後しばらく時間をかけて、一通りの仕分けを終えた。

 

 いくつか縁の深そうな家の名は上がってきたが、レジーナがどこを頼りに出かけて行ったのかは、さっぱり見当がつかない。

 

 盛大にため息を吐きながら、オリバーは一旦、談話室へと引き上げることにした。

 埃っぽい部屋から逃げるように、廊下へ出る。


 有力候補として上がってきた家の名前を呟きながら、首をひねって歩き出した。


「親父はドルトス家と仲が良かったようだが……私も知らん家を、レジーナが知っているものだろうか。あとはガルシア家とヘイル家なんかも……いや、この家はあまりにも遠すぎる。さすがにこんな辺境には――……」


 独り言をもらしつつ歩いていると、廊下の先に妻アンドレアとアドリアンヌの姿が見えた。

 

 二人は今日も綺麗にめかし込んでいて、実に華やかである。

 その姿にささくれだった気持ちが和らぐのを感じ、オリバーは目を細めた。


 オリバーの姿に気付いたアドリアンヌが、フワフワとした声で笑いかけてきた。


「お父様ぁ! 見てください、お母様と一緒に新しい首飾りと耳飾りを買ってきたのぉ! 真っ赤で大きなお石、素敵でしょう? 今度、トーマス様とお会いする時につけて行こうと思ってぇ」


 アドリアンヌはふっくらと肉付きの良い首元と耳たぶに輝くアクセサリーを、ニコニコした笑顔でオリバーへと見せる。

 そのウェーブの赤毛を撫でながら、オリバーはふと、思いついたことをアドリアンヌへ問いかけた。


「――そういえば、アドリアンヌ。確かアドリアンヌは、レジーナが出ていく前の夜に、なにやら二人で時間をとっていたね。その時、レジーナは何か言っていなかったかい?」

「えぇ~? それ結構前の話じゃないですかぁ? あんまり覚えてないですぅ。急にどうしたんです、お父様ぁ」

「あぁ、いや! ちょっと気になっただけだよ。何を話したのかな、と」


 オリバーは密かに、冷や汗をかいた。

 まさか、『レジーナが逃げたせいで、ちょっと金の工面に支障が出そうだ』なんてこと、アドリアンヌには言えない。

 この花のように無邪気な笑顔を、曇らせることは避けたい。


 しかし、それはそれとして。

 今はどんなヒントでも良いから、レジーナの行方に繋がる情報が欲しい。


(レジーナが家を出る前、最後に長く時間をとったのはアドリアンヌだ。……何か、何か話してはいないだろうか……!)


 そんなオリバーの思いに応えるかのように、アドリアンヌが、あ! と声を上げた。


「あんまり覚えてませんけどぉ、お異母姉(ねえ)様からは、なんか色々もらいましたよぉ。え~っと、お異母姉(ねえ)様と仲良しのぉ、なんとか家との縁がどうとかぁ」

「! ……アドリアンヌ、もう少し詳しく思い出せないかい?」

「う~ん……あ、もらったものをお父様にあげましょうかぁ? なんかどこかのお家とのお手紙なんですけどぉ、あたしの知らない人だし、困ってたんですぅ」


 持ってきますねぇ!

 と、アドリアンヌはトタトタと自室へ駆けて行った。




 ――アドリアンヌから受け取った大箱をあさり、とある家との文通の手紙を手に取ったオリバーが、再び頭を抱えることになるのはこの後の話である。


 『我が雪の要塞クォルタールへ、いつか機会がありましたら、是非おいでください。私エイク・ヘイルはいつでも、レジーナ嬢を歓迎いたします』


 手紙の中のこの一文が、オリバーに大きな頭痛をもたらしたのだった。


(まさか、よりにもよって、雪の城に逃げ込んだというのか!? くそっ、だとしたら、冬の間は手を出せないじゃないか……!)


 オリバーはガクリと肩を落とした。

 まさかレジーナに、こんな伝手(つて)があるとは思わなかった。

 

 今日何度目かのため息をつきながら、オリバーは痛むこめかみを抑える。


(とりあえず早急に、キルヤック家ご隠居への言い訳を考えなくては……『結婚後の生活をより楽しんでもらえるよう、修道院で徹底的に女を磨いている』で通るだろうか……いや、しかし、それよりも問題は……)


 ――アドリアンヌの婚姻の儀に必要な資金を、前借りできるかどうかだ。


(上手く老人の機嫌をとらないと……。思うような額を借りられなければ、セイフォル家に協力を仰ぐしかないな……)



 オリバーはヘイル家の手紙をグシャリと握り潰し、窓の外に舞う雪を遠い目で眺めるのであった。 

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