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3.

落した携帯を拾っている間に猫は、更にキーボードをタイプした。一つ一つ、機械音痴の母親よりもゆっくりと。でも、着実に。二言目に出たのは、


「言わないで」


だった。

混乱したまま、「西警察署の方がお話を伺いに行くと思います」、という守衛さんの言葉に上の空で返事をしていた。

電話を切ると猫に真っ直ぐ向き合った。


「お前、本当に美亜なんだな?」


「ミャー」


鳴いて頷く。

それでもまだ、どこか信じられないというか、何か証明が欲しかった。


「俺の誕生日、分かるか?」


「ミャー」


猫が4つの数字を打ち込む。


1120


11月20日、正解だ。そのまんま携帯の暗証番号に設定していたら、あっさりと美亜に破られて「不用心ねぇ~」と笑われたのを思い出す。


「俺たちの出身校」


松波小学校


おぉっ!?これも正解だ。高校の名前が出てくると思っていたから、少し驚いた。


「じゃぁ、スリーサイズ」


7


「ふみゃーっ!」


猫は目を吊り上げて吼えた。一度打ち込んだ数字を消して、


「どさくさに紛れて何を訊いている!!」


と、怒られた。それもそうだ。


「スリーサイズはまぁ、いいとして。それで?どーしてこーなった?」


最も根本的な質問に美亜は、ついと目を逸らす。獣の世界では負けを認めるに等しい行為だ。

普段は勝ち気で自信に満ちた彼女のしおらしい姿は、つい、弄りたくなってしまう。


「どうせお前のことだ。新薬の開発に成功して、浮かれて踊り狂っていたら、けっ躓いて、頭から試薬を被って、想定外の反応で猫になってしまった――とか、そんなところだろう?」


「……概ね、その通り」


マジかよ?そんな漫画みてーな話、アリなのか?そもそもそういう場合って、普通、逆じゃねーの?

人間が猫になるんじゃなくて、猫が人間になる。それも可愛い女の子で、ご主人様にラブラブのデレッデレで、だけど元が猫だから人間のことなんて全然分からなくって、四苦八苦しながら育てていく、育成シュミレーション……ってそれ、何てエロゲ?

そういうのなら、巷にわんさと溢れているけど、美亜みたいなケースって、聞いた覚えがないなー……


「なー!」


美亜の抗議じみた声に振り返る。


「人の話を聞け!#」


おこだった。それも6倍角でおこだった。人、ってゆーか、今は猫だけど。


「スイマセン……」


その迫力に負けてつい、謝ってしまう。

ふん!と一つ鼻を鳴らすと美亜は話を再開した。


「とにかく、私が猫になったことは誰にも秘密だからね。こんなのバレたら、大変なことになる」


「もう、とっくに大変なことになっているんだが……」


警備の厳重な研究施設から人が一人、忽然と姿を消した。立派な失踪事件だ。警察にも既に連絡が行っていると言っていた。


「考えてもみてよ。これは歴史的な発明だよ。肉体の他の生物への物理的置換。しかも投薬だけによる短期間での転換だよ!減った質量がどこへ行ったか分からないけど、明らかに質量保存則を無視している。もしかしたら精神や記憶といったものは高次次元に属していながらも同時にこの次元にもリンクしていて――」


「お、落ち着け!すげぇ発明だってのは俺だってよく分かる!」


明らかにイッちゃってる目で力説されてもドン引きするだけだ。っつーか、キーボードに涎垂らすなよ?

俺の制止で我に返ったのか、美亜のテンションは急激に下がった。


「……でも、あんな薬、作るんじゃなかった。あれは人類を滅ぼしかねない」


「あ……」


それは、なんとなく分かった。

例えば、その技術を応用して「人間がミジンコになる薬」を作って大都会にバラ撒いたらどうなる?中性子爆弾並みにえげつないことになるんじゃないか?


「ミジンコはともかく、少なくとも地球上の生物の長所を凝縮した戦闘用キメラを作るのはそんなに難しいことではないはずだよ。元々私の研究は、キメラの作成とも呼べるものだったのだから」


しれっと言われてしまったが、遺伝子組み換え?人間ベースの?そんな大それた研究をしていたのか、ウチの彼女は……?大豆やトウモロコシならともかく。


ピーーンポーーン♪


ツッコミを遮って、呼び鈴が鳴った。こんな深夜に、訪問者?不吉な予感しかしない。


「ひみつ」


美亜が手早く打ち込んだ単語を見て、無言で頷く。頷き返した美亜はパソコンの電源ボタンを踏みつけてから、音もなくデスクから飛び降り、ベッドの下に潜り込んだ。


ピーーンポーーン♪


再び、呼び鈴が鳴る。唾をのんで、心を静めてから返事を返した。

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