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あいつまじで腹立つ

 創設者祭が迫っていた。

 創設者祭は文化祭も兼ねている。かなり大規模で準備が二日にわたって行われ、金曜日に前夜祭まである。


 土日が一般公開で、日曜の夕方に解体を終えたらあとは後夜祭という流れだ。

 執行部の三年生は受験があるというのに忙しい。生徒会執行部の伝統のために予定を引きずられる三年生は文句を言いながらもすべき役目は果たしていた。


 この学校の創設者祭を取り仕切るのは三年生の執行部生だ。

 卒業前の威信をかけ、最後の花火を盛大に上げる。

 最高の創設者祭を終えてからは学業に集中し、志望校に合格する。

 執行部としての名誉としてこれ以上のものはない。

 行事と学業の両立という至上。

 だから執行部の三年生は躍起になる。


 毎年気合いを入れて催されるので、学校全体が浮き足立つ。

 授業中でもどこどこのクラスを回るだの、とこそこそと話す生徒も多いし、冷めている生徒は友達と期末試験の対策を楽しみ、アリとキリギリスのアリになる日を夢見ていた。

 そんな中でも天音先輩は忙殺されていた。

 御劔の計らいだろう。書類もそうだが、視察という名目を使って行かなくてもいいような場所の作業の見学を強いられているようだった。


 俺はそんな天音先輩の身を案じる暇もないほどこき使われていた。

 御劔とそのシンパに俺は仕事を振られていた。生徒会会議にすらも出席できないほどだ。

 都合の良い御用聞きとしてもっとも忙しい役回りにおかれている。噛まない、あるいは噛んでこない犬をこそ、人間は良く撫でる。歯を抜いた本人ならばなおさらだろう。


 そんな俺のために日村がこっそりと生徒会会議の情報を教えてくれていた。


「私は先輩がそういうことする人じゃないって信じてますから」


 ずっと不眠で働いている俺の胸にはその日村の言葉がよく染みた。

 天音先輩との関係は御劔にはっきりとバレていた。

 しかも創設者祭ということもあり皆が忙しい。

 怪しまれることなく公然と仕事を回せるようになったため、俺にも山のような仕事が舞い込んでいたのだ。期末テストも控えている、バイトもある。


 今まで俺が持ち帰っていた書類仕事は、別の種類の仕事に取って代わられた。


 寝る時間は五分たりともなかった。

 今日も一度も寝ないまま突如として舞い込んできた創設者祭の準備に伴って資材や申請の類いの調整に励み、部活動の発表内容の確認、ポスター等の認可や非公認のポスターが張り出されていないかを探り、食材の調達から生徒たちのちょっといざこざに執行部として介入した。

 学校全体の電気量のコントロールまでもが生徒会の肩にのし掛かっていた。


 そんなことまでしなくていい、というところにまで御劔が介入させるのだ。

 自分の思うとおりに物事が進み、大々的な成功を見つめ支配欲を満足させているのだろう。自分の世代こそ、最高の創設者祭を催したという気分に浸りたいのだ。


 俺が苦しんでいるのをみて喜んでいる気配もあった。


 だから、俺は常に平気な顔をしていた。

 普段は飲まないコーヒーの類いが手放せなくなった。

 喉は常に渇いていて、口はどことなく砂っぽかった。

 心臓が不規則に脈打つ。時折、背中や胸に疼痛が走った。


 そんな俺の唯一の癒やしが天音先輩だった。天音先輩が会場である学校を歩き、ここの状況を確認する。

 すれ違い様にかすかに視線をくれたり、微笑んでくれることさえもある。

 ただ、それだけで俺の体に力が満ちた。どんなカフェインよりも俺の目を覚めさせ、体だけでなく心も勇気で溢れた。


 かならず挽回するチャンスがある。ずっと起きっぱなしになっているせいか、頭の中は常に熱かった。

 どんなに忙しくても二人きりになれる瞬間は訪れた。

 生徒会室に報告に戻った際に、天音先輩と鉢合わせたのだ。

 二人きりの環境にただでさえ早い心臓の鼓動がさらに早く大きくなり不整脈はスキップのように刻まれた。


 だが、俺は天音先輩とはもう話せない。莉奈の嘘が暴かれるまではこのままだ。


「おい」


 天音先輩の方から話しかけてきた。


「もう俺と先輩は会話できないんじゃないですか?」


 そんな意地悪を言いながらきいた俺だったが、天音先輩からはばまかれた餌にがっつく鯉に見えたに違いない。


 天音先輩が笑う。


「私から話しかけたらセーフなんだ。それよりも平気か? 忙しいだろう」


「ええ、かなり」


「これからもっと忙しくなるぞ。覚悟しておけ」


 聞きたいこと、話したいことは山ほどあった。

 だが、いつ誰が来るか分からない。


「先輩、俺と」


 踊りませんか?


 そう言い終える前に「おやおや」と邪魔が入った。舌打ちを堪える。


 御劔だ。


 俺と先輩はそれぞれ違う方向を向いて書類を整えたり、椅子を整理したりして誤魔化した。


「いいのかな」


 御劔が俺と天音先輩との間に割って入った。


「さ、会長、次に視察すべき出し物が」


「またか」


 天音先輩が難色を示した。視察くらいなら俺のような庶務の生徒でも出来る。


「拒否していいのか?」


 下手に出ていた御劔の声が急に固くなる。天音先輩が悔しげに頷いた。


「分かった」


「それくらい物わかりがよくないと完璧な生徒会長ではいられないんですね」


 俺に見せつけるように御劔が天音先輩に質問をした。


「後夜祭のダンス。もちろん私と踊りますよね?」


「それは」


「断って良いんですか?」


 御劔には弱みを握られていた。一番握られたくない秘密を一番握られたくない人間に握られていた。

 天音先輩が屈辱を顔に浮かべた。


「わかった」


 満足げに御劔が鼻を膨らませ、俺に深々と礼をした。


「じゃあ、生徒会長を借りていくよ。今も、そして後夜祭でも」


 創設者祭が終わる前にこれだったら、創設者祭が終わったら天音先輩はどんな風に扱われてしまうのだろう。

 俺は意識的にそのことを考えないようにしていた。




 ○




 創設者祭が二日後に控えていた。

 文化部の部活生はそれぞれの部で準備に追われるが、そうでない運動部や帰宅部、また重要な役職に就いていない俺のような執行部は自分の教室の準備も手伝わなければならない。


 たこ焼き屋をやるというので、たこ焼きやたこをモチーフにした絵を絵に覚えのある生徒が描き、運動部の女子や男子が文字を書いたりして分担作業していた。

 俺も文字や飾り付けの方を未可子や貴也と一緒に手伝っていた。

 そこにお呼びがかかる。


「笹川くん、ちょっといい?」


 生徒会の女子だ。また新しい仕事だろう。


「これ、任せて良いか?」


 夢中で文字をマジックペンで縁取りながら未可子がうん、と生返事をよこした。

 重い腰を上げて軽やかに走って行く。天音先輩のためにも俺は少しでも多くの人に誠実で善良であると見なされている必要があった。だから、頼みは一切断らない。


 そうしているとあまりにも多くのことの責任を持つようになってしまった。

 執行部生から用件を聞いていると、貴也と未可子の会話が聞こえてきた。


「はぁ? それマジ?」


「マジマジ、後でちゃんと話すから」


 生徒会の女子から報告を聞く限り、俺が行かないと解決しない内容だった。女子と一緒に現場へ向かった。





 ○




 長引いてしまった。

 帰ってきた頃には昼休みだった。生徒が一斉に昼食を摂るので俺には唯一の休み時間だった。

 食事をしながらも常に眠気が俺を襲っていた。

 だが、そんな俺の眠気を追い払ってしまう報告があった。


「実は彼女出来ました」


 うひひ、と貴也がだらしなく笑っていた。

 そんな貴也に未可子は冷たかった。


「創設者祭が近づいたから焦った女の子に偶然声をかけただけっしょ」


「ち、ちげーし。これは運命だからな」


 未可子と違って俺は貴也のことをずっと見てきた。

 声をかけても声をかけてもどうしようもなく恋人ができなかった貴也に恋人が出来た。友達として素直に嬉しかった。


「よかったな」


「ありがとなー、やっぱ男の友情が一番だ」


「で、祐介に言うことあるんでしょ」


 白けた様子で未可子が水を向けた。


「どうかしたのか?」


 貴也が申し訳なさそうに頭を掻く。


「それがさ、その子なんだけど、莉奈のあの嘘信じちゃってるみたいで」


 あの嘘とは散々俺を叩きつぶしてきた嘘だろう。

 生徒たちの間では、莉奈に俺が無理強いしたという噂がまことしやかに広がっている。

 俺の外見がそれを助長しているのは聞かなくても分かった。


 未可子が鼻で笑う。


「単純な男には単純な女がくっつのよ」


「うるせーな」


 言い返す貴也にべー、と未可子が舌を出して抵抗する。

 貴也が言いたいことはそれだけじゃなさそうだった。


「それでさ、俺お前とはあんまり話せないんだ」


 悲しくはあった。だが、俺にも天音先輩がいる。


「俺にも気持ちは分かる」


 天音先輩はきっと俺の友達の評判が悪くても嫌がるようなことはないだろうが、どうしても嫌なら天音先輩の方を優先してしまうだろう。


「そうかそうか。やっぱ、『いる』奴はちげーな」


 ばんばん、と貴也が俺の肩を叩く。未可子がふくれた。


「絶対無理な恋愛が成就しちゃったんだもんね」


 天音先輩と上手く行ったことはなによりも早くこの二人に報告していた。


「未可子のお陰だ」


 未可子に肩を押して貰えなければ俺は今頃、天音先輩を諦めてしまっていただろう。


「なんか、複雑だけど、やっぱ嬉しいな」


 言いながら未可子がため息を吐く。


「でもさ、貴也には絶対出来ないと思って安心してたのに」


「出し抜かれた気分はどうですかー?」


 げらげら、と笑って未可子を揺する。


「やめろし」


 未可子が歯を剥いた。


「それで」未可子が俺にきく。「創設者祭のダンス会長さんと踊れそう?」


「御劔がな」

 

 これは俺には痛恨の出来事だった。後夜祭のダンスはこの学校では大きな意味を持つ。

 男女で後夜祭のダンスを踊るとその二人は公然の恋人になる。運命だの、伝説だの、と信じるつもりはなかったし、伝統やこういうあからさまな迷信は敬遠してきた。だが、いざとなるとどうしても最善を行きたい。


「今のところ御劔が天音先輩とダンスを踊りそうだ」


 弱みを握られたことも二人には話していた。苛立たしげに未可子が言う。


「なんとかならないわけ?」


「今のところ手立てはないな」


 そういう俺を未可子は弱気だ、などと批判はしなかった。

 未可子には現実が見えている。


「ま、祐介が駄目でも俺がお前の分楽しむからよ」


 貴也が立ち上がった。


「あんたどこ行くの?」


「彼女のとこ。待たれてんだよね」


 優越感の溢れる甘ったれた声だった。

 貴也は音が出そうなスピードで駆けていった。


「あいつまじで腹立つ」


 未可子が唐揚げパンをがっつり頬張った。


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