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あの人は最低です

 教室の隅に三人で集まった。


「マジかよ」

 

 形の良い眉毛を貴也が上げ、未可子は眉尻を下げた。


 山下が俺にこっそりと教えてくれた秘密話。それを未可子と貴也に明かしたのだ。それはつまり、御劔が俺に対して企てていた陰謀だ。


 山下はシンパと御劔が話しているのを立ち聞きしたようで、信憑性は高い。

 御劔はどうやら、俺のことを完全に叩きのめすつもりらしかった。


「でも、莉奈はどうなるの」


 と未可子が問う。


 御劔は討論会のテーマに俺が莉奈に無理強いした、という噂をぶち上げるつもりのようだった。

 その証人として莉奈が召還されるかもしれない。

 だが、俺はそれを否定した。


「安心していい。莉奈が出てくることはない。大事になる」


「そりゃそうだけどさ」


 討論会は傍証によって語られていくことになる。

 個人名は隠されてはいるが公然の理解はあるため、本人の名前を確認する必要はない。

 未可子が確認する。


「司会は御劔なんだよね?」


「そうだ」


 貴也が苛立たしげに頭を掻いた。



「てことは、完全アウェーじゃねぇか」


 議長もおそらく御劔が息のかかった人間を選んでいるのだろう。

 陰謀として動作しているのである。根回しや仕込みも万全に違いない。


「うちらがでるしかなくね?」


 未可子に被せるように俺が言う。


「俺も出ようと思う」


「正気?」


 未可子の目を見て意志を伝えた。


「だったら止めないけど」


「でも、俺は前に出るだけだ。きっとなにも反論できない」


 弱みを握られているため表立って反論は出来ない。

 だが、壇上に昇り堂々とした姿を見せれば、少しは噂の真実を疑う人間が出てきてもおかしくない。

 言葉よりも行動のほうが雄弁に語ることもある。

 夕陽が出ていた。

 伸びきった窓枠の影が俺の上を飛び越えて床に濃い十字の影を作っていた。


 未可子が訊く。


「貴也は?」


「え、俺?」


 貴也の顔に迷いが見えた。


「俺は、そのさ」


 いまいち煮え切らなかった。未可子があからさまに馬鹿にした声を出した。


「なに、インスタント彼女のほうを優先すんの?」


「出来合じゃねぇよ。あの子は多分俺のために神様が作ってくれた子でさ。すごく良い子なんだよ」


 学校中を走り回っている間に、俺も貴也とその彼女を何度か見た。

 貴也は楽しそうで、その彼女も楽しそうにしていた。なかなか可愛い彼女だった。貴也にはぴったりだ。

 だから俺は貴也を引き止めなかった。


「一緒にいたいならそうした方が良い」


「でも、良いのか?」


「良いに決まってる。貴也まで俺に縛られる必要はない」


 笑った貴也が、だが俺に言う。


「祐介に縛られてきた覚えはないけどな」


「折角許して貰ったのにそんなこというわけ? あんた」


 食ってかかろうとする未可子を抑えた。


「貴也は俺と話すのを見られるだけでもヤバいんだ。話し合いに参加してくれただけでも俺は嬉しい」


 貴也の状況はよく分かっているつもりだった。俺の弁護のために貴也が動いてくれれば、俺は嬉しい。

 俺がなにもしていないことを証明するための証人にはなれる。

 だが、貴也は俺の証人になるために産まれてきたわけじゃない。

 莉奈に莉奈の人生があるべきであるように、貴也にも貴也の人生があるべきだった。


 貴也は俺に縛られていないと言うが、それは全くの嘘だ。常に友情を示してくれる貴也に申し訳なさを感じるときは少なくない。こうして友情を後ろに置いて背中を見せてくれる今の貴也こそが俺にとって気の置けない友人になる。


「貴也くん? どこ?」


 廊下から貴也の彼女が貴也を呼んでいた。

 俺は顔を壁に向けて隠した。


「今行くよ」


 猫なで声で貴也が立ち上がり、走って行く。


「いいの?」


 未可子の問いかけに肩をすくめて応えた。


「それよりもどうすべきか話し合わないとな」 


「そうだけどさ」


 もにょもにょと口を動かしていた未可子が大きな声を出した。


「最低!」


 教室中の視線を集めたのに、なにも気にせずに未可子はふてぶてしく「ふー」と息を吐いた。


「あーすっきりした」


 それから俺と未可子で俺の潔白を証明する方法を考えた。


 だが、最終的には俺と莉奈の問題になる。極めて個人的だった。

 そもそもからして莉奈の嘘であって、その嘘が嘘であるということを証明することは何よりも難しい。

 本人が嘘だと言っても完全に払拭されない可能性さえもある。


「莉奈が嘘ですって言えばすむんじゃ無いの?」


「そうなると俺は一生、莉奈に飼われることになる」


 莉奈が嘘を取り下げる唯一の条件。それは俺が莉奈に屈することだ。莉奈に飼われ続けることだ。


 つまりこうだ。莉奈との勝負に負けて莉奈に膝を折れば、莉奈は俺を潔白にする。

 そのためならば莉奈は嘘つきだの、恥知らずだの、親からの軽蔑などは決していとわない。莉奈はそういう女だ。

 嘘が暴かれてもそこからは結局、騙されていた俺が莉奈を許したというストーリーがまた出来上がる。

 俺をひどい人間であると告発する嘘が消えれば、今度は俺が聖人のような人間だったという嘘が現れる。

 そして俺は永遠に飼われる。汚名の鎖が名誉の鎖に置き換わっただけだ。鎖の先の首輪には俺の首があり、持ち手には莉奈がいる。構造そのものは変わらない。


 そうすれば天音先輩とは一緒になれない。

 だが、天音先輩と一緒になろうとすると俺は一生汚名を背負っていくことになる。それは、天音先輩も同様だ。親友を裏切った男と納まった不貞の女。そんな風に天音先輩が扱われるのも耐えられない。


 それが分かっている未可子は弱気だった。彼女は頭の回転が速い。


「ねぇ、莉奈との勝負さ、なんとかなんないの?」


「莉奈は俺のことが好きだ。病気だよ。それくらいすきだ。俺が死にでもしないと、終わらない」


「死んでもあんたの死体があるから無意味だよ」


 これが冗談に聞こえなくなるのが莉奈の怖いところだった。

 あー、と未可子が声を上げる。


「結局、あいつらの土俵で戦うしかないんじゃん!」


 未可子が俺以上に絶望して嘆いた。

 だが、切り替えが早い。


「あんたはそんなことしないって証明してくれそうな人いる?」


 何人か心当たりがあった。俺と仲の良い数人の生徒だ。


「心当たりはある」


「だったらその人たちに今から根回しして」


 そう未可子が言っている途中で校内放送が鳴った。


「討論会を催してますので、全生徒は体育館へ集合してください」




 ○




 体育館は空っぽである。

 椅子と議長が使う教卓がある舞台。

 それを除けば体育館はがらんどうだ。


 なにも準備されていない体育館をただ、生徒たちがやってきて好き勝手に埋めていく。

 それが、生徒討論会だ。

 準備は御劔の手飼いの者だけでやっているのだろう。

 だから俺にはお呼びがかからなかった。


 教師たちの仕事は体育館に学生を運んでくること。

 あとのことはすべて生徒の自主性に委ねられる。

 生徒たちが全員揃ったところで照明が落とされる。

 舞台に光が当たり、目立つ場所はそこだけだ。


 期待がこもった小声があたりに広がり空っぽだった体育館はあっという間に、ざわめきに満ちた。

 生徒たちはクラスや学年関係なく好きな場所に座る。

 朝礼や集会のように教師の監視の目もない。まったく自由の下でこの討論会を体験する。

 軽々しい音楽が流れた。


 自然とざわめきが止まった。


 舞台袖からマイクを持った御劔が現れた。


 黄色い声援が飛び、割れんばかりの拍手で体育館が一杯になる。

 向かって右側の椅子に御劔が座る。

 続いて、議長役の生徒が笑顔で現れ教壇についた。

 最後に出てくるのが天音先輩だ。


 天音先輩が現れると御劔以上を迎えたときなどとは比べものにならないほどの声や拍手が飛び交う。

 天音先輩はいつもと変わらない様子で声に頷き返して、何でもないように御劔の隣に座った。


「さぁ、今年も始まりますよ。生徒討論会の時間です」


 軽妙に御劔が言う。

 会場中が期待に声を上げた。


「映画館と同じで討論会でもマナーモードでお願いしますね。あ、あと、スマホだけじゃなく皆さん自身もマナーモードで節度を持って楽しみましょう」


 ははは、と会場に笑いが満ちた。


「では堅苦しい話はここらへんにして早速始めちゃいましょうか。ささ、早速なにか話題のある人はいませんか?」


 討論会はこんな具合に進んでいく。

 何人かの見知らぬ生徒が舞台に登り、向かって左側の席に座って話題を提供する。

 それを対面に座る御劔や天音先輩が受け答えをしていく、というような構成だった。

 あまりにもヒートアップしたり、行き過ぎたりした場合は議長が止める。


 最初は当たり障りのない話だった。

 といっても、いつまで経っても実現しない屋内プールの質問やセクハラ教師の噂などかなりきわどい内容である。

 討論会とはつまり、生徒たちが影で話し合っている裏話や都市伝説の類いを舞台に上げて全校生徒で楽しもうという催し物だった。


 御劔の舌回りの具合の良さに誰もが酔いしれていた。御劔が軽快に受け答えをしていく。

 だが、その間にちょっとしたジャブのようなものを挟み、軽く脱線させそこからすばやく本筋に戻す。


 緊張感のある話しになると、御劔がたまに入れる下らない駄洒落や冗談が欲しくてたまらなくなる。それが出てくると場が緩み、また緊張を欲するようになる。その繰り返しだった。


 だが、御劔はそれだけに終始する程度の才能の持ち主ではなかった。

 セクハラ教師の話題の際には「学生同士でもありえますよ」と入れ込み、屋内プールの話題では「友達に襲われちゃうかもしれませんね」と挟む。

 そのたびに、軽く笑いが起こる。そのたびに俺に、視線が集まっていた。

 生徒たちの興味はもはや、そこに集中していた。

 そんなことを話しても良いのか、という好奇心と登場人物が短故にかき立てられる強い興味が体育館に渦を巻いていた。


 絶好のタイミングだった。

 おそらく御劔のシンパだろう体育館のどこかで叫んだ。


「あの事件のことを話してくれ-」


 最初は御劔も取り合わなかった。

 二、三回と別人によって繰り返され御劔も仕方なく取り合う、というような流れになった。


「あの事件というとどの事件でしょうか?」


 御劔が茶化す。

 会場が湧いた。


「どのどういう事件かはまぁ、黙っておくとして、心当たりのある方はこちらへどうぞ。いらしたら、ですけど」


 御劔が左側の席を指す。

 生徒たちが互いの顔を見つめ合っていた。まさか、出てくるわけがないだろう、という顔だ。

 だが、どよめきが広がった。

 一人の生徒が舞台に上がっていく。


 その顔には見覚えがあった。

 西山だ。四角をいじめていたのを俺が止めた。

 西山は、俺に個人的な恨みがあるはずだ。

 友好的な顔で御劔が問いかけた。


「皆さんの反応を見るに、あの事件とは関係がないように見えるんですが」


 と、軽く西山は笑いものになった。

 さてさて、と御劔が話を振り戻す。


「それで、どういうことを知ってるんですか?」


「私は、あの事件がほんとうに起きた事件だと思います」


 場がざわついた。

 演技臭い仕草で御劔が驚いた。


「あなたは噂の中心人物を知っているんですね?」


 マイクが西山へ向けられる。


「知っています。皆さんご存知だと思います。なぜなら、よく目立つので」


 名前をいってはいないが、ほとんど名指しするようなものだ。

 くすくす、という笑いが俺の回りにも聞こえてきた。

 天音先輩が成り行きを心配してか気遣わしげな表情をしているのが、何よりも救いだった。


「祐介」


 未可子が俺に顔を向ける。

 大丈夫だ、と安心させた。まだ、出て行く場面ではない。

 まずは、向こうの出方を見なければならない。


 西山が御劔を挑発した。


「まさか、執行部が知らないわけないですよね? 身内ですもんね?」


「これは一本取られちゃったな」


 御劔がおどけてみせると会場の空気が変わった。

 該当生徒が執行部に存在することを認めた。事件の信憑性が一気に高まっていく。

 未可子が不安げな顔をした。


「まだいかないの?」


 あまり遅くなりすぎると挽回が効かなくなるかもしれない。それを未可子は危惧しているのだ。

 俺は首を横に振った。

 そもそも、この時点で挽回のチャンスなどないのかもしれないが。

 御劔が西山に質問する。


「根拠はあるんですか?」


「ええ、私脅されたことがあるんです」


「脅された?」


 まるで身内の死をぼそりと告げるような声で御劔が問い返す。


「はい。写真に撮ったって」


「それは何の?」


「それは」言葉を探すように口を開いて西山が俯く。「いえません」


 ざわざわ、と会場が剣呑な空気に包まれた。

 細波のようなささやき声が回りの声に負けないように徐々に大きくなっていった。


 だが、御劔がしゃべり出す。

 それを待っていた、というようにぴたりと声が止まった。

 御劔は完全に場を支配していた。


「どうして言えないんですか?」


「それはほんとうにNGで」


 西山には言っていい事実がない。

 俺が西山を脅した。それは事実だ。だが、それはいじめの現場を押さえたからだ。だから西山は俺が脅した、としか言えない。


「ほんとなの?」


 不安そうな未可子に頷く。


「だが、俺が脅したのは西山がいじめをしてたからだ」


「証拠はある?」


「撮れてなかった」


「じゃあ、ただ脅したって事実が残ってるだけか」


 未可子が分かり易く焦れていた。

 壇上で天音先輩が口を開いた。


「それは」


 天音先輩は俺が四角を助けたことを知っている。

 援護しようとしてくれていたが、御劔が強引に遮った。


「それはつらいですね」


 恥知らずにも西山は傷つけられた少女のように何度も頷いた。

 軽蔑を込めた眼差しを天音先輩が送っていたが、御劔に弱みを握られている以上なにも言えそうにない。


「あの人は最低です」


 かすれた声が悲痛に体育館に満ちた。

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