マナーモードにしてください
よほど気になるのか気ままな生徒たちは休み時間が終わる前にすっかり体育館に戻ってきていた。
先ほどよりも前に詰めていて、再開されるのを今か今か、と待っていた。
舞台の袖で悠々と服装を直し、御劔が登場した。
それを照明が追う。真ん中にきて御劔が止まった。
「それでは生徒討論会を再開いたします」
拍手と共に討論会が再び始まった。
「実は、休み時間の間に証人の方々が増えていまして」
俺たちの居る席を照明が照らした。
眩しさに目を細める。
俺たちの側には日村や山下がいた。休み時間、どうしても、と詰め寄られてしまったのだ。そんな俺たちを御劔が嘲笑した。
「いやはや、なんとなくカラフルになりましたね」
会場が再開一発目の笑いに満ちた。
「では、早速質問をしましょう」
日村に歩み寄った御劔がマイクを向けた。
「では、彼について何を知っていますか?」
「あの人は、そんなことをする人じゃありません」日村が懸命に伝える。「私はあれほど優しい先輩にあったことがありません」
「随分、入れ込んでいるようですが」
そうやって笑いを誘った。
誘われたままに笑うのが今のこの場だった。
もう会場は出来上がってしまっていた。
怯んだ日村に山下が変わった。
「先輩には助けて貰いました。ある人が髪の色を理由にして執行部から僕と彼女を追い出そうとしたとき、その人が庇ってくれたんです」
「その庇ってくれた人はもしかして金髪だったりするんじゃないかな?」
どっと会場が笑いの渦に包まれた。
金髪が地毛の生徒など俺以外にこの学校にはいない。
「つまり、君たちを助けたわけじゃなくて、自分が助かりたくて庇ったようにしただけでは?」
「そうじゃありません」
だ何か喋りたそうな山下から御劔がマイクを引き上げた。
「そもそも、そんな提案おかしくありませんか? たかだか髪の色を理由にして執行部から人を追い出そうなどとありえませんよね」
「それは副会長が」
「私が」
御劔がマイクを持った両手を降参するように上げた。
「とんでもない火の粉が飛んできましたね」と笑う。「私がそんなことをしてどうなるんですか?」
「あなたは自分の好きなように学校を作り替えたがっているんですよ」
果敢にも山下が向かっていった。
すると御劔がなるほどなるほど、と深く頷いた。
「たしかに私にはそういうところがあるかもしれません。この学校をよりよい物にしたい気持ちが先走ったかもしれない。でなければ副会長には立候補しませんからね」
ほとんどが山下の肯定だった。
どうしたのだろう、と会場中の生徒が顔を突き合わせるか疑問符を頭上に浮かべた。
「ですが、あなたには一つだけ。一つだけ思い過ごしていることがある」
人差し指を立てて一個だけだ、と入念に御劔がアピールする。
溜めて溜めて焦らして御劔が言った。
「私は三年生ですよ」
前振りがあった分、笑いの効果も大きかった。
釣られて笑ってしまった、という具合に「司会なのにすみません」と謝りながら腹を押さえこう続ける。
「もしかして留年するつもりとでも? そんなことをして何の意味があるんですか。もう一年もいない学校に変革をもたらしてなにが楽しいんでしょう」
また会場が湧いた。
誰も彼もが大きな口を開けて笑っている。
これはショーだった。
尊敬される副会長が出来の悪い生徒たちと議論を交わして笑いながら余裕を見せて勝っていく。
そういうショーなのだ。
「では、仮定として認めましょう。私が三年生であるにも関わらずに、学校をもっと変えたいと思っている。そこで髪の色で執行部生の不信任を決定しようとしている。これだけでもすでに面白話ですが」
生徒たちに言い訳しながら続ける。
「そうこう圧力を受けた、ということは正式に生徒会会議にかけたということでしょう? だったら証拠が残っているはずではありませんか?」
日村が反論した。
「先輩が書記に書かせるのを辞めさせたんじゃないですか」
これを御劔は笑って躱した。
「もう一度言います、私は三年生です。どうしてそんな提案をする必要があるんですか?」
また、笑いが起きた。
山下はまだ諦めていなかった。
「見た生徒は僕ら以外にもいます」
「でしたら執行部生に壇上に集まって貰いましょうか?」
御劔が自ら提案した。
日村と山下が声を合わせた。
「そうしましょう」
「先輩として忠告します。やめといたほうがいい。これ以上後輩に恥はかかせたくありません」
大仰に会場の生徒たちに向き直る。
「こうやって後輩を思いやるのが三年生のほんとうの振る舞いという物です。そうでしょう、皆さん?」
問いかける御劔に肯定の拍手と、その通り、という賞賛の声が飛んだ。
御劔はもう、この場の王様だった。
動物が動いているものに意識を取られやすいように、人間もより長く話している方に意識を取られてしまう。
いつの間にか、俺を擁護してくれるような人はいなくなっていた。
壇上にはまだいた。だが、居るだけだ。御劔の笑いを駆使した狡猾なやり方で皆は論客として不十分な人間として、つまりは議論にすら値しない人間として処理されてしまっていた。
「かなり白熱しましたが、さすがに時間を取り過ぎましたね」
まとめにかかっていた。
御劔が俺の悪さを証明するのに使ったのは西山の一人だけ。
あとは御劔の狡猾な話術で丸め込んだ。
準備の差と力量が違いすぎる。
認めたくなかったが、俺の負けだった。
天音先輩に目を伏せて申し訳なさを伝えたが、天音先輩は俺に首を振ってくれた。
今や、体育館の扇動者として声を張り上げている御劔を止める術はもう誰にもなかった。
視線を感じ、舞台を見下ろした。
莉奈がいた。俺を見上げる莉奈はなにをいうでもなかった。唇を固く結んでいた。
莉奈は知っている。俺たちのことを知っている。未可子のことも俺のことも天音先輩のことも。
それに御劔のほんとうの姿を知っている。莉奈が嘘だと言えば、それですべてが収まる。
だが、莉奈は俺と戦っている。
莉奈は俺のことが好きだ。だからこそ、莉奈は嘘を認めない。
莉奈が俺から目をそらしスマホに目をやった。
御劔が俺たちに退席を仕草で指示する。
「では、次の話題に」
もう立ち上がるほかない。悔しさを押し殺して立ち上がろうとした。
「ちょ、ちょっと待て」
どたどた、と誰かが舞台に駆け上がってきた。
「騒がしいですね」
御劔が迎え入れた。
慌ただしく貴也が椅子に座った。
「あんた」
未可子が信じられない、と貴也を見やった。
「いいのか」
ここに駆けつけた。それは俺の弁護をしにきたと取られるのが自然だ。
話すだけでもまずい人間の弁護をしに来る。貴也には折角出来た彼女が居る。その彼女は俺を嫌っているらしい。
そんな俺の内面を見て取ってか貴也が何でもないように言う。
「俺とお前の仲だろ」
「貴也」
感激のあまり言葉もなかった。
絶対に負けるという流れにもかかわらず、不名誉な俺の友人として壇上に上がることを選んでくれたのだった。
思い切り貴也を抱き締めたかったが、今はそれどころではない。
未可子がちくりと貴也を刺した。
「だったら、最初から味方しなさいよ」
「うるせーな、すぐに黙らされたくせによ」
「なんですって」
騒ぐ二人に俺の顔にも笑顔が戻りつつあった。
「仲が良いですね」
御劔が俺たちを眺めていた。
貴也が来てくれたのは嬉しい。だが、貴也に飛び出す以外の考えがなかっただろうことは俺にも分かっていた。何も言い負かす根拠はないが、ただいてもたってもいられなくなって飛び出してきた。
軽く汗をかいていた御劔だったが、貴也に大した情報がないのに気付きはじめていた。そうなると取るに足らない相手だ。
「それで、どうしてここに?」
マイクを向ける。
「お前が言うことに腹が立ったからな」
はぁ、馬鹿。と未可子が肩を落とした。
「では、怒りで頭がいっぱいになって思わず壇上に上がってしまったと?」
「そうだ」
会場中の失笑を買いながらも貴也が言う。
「みんなー。この副会長のやることなすことインチキだぞ。騙されんなー」
御劔が俺に笑いかける。
「愉快な友達が多いみたいですね」
「お前が悪いってのは俺たち皆知ってるんだ。全部認めて楽になれ、な?」
貴也がしつこく噛みついている。
これではただ恥をかくだけだった。
こんな貴也が相手だ。
御劔はわざわざ言い返す必要さえもない。
肩をすくめるだけで十分だった。それだけで会場中が御劔に同情し、全くもって不穏当で、不適当な乱入者の貴也を見下した。
おまけに、貴也のスマホが鳴った。
「マナーモードにしてください」
またしても、御劔が笑いを取った。
このまま負けてしまうだろう。
そうなると天音先輩とは一緒にいられなくなる。
悔しいが、それが現実だった。
ふてぶてしく貴也が椅子に座り直して、当て付けのようにスマホを取り出した。
貴也の表情が変わった。
「なぁ、これ」
「なによ」
スマホの画面を未可子に見せる。
すると未可子の眉毛が釣り人に引っ張られたのかと言うほどつり上がった。
「これって」
俺の手に渡る前に貴也が立ち上がった。
まるで銃を持った用心棒のように右手にスマホを持って、のっしのっし、と御劔に向かって歩いていく。
未可子がそれを眺めていた。
何が起こっているのか理解できないまま、貴也の背中を見送った。
「どうしたんだ?」
と俺が訊いても未可子は、「まぁ見てなって」と教えてくれない。
「おい、副会長」
貴也が啖呵を切った。
「な、なんですか」
御劔が議長に助けを求めた。
「座ってください」
議長が貴也を落ち着かせにかかるが、貴也ははなから殴るつもりなどはなかった。
「まぁまぁ、なにもしねぇって」
言いながら貴也がスマホをいじる。
「これ、聞いて貰うだけだから」
聞く、という単語。それを受けて自然と体育館全体が静まりかえった。誰もが次にどんな音が鳴るのかを息を殺して待っていた。
しん、とした体育館に貴也のスマホの音声が流れた。
『髪が金色で肌が浅黒い人間は俺の生徒会にいらないといっているんだ』
御劔の顔がさっと青ざめた。
スマホの音量では不十分なため、奥の方へは聞こえていなかったようだが、前列の生徒は口々に声の主を口にしていた。
「あれって、もしかして御劔さんの声?」
そうしている間にも、音声は流れる。
「ま、まて」
慌てる御劔から貴也がマイクを奪い取った。
スマホをスピーカーに切り替え、マイクを押し当てた。
スマホの音声をマイクが拾った。
先ほどまで御劔の美声を届けていたマイクが御劔の醜聞を振りまいた。
『分かるように言ってやろう。この素晴らしい学校には、お前のように片親で髪も金色で普通でもないくせに成績も悪い貧乏な出来損ないを置いておく場所はないということなんだ』
この学校で俺以外に金髪の生徒はいない。
『お前の母親は若いうちに計画性もなく馬鹿な男とくっついてまるでペットでも飼うような感覚でお前を産んだのだろう。だからお前のような人間の出来損ないができあがるんだ』
どこかからかひどい、と声が上がった。
今まで御劔の味方だった生徒たちが一転、批難の声を御劔に向かって投げかけた。
『出来損ないを馬鹿な雌犬に産ませてすぐに雄犬のほうは逃げたんだろう?』
違いない。御劔の肉声だ。
「やめろ」
貴也を突き飛ばし、御劔がマイクを拾い上げた。
「み、皆さんこれは誤解です。合成された音声です」
貴也がスマホを御劔に向けた。
「映像もあるぞ」
「な」
スマホには隠し撮りしたような角度の映像が映っている。
そこには俺を壁に押しつけ、厳しく指をさしている御劔の姿があった。
「どういうことだ」
御劔が議長に怒鳴った。
「そ、それは」
西山が立ち上がり、御劔に食ってかかった。
「わ、私は関係ないよね? ただ邪魔したら良いってそういう約束だよね?」
「うるさい馬鹿、今ここでそんな話をするな」
まとわりつく西山に罵声を飛ばし引き剥がした。
その拍子に西山が舞台の上で転げた。
この大達回りも御劔の持っているマイクが全て拾っていた。
「お前」
天音先輩が俺を呼んでいた。その顔は明るい。
挽回の可能性がある。
痛いほどに高鳴る心臓を抑えながら、貴也に聞いた。
「他には?」
「ある、あるぞ。祐介のスマホに送った」
中身を確認する。
動画が幾つもあった。廊下で俺を恫喝する御劔、生徒会室で弱みを握ったと俺たちを脅迫する御劔の動画まで。俺と御劔との諍いの全てが記録されていた。
決定的なのはこれだ。
夜の映像。
これは間違いなく御劔とそのシンパが俺をリンチしたときの映像だ。
これが公表されたときに世間に与える影響は、俺と天音先輩のキスの写真では比較にならないだろう。財閥御曹司の暴力事件など、飲食店の冷蔵庫にバイトがふざけて入ったのとは分けが違う。
他にも四角と思われる生徒を囲む西山とその友達の動画もある。
これがあれば四角の証言が事実であることにも繋がるし、御劔サイドの証人が嘘をついた証拠にもなる。
これらの映像を御劔にちらつかせた。
「これとあれ、どっちが話題になると思います?」
ぎり、と俺にも聞こえるほどの強烈な歯ぎしりがした。
俺を殴りつけたいのを必死に堪えているようだった。
御劔が壇上の椅子を怒りにまかせて蹴り倒す。
その勢いのまま議長を脅しつけた。
マイクもいらないほどの大音量だった。
「こいつらを舞台から下ろせ」
「でも、もう」
諦めたように議長が頭を振った。
会場の生徒たちはもはや俺のことなど気にしていなかった。
狂態を晒した御劔と、そうさせるに至った動画の内容が気になって仕方がないようだった。
俺が天音先輩に笑いかけた。
すべてを理解した天音先輩が御劔からマイクを奪った。
「副会長が取り乱しているのでここは私が代わって」
続けようとする天音先輩のマイクに御劔が議長に怒鳴る声が入った。
「俺は御劔宰だぞ。御劔財閥の跡取り息子だ。お前も俺に世話になってきたんだからなんとかしろ」
だが、御劔本人は怒り心頭でもう、回りのことなど見えてもいない。聞こえてもいないようだった。
天音先輩が舞台係に手を振った。
幕が閉まっていく。
俺は莉奈のいた場所を見た。そこには誰もいなかった。
舞台は疑問を残したまま、幕の向こうへと消えていった。




