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13 山麓の村に降り立った婚活令嬢(仮)

 レジーナは宿場から宿場への移動を繰り返しながら、着々と旅程をクリアしていった。

 

 共寝でもめた日の翌日には、新しい厚手の毛布も手に入れたので、寒さに凍える心配もなくなった。

 それでもレジーナとルカの口争いは、なくなることなく続いていたけれど……



 あいかわらずの灰色雲の空の下。

 いくつもの丘を越え、いくつもの橋を渡り、いくつもの集落を通り過ぎ――。

 

 山の麓に近づくにつれ、風景は白色へと変わっていく。

 ごく薄くではあるが、地面は雪の絨毯に覆われるようになった。

 空からはチラチラと、雪の粒が降ったり止んだりを繰り返している。


 今日で地元を出てから、五日を半分過ぎたくらいだ。

 レジーナもルカもコートに身を包み、段々と濃さを増していく冬の空気へと備える。


 霜と氷で固まった土の上を、馬車はガタンガタンと大きく揺れながら進んでいく。

 そんな中でもレジーナは、ノートへ文字を書き連ね続けていた。


 やり場のない感情を整理しようと書き殴ったのが始まりだったけれど、今やノートの内容は、ロマンチックな乙女の逃避行ファンタジーと化している。


 これは書き始めて知ったことだが、自分の脳内空想を形にするという行為は、結構楽しくて夢中になる。


(ふふっ、婚約破棄の副産物として、思わぬ道楽を得てしまったわ)


 ペンを走らせながら、レジーナは苦笑した。



 執筆に集中していると、ふいに御者台のルカが面倒臭そうに声をかけてきた。


「レジーナお嬢様、もう山麓の村が見えてますよ。そろそろ降りる支度を整えておいてください。寒い中でグズグズされるとイラつくんで」


 呼びかけにハッとして、慌てて外を確認する。

 大きくそびえ立つ山は、もう目の前に迫っていた。

 

 麓の集落の建物群もすぐそこだ。

 周囲にはずんぐりむっくりした、毛の長い牛と馬の群れ。そして巨大な角を生やした鹿の姿が見える。



 このあたりはもう、雪国クォルタールをおさめる領主――ヘイル家の領土である。


 レジーナは地元とはまったく違う景色を眺めて、改めて目を輝かせる。

 ちょっとだけ浮き立ちながら、馬車を降りる支度を始めた。







 山麓の村では、住民たちは半農半牧の暮らしを営んでいるようだ。

 多くの家畜と、大きな畜舎がいくつも点在している。


 レジーナは馬車のほろ布の隙間から、白い息とともに顔を出す。

 集落の奥には、雄大な山脈と深い谷。

 山は木々の暗い緑色の上に、まるで頭巾のようにすっぽりと雪の白をかぶっている。


 麓の村で装備を整えた後は、この山々を越えていくことになる。

 景色に目を向けながら、胸の内で気合を入れ直した。



 速度を落とした馬車が、ゆったりと村の中へと進んでいく。

 

 道脇で遊んでいた子供たちに、レジーナは声をかけた。


「こんにちは。ちょっと聞きたいのだけれど、村長様のお屋敷――この村で一番えらい人のお家はどこかしら?」

「え? えっと、あっちのおっきいお家だよ」


 子供たちはふいに声をかけられ、キョトンとした様子だった。

 指をさしながらたどたどしく答えて、レジーナの馬車を興味深そうに眺めまわしている。

 外から人が訪ねてくることが、珍しいのかもしれない。


 レジーナは子供たちに駄賃の代わりに飴玉を与え、再び馬車を進めた。



 ほどなくして集落の中央あたりに、他より大きな家が見えた。

 おそらくあれが、子供たちが言っていた村長の家だろう。

 大きいけれど、メイトス家の屋敷に比べると、普通の農家の家に近い印象だ。


 屋敷の敷地の入り口あたりに馬車を止める。

 ルカの手を借りて、レジーナは薄雪の地面を踏みしめた。

 

 地元を出てから五日。

 ついに旅の前半、区切りとなる地――山麓の村へと降り立った。


 ふぅ、と白い息を吐き、少し伸びをする。

 レジーナはあたりを見回し、近くで柵の修理をしていた男へと声をかけた。


「こんにちは、お仕事中にすみません。この集落の村長様に用事があるのですが……取り次いでいただくことはできますか?」


 屈み込んでいた男はのそりと立ち上がり、レジーナに目を向けた。

 もじゃもじゃした髪と髭が顔を覆う、山男のようなどっしりとした中年の男だ。

 男は、風貌のわりにつぶらな瞳をパチクリさせ、レジーナに答えた。


「私が、一応このあたりをまとめている家の者だが。私に何の用ですかな?」

「あぁ、申し訳ございません、とんだ失礼を……!」


 どうやらこの山男が、村長本人だったらしい。

 まさか身分のある人間が、この寒い中せっせと外仕事に勤しんでいるとは思わなかった。

 ワイルドな村長である。

 

 レジーナはすぐに謝罪し、姿勢を正した。


「申し遅れました、わたくしはレジーナ・メイトスと申します。この山の先の、雪の要塞『クォルタール』へ用事があり、村で支度を整えてからの出立を考えておりまして。村長様にご挨拶にうかがった次第であります」


 山男のような村長は思い切り驚いた様子で、まんまるの目をパチクリさせた。


「クォルタールに? お嬢さんが? この時期に? このあたりはまだ雪が薄いけど、山に入ったら、アレだよ? 結構なもんだよ?」

「はい、覚悟の上です。どうしても、向かわねばならない用事がありまして」

「その用事とやらは、郵便で済ませられないものなのかい? こことクォルタールを行き来する郵便屋が村にいるから、手紙なら楽に頼めると思うが。わざわざお嬢さんが雪山に入らなくとも……もう結構寒いし、危ないよ」

「ええと、でも、わたくし自身が出向かなければ意味をなさない用事でして……」


 顔では平静を保ちながらも、レジーナは少し焦ってきた。

 村長はレジーナを引き止める気のようだ。気遣いには感謝したいけれど、そうなると困ってしまう。


(思ったより手強いわ……雪山越えって、それくらい大変なことなのね)


 生まれてから一度も、雪山というものを間近に感じたことがなかったので、甘く見ていたようだ。

 しかしここまで来て、すごすごと引き返すわけにもいかない。


 どうしたものか。

 と、考え込んでいると突然、村長は一人で大声を出した。


「――あぁ! そうか! そういうことかい! はっはっは、すまないね。見ての通り、私は野良仕事ばっかりの生活だから、そういう事にはとんと、うとくてね!」

「……へ?」


 急に笑い出した村長に、レジーナは目をまるくした。

 長は何事かを納得した様子で、レジーナに歩みをうながす。


「どれ! そういうことなら手を貸そうじゃないか! さぁこちらへ!」

「えっと……は、はい、よろしくお願いします……?」


 村長は下働きの男たちを呼び、レジーナの馬車を繋ぎ場へと入れて番をするよう指示を出す。

 レジーナとルカはチラリといぶかし気な顔を見合わせ、歩み出した村長の後に続いた。




 薄く積もった雪の絨毯の上を、村長とレジーナとルカの三人で歩いていく。

 地面を踏みしめると雪がめくれ、土の茶色が顔を出した。

 山中もこのくらいの積雪量だったなら、まだ山越えも楽そうなのだけれど……



 村長は集落の中の、ある家の前で立ち止まり、豪快な動作でドアを叩いた。


「おおーい! ガンファルの爺さんはいるかい? ちょいと話があるんだが」

「――はいはい、今開けますよ、と。おや、村長殿、郵便の依頼ですかな?」


 家から出てきたのは、『ガンファル』という名の老人であった。

 どうやら、彼は郵便屋のようだ。

 真っ白な髪と髭をしているが、体格はガシリとしていて逞しい。


 村長と郵便屋ガンファルはペラペラと話を進めていく。


「あんた近々クォルタールへ配達に行くだろう? ちょっくら届け物をしたいんだが、手紙よりも大きな荷は大丈夫かい?」

「物にもよりますが、何をご依頼で?」

「こちらのお嬢さんを、送り届けてもらいたくてね!」


 村長の丸太のように太い腕が、レジーナの肩をドンと押した。

 瞬間、ルカが腰に下げたハルバードに手をかけたが、レジーナは慌てて睨みを飛ばして制止する。


 目を郵便屋の老人へと移すと、レジーナは少し心が上向くのを感じた。

 

(もしかして郵便屋さんを、山越えの同行者として付けてくれるのかしら? だとしたら、とてもありがたいことだわ!)


 村長の行動をそう解釈し、大いに感謝する。

 急に上機嫌になった理由は、まったくわからないけれど。


 肩に添えられた太い腕にうながされるままに、レジーナはガンファルへと挨拶をした。


「初めまして、レジーナ・メイトスと申します。少し用事があってクォルタールを訪ねたいのですが、お力を貸していただくことはできないでしょうか? もちろん、お礼は相応に、ご用意させていただきます」


 村長とレジーナの言葉に、ガンファルはキョトンとした。

 けれど、すぐに深い笑みへと表情を変える。


「あぁ、なるほどなるほど! そういうことですか! メイトス家といえば、平野のほうの領主家でしたかな? いやぁ、良いことだ。是非とも、協力させてもらいましょう」

「は、はい、ありがとうございます」


 村長と同じく、ガンファルも何事かを納得すると愉快そうに承諾した。

 レジーナは困惑しつつ、ひとまず笑顔で礼を述べる。


 ガンファルはうんうんと笑顔で頷きながら、改めてレジーナに、かしこまった挨拶をした。


「改めまして、ワシはガンファル・フィーと申します。この麓村とクォルタールとを繋ぐ配達を担当しているうちに、すっかり住み着いてしまった、しがない田舎の郵便屋です。この度は旅路のお供を仰せつかり、恐縮でございます。……――レジーナ嬢」


 ニヤリと笑顔を浮かべると、ガンファルは少し声を落としつつ、コソリと言葉を続けた。


「雪の要塞クォルタールが領主、『エイク・ヘイル』様とのご縁談、ワシも陰ながら応援させていただきますぞ」

「……えっと、はい?」


 ガンファルの言葉にレジーナは目をむいた。

 背中に冷や汗が流れるのを無視しつつ、話の続きを聞く。


「ここだけの話、今のところ領主エイク様のご縁談は三戦三敗。というのも、視察に訪れたご令嬢方はみんな、山越えの大変さとクォルタールの雪の濃さに嫌気がさしてしまったようでして。皆逃げ帰ってしまわれたそうです」

「は、はぁ……ええと……」


 なんだか、話がおかしな方向へ進んでいる気がする。


「いやはや、大変な雪の時期を選んで視察に臨まれるとは……レジーナ嬢の気持ちの強さを感じて、頭が下がる思いです。あなたには雪山とクォルタール、そしてエイク様を愛していただけるよう、祈っております。ワシも精一杯、山越えをお手伝いさせていただく所存です」


 笑顔で話し終えたガンファルと、うんうん、と深く頷く村長。

 

 二人の態度と、今の話の内容を総括すると、つまりは――


(……わたくし、『縁談を進めるにあたってクォルタールを視察しに来た、どこぞの婚活令嬢』だと思われてしまっているみたい……)


 ガクリと、力が抜けた。

 会話中に『三戦三敗』というワードが聞こえたので、以前にもレジーナと同じように、山越えに挑んだ令嬢が三人いた、ということだろう。


 ……――さて、どう上手く対応したものか。

 

 勘違いされたままでいたほうが、都合が良いといえば良い。

 なんだか手厚い協力を得られそうなので。


(騙しているようで気が引けるけれど……しばらくの間は、余計なことを言わずにおきましょう。縁談ではないけれど、領主のエイク・ヘイル様には、ご挨拶にうかがう予定もあることだし)


 ここまで考えたところで、斜め後ろからボソリと、嘲るような笑い声がもれた。


「ははっ、負け続きの領主に、婚約破棄の負け女が縁談とは。似合いですね――……うぐっ!?」


 ルカの腹にドスリと思い切り肘を叩きこみ、レジーナは澄ました笑顔で、ガンファルと村長に改めて深く礼をした。


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