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4.

「こんな夜分にすみません、田村琢磨さんですね?私、西署から来ました、小岩井といいます。二宮さんの件で、少しお伺いしてもよろしいでしょうか?」


そう言って真夜中の訪問者は、焦げ茶色の手帳を提示した。

確かに守衛さんが警察に連絡したって言っていたが、それにしても早過ぎやしないか?

チェーンを掛けたまま開けたドアの隙間から見えたのは、一見柔和そうな初老の警官だった。だが、いくら警察手帳らしき物を提示されても、彼が本物の警官である保証はない。縦に開かれた手帳、というよりも身分証かパスケースと言ったほうが正確だろうか?そこには確かに小岩井の名前と警部の階級が並んでいたが、その下の大仰なエンブレムとか、どこか胡散臭い。その昔刑事ドラマなんかで見た桜の御紋付きの黒革手帳とはどうにもイメージが重ならない。

考えれば考えるほど、美亜の研究を追ってきたどこぞの組織の先兵という可能性が湧き上がって来る。チェーンを外すのをためらっていると、警官はそのまま話を進めた。


「二宮さんの失踪にあなたが気付いた経緯を簡単にで構いません。お聞かせ頂けますか?」


「あ、はい……」


とは言っても、猫のことは話せない。記憶を辿る振りをしながら、話をまとめる。


「えっと、部屋に帰ったらドアの前に彼女の携帯が落ちていて。それが酷くボロボロで……何か事件に巻き込まれたんじゃないかって思ったんです」


「なるほど。その携帯を拝見できますか?」


「えっ?あ、はい」


携帯はリビングの机の上だ。それを手にしたところでハッと思いつく。

これは美亜がわざわざ持って来た携帯だ。今は壊れていても、何か重要な情報が入っているのかもしれない。得体の知れない男にほいほいと手渡していいものなのか?これもまた、存在を伏せておくべき物だったのでは?

しかし既に話してしまっている以上、それを隠しても仕方がない。せめて美亜の了承を得てからにしたいが、ドアチェーンの隙間から背中に突き刺さる警部の視線を受けていては、こっそりと相談することもままならない。

躊躇った末に覚悟を決めて、チェーンの隙間から美亜の携帯を見せる。


「これです」


「これは酷い。電源は?」


「壊れているみたいで入りませんでした」


「それ、お預かりしても?」


いつの間につけたのか、白い手袋をつけた左手がドアの隙間から差し込まれる。

早速来たかと、はやる気持ちを抑えながらも、気持ち語気を強めて答える。


「それは、出来ません」


「およ?」


思いもかけず愛嬌のある声を漏らされて緩みかけた気勢を引き締め直して続ける。


「失礼ですが、あなたが信用に足る人間であるという確証がありません。美亜の手掛かりになるかもしれない物を信用の置けない人間に渡すわけにはいきません」


「それは……困りましたねぇ~……」


顔をしかめて頭を掻く警部は、しかし、どこか芝居がかって見えた。本当に困っているようには、見えない。


「では、今日のところはこのくらいにしておきましょうか。どうやら田村さんもかなり、気が動転されていらっしゃるようですし。明日、西署の方で改めて詳しいお話をお聞かせ頂けますか?」


「……はい」


「一晩ゆっくりと休めば田村さんも少しは気持ちが落ち着くでしょう。婚約者のことが心配な気持ちは私にもよーく分かります。ですが、今の我々が二宮さんのためにできることは非常に限られています。それを一つ一つこなしていくしかないんです。今の田村さんがするべきことは、まずは熱いお風呂に肩まで浸かって、それからぐっすりと眠ることです。案外、朝起きたら片が付いているかもしれませんよ?」


「お気遣い、ありがとうございます」


流石は年の功とでも言うべきか、にっこりと微笑む警部は、不思議なほどの安心感を与えた。

何も知らない第三者が今の俺の応対を見たらサスペンス物の見過ぎだとでも思うのだろうか?もしかしたら小岩井警部も、もし彼が本物の警部だったら、実はそんな風に思っていて、心の中で苦笑いしているのかもしれない。

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