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19 雪の要塞クォルタールと領主の男

 尾根を越え、谷を渡り、また尾根を越え――……

 分厚い雪で覆われた山の中を、四日ほど歩いた頃。

 

 降り続いていた雪が止み、久しぶりに透き通る青空が顔を出した時。

 雪化粧をした樹林の向こう側、尾根から遠く開けた谷を見渡して、レジーナは声を上げた。


「あれ……? もしかして街じゃない? 街が見えたわ……!」


 ついにレジーナの旅の目的地、雪の要塞『クォルタール』が姿を現したのだった。



 周囲を雪山に囲まれた、谷に広がる雪の街。

 平野よりも標高の高い、盆地のような土地に広がる街である。

 

 中心部には市街地が広がり、外れは農地となっているようだ。

 耕作と牧畜が半分くらい。あとは林業と、水晶の産地でもあるらしい。


 レジーナは目を輝かせて、山から街を見下ろす。

 これから一冬の間、滞在――籠城する街との対面だ。

 なんとも言えない感慨深さが、胸に込み上げてくる。


 オオツノジカは長い脚で雪をかきわけ、ワッサワッサと歩を進めていく。

 前を進むガンファルが笑いながら、レジーナに声をかけた。


「見えてはいるが、まだ結構距離がありますから。日暮れ前まで歩いたら、麓手前の山小屋に泊まるとしましょう。街に入るのは、明日のお昼過ぎ頃になりますな」


 気分的にはこのまま街に向かって、一直線に駆け出してしまいたいところだが、そうもいかないらしい。

 

 レジーナはガンファルの指示に頷き、またゆったりとした鹿の歩みに身を預ける。


 

 こうして一行は、翌日の昼頃、ついにクォルタール入りを果たすのであった。







 ――雪の街、クォルタール。


 『雪国』『雪の要塞』などなど、色々な通り名を持つこの街を、古くからおさめている領主が、『ヘイル家』である。


 元々は、昔々に諸侯から嫌がらせとして押し付けられた土地だったそうだが、ヘイル家は手堅い統治で見事にものにしてみせたそう。

 今となっては、鉄壁の山の守りにより容易に攻めることのできない難攻不落の城として評価されている。


 代々ヘイル家に受け継がれてきた、その手堅い領地運営の手法。

 今現在それを受け継いでいるのが、当主『エイク・ヘイル』だ。


 二十歳の時に家を継ぎ、現在は二十四歳。

 若いながらも、なかなかのやり手だそうで、周辺貴族たちにも一目置かれている存在だ。


 そんなエイク・ヘイルとレジーナは、半年ほど前から文通で交流をしていたのだった。

 

 もちろん、縁談絡みの文通などではない。

 メイトス家、およびセイフォル家の領土周辺では、ここ数年大雪の被害が大きく、その対策のヒントを得るための文通である。

 祖父の遠い縁を頼ってたどり着いたのが、雪国のヘイル家だったのだ。

 

 駄目元で手紙を出してみたら、思いがけず、快い返事をもらったところから交流が始まった。

 ――ちなみに毎回手紙の端っこに、ゆるっとした謎の生き物のイラストを添えてくる人なので、レジーナは勝手にコミカルなお兄さん、のような印象を持っている。


 もう既婚だと思っていたが、ガンファル曰く、三戦三敗中だとのこと。



(まずはヘイル様に、手紙のお礼と訪問の挨拶をしなければね。何の先ぶれもなく、突然屋敷を訪問してしまう無礼は、献上品で誤魔化せると良いのだけれど……)


 クォルタール郊外を市街地のほうへと歩きながら、レジーナは考えをめぐらせた。


 


 しばらくすると、クォルタールの農地を抜けた。

 見渡す限り一面、雪の絨毯が広がる景色の中に、ポツポツと建物が増えてくる。

 

 そうして時刻は昼過ぎ。

 一行は市街地の入り口あたりまでたどり着いていた。



 広場でオオツノジカから降り、休憩を取りながらこの後の話をする。

 レジーナはガンファルに、自身の予定を伝えた。


「わたくしはこのまま、領主様にご挨拶に行こうかと考えているのですが――」

「あぁ、それでしたら、ワシに供をさせてくださいな。ちょうどヘイル家あての郵便を預かっていましてね」


 レジーナは、ふむ、と考える。


(突然、直接単身で挨拶に顔を出すより、普段から出入りのあるガンファルさんを通した方が良いわね)


 ガンファルをはさむことで、ひとまずワンクッションは置けるので。


(でも、問題は……ガンファルさんにわたくしの用事が、縁談だと思われていること……。すれ違っているまま一緒に挨拶に向かうのは、ちょっとアレよね……)


 縁談の予定はないとバラすのならば、今しかないのでは?

 と、レジーナは考え込む。


 ――が、レジーナが考えをまとめるより早く、ルカに肘で、背中を軽くどつかれた。

 ルカは小声でレジーナに耳打ちする。


「お嬢様、あなたそもそも、縁談が舞い込むのを待つ間の、時間稼ぎに家出してるんでしょう? だったらいっそ、自分から婚約を掴みに行ってしまったほうが、手っ取り早くないですか。もうここの領主でいいでしょう」

 

 パチリ、と、レジーナはまばたきをする。


「た……確かに。……やだ、わたくしったら、盲点だったわ」


 ルカに言われて、レジーナはハッとした。

 確かに、受け身で待つより自ら動いたほうが早いし、今まさに目と鼻の先に、未婚当主の貴族家がある。


 難攻不落の呼び声高い、クォルタールをおさめるヘイル家との縁ならば、軽薄な父も気持ちが揺らぐに違いない。


 レジーナは一度大きく息を吐き、両手でパンと頬を叩いて気持ちを切り替える。

 シャンと背筋を伸ばして、ガンファルへと返事を返した。


「ガンファルさん、お願いします。ご案内いただけますか。――と、その前に少しだけ、どこか場所を借りて、身なりを整えたく思うのですが」

「ワシがこっちに来た時に泊まる家がありますから、そこで着替えるといいでしょう」

「ありがとうございます! お借りします!」


 丁重に礼を述べて、歩き出したガンファルとリリーの後に続く。

 オオツノジカの手綱を引き、ここからは市街地の中を徒歩で移動するようだ。

 

 雪に滑らぬよう、ゆっくりと歩き出す。

 レジーナは横を歩くルカの顔を、そっと見上げた。


(さすが、早くわたくしの護衛職から解放されたい男なだけあるわ……。わたくしがもし、本当にヘイル家との縁談を上手く進めることができたなら、ルカが仲人みたいなものね。わたくしをメイトス家からヘイル家まで、運んできてくれたのだから)


 その時には、小さなムーンストーンといわず、もっと大きなお礼の品を用意しなければ。

 なんてことを考える。


 まぁ、そんなトントン拍子に上手くいくわけはないだろうけれど。

 レジーナはあれこれ思いをめぐらせつつ、クォルタールの街中へと歩を進めていった。



 市街地の中も、それはそれは見事な雪景色が広がっていた。

 山の中とはまた別の美しさに、レジーナは大いに感動する。

 

 レンガや石造りの建物は、屋根の傾斜が大きく、尖がった造りをしている。

 きっと雪を落とすのに適した形なのだろう。


 街路には脇にふた付きの水路があり、水が流れているようだ。

 水路を目で追っていると、住民が大きなシャベルで雪をかき、ふたを開けて水路へと捨てているところを目撃した。

 なるほど、これは雪かきに使う設備なのかもしれない。

 

 大通りは除雪され、馬車が走れそうなほど綺麗に整えられていた。

 けれど、この姿も今だけだそう。

 本格的に真冬に入ると除雪も追い付かず、街中をソリと鹿が走るようになるらしい。


 街を進んでいくと、大きな広場に出た。

 その一角では市が開かれていて、肉や川魚、野菜などが売られている。

 

 面白いことに、売り物はそのほとんどが凍っていた。

 聞くところによるとクォルタールでは、食品は冬場は冷凍、夏場は冷蔵が基本なのだそう。 

 平野よりも生物(なまもの)の持ちが良く、街では食あたりで腹を痛める人も少ないのだそうだ。



 しばらく歩いていくと、市街地の端にあるガンファルの別宅へとたどり着いた。

 家は小さめだが敷地は広く、厩舎も備わっている。

 

 鹿を繋いで荷を下ろし、レジーナはリリーに手伝ってもらって、毛玉のようなモコモコの山装備から、優美な水色のドレスへと着替えた。


 と、いっても、ドレスの上から分厚いコートを羽織ってしまったので、見た目は結局毛玉のままなのだけれど。


 装飾品は手持ちがないことを誤魔化すために、『しもやけが怖いので』と言っておく。

 するとリリーは器用にレジーナの銀糸の髪を編み、耳元が隠れるような、可愛らしい髪型を作り上げてくれた。

 細かな編み込みと毛先の流れが美しく、装飾品を身に着けずとも、華やかな見た目だ。

 

 レジーナは感謝し、リリーとハグを交わした。

 自分に母親がいたら、こんなやりとりも日常だったのだろうか。なんてことを考えて、少しだけ切ない気持ちを感じつつ。


 仕上げに香水をつけて支度を整えたら、ここでリリーとはお別れ。


 最後にもう一度ハグを交わし、レジーナはガンファルと荷物持ちのルカを伴って、領主家へと足を向けるのだった。







 ヘイル家の屋敷は、市街地を抜けたところにあった。

 氷雪の樹林に囲まれた、重厚な見た目の石造りの建物だ。

 

 屋根は市街地の建物同様、鋭く尖っていて、いくつかの塔が伸びている。

 屋敷というより、城に近い雰囲気だ。

 敷地の周囲を囲う壁も高く立派で、こちらもそのまま、城壁のようであった。


 鉄の門扉の脇には、番をする者が待機する石造りの小部屋がある。

 そこから突き出ている煙突からはモクモクと煙が上がっていて、中で暖房が焚かれていることがうかがえる。


 レジーナは心の内で、その暖房を羨んだ。

 毛皮のコートを着ているとはいえ、ドレスは足元が冷えて寒いのだ。


(寒……早く、早く暖房の効いた屋内へ入りたいわ……)


 ――なんてこと、一切顔には出さず、凛とした姿で門前にたたずんでいる。

 仮にも貴族家の令嬢という身分。心の内を顔に出すなんて、はしたないことはしない。



 ガンファルが慣れた様子で、小部屋の窓から門番に声をかけた。


「やぁ、どうも。郵便屋です。今日はヘイル家に手紙が二通と、――あとご令嬢をお一人、お届けしたく参りました」

「やぁガンファルさん、お疲れさん。ご令嬢とは? どなたのお客様ですか?」


 小部屋から門番が一人出てきて、対応する。

 レジーナはガンファルに並び、毛皮のロングコートをスカートのように持ち上げて、挨拶をした。


「レジーナ・メイトスと申します。以前からお世話になっておりました、エイク・ヘイル様にご挨拶に参りました。急ぎの用事がありまして、先ぶれを出さずにうかがってしまったのですが、お目通りは叶いますか?」


 レジーナは鞄から一つ封筒を出した。

 それはレジーナとヘイル家当主との、文通の手紙だ。

 身分証代わりに、と持ってきておいたものである。


 門番は封筒に書かれた差出人の名前『エイク・ヘイル』の字を見ると、一度控えの小部屋へと戻る。

 もう一人の門番に何事か声をかけると、すぐにレジーナたちの元へ戻ってきた。


「ひとまず、ロビーにご案内します。申し訳ございませんが、従者の方の戦斧は、こちらでお預かりさせていただきます」

「ありがとうございます。お願いします」


 ルカが舌打ちを飛ばす前に足を踏みつけつつ、レジーナは門番へ素早く返事を返した。



 門を通り、綺麗に除雪された長いアプローチを歩いて、屋敷の玄関に向かう。

 玄関脇には大きな兎の雪像が作られていて、場に不釣り合いなその姿に、思わず笑ってしまった。

 さすが、真面目な内容の手紙に、ゆるいイラストを描いてくる当主の屋敷なだけある。

 きっと面白い人物なのだろう。


 ロビーには大きな暖炉が設置されていて、近くにはソファーとテーブルが置かれている。


 来客に気付いて近づいてきた使用人たちが、レジーナ一行の対応を、門番から引き継いだ。

 ガンファルは男の使用人と、郵便物の受け渡し手続きを行い、レジーナは女の使用人にコートを預ける。

 

 一刻も早く火にあたりたい気持ちをおさえ、レジーナは始終、淑女らしい澄ました態度で振る舞った。

 

 暖炉脇のソファーに案内されて腰を下ろすと、ようやくひと心地ついた。

 

 レジーナの後ろにはルカが立ち、控えている。

 ちゃっかり暖炉に近い位置をキープしているので、本当に食えない男である。

 

 レジーナの向かい側のソファーにはガンファルが座り、使用人がヘイル家当主に取り次ぐのを待つ間、しばしのお喋りを楽しむことになった。


 ガンファルは感心した様子で、レジーナに話しかける。


「いやはやレジーナ嬢。山越えの道中、雪玉を投げていた時とはまるで別人のような、淑やかな雰囲気で。こちらの背筋まで伸びるようです。ドレス姿が良くお似合いで、さすがは貴族家のご令嬢様ですなぁ」

「ふふっ、実は心の内では、落ち着かない気持ちでいます。わたくしも旅の間はずいぶんと楽に過ごしていましたから。こういったお屋敷に入るのは久しぶりで、少々緊張していま――……」


 ガンファルへ返事を返し終える前に、レジーナはスッと、ソファーから立ち上がった。

 気付いたガンファルも立ち上がり、後ろを振り向く。


 レジーナとガンファルの視線の先には、この屋敷の当主の姿があった。


 ガンファルは軽く礼をしながら、歩み来る当主に声をかける。


「どうもごきげんよう、エイク・ヘイル様。本日はあなた様に、素敵なお届け物がございますよ」


 レジーナは現れた屋敷の主を見て、目を丸くしてしまった。


(エイク・ヘイル様……コミカルお兄さんじゃなかったの!?)


 現れた男は、どこぞの王子のように凛とした姿の、それはそれは見目の良い男であった。


ここから物語中盤に入っていきます。

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