知らないんですか、ツイストですよ
今にも議長を殺しかねないほど怒っている御劔を実行委員が舞台袖に引っ張っていった。
幕の向こうでのざわめきは大きくなっていく一方だった。
天音先輩は実行委員へ、生徒討論会の終了を告知するように指示していた
「やったじゃん」
未可子たちが俺を取り囲んだ。
「貴也のおかげだ」
「俺のお陰じゃねぇよ」
貴也がスマホの中身を見せた。
映像はどれも莉奈から送られた物らしかった。
「これってなに」
四角が首を傾げる。
「こいつ、とんでもない女に好かれてるからな」
貴也が笑う。
どうやら莉奈は俺に隠れてずっと俺の動向を隠し撮りしていたらしい。
もし、なにか悪事でも働いていたら莉奈はそれで俺を脅迫するつもりだったに違いない。
「こんなこと、裏でされてたんですね」
山下や日村が今にも泣き出しそうな顔をしていた。
結果として良かったが、気になった点もある。
「でも、どうして莉奈が」
「これって、多分あんたのためじゃないよ」
と未可子。
「どういうことだ?」
「壇上に出た私らが恥かいてたからじゃない?」
「俺を助けるつもりじゃなくて未可子たちを助けるつもりで送ったのか」
未可子が貴也に笑いかけた。
「特にあんたが馬鹿してたから」
「あれは仕方ねぇだろ!」
それだけではないだろう。莉奈には天音先輩を助ける意図があったはずだ。
あれらの映像を撮っていたと言うことは御劔に俺が脅されることを知っていて、しかもそれに天音先輩が巻き込まれたことも知ってただろう。
俺を追い落とすことよりも天音先輩を助けることを優先したのだ。それは莉奈にとっても俺にとっても好ましい進歩だった。
そこで未可子が悪い顔をした。
「これさ、ばらまいちゃおうよ」
「いいな、それ」
公表するつもりになっている貴也と未可子を止める。
「公表はしない」
「なんで?」
貴也はすっとぼけた顔をしていたが、俺の意図に気付いた未可子はひらりと変わり身をした。
「馬鹿、祐介は脅迫されてんの。だからこの映像で脅迫に対抗すんのよ」
「馬鹿って、お前から言い出したんだろ」
そこへ、天音先輩がやってきた。
天音先輩に気付いた未可子がひひ、っと笑って貴也を含めた全員を引っ張っていった。
「ほらほら、お邪魔しちゃ悪いから」
未可子のお節介ぶりに顔が赤くなるのを自覚して俺は天音先輩を迎えた。
「いいのか? 彼らは。私からも礼を言いたいんだが」
「俺たちを二人きりにさせたかったみたいです」
「そうか」
天音先輩が顔を赤くして俯き加減になった。
「そ、それでどんな魔法を使ったんだ?」
天音先輩に俺をリンチにかける御劔の動画を見せた。
「これは」
天音先輩の顔色が変わった。
「大丈夫なのか? どこか折れていたりとかは?」
人形の腕を持ち上げるように俺の腕を持ち上げて触ってたしかめている。
俺は思わず笑ってしまった。
「もう、かなり前の映像ですよ。それに俺は今、ここにいますから」
「そ、そうだな」
ぱっと天音先輩が俺から離れた。
「これは誰が?」
「多分、莉奈です」
「莉奈が」
俺と天音先輩との間に軽く沈黙が満ちた。
御劔の件は片付いたが、まだ莉奈が俺の敵であることに違いはない。
もし、莉奈が俺の味方をするつもりであれば、あれは嘘でした、と本人が出てきて言えばすんだのである。
暗くなった空気を改善するために声を明るくした。
「でも、これさえあれば御劔に握られた弱みも帳消しですよ」
「そうだな」
我慢しきれない、というように天音先輩が俺の手を握った。
「皆見てますよ」
そう言うと天音先輩がぱっと手を放した。
また、俺と天音先輩との間にぎこちない距離が開いた。
だが、俺も天音先輩もそれ以上離れるつもりはなかった。
しばらく見つめ合っていると天音先輩が口を開いた。
「なぁ」
もごもごと口を動かしていた。
「私と踊ってくれないか?」
○
校庭ではもうすでにダンスへの期待が高まっていた。
夜の学校に大勢の生徒が集まっているという様子は非日常的で、否応なしに気持ちも昂ぶっていく。
しかも、俺は天音先輩と踊れる。
これで気分が盛り上がらなければ嘘である。
胸の痛みはずっと続いていた。心臓の動きも不規則だ。だが、天音先輩と踊れるのだ、と思うと気にならない。むしろそのせいで鼓動が早まっているのだろう。
不眠など知ったことはではない。俺はここで生きているのだ。
早く恋人と踊りたがっている生徒たち、彼らに混ざってキャンプファイヤーを準備した。
この行事の時だけは、教師が司会を務めてくれる。
その分、堅苦しくはなるがダンスが始まってしまえば気にすることはない。
すでに組まれてある骨組みに燃やせるゴミや屋台の残骸などを放り込んだ。
教師が安全を確認してからキャンプファイヤーに火をつける。
俺と天音先輩はその様子を近くで並んでみていた。はじめは燻っていた炎だったが、足がかりを掴んでからは一気に燃え上がった。
あとはもう消えることはない。
炎の熱さを肌で感じながら、俺と天音先輩は自然に手を握っていた。
「それでは、後夜祭のダンスを行うので希望生徒はキャンプファイヤーの回りに集まってください」
同性同士や異性と。ただ踊るために出てくる生徒も多いが、恋人同士はやはり目につきやすい。
参加しない生徒はキャンプファイヤーを遠巻きに見ながら友達同士でおしゃべりをしていた。
音楽が流れた。
まずは、と言いたげにおとなしめの曲がかかった。
踊れれば何でも良いが、そもそも俺はどうやって踊るのかを知らなかった。
「ダンスってどうしたら良いんですか?」
「腰に手を当てて揺れるだけでも良い」
言われるがままに天音先輩の腰に手を当てて音楽に合わせて左右に揺れた。
腰を抱き合ってただ見つめ合って揺れているだけの生徒もいるが、そこまでのことは出来なかった。
天音先輩と音楽に合わせて揺いると貴也が見えた。
恋人には振られてしまったらしく、自販機で買ってきたジュースを飲んでいた。
貴也は俺を見つけると親指を立てた。
それを未可子がからかっていたが、未可子はすぐに友達に誘われて言ってしまった。一人になってジュースを飲んでいた貴也にふと、一人の女生徒が声をかけた。四角だった。
莉奈の姿を探した。どこにもいない。今頃も、どこかで俺を見ているのだろう。
天音先輩の顔が俺のすぐ側にあった。
「なにか気になるか?」
「いえ、皆楽しそうですから」
「きっと私が一番楽しいな」
天音先輩が笑った。
こんな声が聞こえてきた。
「あれ、天音先輩が踊ってる?」
「でも、相手が」
天音先輩は気にしていないようだったが、俺には気になった。
俺は天音先輩を助けたくて恋人になったのだ。
わざわざ困らせるようなことをしてはいけない。
「いいんですか? 俺とで」
暗くならないように天音先輩にきいた。
俺の悪評は完全に払拭されたわけではない。
こんな状況を見られてしまうと天音先輩もなんて言われるか分からない。
「ああ、もういいんだ」
「いいんですか?」
「思えば、簡単な事だ。お前が私の信頼を勝ち取ったように、私もただ行動で信頼を勝ち取ればよかったんだ」
天音先輩が少しだけ、俺にダンスのリードを預けた。
「失った信頼はいつかは取り戻せる。そのために生きていれば、いつでもやり直せる。それに気付かせてくれたがお前だ」
今まで幸せと言うことについて考えたことはなかった。
もしこれからの人生で幸せとはなにか、と自問したとき真っ先に思い浮かべるのは今、この瞬間だろう。
絶対に忘れないように心に焼き付けておいた。
大きく、心臓が脈打った。
曲が変わった。
今までと打って変わって陽気なナンバーだった。
戸惑う先輩の手を取って今度は俺が天音とダンスを踊った。
昔映画で見たダンスを思い出した。
天音先輩が声を出して笑っていた。
「なんだそれは」
「知らないんですか、ツイストですよ」
横向きにしたピースを顔の前で横切らせる。
「ほら俺の真似をしてください」
「ツイストなら私も少しは知っているぞ。お前のはツイストだと言われなければ分からなかっただけだ」
ムキになって言い返す天音先輩が可愛かった。
俺に退行するように陽気にツイストを踊り出した。
ピースの手のひらを先輩に向けて顔の前をスライドさせる俺。
天音先輩は広げた手のひらの指の隙間から俺を見ていた。
途中で、ふら、と足下がおぼつかなくなった。
バランスでも崩したのだろう。
すっかり踊りきって二人で笑った。
次はロックナンバーだった。
天音先輩の手を取り、心のままに、気の行くままに音楽に身を預けた。
曲の幕間でふぅ、と天音先輩が額の汗を拭った。
「離ればなれで踊るのもいいが、やはり私はこうやって踊る方が好きだな」
と、俺に抱きついた。
天音先輩の潤んだ目が俺を見つめていた。
皆、ダンスに夢中だった。誰も俺と天音先輩のことなんて見ていなかった。
ドラムの音に身を任せながら顔を近づけていく。最初から二揃いの人間だったかのように吸い寄せられていく。
だが、どういうわけか天音先輩は遠ざかっていた。
心配させないように近づかなければ。
足を前に出した。だが、あらぬ方向にでる。
バランスをとるために足を動かせば動かすほど、天音先輩から遠ざかっていた。
視界が回り出した。
もしかしたらツイストではりきりすぎたのかもしれない。
胸がズキズキと痛んだ。
「どうしたんだ」
俺がふざけているとおもったのか笑顔の天音先輩が肩を支えていた。
膝から下の力が抜けた。
まるでひざまずくように両膝からくずおれた。
上手く息が出来ない。
鼓動は鳴っているのかわからないほど早く脈打っていた。
息を吸っているのに呼吸がままならない。
吸えば吸うほど出て行っているような気分だった。
じわじわと視界の隅が染まっていく。
さっきまで楽しそうに笑っていた天音先輩の顔が恐怖と心配とがない交ぜになった表情に染められていく。
泣きそうな声で天音先輩が俺の顔を包んだ。
「おい、どうした。しっかりしろ」
もう上半身を支える力もなかった。
今はただ、横になりたかった。肩から倒れ込んだ。
体が転がり、俺は仰向けになった。
星が輝いている。
こんなにも明るい炎が揺らめいているのに、星はきらきらと相も変わらず光っていた。
「誰か、誰か来てくれ」
天音先輩が悲痛な声を上げる。
雰囲気を壊してしまった。
「すみません」
声は出ていなかっただろうが、口はそう動いていただろう。
視界が回る。
じわじわと視界が端の方から黒ずんでいった。
人が回りに集まる気配がする。
一人や二人ではない。大勢だ。音楽が止まった。
「祐くん」
莉奈の声がした。
「しっかりしろ」
天音先輩の声もする。
心配させないように起きなければ。
だが、耐えがたい眠気のようなものが俺を襲っていた。
はやく、太ももをつねって眠気を覚まさなければ。
手が動かなかった。
どうしたらいいんだろう。
抵抗はしようとしていた。
だが、心のどこかでこの眠りには抗えない予感がしていた。
耳鳴りがする。激しい耳鳴りがする。
もう、誰の声も聞こえなかった。
明日からもバイトがあるのに。
途方に暮れながら俺は深い深い眠りに落ちていった。




