あらあら、これは面白くなって参りました
この嘘話に会場の生徒たちはすっかり同情しきっているようだった。
「もう我慢できない」
制止も間に合わない。未可子が飛び出していった。
まるで猪のように階段を昇っていく未可子を御劔の小馬鹿にしたような笑顔が迎えた。
「おっと、新しい証人でしょうか」
西山の隣に座ろうとする未可子を御劔が止める。
「まず座る前に、どちらの味方か教えて貰えますか?」
「ゆ」俺の名前を言いかけて未可子が言い直す。「勇気を持って出てきたのは分かるけど嘘は良くないと思うな」
にこり、と未可子が西山に笑いかけた。
西山が未可子をきっ、と睨む。
「あらあら、これは面白くなって参りました」
余裕の仕草で御劔が西山を客席から見て右側に誘導し、未可子は左側に一人で座らされた。
あくまでも御劔は右側に立って、一人で緊張している未可子に対峙した。
未可子の姿を見て御劔が鼻で笑ったように見えた。
「嘘、と主張していますが?」
未可子にマイクが向く。
「はい、事実無根です。私の知っている彼はそんなことをする人じゃありません」
まるで優等生のような喋り方だった。未可子がギャルを捨てて登壇していた。
「ということは、あの事件も嘘だというんですね?」
「はい。私は被害者とされている子とも加害者ともされている子とも仲が良いので」
「それはそれは」
御劔の目が狡猾に光った。
「では、どういう関係だったんですか?」
「二人とも仲がよかったです」
「それはあなたがそう思っていただけじゃないんですか? ほんとうは嫌がっていたとか」
「そんな風には見えません」
「ですが、人間の心のことですよ? 見えないからこそ人はすれ違うんじゃないんですか? 今私とあなたの気持ちがすれ違っているように」
御劔が笑いかけると会場が笑った。
「話をそらさないでください」
「私が西山さんと話している最中に割り込んできたのはあなたですよね」
馬鹿にしたような口調だが、会場は御劔に同調していた。未可子は聞きたい話に割り込んできた空気の読めない第三者以外の誰でもない。
未可子が不安そうに左右を見渡していた。仲間を探している。
「まともに考えられないんならしゃしゃんなよ」
どこかでそんな声がした。
反射的に未可子が怒鳴り返した。
「なんもしらないでしょ」
「まぁまぁ」
御劔が未可子を抑えた。
理性的な御劔が感情で物をいう未可子をなだめている構図が出来上がっていた。
「これだから女はよー!」
野次を無視しながら子供に言い聞かせるように御劔が諭した。
「そもそも仲がよかったらこんな噂話どこからも流れないと思うんですがね」
マイクがわなわなと震える未可子の自信なさげな口に向けられた。薄いピンクのリップが照明に光っている。
「それは事情があって」
「事情?」
「その子はその彼のことがすごく好きで嫉妬しちゃう子なんです。だから彼に戻ってきて欲しくてそういうことを」
「相手に自分を好かれたいからひどいことをされたと噂を流す? そんなことをしても相手を許すのは聖人君主だけですよ」
御劔が会場に問いかけた。
「皆さんはこのゲストの主張をどう思いますか?」
「ありえねー」
おそらく御劔のシンパである生徒が叫んだ。
くすくす、と笑い声が細波のように広がっていく。
だが、効果は抜群だった。
「有り得ないよね」「私はしないかな」
俺の周囲でも小声で意見を交換する声が聞こえる。
完全に御劔のペースだった。このままだと未可子が飲まれてしまう。
流れを変えるためには俺が出る必要があった。
御劔は俺のことを見くびっている。弱みを握っているため見ていることしか出来ないと思っている。
「潔白なら本人が出てきてもおかしくない。そう思いませんか?」
挑発するように御劔が声を張った。賛成を示す拍手がそこら中で鳴った。
出て行ってもろくな反論はできない。だが、口でなくても語れることはある。
絡みつく視線を振り切るように歩いた。
壇上に登っていく。
会場の色が一変した。噂の男、それが俺であることは全校生徒周知らしい。
まるで俺が体に爆弾を巻き付けているかのように、会場の声が大きく波打った。
壇上に上がった俺を見て、御劔が一瞬息詰まった。
「おやおや、新しい証人が出てきましたね」
辛うじて動揺を隠しながら御劔が俺を誘導する。観客はそれを仕方のない反応として受け止めているようだった。
だが、実際のところ御劔にとって俺が登壇したのは想定内だった。
想定外の出来事が起こった。あえてそう装い振る舞い、俺が噂の張本人であると言外に認めているのだ。
「あなたはどちら側の人ですか?」
知らんぷりをして御劔がいうので、俺も知らんぷりをした。
「俺はその人の潔白を信じてますので」
未可子の隣に座る。
会場の方はなるべく見ないように務めた。どんな表情と視線を向けられているかは見なくても分かる。
「帰れ-!」
誰かが叫んでいた。
「ごめん」
俺にだけ聞こえるような声で未可子がふがいなさを謝った。
だが、未可子は悪くない。
この仕組まれたステージではどんな強者も弱者に貶められてしまう。
羊の中では犬も羊のフリをさせられる。
俺にマイクが向く。
「それで噂の人物とはどういう関係なんですか?」
「友人です」
「どういう友人かを訊いているんですが、伝わらなかったようですね」
揚げ足を取られてしまった。
俺憎しの感情が強いのか、会場にはただの笑いではない悪意のこもった黒い笑いが満ちた。
堪えて冷静に答える。
「俺は彼の内面を良く知っています」
「つまり、ほとんど本人と同じような生き写しの人間と言うことですね」
また、御劔がウケを取った。
天音先輩の弱い眼差しの直視に耐えられるように、またその視線をこれ以上弱々しい物にしないために俺は胸を張った。
「そういうことです」
「でしたら、どう思いましたか? 仲の良いお友達にこんな噂を流された彼は」
「うらんでいません。ずっと助けられてきましたから。そのくらいのことをする権利が彼女にあると思っています」
「いまいちよく分かりませんね」
「それは」
補足しようとする俺を議長が遮った。
「まだ、副会長が喋っていますよ」
「ありがとう」
御劔がチャーミングな笑みを議長に返して続ける。
「もしかして、滅茶苦茶なことをいって皆を煙に巻こうとしてます?」
「そんなつもりはない」
「でも、おかしくありませんか? 私なら殴られたら相手に仕返ししたいと思うのに」
「今話しているのはあなたの意見ではなく」
言い返そうとしたところでまた、
「まだ、副会長が喋っています」
と、議長に遮られた。
いらだたしさが募った。自分の考えじゃなく、俺と莉奈との関係を訊くべきだ。
だが、ここは正しさを追求する舞台ではない。
俺を完全に打ちのめすための舞台なのだ。これが正しい形で、俺は御劔の望むままの形で打ちのめされていた。
御劔が壇上を我が物顔で歩機回った。
「話がわき道に逸れてしまいましたね。面白そうな証人が出てきたので、話を元に戻しましょう」
御劔が植え付けた印象を払拭する機会さえも残されず、話題が移っていく。
「それで、ほとんど生き写しとも言えるほど当該生徒と仲のよいあなたに伺います」御劔が西山を指さした。「彼女を脅した、というのはほんとうですか?」
「そんなことは」
「ちょっとまってください」御劔が手で俺の言葉を遮って議長に言う。「この件は非常に重要度が高そうなので、それだけの取り仕切りをお願いします」
「わかりました」
議長が請け負った。
御劔が微笑んだ。
「じゃあ、再開しましょうか。彼は彼女を脅しましたか?」
「それには事情があって」
「脅したんですね?」
御劔が議長に合図を送った。
議長が俺に訊く。
「脅したんですか?」
「ちょっと、ちゃんと祐介の話をきいてよ」
未可子が声を上げる。
「今大事なところなので、静かにして貰えますか?」
「こんなの一方的に」
立ち上がって抗議する未可子の腕を引いて座らせた。
「どうして」
「そんなことをしてももっと不利になる」
未可子が唇を噛んだ。
「ごめん」
俺は冷静に議長に問いかける。
「理由を言わせてくれませんか?」
「今は、脅したかどうかをきいているんです。話をそらさないでください」
相手の望むことを言わなければ、その先はなさそうだ。
「脅しました」
体育館が揺れた。
俺を中傷するような声がきこえてきた。
あまりに単純すぎる生徒が苛立たしかった。
だが、彼らは俺のことを知らない。御劔はそこを上手く突いて俺を窮地に立たせていた。
だが、この空気は俺が壇上にいなくても遅かれ早かれ作られていた。
「では、理由の方を教えて貰いましょうか」
意外にも御劔からきいてきた。
「それは」
だが、俺には沈黙する以外の選択肢は残されていなかった。
「どうしたんですか?」
そうやって俺にきく御劔の声の底にはサディスティックさがある。
「言えないようなことなんですね?」
俺にはまだ言えない理由がる。
西山が四角をいじめていた。ここで四角の名前を出すのは抵抗がある。自分が助かるために四角の個人的な秘密を売るつもりはなかった。
ただ、いじめられていた人を助けたと伝えるのもいい。
だが、そんなことをすると御劔は証拠を求めてくるだろう。いじめていた人間が名乗り出るはずもない。すると自然にいじめられていた側の人間が登壇しなければならなくなる
証人として四角が出てくるのは有り得ない。
いじめられたのが恥ずかしいという理由で誰にも言えなかったのだ。
そうやって出てない証人を話題に出せば、嘘をついた、と断じられる。
それよりは怪しまれようとも沈黙した方がよほど良い。
それらを全て理解した上で御は攻撃している。御劔の舌は本来真っ白なのではないか。それにもかかわらず赤いのはその舌で何人もの人間を傷つけてきたからだ。
勝負は決していた。
御劔はただ、俺を壇上から下ろすだけでいい。それだけで勝利を勝ち取れる。
「では」
会場に呼びかけようとした御劔が固まった。
想定外を目にした顔をしている。
俺の隣に四角が座る。
「四角華です」
芯の強い声で四角が名乗った。声や表情は気丈そうに見える。だが、スカートの上の手は震えていた。
驚きに奪われた主導権を取り戻すために御劔は舌を懸命に動かした。
「あらあら、随分と女の子のお友達が多いみたいですね」
笑いが今や、御劔の背後に味方としてついていた。
もっとも罪深さを感じさせない感情が、もっとも罪深い男の仲間になっていた。
「それで、どういう要件で上がってきたのでしょうか」
「わ、私は」
詰まりながら四角が絞り出すように言う。
「私はその、西山さんにいじめられていました」
会場に動揺が広がった。いじめというセンセーショナルな単語は一躍、西山を悪者にしかかっていた。
御劔は落ち着きを保ちながら言い返したが、その声は若干早くなっていた。
「今、関係ありますか? 西山さんの人格を否定したところで西山さんを脅したという事実は消えないと想いますが」
「関係あります。彼が西山さんを脅したのは、いじめの現場を押さえたからです」
思い通りに進まないためか御劔の顔が細かく痙攣した。
だが、御劔も何の対策もなしに西山を壇上に上げはしない。
「ですが、そのいじめを押さえた、という証拠はあるんですか?」
「それは」
四角が口ごもる。
そう、証拠がない。
それが何よりも大きな障害だった。
だが、証人が居るというのはこれまで以上にない好機だった。未可子の表情に生気が戻る。
ふと、壇上に異音が混じった。
しゃくり上げる泣き声。
西山が顔にごしごし腕をすりつけている。泣いていた。
「どうしたんですか」
大股で歩み寄った御劔がハンカチを渡した。
顔を汚した西山がしゃくりあげる。
「あの子、私を嫌ってるんです」
四角を指さした。
「私と一緒にいるのが嫌だからって、いじめられたなんてでっち上げてシフトを変えさせたんです」
同情するように御劔が首を振る。
「つまり、彼女にはいじめられた、と嘘をつく動機があったと?」
「そういうことです」
会場の空気はまたしても変わってしまった。
自分たちの善意が四角に利用された。見物人の生徒たちはそう思っているだろう。その証拠に、
「卑怯な奴には卑怯な友達がいるもんだな」
と野次が飛ぶ。
議長が備え付けのマイクにがなった。
「中傷は避けるように」
議長と御劔がますます中立的な立場を確保していた。中立であるというポジションを利用しているのに、正義の剣を振り回している。俺たちはただ、悪者として切り刻まれる以外の役どころを許されていなかった。
御劔が腕時計を確認する。
「かなり白熱していますが、ここらで一度休憩にしましょう。また十分後、続きを行います。そのあとはお楽しみのダンスですよ」




