表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/76

12 キルヤック家ご隠居とレジーナの婚約成立 (実家サイド)

 レジーナの父、メイトス家当主『オリバー・メイトス』は、今しがた使用人から一通の手紙を受け取ったところであった。


 その差出人は、レジーナ・メイトス。

 オリバーにとっては最初の妻との間にできた、一人目の娘である。


 とはいえ、さして思い入れもない娘だ。

 いつの間にか結婚させられていた、これっぽっちも好みでない女が産んだ子であったため、養育はすべて乳母と前当主である父にまかせていた。

 自分はその頃、華やかで可愛い愛人――今では後妻として側に置いている、妻の『アンドレア』との愛に忙しかったので。


 オリバーは屋敷の談話室のソファーでくつろぎながら、のそのそと受け取った手紙を開く。


 今日は早朝から三つ隣の街へおもむき、キルヤック家のご隠居を訪ねて縁談の話をしてきたのだ。

 もうすっかり疲れ切っている。

 そんな時に、娘からの変な手紙を受け取ってしまった。 


「レジーナからだと? あいつ今日はどこかへ出掛けているらしいが……出先から自分の屋敷に手紙を出すとは、何を考えているんだ。おかしな奴だな……」


 ブチブチと、文句のような独り言が口からこぼれる。

 そろそろ夕食の時刻だ。腹が減ったなぁ、なんて言葉もこぼしつつ、手紙へ目を走らせた。


「なになに……? 『修道院へ向かいます』って? ――なんだ、そんなことか……」

 

 どうやら娘はしおらしく、修道院に入ったらしい。

 この辺だと農村のボロい修道院か、街の修道院のどちらかだろう。

 気位の高い娘だから、きっとそれなりに立派な、街の修道院のほうだと思うが。

 

「――にしても、修道院入りはいいが、期間が冬の間の半年間だと? 長すぎるだろ! ったく、勝手に決めやがって……。キルヤックご隠居との顔合わせは一ヶ月後だというのに」


 レジーナにはなるべく早めに、キルヤック家ご隠居に嫁いでもらう必要があるのだ。

 なぜなら、早く金持ちご隠居の寵愛を手にして、メイトス家に金を流してもらう必要があるわけで。

 

 正直な話、オリバーは今少しばかり悩んでいたのだった。

 愛する妻の子である、可愛いアドリアンヌの結婚には、それなりに金をかけてやりたいと思っている。

 けれど今のメイトス家の財政状況では、結婚資金を十分にまかなうことができなそうで……


 かといって、メイトス家のプライドもあり、お相手のセイフォル家に頼り切るのも情けない。

 資金を調達するためには、キルヤックご隠居――金持ちの支援は絶対条件なのだった。


(――なのに、金策のレジーナに長々と修道院に籠られたのでは、予定が狂うではないか! アドリアンヌは婚姻の儀を大層楽しみにしている様子だから、なるべく早めに執り行ってやりたいと考えていたのに……クソッ)


 オリバーはイラつきに任せて、手紙を力一杯グシャリと丸める。

 が、すぐに脱力して、ソファーの背もたれへダラリともたれた。


「……まぁ、顔合わせの時に、修道院から連れ戻せばいいだけか。はぁ……今日はもう疲れた。面倒なことを考えるのはやめにしよう」

 

 疲労でぐったりとしたオリバーは、思考をそこで放棄する。

 

 丸まった手紙を放り投げ、クズ入れへと捨てた。


 





「それではキルヤック様、ふつつかな娘ではございますが、我が娘レジーナのことを、なにとぞよろしくお願いいたします!」


 

 さかのぼること、半日前。

 ちょうどレジーナが、街で家出の準備に奔走していた頃。


 父オリバーはレジーナの新たな婚約相手である、キルヤック家ご隠居と固い握手を交わしていたのだった。


 ご隠居――アードラ・キルヤックの歳は、六十七歳。三人の妻がいる、金持ちの老人である。

 すでに家は長子へと継がれ、アードラ自身は余生を楽しむばかりの身である。

 灰色の髪の中心が禿げ上がった、ずんぐりとした老人だ。

 

 オリバーは今日、日の出と同時に家を出て、わざわざキルヤック家へ直接出向いた。

 手紙でのやり取りなど、わずらわしくてやっていられなかった。とにかく急いでいたのだ。

 というのも、さっさとレジーナとの婚約の話を進めてしまいたかったので。


 アードラは若い女を四人目の新たな妻に、と、望んでいる。

 この枠が埋まる前に――今日のうちに一刻も早く、レジーナを候補にねじ込んでしまいたかった。


(……すでに他の娘と縁談が進んでいたら、どうしようかと思っていたが……間に合ってよかった)


 アードラ・キルヤックの屋敷の応接室にて。

 ご隠居との握手を終えると、オリバーは、ふぅ、とため息をついた。

 たった今、無事に婚約を取り付けることができたのだ。

 

 アードラは皺の深い顔でニヤリと笑むと、オリバーへ返事をする。


「ふっほっほ、こちらこそよろしく頼みますぞ。レジーナ嬢は十八歳の、銀色の髪をした娘とな? 我が妻に金髪、黒髪、茶髪はそろっているが、新たに美しい銀髪の娘を側に置けるとは。あぁ楽しみだ!」


 どうやらアードラは、髪に欲をそそられる(たち)らしい。

 ならばレジーナは適材だ。

 性格と口のうるささに難があろうが、髪だけは美しく、珍しい色をした娘であるから。


 そのことにもオリバーは内心ホッとした。

 上手く寵愛を受けられそうなので。


 機嫌の良い声音で、アードラは言葉を続ける。


「ではオリバー殿、一ヶ月後のレジーナ嬢との顔合わせ、心から楽しみにしておりますぞ」

「はい、こちらこそ、娘共々楽しみにしております。重ねてなにとぞ、よろしくお願いいたします! ……――それで、お話変わりますが、一つ折り入ってご相談があるのですが~」


 オリバーは目尻を下げてヘコヘコしながら、一つ話を持ち出した。


「実はですね、我がメイトス家は近々二女のほうも、婚姻の儀の予定がありまして。レジーナと仲の良い妹娘ですので、すこ~しばかし、お力添えをいただけましたら嬉しいのですが~」

「ふほほっ、それはめでたいことだ。どれ、レジーナ嬢との縁談の祝いもかねて、一肌脱ごうじゃないか」

「はは~っ! さすがキルヤック様! ありがとうございます!!」


 オリバーは胸に手を当て礼の姿勢をとり、大声で感謝を述べた。


 


 こうしてちゃっかり、アドリアンヌの結婚資金の支援の約束も取り付けて、屋敷に帰宅したのがちょうど日没の時間だった。


 趣味の良くわからない老人の、機嫌をとりつつの面談帰り。

 オリバーはヘトヘトに疲れていた。


 そんな時に、レジーナの手紙が届けられた。

 ――ので、ざっくり読んで捨ててしまったし、深く考えようともしなかった。



 談話室のソファーでダラダラしていると、ふいにガチャリと、部屋の扉が開けられた。

 隙間からは、アドリアンヌがニコニコとした顔を出す。

 ふくよかな体と赤毛を揺らして、部屋の中へと入ってきた。


 その姿を見ながら、オリバーは顔をゆるめる。


 生真面目で口うるさいレジーナとは違い、アドリアンヌは無邪気でふわふわとしていて、大変愛嬌のある娘である。

 こういう女こそ、男に幸福と富をもたらすのだ。と、オリバーには断言できるほどの自信があった。


 なぜなら自分自身が、無邪気でふわふわとした愛嬌のあるアンドレアによって、幸せをもたらされたから。

 生真面目で可愛げのない前妻からは得られなかった、安楽と快楽を、後妻のアンドレアからは存分に得ることができたのだ。

 

 そういうこともあり、オリバーはレジーナよりアドリアンヌに手をかけてきた。

 幸福と富をもたらすであろう娘に肩入れするのは、何もおかしなことではない。


 アドリアンヌが、『トーマス様のことを好きになっちゃいましたぁ』と相談してきた時には、二つ返事で協力することを約束してやった。

 セイフォル家にとっても、レジーナよりアドリアンヌを娶るほうが、良かれと思って。



 ――なんて、取りとめのないことを頭の中に浮かべつつ、オリバーはアドリアンヌを迎え入れる。

 ソファーの隣に座らせると、アドリアンヌはクフクフと笑いながら、楽しそうに話し始めた。


「お父様ぁ、あのねぇ、あたしとトーマス様の婚姻の儀はぁ、街の人たちも一緒に楽しめたらいいなぁって思うのぉ。街をあげての大きなイベントになったら、とぉ~っても素敵じゃない? きっとあたしとトーマス様だけじゃなくて、みんなが幸せな気持ちになれるわぁ」


 アドリアンヌの言葉に、オリバーはにこやかに頷いた。


「さすがアドリアンヌだ。自分たちだけではなく、領民にも幸せをお裾分けしようというわけだな。素晴らしい案だ」

「そうなのぉ! あたしとトーマス様が馬車に乗って街をパレードする、なんてどうかしらぁ。馬車にはたくさん金の飾りをつけて、とっても綺麗なものにしたいなぁ。綺麗なものは見るだけで、人を幸せにするでしょう? あたし、領地の人たちみ~んなに、幸せになってもらいたいのぉ!」


 オリバーはふむ、と舌を巻いた。


 婚姻の儀では客として、他家の貴族たちを多く招く予定だ。

 豪勢な式にすれば、メイトス家およびセイフォル家の財力を、他家へ知らしめることができるはず。

 他家への牽制にはうってつけの手段である。

 

「なるほど、良い手だ。アドリアンヌ、お前はすごいな……! さすが領主家の娘だ! パレードも金の馬車もとても良い案だから、そのプランでいこうじゃないか!」

「やったぁ! ありがとうございますぅ、お父様! うふふっ楽しみだなぁ!」


 アドリアンヌは無邪気に笑い、オリバーもご機嫌でその様子を眺める。

 


 夕食を待つ間、二人は暖かい談話室で、幸せに満ちた団らんを楽しむのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ