なぁ、お前生きてるか?
前夜祭はつつがなく終了した。全体としてみればいくつかトラブルがあったが、問題になる範囲ではなかった。
学校に残って作業する生徒もいる。そのため執行部の俺も学校に残ることになった。
不適切な問題が起きると創設者祭の格が落ちるので三年生は必死だった。御劔は他の三年生とは比較にならないほど必死だった。わざわざ、当直の生徒を呼び集めて激励したほどだ。
なぜ、天音先輩に手出しを出来ないほど忙しいのかその理由がわかった。御劔にとって学校はあいつ自身なのだ。学校にある姿が自分の姿になる。だからこそ、異分子である俺のような生徒に厳しく接するし、行事ごとには全力を出す。
御劔の忙しさは午前よりも夜が本番だったように思う。生徒が泊まり込みで作業する準備日と前夜祭でも御劔はしゃかりきに張り切っていた。学校が招待した歌手などとの挨拶も全部御劔がした。
バルーンの位置にまでケチをつける。
前夜祭を終えてうちの教室では最後の追い上げに入っていた。
とはいえ、ほとんど完成している。残っている生徒は学校に泊まる非日常を経験したい生徒だ。
実行委員が監督していたが、俺にもこの場の責任はある。
問題が起こらないように見張りながら数学の参考書をめくっていた。
「副会長なのにあんな頑張ってるのってすごくない?」
教室でも御劔への賞賛はささやかれていた。
ここ数日、御劔の評判は上がる一方だった。
視察ばかりしているので露出が多い。だからこそ、生徒会室でポスターや宿泊申請をさばくよりも働いていると思われる。
「真面目だよね」
挨拶運動の終わりしなにしかこないような男が真面目なわけがない。
それどころか、御劔は外見で人間を判断する。
もっとも信用してはいけない人物が信用できる真面目な人物として賞賛されていた。
それどころか、こんな話しもあった。
「ねぇ、会長さんってさ、もしかして副会長と出来てる?」
「ずっと一緒にいるもんね」
ずっといるのではなく、いさせられているということを知らない。知らないのは仕方ない。教えてやりたかった。
御劔の本性をすべて暴露してやりたかった。だが、今、そんなことをしても私怨としか取られない。
俺にはただ耐える以外の選択肢はなかった。
そんな俺を未可子が慰めてくれた。
「ま、会長さんに相応しいのはあんただけだけどね」
俺の落ち度はゼロにしておきたかった。
消灯してから夜中は人気のなさそうな場所に懐中電灯をむけた。
するとこそこそとネズミのように走って行く男女二人組の生徒が結構いる。一晩中、俺は恋人たちの嫌われ役を務めた。
そうして創設者祭の当日がやってきた。
○
学校は見たこともないほど活気に満ちあふれていた。中庭にも開かれた露店では、まるで観光地の有様だった。
二階から見ると人間の頭がカーペットのようにひしめいている。土日開催と言うことも相まって客が多い。
他校の生徒も多く訪れているようだった。中には冷やかしに来ている者たちもいるだろう。いざこざがあるたびに、俺は狩り出された。楽しむ暇などない。
創設者祭は執行部が奴隷になる日、と執行部は自嘲する。だが、それは嘘ではない。そしてこうも言う。
内申点と学校生活。両立したければ一年目。
これは創設者祭での執行部の忙しさを皮肉った標語のようなものだった。だが、一年生の執行部はこれといって活動する必要はない。せいぜい手伝いくらいのものだ。
二年目で執行部生として指名される人数が多いのは、一年目で執行部に参加してやめていく生徒が多いからだ。かなり忙しく、要領の良い生徒では両立は出来ない。そのため、学業不振や自由な時間が欲しいという理由、また部活などの理由でやめていく。
二年生からは創設者祭に関わるようにもなる。そのため二年からが本番という意識は執行部にもある。
ただでさえ準備期間も忙しかったが当日となると忙しさの種類が違ってくる。
文字通りあちこちに飛び回らなければならない。肉体的にも精神的も辛い比になりそうだった。
創設者祭は生徒が主導して学校の発足を祝っていたもの行事化した物であり、創設者祭という名前であっても教師は滅多なことでは介入してこない。
もっとも気を遣うのはクレーマーである。生徒の女装やコスプレなどにどうしても苦情がつく。大体は、気分を害した、という実害の計りにくい類いの物だ。
下品なものが嫌いな御劔ならこうしたクレーマーに従順的な処置を執るように指針を出すかと思っていた。
だが、教師を交えた創設者祭会議の場では引かない、と表明したらしい。
下品な部分が生まれること以上に、単なる一般人に刃向かわれることが気にくわないだろう。
だが、これは正解だった。クレーマーに一度譲歩するとあとはなし崩しなのだ。一度、認めてしまえば楽になるが、またすぐに次が来る。御劔は自分より下の存在がつけあがるのを徹底的に嫌う。
一人のクレーマーに一時間近く時間を取られることもある。そういうときは、交代で応対する。あまりにもひどい場合は教師が替わってくれた。
クレーマー対処を終えた。
ふー、と息を吐く俺に未可子がたこ焼きを持ってきてくれた。
「それうちのクラスのやつ。おごりだから」
礼を言って食べる。お祭り気分だからだろうか、今まで食べたどんなたこ焼きよりも美味しかった。こんなときに莉奈がいたらどう思うだろう。反射的にそう考えていた。あいつは今、なにをしているんだ。
「なぁ、莉奈は見たか?」
「楽しくやってんじゃないの」
「そうか」
莉奈とはまだ戦争中だ。だが、莉奈は俺のせいで友達がいない。
どんな風に過ごしているか心配だった。
それでも厄介事はやってくる。それらと向き合いながらなんとか、一日目の一般公開が終わった。
二日目の実行準備で泊まり込むことも認められている。
常に気が抜けなかった。
一日目の陽気に当てられた生徒がどんなことをしでかすか分からない。
他人の失敗の責任が俺にもやってくる。
その重圧は思った以上だった。
俺は皆が寝ている時間も起きて働き、働いている時間にも働いた。
胸に突如、刺すような痛みが貫いた。
だが、かかずらってはいられない。俺は若い。死ぬわけがない。それにここでは死ねないのだ。俺はこのままでは死ねない。秋子の間違いでも、昔からの親友を無理矢理手籠めにするような奴ではない、それに天音先輩を御劔から守らなければならない。
俺はそれらを証明し、成し遂げるまで絶対に死なない。
創設者祭を楽しむ皆が羨ましくないわけではなかった。
だが、俺には俺のすべきことがある。
そう思うと、不眠のせいか、俺の体中を万能感の膜のようなものが貼られている気がした。
参考書を閉じ、見回りに行こうとする俺に貴也がきいた。
「なぁ、お前生きてるか?」
不可解な貴也の問いに答えるように未可子が俺の腕を取る。
「暖かい、生きてんじゃん」
「いや、なんか死んでんのかと思って」おどけた口調で貴也が言う。「顔色悪いし」
未可子が呆れて返す。
「死ぬわけないじゃん」
「そうだよな」
言いながらも二人はどことなく不安そうに顔を見合わせた。
俺が笑い返すと二人は安心したようにそれぞれの場所へ戻っていった。
俺もいるべき場所へ戻る。
夜の空気は冷たいのか温かいのかも分からなかった。
星が綺麗だった。星を眺めると吸い込まれるような気分になる。
今なら澄んだ空気にのっていけそうだった。
貴也が思うように俺は死んでいるような気がしたし、未可子に言われたように生きているような気もしていた。
だからこそ思う。
今なら、銃で撃たれたって死なないだろうな、と。
○
二日目も似たような盛況ぶりで休まる暇はなかった。
昼時を過ぎ、五時には創設者祭の一般公開が終わった。
さっきまで学校内で楽しんでいた人たちが帰っていく。その姿を見送るのは寂しくもあった。だが、感傷に浸っている時間はない。後片付けのあとは、後夜祭があるのだ。
俺の本番はここからだ。もうずっと寝ていなかった。やや熱っぽく、目も痛いし胸も常に痛い。だが、そんなことは気にならないほど体はよく動いていた。
展示物や装飾物を皆ので手でばらばらにする。バラバラになったゴミの詰まった袋をゴミ捨て場に運ぶ役割を引き受けた。
ゴミを投げ入れていると「あ、先輩」と声が俺を呼ぶ。
一年の山下だ。
「楽しかったか?」
山下は「はい、お陰様で」と笑った。
「今年楽しんでおかないと来年から地獄だからな」
冗談交じりに脅した。今年の忙しさは尋常ではなかったような気がする。
きっと例年の二年生は常にそんなことを思っていたのだろう。
「俺もはやく先輩みたいに学校のために頑張りたいです」
「てことは、二年もやるのか?」
「はい。生徒会長になってびしばし使ってください」
笑った。そういう冗談が言えるのならば、このまま日村も自分らしさを貫いたまま卒業できそうだ。
「もう、いかないと」
行こうとする俺を山下が慌てて呼び止めた。
「いえ、あの話したいことはそんなことじゃなくて」
「どうしたんだ?」
「いえ、実は」
山下が俺に耳打ちをした。
○
「いやー、終わった終わった」
廊下の床に座っていた未可子が、ついに横になった。
「あとは討論会だな」
俺が言うと未可子が飛び起きた。
「去年のもおもしろかったしね!」
後夜祭には恒例行事がある。
学生討論会だ。学生だけが体育館に集まり、教師は一切シャットアウトして全校生徒で赤裸々に話し合う会だった。
後夜祭のメインイベントはダンスであるが、討論会の方がメインイベントとしては適当だとみる生徒も多い。
討論会は恋人がいなくても十分楽しめるイベントだ。
「でも、今年の司会は御劔なんでしょ。それだけはねぇ」
未可子が苦い顔をした。
討論会の司会は毎年、生徒会長か副会長が生徒の代表として務める。
司会とは別に議長が執行部生から指名され、ちょっとした裁判のように進行するのだ。
きわどい話題に様々な生徒が証人としてあらわれて是非が問われていく様は単純におもしろかった。
「そのことでな」
俺は未可子に耳打ちをした。
「それマジ?」
頷く。
「じゃあ、作戦立てないと」
すべきことを考えて未可子はしばらく動きを止めていた。ふと、顔を上げた。
「ちょっと貴也も呼んでくる」




